2013/06/28 - 2013/07/06
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dapuqiaoさん
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花の時期、フラワーウォッチングをメインに四川省の高原・山を巡って来ました。
行程
6/28 上海(or成田) → 成都 飛行機
6/29 成都 → 黄龍 → 若爾蓋 専用バス & 徒歩
6/30 若爾蓋 → 花湖 → 黄河第一湾 専用バス
7/01 黄河第一湾 → 馬爾康 専用バス
7/02 馬爾康 → 日隆 四姑娘山 (双橋溝) 専用バス & 徒歩
7/03 四姑娘山 (海子溝、長坪溝、巴朗山) 専用バス & 徒歩
7/04 日隆 → 馬爾康 専用バス
7/05 馬爾康 → 成都 専用バス
7/06 成都 → 上海(or成田) 飛行機
今回は、馬爾康近郊のチベット族の村。
写真はチベット族の「西索民居」。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 観光バス
-
7/04 11:00
ホテルを八時に出発、成都へ直接向かう道は通行不可なので馬爾康経由(1泊)の迂回路をとる事になる。
馬爾康への途中近郊のチベット族(蔵族)の旧跡を訪れる。
ここは、何回目かのトイレ休憩場所です。蔵族の村の入口(?)。 -
小さな滝のある清流もあります。
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7/04 13:00
蔵族の古村「西索民居」と領主=土司の館「卓克基土司官寨」に到着。 -
こちらが「西索民居」。
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花々で飾られている。
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渓流に沿って対岸には胡桃の並木道。
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石で湾曲しているかのように作られている。
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こちらの二階(パラソルのある場所)で昼食です。
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昼食の準備にしばし時間がかかるようなので村の中を見学します。
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これが四川料理の「麻=しびれ」のもと、「山椒」。
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村から対面に「卓克基土司官寨」が見えます。
土司=少数民族(ここではチベット族)の首長or領主の館、城。 -
村のおばあさんお孫さんをおぶって散歩でしょうか。
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こちらでは、孫さんを遊ばせながら井戸端ならぬ農耕機具端会議。
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家と家の間はこんな通路となっています。
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橋も石造りです。
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どこの家も花がいっぱいです。
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そして、チベット仏教の「マニ車」「仏塔」が並んでいます。
我々もからからとまわしてみましたがにわか信者ではご利益はないでしょう。 -
7/04 14:00
やっと昼食にありつけました
ジャガイモをふかしただけなどの素朴な料理です。 -
7/04 14:40
昼食後は、「卓克基土司官寨」へ向かいます。
が、門衛がカギをもったまま外出中という事で中へ入れない。
なので、表門で待機です。 -
表門にあったのは、虎の書かれた壁画。
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壁越しに「西索民居」が見えます。
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そして、・・・足かせ、手かせ、首かせのついた拷問台のようなものがありました。
その向こうは牢屋でしょうか??? -
壁画の裏側は麒麟が描かれていました。
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暇を持て余してまたまた対岸の「西索民居」を眺める。
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7/04 15:10
待つ事20分、やっとカギを開けてもらって中へ入る事が出来ました。 -
中へ入ってみると大きな建物(5階建て)だとわかる。
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ひとつひとつの部屋には、当時何に使われていたかの説明板がかかっている。
この部屋は農具置き場。 -
中に入ってみるとこんなおおきなふるいが展示してありました。
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別の部屋には「長征」に関する展示がありました。
毛沢東率いる紅一面軍の「長征」は、この地を通ったそうです。
写真は毛沢東、周恩来、朱徳。
他の地域では共産軍と蔵族の関係はかならずしもうまくいかず、現在の蔵族に対する統治方法の遠因になったとも言われていますが、この地では当時の土司は彼らを友好的に遇したそうです。 -
「長征」のこの近辺の通り道を示す地図。
我々も通った「夢筆山」も長征の中で二番目に高い箇所で進軍に苦労したと伝えられているようです。 -
最後の土司。
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こちらは、土司の寝室。
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土司の奥さんの寝室。
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土司の奥さん。
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上から中庭(?)を見降ろしています。
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会議室。
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決済に使われた印など。
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建物の中にはチベット教の供仏殿があります。
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お釈迦さまとチベット仏教ゲルク派の聖人たちが祭られています。
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装飾品類。
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祭りの道具類。
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「宋佳」と「范冰冰」の写真。
チベット作家阿来のベストセラー「塵埃落定」が2002年にドラマ化された際、この地でロケが行われたそうで、写真は出演した二人の女優さんです。
「范冰冰」は、サントリーのウーロン茶のCMに出ていました。 -
7/04 16:50
次は「石 + 周」と書いて「diao」= 見張り台、トーチカの様なものです。
二つの谷から侵入してくる敵を見つけ、備えるためこの村では4本建っていました。
こちらは、山の上の二本。 -
山の上のものは登るのがきついので村の中にある方を見学する。
それでも少々登らなければならない -
「diao」の説明碑。
こちらの村は松岡鎮直波村というようです。 -
マニ塚越しに山上の「diao」を見上げます。
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道出てあった村の人々。
チベットト語の「こんにちは=ダシー テレー」と声をかけると愛想よく応えてくれる。 -
こちらは村のお寺。
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お寺の左右にはマニ車。
左のマニ車を回して寺の裏側に回り、その間もマニ車があるのでまわしながら右側から出てきて右のマニ車をまわす。これを三回行う。
右から回るという宗派もあるそうだ。 -
寺の反対側の遊園地で遊ぶ子供たち。
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声をかけるとポーズをとって応じてくれた
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二階で休憩中(?)のおばあさんも手を振ると笑顔で応えてくれた。
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村の上の「diao」まであとひと登り。
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村の方を振り返ってみる。われらの車も小さく見えます。
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下まで来て見上げるとかなり高い、中には行ってみると上には登れないよう板が打ち付けてある。
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昔は登ったであろうてっぺんは今ではこんな感じで草ぼうぼうです。
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さて、そろそろ下りますか。
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直波村ともおさらばです。
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7/04 18:00
今夜の泊り、馬爾康のホテルへ出発。 -
7/04 18:30
馬爾康のホテルへ再度の到着です。
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