2013/04/25 - 2013/04/25
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frau.himmelさん
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ワーグナーの熱狂的なファンのことを「ワグネリアン」というそうです。
そして、バイロイトの祝祭歌劇場にワーグナーの音楽を聴きにいくことを「バイロイト詣で」と呼ぶそうです。
ワグネリアンの最たる人物が、ルートヴィッヒ2世とアドルフ・ヒトラー。
バイエルン国王ルートヴィッヒ2世は彼に心酔して、貧困と借金に喘いでいた彼に莫大な経済的支援を惜しまず、ついにはバイロイトにワーグナーの作品を演奏するためだけの劇場を造ります。
それが祝祭歌劇場です。
またアドルフ・ヒトラーは、若いころより彼の音楽に影響を受け、自らをワグネリアンといって憚りませんでした。政権をとった後も、ワーグナーの反ユダヤ主義をナチスのプロパガンダ(宣伝)に大いに利用しました。
またヒトラーは、ワーグナーの子孫とも個人的に親しくしておりました。
このことが、バイロイト市においても、祝祭歌劇場の運営においても暗い禍根を残すことになりました。
さて、祝祭歌劇場まで訪れる私はワグネリアンなのかしら?
いいえ、とんでもありません。
たまたま今年が記念の年だから訪れたのです。
そんなことを言ったら、本当のワグネリアンの方に申し訳ないです。
でも彼の作品は好きですよ。
-
バイロイト駅に降り立ちます。
私は今回が3度目のバイロイト。 -
ホテルは駅前通りのゴールデナーヒルシュ。
とてもかわいい部屋です。
ミュンヘンの2泊はアクシデントで、友人と同じ部屋になりましたが、今日から別々の部屋です。
私たちは若くないんです。
この歳でお互いに気を遣わなくていいようにと、日本から個別の部屋を予約しました。
ほとんどのホテルが、このようにツインやダブルを1人で使わせてくれました。
少し割高にはなりますけど。 -
洗面所もシャワーのみですが、大変清潔です。
友人の部屋はバスタブ付きでした。
いつも同じ間取りとは限りません、それも変化があって面白い。
お互いに部屋を見せ合って、当たり!とかはずれ!とか・・。 -
ホテルに荷物を置いて、夕食を兼ねて夕暮れの散策をいたします。
カナル(運河)に面してとっても雰囲気のいいレストランがありました。
そこに陣取って・・。
目の前には、生誕200年のワーグナーの幟(ノボリ)があちこちに立ててありました。 -
きれいに整備された小川は、さらさらと涼しそうな水音を立てています。
そんな中で、白ワインと紅茶をいただきながら、バイロイトの夕暮れ時を楽しみます。 -
いつの間にか、高台に立ち並ぶ歴史的建築物にもライトが点りました。
さあ、ホテルに戻りましょう。 -
4月25日
ミュンヘンの2泊は朝食をつけませんでしたので、実質ドイツで初めてのホテル朝食です。
やっぱりドイツの朝食っていいですね。
ついつい欲張って、あれもこれもととりすぎてしまいました。
でも大丈夫、ちゃんとお腹の中に入りました。 -
ホテルのフロントでバイロイトカードを購入。
3日間市内バスが乗り放題、博物館にもいくつか入れるし、市内ツアーには無料で参加できるという優れものです。
12.5ユーロ。 -
ホテルフロントで、祝祭歌劇場に行くには何番のバスに乗ればいいの?って聞いたら、バスに乗って行ったことないからわからない、あんなとこ近いんだから歩いていらっしゃいよ!っていわれました。
でも、せっかくバイロイトカードも買ったことだし、この後のことを考えれば体力消耗は避けなければなりません。
バイロイト駅前から309番のバスに乗って・・ -
駅から2つ目のバス停から祝祭歌劇場が見えました。
慌てて降ります。 -
向こうのほうにテレビや写真で見た祝祭歌劇場が見えます。
3度目のバイロイトにしてやっと訪れることができました・・
感慨深い思いです。 -
道路案内標識も、ジークフリード・ワーグナーアレーや、トリスタン通り、トリスタンとイゾルデという彼の作品にちなんだ名前ですね。
-
道端に咲いている可憐な小花もここで咲いていると、なんだか違った花に見えます。
-
サクラやレンギョウの色も、ことのほか鮮やかに感じられます。
-
そう、これこれ!
