2013/04/27 - 2013/04/27
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frau.himmelさん
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マルティン・ルター、
宗教改革の大きなうねりで、ドイツのみならずヨーロッパ中の歴史を大きく塗り替えた人物。
その偉大な人物が生まれて、そして没した街がアイスレーベンです。
正式名称はルターシュタット・アイスレーベン、ルターの町、アイスレーベンと呼ばれています。
ここは、ルターが活躍した地ヴィッテンベルクとともに、ルター記念建造物群として、世界遺産に登録されています。
昨年、私はヴィッテンベルクを訪れました。
ルターの詳しい経歴などはそこでご紹介していますので、ここではさらりと流します。
その旅行記はこちら。
http://4travel.jp/traveler/masago45/album/10736863/
-
バイロイトのホテルを6時45分にチェックアウト。
その日はホテルの朝食は付けなかったのだけど、後でレシートをチェックしたらちゃんと取られていました。
ちょっとショック!
まあ1日6ユーロだったからいっか・・。
ニュルンベルクで乗り換えて今日から3日間滞在するナウムブルクに移動します。
バイロイト7:12発、ナウムブルク11:17着。
乗り換え時間を含んで約3時間の列車の旅です。 -
今日はジャーマンレイルパスでの移動の日。
ジャーマンレイルパス・2等ツイン6日用、286.0ユーロ。
ちょうど20パーセント割引のキャンペーン中だったのでとても安く買えました。
しかもフランクフルト・ベルリン・ハンブルク市で発行している市内交通無料の観光カードが付くことになっています。
3月の購入ですから、円がまだ安かった時期126円での引き落としでした。
とってもハッピー・・・とその時は思ったのですが・・。 -
ニュルンベルクで乗り換え。
指定席を取っておいてよかったー。8割かた席は指定席マークで埋まっています。
昨日、バイロイト駅で、初めて券売機で指定席発券に挑戦しました。
意外に簡単ですね。
しかも席は自由に選べる。
私たちはテーブルを挟んで向かい合わせの窓側を取ることが出来ました。
窓口で予約すると2席並んだ席しかくれませんよね。
その上後ろ向きで、外の景色も満足に見えない席にでも当たったらまったく目も当てられません。
座席指定は自分で券売機で取るに限ります。
◆列車はイエナ・パラディス駅を通過しています。 -
残念ながら今日は雨。
たぶん1日中降るでしょう。
それにしても寒い! -
定刻どおりナウムブルク着。
コインロッカーに荷物を入れる前にセーターを1枚出して着込みます。
ついでにマフラーも取り出しました。
昨日までのバイロイトの暑さはどこにいったの? -
これから私たちはアイスレーベンに向かいます。
1時間半弱の旅。
車内はガラガラです。
あそこでは4席を占有して横になっている人もいます。
私たちも、4人席をお互いに1つずつ占領して座ります。
それぞれに日記を書いたり、本を読んだり、景色を見たり・・
お互いに干渉しません。
それが2人旅でうまくいくコツですね。
そして列車が混んできても、それぞれの周りに人が座るだけ。
その方が現地の方とおしゃべりするきっかけも多く、異国を旅してるんだーっていう気持ちになれます。 -
列車は旧東ドイツ地区を走っています。
まだこの辺りは東西ドイツ統一の恩恵を受けていない地でしょうか?
荒れ果てたままになっているところもあります。 -
アイスレーベンに到着。
旧市街までは1,2キロくらいあるし、雨も降っているのでタクシーを使いましょう。 -
タクシーで降りた観光案内所の前がマルティン・ルターが生まれた家です。
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マルティン・ルター ゲブルツハウス。
マルティン・ルター(Martin Luther)は1483年11月10日にこの家で生まれました。 -
建物の軒下に大きな鐘が置かれています。
ルター教会でよく大きな鐘を見かけますが、何か関係があるのかしら?
