2013/04/25 - 2013/04/25
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frau.himmelさん
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バイロイト祝祭歌劇場を後にして、旧市街に向かいます。
バス停で知り合ったお爺様がワーグナーと知り合いだったという素敵な貴婦人、
私たちのこと「ツヴァイ・メートヒェン」って言っていたわねー、「二人の娘さん」ですって、
孫もいるのに、まあーテレテレだわー。
なんて気分よくバスに乗り込みます。お世辞にしてもうれしいですね(笑)。
さて、バイロイトは前にも訪れていますので、軽く流します。
ただし、せっかくのバイロイト・カードを有効に使って、博物館には出来るだけ入って見ましょう。
ということだったのですが・・・
-
あらっ、まだ心配そうにバスの運転手さん、私たちを見ています。
ツヴァイ・メートヒェン(二人のお嬢さん・笑)が違った道に行かないか見守ってくれているのね。
ここはバイロイトのバスターミナルです。
305番のバスに乗って、運転手さんに、旧市街に行きたいと告げると、これに乗りなさいと。
そして、ここが終点だと知って戸惑っている私たちに、旧市街への道順を教えてくれたのでした。 -
教えてもらったように、シュールシュトラーセを進みます。
-
バイロイトの目抜き通り、マキシミリアン通りに出ました。
奥に見える建物はシュピタール教会。 -
通りの脇を疎水が流れています。
今日は4月のドイツにしては暑い日です。
水音が涼しく感じられます。 -
ヘルクレスの噴水
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左の出窓がある建物は、ドイツの哲学家でマックス・シュティルナー(1806-1856)が生まれた家らしい。
右の建物はモーレン薬局です。
バイロイト最古の薬局で、出窓はルネッサンス様式。
そして奥に見える2つの塔は、聖三位一体教会、
2011年に訪れたときは修復中でした。 -
バイロイト市街地の模型
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ネプチューン噴水
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通りのところどころにこのような古い写真が展示してあります。
この後ろの建物は、1908年当時はこういう建物だったそうです。
ナチスの象徴都市であったバイロイトは、第二次世界大戦で連合軍に徹底的に集中砲火を浴びました。
そして大部分の建物は壊滅状態になりました。 -
ここには1708年に建てられた歴史的建造物がありました。
1945年4月12日の爆撃で破壊されたそうです。 -
ネプチューン噴水の後ろですから、ここがそうですね。戦後の建築物とはいえ、ちゃんとそのころの面影を残した建物になっているのはさすがです。
-
ここにも戦後建てられたと思しき建物が。
壁の彫像など建築様式は、とっても由緒ありそうな建物。
アルテス・シュロス(旧宮殿)です。
1753年に焼失した宮殿を一度建て替えたものの、再び先の大戦で完全に破壊してしまい、戦後復旧されたものです。
鮮やかな建物のはずですね。 -
バイロイトは18世紀の終わりごろまで、バイロイト辺境伯に統治されていました。
その後後継者がいなかったか何かでプロイセンに統治されるようになります。
しかし、1806年、ナポレオン戦争に敗れ、フランス軍の領地になり、
1810年バイエルン王国ウィッテルスバッハ家に譲渡されることになりました。
その後オーバーフランケンに位置するバイロイトは、バイエルン地方に属するようになりました。 -
バイエルン王マキシミリアン2世像(1811-1864年)。
ワーグナーのパトロン、ルートヴィヒ2世の父親です。
この頃、まだプロイセン色が強いバイロイトを、何とかバイエルン色に染めようと、いろいろ工夫していました。
マキシミリアン広場、マキシミリアン通り、ルートヴィッヒ通り、ヴィッテルスバッハの噴水など・・" -
ここに黄色い(i)マークが・・。
財務局ってあるけど、ここにバイロイトの地図は置いてないかしら?