ワーグナーの祝祭歌劇場。
毎夏、ここの音楽祭のことはテレビで取り上げられていますね。 -
途中に小さな公園があって、向こうにはワーグナーの像も見えます。
ここは後でね。 -
残念ながら劇場はただいま改装中でした。
「地球の歩き方」には10時から劇場のガイドツアーがあるって書いてありました。
私には音楽祭なんて高嶺の花なので、せめて内部だけでも見て、「バイロイト詣で」の真似事でも・・と思っていました。
ところで内部ツアーはどこから始まるんだろう? -
入り口。
音楽祭のシーズンにはドレスアップした人々がここから出入りするのね。
どこでツアーのチケットを求めればいいのだろう? -
向かって左手に回ります。
サクラと、劇場のワイン色のレンガ壁がとてもいい感じ。 -
あらーー、ショック!
ここに
「今日の祝祭劇場の見物はありません」とあります。
これを楽しみに来たのに・・・。 -
あきらめきれない私たちは、劇場の周りを・・・
幕間にはあのバルコニーに出て、音楽の余韻に酔いしれている大勢の着飾った人々の姿をテレビで映していました。 -
ガラス戸越しに内部の様子が見えます。
ぴったりとガラスにカメラをつけて映します。
観客席への入り口です。 -
横手の公園。
ここにも休憩時にはいくつもの華やかな輪が出来ていました。 -
ここに「入り口」とあって、扉に手をかけたら中に入れました。
中は音楽会の案内所になっているようでいろいろな資料がおいてありました。 -
ワーグナー生誕200年の資料です。
記念に何でもいただいちゃいましょう。 -
記念すべき2013年のプログラム、配役、座席表、金額などの資料。
-
あら、意外と安いですね。
世界中の音楽ファンの垂涎の的、申し込んで何年も待たなければ手に入らないオペラのチケット。
もっとプレミアムがついて高いのかなと持っていました。
一番前のいい席でも280ユーロです。一番安い席は15ユーロからあります。
左側はプログラム。 -
プログラム。
7月25日から8月28日までの1ヶ月強、日ごと夜ごとワーグナーの目もくらむ名曲が演じられるのです。
・彷徨えるオランダ人、
・ラインの黄金、
・ワルキューレ、
・ジークフリート、
・神々の黄昏
・タンホイザー、
・ローエングリン・・・・・、
わあーーすごい! -
半周して劇場の右側に出ました。
正面から見るとそんなに大きく見えませんが、横から見ると結構大きな建物です。 -
ここで「verstummte stimmenーバイロイト祝祭劇場と1876年から1945年までのユダヤ」という案内板が・・
1945年の第二次大戦終結までバイロイト市、およびワ−グナー家はナチスと深い関係にありました。
それらは消すことの出来ない暗い過去です。
生誕200年に際して、それら「過去の清算」のための展示がありました。 -
祝祭劇場の階段を降りると、小さな公園があります。
見上げるサクラ越しの祝祭劇場。
この展示は、バイロイトの暗い過去から目をそむけずに、真摯に向き合おうという取り組みから始まりました。 -
そこにはたくさんのパネルが・・・。
-
パネルの字をよく見ると、Tod Kzの文字・・。
死亡、強制収容所という意味です。 -
この人たちはかってバイロイトで活躍した人たち、ユダヤ人というだけでオペラ界や音楽界から追放され、強制収容所に送られ、挙句そこで死亡した人たちなのです。
Tod(死亡)の地名には、強制収容所のあるアウシュビッツやテレジエンシュタットの文字も見えます。
*これは4枚をつなぎ合わせて1枚にしたものです。 -
その中に「死亡・東京」とあるパネルに興味を惹かれました。
マンフリート・グルリット(1890-1972)。
ベルリンの富裕な家庭に生まれ作曲を勉強し、音楽学校の教師になる。
しかし1933年に退廃芸術のレッテルを貼られたため、ナチ党に入党する。