この建物は、15世紀後半に建設された家らしいですが、現在の家は大火に遭い再建されたもの。 -
入り口で入場券を買い求めます。
生まれた家と没した家のコンビティケットで6ユーロ。
早速見学です。
中は近代的な展示になっています。矢印に沿って回ります。 -
まずは、ルターシュタット・アイスレーベンの説明。
アイスレーベンは鉱山業で栄えた町、ルターの父も鉱夫でした。 -
次にルターに関する絵が飾られています。
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上と同じシーンなのでしょうか。
この絵、イエスの動作が面白い・・ -
ルターの礼拝堂?。
手前にあるのは洗礼盤 -
祭壇は、マリア母子像
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窓から外を眺めると、さっき入ってきた門と庭が見えます。
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アイスレーベンのこの家で生まれたルターでしたが、生後9ヶ月目にマンスフェルトに転居したため、生家にいた期間は短いのです。
この家は17世紀末に再建されたものです。 -
ルター生誕の絵。
マルティン・ルターは、1483年11月10日にハンス・ルターとマルガリータの次男として生まれます。 -
ルターはヴィッテンベルクで1525年6月13日に、修道女のカタリーナ・フォン・ボーラと結婚します。
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ルター家の居間。
奥には暖炉と、ベビーベッドも。 -
ルターが翻訳した聖書?
表紙にマルティン・ルターの名前があります。 -
下に降りていきます
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ここはシェーネザールと呼ばれる部屋。
ルターとメランヒトンの肖像画 -
ルター賛同者の選帝侯や諸侯たち。
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こちらは司教たち?
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白鳥はルターのシンボル。
ルターより先にプロテスタント運動を始めた宗教家ヤンフスが、1415年火あぶりの刑に処せられたその際に
「今、お前たちはこのガチョウ(フス)を火あぶりにするが、100年後もう一つの白鳥が生まれる、お前たちは その白鳥を処刑することは出来ない」
と叫んだと言われています。
その白鳥こそがルターであったのです。 -
ルターのコイン、メダルなども作られた。
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カタリーナ・フォン・ボラ(ルターの妻)の結婚指輪。
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プロイセン王フリードリヒ・ウィリアム3世の絵が飾られています。
説明文には、「Friedlich Wilherm? Geschenk an dasGebrtshaus」とあります。
この家の再建のスポンサーなんでしょうか? -
その当時のルターの生家。
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生家の見学を終えて次に向かいます。
まだ修復されていない旧東ドイツの面影が残るこの一帯。、 -
今にも壊れかかった壁に展示してある絵は、ルターの生涯か・・。
こんなところまでルターの絵で飾られているなんて、さすがルター・シュタット -
落書きだらけのトンネルを抜けます。
この石畳はずいぶん古そうです。
いつごろのものでしょうか? -
マルクト広場が見えてきました。
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広場の中央には、ルター生誕400年を記念して建てられたルターの像。そして背後の白い建物はラートハウス。
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逆光ではっきり表情が見えませんが、法王から受け取った破門状を破り捨てているルターの像です。左手には聖書を抱えています。
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マルクト広場を少し行くと、聖アンドレアス教会。
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壁に貼り付けてあったモニュメントには、1953年の6月17日文字。
ドイツ東西分断時代、東ベルリンで労働者のデモが起きたとき、ソ連が武力で制圧をした日。