中に入り、受付で地図はありませんかなどと聞いていると、突然日本語で「日本の方ですか?」っていう声が。
背広を着たサラリーマン風の若い男性が立っています。
私たちが言葉がわからなくて困っていると思ったのね、受付の女性に「あとは僕が説明しますから・・」と。
聞くところによると、商社の現地法人に数ヶ月前に赴任してきた男性だそう。
道理でドイツ語はY子さんのほうがずっと上手。 -
この男性、何を勘違いしたのか、この廊下を行って階段を降りるとドコドコに行ける。ドコドコはそれからこう行って・・・と説明してくれます。
私たちは当惑顔。
だってまだマクシミリアン通りを散策し終わっていないんですもの。
彼に付いて行けば階段を下りなければならない、そしてまた上に上がってこなければならなくなるので、適当にお礼を言って別れました。
久しぶりに日本人に会って張り切っていたのね、彼。 -
宮廷教会の塔。
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オペラ通りを進みます。
沿道にはワーグナー生誕200年の旗に混じってジャン・パウロ生誕250年の旗も見えます。 -
ジャン・パウル(1763 - 1825)
本名は、ヨハン・パウル・フリードリヒ。著名な作家。
バイロイトには彼の名前を冠した広場や通り、銅像、博物館があり、超人気者です。
私は知りませんでしたが・・ -
ホテル・アンカー
1753年に操業を始めた高貴なホテルです。
1873年には、ワーグナーの60歳の誕生日式典がここで行われました。
式典の演奏プログラムは辺境伯歌劇場で行われたそうです。 -
ホテル・アンカーにある紋章
多くの有名人がこのホテルに泊まりました。
戦前ではブルーノ・ワルター、トーマス・マン、ヒトラー、ゲッベルスやゲーリング夫妻。
戦後はショルティやカラヤン、シュヴァルツコプフなども宿泊したそうです。" -
辺境伯オペラハウスとヴィッテルス・バッハの泉。
-
ヴィッテルスバッハの泉
1914年に建設されました。 -
辺境伯オペラハウスの正面に回って。
ここはバイロイト・カードではいれるのかしら?
前回(2011年)見損ねたので、今回はどうしても見たいと思っていました。 -
辺境伯オペラハウスは1744-48年、候妃ヴィルヘルミネの命で建てられました。
外観は質素に見えますが、内装はロココ調の絢爛豪華なたたずまいだそうです。
この時代、いくつもの宮廷建築を手がけたカール・フォン・ゴンタルトによって建てられたもの。
この辺境伯夫妻の統治時代にバイロイトの街は最も栄えました。 -
ところがどうでしょう、またもや休館ですって!。
-
がっかりして歩いていると、観光案内所がありました。
ここでやっと地図をいただけます。 -
入り口のベンチにはワーグナー氏がゆったりと腰を掛け、愛犬がそばで静かに座っています。
-
中に入って地図をいただきます。
棚の上にはワーグナーやジャン・パウロのパンフレットがいろいろ・・ -
ワーグナー・グッズもいろいろ・・
-
観光案内所と道路を隔てたミュンツガッセには森林管理局が・
1907年、王立銀行としてユーゲントシュティール様式で建てられました。 -
マキシミリアン通りに続くリヒャルト・ワーグナー通りへ入ります。
-
通りにあった壁の黒板にチョークで
「Gott hat dem Menschen die Zeit gegeben,
aber von Eile hat er nichts gesagt」
「神は人間に時間を与えたが、急ぐことについては何も言われなかった」。
なんか含蓄のある言葉・・ -
この素敵なレストランの壁にあったものです。
せっかく神様がお与えになった時間、食事くらいはゆっくりなさい!ってことでしょうか。 -
ここは創立150年のビール醸造所のレストランのようです。
「気に入った!ここでお昼をいただきましょう」。 -
朝食を食べ過ぎてまだおなかがすいていないので、ワーグナー博物館に先に行きます。
ところが、ワーグナー博物館・ヴァーンフリート館はまだ休館でした。
2011年からずーっと修復中なのですね。
お隣のリスト博物館も2時からなんですって。 -
ワーグナー家の裏の公園、ホーフガルテンを散策しながら・・・
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とっても気持ちのいい公園です。