ところが彼はユダヤ人であったため、党員資格を剥奪される。そこでナチスからの逃亡を試みたが妨害される。
1939年に近衛秀磨の要請で来日。
以来日本で楽団や藤原歌劇団の指揮者や音楽学校の教師となり、日本洋楽の発展に貢献した人・・なのだそうです。 -
オーケストラやコーラスの人々。
1933年から1945年までの間、ユダヤ人というだけで、音楽界から追放されていた芸術家たち。 -
それらが展示してあるのはワーグナーの胸像の周りなのです。
どうしてここにこんな顕彰パネルが展示してあるのでしょう。
それにはワーグナーとユダヤ人とのかかわりを説明しなければなりません。 -
1813年ライプティヒで生まれたワーグナーは、名門ライプティヒ大学に入学するも中退し、音楽の道を志す。
しかし芽が出ず貧困と借金に苦しみます。
最初の妻、女優のミンナ・ブラーナに付いてあちこち転々するが、彼女とも不仲になり夜逃げ同然にパリに移ります。
パリでも認められることはなく、失意のうち戻ったドレスデンでようやく花開きます。 -
しかしそこで革命運動に加わり指名手配されることになります。
後に義父となるリストを頼ってスイスに亡命。
この時期にユダヤ嫌いだった彼は、反ユダヤ主義の論文を発表し、これがはるか後に、ヒトラーのプロパガンダに利用されることになります。
1862年、ワーグナーは恩赦によりドイツ入国を許可されることになり、1864年ワーグナーに心酔していたバイエルン国王ルートヴィッヒ2世から庇護を受けることになります。
そして1876年には彼の長い間の夢であったバイロイト祝祭歌劇場が完成しました。
彼は1883年、旅行中であったヴェネチアで亡くなりました。 -
ワーグナーの死後、バイロイト祝祭歌劇場の運営は、彼の2番目の妻、リストの娘であったコジマと、彼の息子ジークフリートに託されました。
ワーグナーに劣らず反ユダヤ主義であった妻のコジマ、この時代に、ファシズムとバイロイトの繋がりが強くなっていきました。
コジマは晩年ヒトラーとも面会したことがあります。 -
1930年、コジマと息子ジークフレートが相次いで死去すると、祝祭歌劇場の運営はジークフリートの妻・ヴィニフレート・ワーグナーが後を継ぎました。
-
彼女は一時、ヒトラーと結婚するのではないかとのうわさもあったほど、ヒトラーと個人的に親しくしていました。
-
そういう関係から、祝祭歌劇場はナチス政権の国家的庇護を受けることになりました。
ヒトラーは、ワーグナー家の住まいであったジークフリー館にもたびたび訪れ、バイロイトはニュルンベルクと同じくナチスの象徴的都市と呼ばれるようになりました。 -
戦後、ヴィニフレートはナチスとの責任を問われて祝祭劇場への関与を禁止されました。
その後はワーグナー家の子孫によって運営されています。 -
ナチズムのおぞましいホロコーストに対しても重大な共犯的責任を負うことになったバイロイト市にとって、
ナチスとの決別は終わりのない永遠のテーマなのです。
ワーグナー生誕200年に向けて「過去の清算」のためのパネル展示。
それらを見守っている花壇の美しい花。 -
バス停に向かう途中公園にあった像。
これからワーグナーの住まい・バーンフリート館に向かいます。 -
バス停で知り合った女性。
白い上下の気品ある女性でした。
いろいろお話をしているうちに、彼女のおじい様が、その昔、ワーグナーと会ったことがあると話していました。
その表情は誇らしげでした。
やっぱり何といってもワーグナーはバイロイトの誇りなのです。
彼の主義と彼の音楽とは、切り離して考えるべきだと思いました。 -
バス停に張ってあった路線図。
バイロイトカードを有効に使いたいので、バスで旧市街に向かいます。
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この旅行記へのコメント (14)
