2013/09/21 - 2013/09/21
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akikoさん
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翌日午前中、もう少しだけ尾道を散策することに・・・
尾道といえば、文人たちの愛した町でも有名。
千光寺の近くに尾道にゆかりのある文人たちの資料館"おのみち文学の館"があり、そのうちの一つ"志賀直哉旧居"でも素敵な出会いがありました(*^^*)
坂道を歩いていると途中に、一市民のかたの詩が紹介されていました。
"旅する人よ
おのみちを 歩いてごらん
千光寺山に古家が這い上がる道を
海から風も登ってくる
汐の香を撒きながらあなたへごちそう
坂みちをさ迷うとき
やさしく迎える
山寺のみほとけ
どこへゆくのかこの道
どこまで続くのかこの道
ほそい道はだまって登ったり下ったり"
(後略)
この詩のとおり、尾道はさ迷うのも楽しい素敵な町でした・・・
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今日もとてもいいお天気♪
千光寺に続く道を通り・・・ -
まずは、坂の途中に点在する「おのみち文学の館」を訪ねることに。
尾道市「文学公園」に着きました。 -
「志賀直哉旧居」が公園の上に見えます。
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階段をのぼると、志賀直哉の「暗夜行路」石碑が立っていて・・・
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その後ろに「志賀直哉旧居」があります。
志賀直哉は若い頃、一時期尾道で生活していたそうです。千光寺山中腹の三軒長屋の一室で、今では修復され「旧居」として公開されているのだそうです。 -
中に入ろうか迷っていると、「どうぞ、ご自由にご覧いただけますよ」とお誘いの言葉をかけられました。
中に入ると、優しそうな管理人のかたが「どちらからおいでですか?」と話しかけてくれ、いろいろ話が弾みます。
そして壁の年表をたどりながら、志賀直哉の生い立ちや尾道での生活について詳しく説明してくださいました。 -
志賀直哉の遺品コレクションケース前で、
少し脱線して、志賀直哉は昔はイケメンだったという話に食いつく私・・・ホントだ!年老いた写真しか知らない私には少々驚きでした。(笑) -
大正元年から約1年間を過ごした長屋の部屋は忠実に復元されているようで、窓からは尾道市街と瀬戸内海が見渡せます。
直哉が住んでいた頃の窓から見える景色は、今ほど山手地区には民家がなく、畑や林の先に尾道水道があり、造船所がその先に見えたのだそうです。 -
ここで、名作「暗夜行路」の草稿を起こしたそうです。
『景色はいい所だった。寝ころんでいていろいろな物が見えた。前の島に造船所がある。そこで朝からカーンカーンと金槌を響かせている。同じ島の左手の山の中腹に石切り場があって、松林の中で石切り人足が絶えず唄を歌いながら石を切り出している。その声は市のはるか高い所を通って直接彼のいる所に聞こえて来た・・・』 -
管理人のかたが、暗夜行路の一節を諳んじながら、「あのクレーンの間が石切り場だったの」等々と窓から見える景色と小説に書かれている描写を比較しながら説明してくださいます。
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この部屋は机と小さな茶ダンスがあるだけの部屋ですが、文箱と机の横に置かれている旅行カバンが志賀直哉を思い起こさせ、ふとタイムスリップした気分になりました。
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一番奥は土間の台所だったところだそうです。
再び『六時になると上の千光寺で刻の鐘をつく。ごーんとなるとすぐコーンと反響が一つ、また一つ、また一つ、それが遠くから帰って来る。そのころから、昼間は向かい島の山と山との間にちょっと頭を見せている百貫島の燈台が光りだす。それはピカリと光ってまた消える・・・』と別の一節を紹介しながら、響き渡った鐘の音についてお話も聞かせていただきました。 -
思いがけず、大変親切に案内していただき、昔読んだかもしれない「暗夜行路」をきちんと読みたくなり、お土産用に販売されていた文庫本を買い求めました。(ついでに志賀直哉旧居印も押していただきました♪)
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外に出ると、文学公園の隅に彼岸花が咲いていました。
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すぐ近くに、閉まっていましたが、「都わすれ」という表札がかかった感じの良い建物もありました。
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次に訪れたのは、「文学記念室」(旧福井家住宅)です。
ここでは、「放浪記」で有名の林芙美子の遺品や資料、生原稿などや尾道にゆかりのある作家たちの資料を見学できます。 -
ここ旧福井邸は、昔ながらの貴重な建築物で国の登録有形文化財になっているのだそうです。
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ここの庭からも大変美しい景色が望めます。
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受付の横には、「怪傑黒頭巾」の高垣眸の作品のコーナーがあります。
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他にも横山美智子、行友李風、山下陸奥、麻生路郎らの作品が展示されているのですが、やはり尾道といえば林芙美子です。
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これらは、放浪記の初期に出版されたものだそう。
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『海が見えた。海が見える。五年ぶりに見る尾道の海はなつかしい。汽車が尾道の海へさしかかると、煤けた小さい町の屋根が提灯のように拡がって来る。赤い千光寺の塔が見える。』
放浪記の一節は、昨日、千光寺近くの「文学のこみち」にあった林芙美子の碑にもあったもの。芙美子は幼い頃、行商の両親と転々として、やっと落ち着いたのがこの尾道だったらしい。
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一番奥の部屋は、東京の書斎が再現されています。
ここでも管理人のご主人がとても親切に案内してくださいます。
残念なことに十分な時間がないため、林芙美子の資料などを見たあと全て見きれてはいないけれど、文学記念室をあとにしました。 -
次に昨日ちらっと見かけた天寧寺の三重塔(別名:海雲塔)をもう一度見たいと思い向かうことに・・・
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途中、わき道を入っていくと、このように開けた場所があり・・・
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可愛いネコが草を食んでいました。
尾道では、よくネコがひょっこり現れます。地元のひとに可愛がられているのでしょうね。 -
その先に三重塔が見えてきました。
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天寧寺は、足利尊氏の子2代将軍義詮が建てた曹洞宗のお寺だそうです。
和様と唐様の折衷様式の高さ20mの三重塔は重要文化財で、海雲塔の名を持つということです。 -
背景に尾道の美しい景色が広がり、三重塔がより際立って見えます。
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坂道を少し上がると、また素敵な場所がありました。
なにやらプレートがあるので、確かめてみると・・・ -
平山郁夫画伯がこの場所でスケッチしたとの案内板。
絵には五重塔の向うに尾道大橋が向島に伸びている景色が描かれています。
ここが尾道を代表するスポットの一つのようです! -
近くに、良く似た角度でスケッチしている人がいました。
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坂を登ったところには「中村憲吉終焉の家」があり・・・
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「千光寺に夜もすがらなる時の鐘 耳にまぢかく寝ねがてにける」
憲吉の歌碑も立っています。 -
すぐ近くに「共楽園」という石碑のある広場がありました。
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広い敷地には・・・
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ネコが何匹もの〜んびりくつろいでいます。
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南側に「有名画家写生地」という碑があるだけあって、きれいな景色が広がっています。
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ここにサンドイッチか何か持ってきてピクニックするのも良さそうです!
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とても静かでのんびりできる場所でした。
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これが、尾道一市民の詩がかけられていたところです。
最後にこう締めくくられています。
『さびしい時は孤独を連れて
花咲く春は愛するひとと
帰っておいでよ旅人よ
千年の昔から
みほとけ達の膝に佇む
ふるさと
おのみちへ』 -
また帰ってきますね!
と心で返事をしながら坂を下り、
このあと尾道を出発し
帰途につきました・・・
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