ワーグナー夫妻もよくここを散歩したとか。
またこの池ではワーグナーが子供とスケート遊びに興じたそうです。 -
ワーグナー家のお隣。
彫像の下にはバイロイト辺境伯フリードリヒの名前と、その上にはなにやらドイツ語で「フリーメイソン」と読めます。
ここは、1741年辺境伯フリードリヒによって設立されたドイツで最も古いフリーメーソン支部だそうです。
ここはバイロイトカードで入れるそうです。 -
フリーメイソンのマーク、コンパスと定規。
数年前、アーヘンで同じくフリーメイソンの象徴である「プロビデンスの目」を見つけて以来、フリーメイソンに興味を抱きました。 -
なにやら秘密結社のような印象を受けるフリーメイソン、
ドイツではモーツアルト、ベートーベン、ゲーテもハイネもみんなフリーメイソンに加わっているといわれています。
いったい、この中にはどんな秘密が隠されているのだろう、
ワクワクします。 -
ところがここも、休館。
4月25-27日、私たちが滞在する日すべてが開いていないのです。
付いていませんね。
どこもかしこも休館・休館でバイロイト・カードの出番がまったくありません。 -
仕方がない、気を取り直して先に進みます。
後ろを振り返ると、ほら、こんなに素敵な公園なのです。
近所の人たちが犬を散歩させたり、のんびりゆっくり散策するシニアの方も・・ -
ホーフガルテンは新宮殿に繋がっています。
ここもたしかカードで入れたと思う・・ -
ところが中に入って受付で聞いてみると、古代の特別展か何かをやっていて、追加料金が9ユーロ必要だと・・。
古代の歴史にそんなに興味がない私たちは、9ユーロ払うのならそれでおいしいもの食べたほうがいいわよね(笑)。 -
新宮殿の正面側に回りました。
1754年、ヴィルヘルミナ候妃によって建造された居城です。
バイロイト辺境伯に嫁いだヴィルヘルミナ候妃は、プロイセンのフリードリヒ大王の実姉になります。
そう、ベルリンのウンター・デン・リンデンに大きな騎馬像があるあのフリードリッヒ大王です。
プロイセンをヨーロッパの大国に押し上げ、サンスーシー宮殿でフルートを吹いていたあの大王さまです。 -
ノイエス・シュロスの正面にはバロック様式で造られた辺境伯の泉があります。
中央の騎馬像は、辺境伯クリスティアン・エルンスト(1644-1712)の像で、騎馬像の下には踏みつけられているトルコ兵が…。
これはオスマン・トルコ軍に勝利した記念に造られたものです。 -
街歩きをして疲れ果てました。
マキシミリアン通りに戻る途中にあったオープン・カフェに思わず座り込みました。
そして、チェリーケーキを注文して一口パクリ・・・。
あ、しまった!
あの素敵なビア・レストラン(黒板に神様の含蓄ある言葉が書かれていた)で昼食をとるはずだったのに・。
神様は、疲れた人間には考える時間を与えてくれませんでした(笑)。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- とんちゃん健康一番さん 2016/12/26 13:12:37
- お邪魔します☆
- Liebe Himmelさん
バイロイトの旅行記にお邪魔させて頂きます。
9月にバイロイトに足を運びました。
Himmelさんの表紙のフォト♪
主人が座ってパチリしました(*^_^*)
3ヶ月前ぐらいのことなのに、
懐かしく感じられました♪
また、お邪魔させて頂きますぅ☆
- frau.himmelさん からの返信 2017/01/07 10:12:53
- RE: 返信遅くなりまして・・・
- とんちゃんさん、おはようございます。
コメントいただいていたのですね。
ここ1か月以上忙しくしておりまして、4トラベルを開ける心の余裕もなく、大変失礼いたしました。
バイロイトにもいらっしたのですね。私も大好きな街です。
あのワーグナーの像、目立ちますよね。
これからとんちゃんさんのバイロイト旅行記拝見いたします。
それにしてもとんちゃんさんのバイタリティー凄い!
続々と旅行記を投稿していらっしゃいますね。
私も今年は少しとんちゃんさんを見習って、パワーアップしなければと思います。
本年もよろしく願いいたします。
himmel
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