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- ryujiさん 2013/07/16 12:01:41
- ワーグナーとバイロイト祝祭歌劇場
- こんにちは、frau.himmelさん。ご無沙汰していました。
今回のドイツ旅行、お疲れ様です。 himmelさんこれでドイツは何度目ですか?、それも長期間、さぞ充実したご旅行でしたでしょうね。
タイトルの旅行記を拝読、拝見しました。ワーグナーとバイロイトにまつわる歴史等、楽しく興味を持って見ましたよ。ヒトラーがワーグナーの崇拝者とは知りませんでした。(ワグネリアン、覚えました)
本当にhimmelさんはドイツがお好きなんですね、そして詳しい。私にとってはドイツは知らない事ばかりですが、音楽に関して少しばかりの覚えで,上記の旅行記に書き込みメールとなりました。
私はワーグナーと云えばなんたって、ニーベルンクの指環に憧れます。himmelさんの旅行記を見て、この地この劇場でニーベルンク指環を(4部作全て)観賞出来たらどんなに素敵だろうて想像してみました。指環のあらすじは承知していますが、勿論観賞はしていません。(分けても15時間はちょっと) 音楽鑑賞としても、ほんのさわりの部分のみです。(2部ワルキューレの騎行・3部ジークフリートの葬送部、ここが聞かせ所かは私の主観ですが)
ドイツ語が解るhimmelさん、1つ質問です。よろしく。楽劇「ニュルンベルクマイスタージンガー」ですが、私は昔に「ニュルンベルクの名歌手」と記憶していた?と思いますが同一の物でしょうか。お願いします。
ありがとう、これからゆっくり見ますよ。(私の好きな絵画をチラッと見ました)
ryuji
- frau.himmelさん からの返信 2013/07/17 13:45:57
- RE: ワーグナーとバイロイト祝祭歌劇場
- ryujiさん ご訪問ありがとうございます。
ワーグナーの旅行記、見てくださったとのこと。
音楽にとても深い造詣がおありのryujiさんにご覧いただいて、嬉しいやら恥ずかしいやら・・
ミーハーで、今年が生誕200年の記念の年だったものですから、これをテーマにドイツ旅行を・・となった次第です。
だけど、音楽の観点から歴史を臨むって言うのも面白いですね。
今回もワーグナー一家とナチスの繋がり・・・、これを調べていくうちに、歴史って面白いなーとワクワクしてまいりました。
以前、ryujiさんと横浜臨海公園さんの、掲示板での音楽に関する深い遣り取り・・見せていただきました。お二人ともとってもお詳しくて、わーーと思ったものでした。
今回も、下の方に横浜臨海公園さんが、とっても深い含蓄のあるコメントをお寄せくださっています。
ぜひ、読んでください。私よりryujiさんのほうがご興味を抱かれるかも・・。
さて、
> 楽劇「ニュルンベルクマイスタージンガー」ですが、私は昔に「ニュルンベルクの名歌手」と記憶していた?と思いますが同一の物でしょうか。
同じものだと思います。
マイスタージンガーをドイツ語の直訳すると、
マイスターとはドイツの専門家に与えられる資格制度のことで、「親方」の意味です。ジンガーは「歌手」。
マイスタージンガーとは親方歌手、つまり「ニュルンベルクの名歌手」ってことですね。
なーんて、私が音楽にお詳しいryujiさんにお教えするる?恥ずかしいです。
ryujiさんのところにも時々おじゃまさせていただきます。
himmel
- ryujiさん からの返信 2013/07/18 09:51:58
- RE: RE: ワーグナーとバイロイト祝祭歌劇場
- >
> さて、
> > 楽劇「ニュルンベルクマイスタージンガー」ですが、私は昔に「ニュルンベルクの名歌手」と記憶していた?と思いますが同一の物でしょうか。
>
> 同じものだと思います。
> マイスタージンガーをドイツ語の直訳すると、