ドイツにとっては歴史的に重要な日なのです。 -
聖アンドレアス教会。
この教会でルターが4回説教をしました。
最後の説教をした教会でもあるのです。 -
そして、亡くなったルターの亡骸はこの教会に運び込まれました。
中に入りたいと思いましたが、扉が開きません。 -
聖アンドレス教会の中に入るのはあきらめて、先に進みましょう。
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Knappenbrunnen:鉱夫の泉。
アイスレーベンは鉱業で栄えた街です。
泉の周りを鉱夫の像が取り囲んでいます。 -
このバロック建築の建物は、ドイツ最古の鉱山学校だそうです。
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鉱山学校の前身は修道院だったとか・・。
中庭。 -
そのお隣がルターが亡くなった家だったのです。
最初わからなくて通り過ぎてしまいました。 -
ルターは最後の1ヶ月をこの家で過ごしました。
そして、1546年2月にこの家で没しました。 -
この家には肖像画や書簡など、ルターにゆかりのある品々が展示されています。
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入り口の狭い間口からは考えられないほど、中は広々としていて、近代的な建物でした。
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入場者も多く、部屋に入るのに行列が出来るほど。
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壁には、ルターが生まれて亡くなるまでの軌跡が図示されています。
アイスレーベン、ハレ、ヴィッテンベルク・・・ -
ここは人が多い、さっきの生家とは比べ物になりません。
展示物なんかゆっくり見れません。 -
その中で辛うじて写真に撮れたものを・・。
ルターが説教をしている絵 -
ヴィッテンベルクにいるルターのもとに、幼少期を過ごしたマンスフェルトの伯爵家からゴタゴタの調停依頼が迷い込んできました。
その調停に赴いた彼は、奇しくも生まれ故郷アイスレーベンで倒れます。
そしてこの家で一生を閉じました。
ルターが最後をむかえた部屋もありましたが、写真に入っていませんね。 -
ベッドに臥して、神の迎えを待つルターを描いた絵。
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亡くなる様子を再現した?油絵です。
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マルティン・ルターのデスマスク。
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この博物館では、いろんな工夫をこらした展示方法になっています。
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若い子たちにも大うけです。
いろいろ触ったり、楽しみながら勉強をしていました。 -
ルターが没した家を後にして。
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ルターシュトラーセに出ます。
小川が流れる気持ちの小道です。 -
聖ペトリパウロ教会へ着きました。
中は自由に入れるようです。 -
教会の中も大勢の見学者。
聖ペトリパウロ教会は、ルターが洗礼を受けた教会です。
ルターの生まれた日が聖マルティンの日だったので、マルティンという名前になったのだとか・・ -
祭壇のほう。
3枚のステンドグラスは、お天気が悪いので残念ながら絵が見えません。
その前には祭壇。
左側にはキリストの磔刑像。
そして手前にあるのは洗礼盤。
これがルターが洗礼を受けた洗礼盤なのでしょうか?
戦災に遭っていますから違うでしょうね。 -
その近くにはなぜか、水が湧き出ている泉が・・。
その周りには
「MACHT ALLE MENSCHEN ZU MEINEN JÜNGERN TAUFT SIE AUF DEN NAMEN DES VATERS UND DES SOHNES UND DES HEILIGEN GEISTES.」の文字が・・。
ルターの言葉です。 -
祭壇。
イエスの降誕と、両脇のレリーフはそれを祝福する使徒たち。 -
ここのパイプオルガンも見事です。
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ルターとメランヒトンの肖像画
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上は、父ハンス・ルターと母マーガレット、
下はルターと妻カタリーナでしょうか? -
その下ではせっせと食器を並べている女性.