> マイスターとはドイツの専門家に与えられる資格制度のことで、「親方」の意味です。ジンガーは「歌手」。
> マイスタージンガーとは親方歌手、つまり「ニュルンベルクの名歌手」ってことですね。
>
> なーんて、私が音楽にお詳しいryujiさんにお教えするる?恥ずかしいです。
>
> ryujiさんのところにも時々おじゃまさせていただきます。
>
> himmel
おはようございます、himmelさん。
早速の質問のご返答をありがとうございます。同一の楽劇でしたか。最近は名歌手のタイトルが見えないのでどうかなぁと思っていました。直訳は親方歌手ね、(楽劇の内容を知らない私は、な〜るほどと納得とはいきませんが) きっと親方歌手の方が的を射てるんだ。それでかっこいいマイスタージンガーになったと今後は理解しておきます。
マイスタージンガーが親方歌手とはね、ありがとうhimmelさん。
ryuji
>
-
- norisaさん 2013/06/28 14:31:17
- 歴史の重み、傷跡ーー
- frau.himmelさん
バイロイト、全く未踏の地ですので今日はいろいろ勉強させていただきました。
それにしてもドイツの歴史の中にはユダヤ人問題が多いのですね。
流浪の民が生き延びるために金融を中心とした経済力をつけたがゆえに排斥されたのか、かてて加えてユダヤ教という排他的な宗教に固執し過ぎたために嫌悪されたのかーー。
その構図は未だに欧州全域、中東全域で受け継がれているのでしょうかーー。
そうした歴史を知ってか知らずか、サクラやレンギョウは咲き誇り、ワグナーの名曲は今も愛好されていますねーーー。
どうもありがとうございました。
norisa
- frau.himmelさん からの返信 2013/06/28 23:05:43
- RE: 歴史の重み、傷跡ーー
- norisaさん こんばんは。
もうそろそろヨーロッパにお出かけになるころでは?
> それにしてもドイツの歴史の中にはユダヤ人問題が多いのですね。
本当にそうですね。ワーグナーと彼の妻コジマは大の反ユダヤ主義!
ワグネリアンだったヒトラーに利用され、プロパガンダに利用され、
彼は、毎年音楽祭の季節にはバイロイトに通い詰めだったようです。
それゆえ、バイロイトはナチスの夏の首都みたいな役割を果たし、
挙句、ナチスの象徴的都市になりました。
ワーグナー生誕200年を迎えて、その「過去の清算」に躍起になっているというところでしょうか。
ナチスとユダヤ関係というキーワードは、ドイツにとって重い鎖です。
日本にもそういうのがありますね。
いまだに中国や韓国、ロシアからいろいろと責められていますものね。
もう、いい加減にしてよ、って言いたいですけど。
どうかお気をつけて行ってらっしゃい。
himmel
-
- 横浜臨海公園さん 2013/06/28 13:06:01
- バイロイト祝祭歌劇場
- frau.himmelさま、こんにちは。
ワーグナーは、19世紀末期当時の初代ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団指揮者のハンス・フォン・ビューローの妻コジマと不倫した結果がジークフリートの生誕につながります。
第1次世界大戦以前の当時のドイツは婦人の道徳教育が極めて厳格で、事実、コンラート・ハイット主演の無声映画にもあった程でした。
指揮者ブルノー・ワルターがコジマと面会した際に、余りに、一方的にリヒャルトの業績を賛美する話を続けたので、ワルターがコジマの倫理観欠如に腹を立て、ヴェルディ賛美したら、コジマがワルターに対し、狂気を含んだ強烈な視線を投げ返しという話があります。
ワルターは、フォン・ビューローの晩年の生活を知っていて、コジマに好印象を抱いていなかったからでしょう。
勿論、以後、ユダヤ人であるワルターがバイロイトに客演する事もありませんでした。
因みに、ジークフリート・ワーグナーがベルリン国立歌劇場管弦楽団と1927年にドイツ・オデオン社に録音した、ジークフリート牧歌は名演です。
横浜臨海公園
- frau.himmelさん からの返信 2013/06/28 22:16:35
- RE: バイロイト祝祭歌劇場
- 横浜臨海公園さま こんばんは。
コメントありがとうございます。
いつもながら本当にお詳しくていらっしゃる・・・
ブルーノワルターとコジマのくだりは知りませんでした。
それよりブルーノワルターに興味を持ちました。
ベルリン生まれのユダヤ系、第三帝国時代、いろいろな苦しい歴史があったのでしょうね。
前回バイロイトの旅行記を書いたときは、ハンス・フォン・ヴューロはリストの弟子でコジマの前夫だったという意識しかなかったのですが、彼自身が売れっ子の指揮者だったのですね。
なんで、あんな女たらし(失礼!)のワーグナーなんかと一緒になったんだろう・・、なんて・・。
ザクセンから指名手配されて、リストを頼ってスイスに亡命したときにも、どこぞの伯爵夫人と不倫をしていたらしいし・・
調べるほどにワーグナーの問題ありの人間性が見え隠れして・・ちょっと動揺しています。
でも、ワーグナーの音楽は別物ですね。
彼の息子であるジークフリートの妻、ヴィニフレートにも興味を持ちました。
またいろいろご教示ください。
himmel
- 横浜臨海公園さん からの返信 2013/06/29 07:54:10
- 続バイロイト祝祭歌劇場
- frau.himmelさま、おはようございます。
早速返信を拝見させて頂きました。
皮肉な事に、ワルターのレパートリーでワーグナーの演奏は得意とする分野でした。
1934年(昭和9年)に英国HMV本社は、ワルターとヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団との組合せで、ワーグナーの指輪全曲録音を決定し、翌1935年(昭和10年)5月にヴァルキューレ第1幕録音が開始され、ロッテ・レーマンやエリザーベート・シューマンなど当時の第一級歌手が担当する録音でしたが、楽劇などのソリストの日程がなかなか合わず、その後、第2幕数場を録音した処で1938年(昭和13年)3月にオーストリアはドイツに併合され、ワルターはオーストリアに帰国する事も出来ず、指輪全曲録音は挫折します。
ドイツ・エレクトローラ社はフルトヴェングラーとバイロイト祝祭歌劇場で、改めて指輪全曲録音を策定したものの、今度は指揮者フルトヴェングラーから拒否されてしまい、結局、指輪全曲録音が完成するのは、戦後ゲオルグ・ショルティが敢行するまで幻となります。
一説には、フルトヴェングラーは、コジマ夫人に好印象持っていなかったとも伝えれております。
横浜臨海公園
- frau.himmelさん からの返信 2013/06/30 09:56:54
- RE: 続バイロイト祝祭歌劇場
- 横浜臨海公園さま おはようございます。
返信が遅くなって申し訳ありません。
さて、またまた興味ある話題、ありがとうございます。
これから、まだまだワーグナー関連の旅行記をアップしなければなりませんので、このようなヒントは大変嬉しいです。
女帝コジマと、フルトヴェングラー、ブルーノワルターとの関係、大変面白いですね。
方やユダヤ系(ワルター)、方やナチス嫌い(ヴェングラー)と、大のワグネリアンでワーグナー一家とも親しくしていたヒトラーとの繋がりをもつコジマ。
その間にはいろんな葛藤もあったことでしょう。
あの2人の大巨匠は、私にとっては一昔前の指揮者で、実際のお姿は(テレビなどで)見たことはありませんが、よくラジオなどで、昔のちょっと音が悪いレコードで聴いたことがあります。
ですからお名前だけは知っていました。
ブルーノワルターがワーグナー音楽の第一人者だったとは、これも面白いです。