何があるのかと聞いたら、明日年に1度の何とかの記念日で、その準備をしているって言っていました。 -
明日の飾りつけなのでしょうか、オルガンの前には日本風なサクラの生け花が活けてあります。
なんか嬉しい・・。 -
もう一つ嬉しいのは、なんとこのオルガン、日本の「YAMAHA」製なのです。
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聖ペトリパウロ教会は大掛かりな改装工事をやっていました。
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もう一度、ルターが生まれた家に戻ってきました。
さっきより見学者が多くなっています。 -
受付で、駅までのタクシーを呼んでいただきました。
係りの女性は親切に電話をかけてくれました。
しばらく待ちましたが、なかなかタクシーが来ないので外で待つことに・・・ -
ゲブルツハウスの角にはマルティン・ルターの胸像が・・。
タクシーはなかなか来ません。
もう一度呼んでもらおうと中に入ろうと思ったら、係りの女性がわざわざ外に出てきて、あと10分ほどで着くそうです!って知らせに来てくれました。
本当に親切な人たち。
こんな小さな町だもの、タクシーも少ないんでしょうね。 -
ルターの生まれた家と、隣はルターの学校だって言っていた(?)、その先の塔はルターの洗礼教会聖ペテロ・パウロ教会。
周り中マルティン・ルターに囲まれたルターシュタット・アイスレーベンを後にします。
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この旅行記へのコメント (4)
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- ベームさん 2013/07/28 10:58:28
- 勉強になりました。
- himmelさん、
ようやくバイロイトから神輿が揚りましたね。
でもナウムブルクに三日間とは余裕のある旅です。
アイスレーベンの写真、ほんの2か月前のことですが懐かしいです。あのルターの生家近くの廃屋にルター関係の絵が架かっている風景をhimmelさんもご覧になったのですか。まだまだ旧東独の町は復興が遅れていますね。
ルターの生家、亡くなった家、聖ペトリ・パウリ教会、いづれも私は時間が早くて中に入れなかった所です。himmelさんの写真で見ることが出来勉強になりました。有難うございます。
私の旅行は終わりに近づいてきましたがhimmelさんはまだまだですので楽しみです。
ベーム
- frau.himmelさん からの返信 2013/07/28 21:30:26
- RE: 勉強になりました。
- ベームさん こんばんは。
ホントに10日ぶりの新規投稿になりました。
こんなに暑いと旅行記作成にも身が入りません。
ベームさんが次々と投稿していらっしゃるのを横目に、一応焦ってはいたのですが・・(笑)
アイスレーベンでは時間が早すぎて、どこにも入場できなかったんですね。
それは残念でしたね。
でも、旅をしているとどうしてもそういう所が出てきますね。
アイスレーベンのあの廃屋、なんか妙に気になりました。
あんな壊れかけた家に、ルターの生涯の絵が掲げられてあるなんて。
アイスレーベンらしい写真はいくらでもあったのですが、あの家が気に入って表紙に使ってしまいました。
もしかして、あの家、街のアートだったのかしら?
先ほどレンバッハ美術館、見せていただきました。
カンデンスキーなどの青騎士の絵、いいですね。
私もあまり現代絵画って見ないのですが、やっぱりいいものはいい!
次はムルナウですか、なるほど、だからカンデンスキーですね。
楽しみにしています。
himmel
-
- norisaさん 2013/07/27 05:53:28
- 偉大な改革
- frau.himmelさん
おはようございます。
マルチンルターは超有名ですがアイスレーベンという町は知りませんでした。
とにもかくにも彼の業績は既得権と旧弊な思想に固執するカトリックに風穴を開けたことでしょうか。
ローマ法王がブラジル訪問をしているようですが、このカトリックの国ですらプロテスタントが増えているそうですからやはり問題点があるのでしょうか。
しかし、キリスト教もイスラム教もその発生時は純粋かつ高邁な宗教だったようなので時と共に人間の手垢にまみれて派閥や過激派が生まれるのでしょうかーー。
彼がこの町で何を習い、どう考えてきたのか興味深いところですーーー。
norisa
- frau.himmelさん からの返信 2013/07/27 12:14:13
- RE: 偉大な改革
- norisaさん いつもありがとうございます。
毎日暑くて暑くて、グダグダしております。
前回旅行記をアップしてから何と10日も経ってしまいました。
しかも、読み返すになんと熱意のない旅行記なんだろうと・・
本当に申し訳ありません。
これには訳が・・
マルティン・ルター、この偉大な宗教改革者のことを調べれば調べるほど、頭が混乱してきて、あ〜〜難しいー!って投げ出したくなりました。
彼は反ユダヤ派だったのですね。そのころからユダヤは排斥されていた。
聖職者は結婚出来なかったのに、聖書の盲点をついて、聖職者としてはじめて結婚という慣例を作った。
それに権力者との結びつき・・などなど
彼は本当に偉大だったのか・・なんて考えていたら、結局平易な旅行記になってしまいました。
norisaさんほどの文章力が私にあったら、こんなに悩まなくていいのに。
暑さのなせるタワゴトだとお聞き逃しください。
himmel
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