ナチスの迫害によってベルリンにいられなくなり、オーストリアに在住していた際に録音していた「指輪」、それもドイツとオーストリアの併合で中断されてしまった。まさに歴史に翻弄された音楽家・・・
いろんな方面から歴史を紐解くのも面白いですね。
ありがとうございました。
himmel
- 横浜臨海公園さん からの返信 2013/07/02 12:59:26
- 続々 バイロイト祝祭歌劇場
- frau.himmelさま、こんにちは。
戦前のバイロイト祝祭歌劇場のレコード録音は、ハインツ・ティーフェン指揮、フランツ・フェルカーのテノールの演奏でローエングリーン第3幕の一部等々がドイツ・テレフンケン社のライブ録音で残されております。
然し、此の録音の不思議さは、何と言っても、指揮者ティーフェンは正式の指揮者では無く、本職は当時のバイロイトの演出家で、何故、演奏会で正式な指揮者を用いず演出家が指揮棒を振るっていたかが理解出来ません。
因みに、バイロイトの歴代指揮者で過去にナチス党員だったのは、ヘルベルト・フォン・カラヤン、ハンス・クナッパーツブッシュ、カール・ベームで、ベームは宣伝大臣ゲッペルスとも懇意だった様です。
横浜臨海公園
-
- ペコリーノさん 2013/06/28 11:34:57
- ルートヴィヒ二世
- frau.himmelさんこんにちは。
先日、ウイーンへ向かうオーストリア航空の機内で「ルートヴィヒ二世」という映画を見ました。
その中で、ワーグナーの事ももちろん出ていました。
(すいません、映画は途中で寝てしまって・・・)
ヒットラーとのかかわりなど、芸術と政治が結びつくと複雑な事になってしまうのですね。
そういう背景もしっかり把握されていると旅も奥深い物になりますね。
ペコリーノ
- frau.himmelさん からの返信 2013/06/28 21:52:14
- RE: ルートヴィヒ二世
- ペコリーノさん こんばんは。
コメントありがとうございます。
今回のご旅行はウィーンとブタペストでしたね。
後ほど拝見させていただきます。
ルートヴィッヒ2世とワーグナーとの繋がり・・
ずいぶん前になりますが、最初、ノイシュヴァンシュタイン城に行ったとき、
あのお城がワーグナーのオペラの絵や、舞台装置の洞窟などで飾られているのを見たとき、まるでおもちゃのお城みたいと思いました。
それ以来、あんまりあのお城は好きになれません。
旅ってある程度歴史を踏まえていくと楽しいですね。
himmel
-
- 一歩人さん 2013/06/28 03:07:18
- ふ、ふ、格調高い、歴史のひと幕かな
- frau.himmelさんへ
ふ、ふ、混声合唱部の常任指揮者だった私には、感激ひとしおかな。
歴史に翻弄される人生。
かくゆうわたしも、高度成長、バブルと、成長経済の恩恵を受け、
今は、低成長。世界的にも。
ローエングリーン、タンホイザーはすぐ出てきますが。
ありがとうございました。
失礼しま〜す♪
- frau.himmelさん からの返信 2013/06/28 21:43:01
- RE: ふ、ふ、格調高い、歴史のひと幕かな
- 一歩人さん こんばんは。
コメントありがとうございます。
一歩人さんは、混声合唱部の常任指揮者でいらっしゃったんですか。
そんな方に私のつたないワーグナーの旅行記など、恥ずかしい限りです。
私の場合は、楽曲よりも歴史のほうに興味があります。
調べるほどに、ワーグナーも波乱万丈の人生だったようですね。
合唱といえば、タンホイザーの合唱曲、あれなんか聴くと、感動でゾクゾクっとして鳥肌が立ちます。
すばらしい曲ですね〜〜。
まだワーグナー探訪は続きます。
よろしかったら、見てください。
himmel
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