2012/08/26 - 2012/08/28
3位(同エリア6件中)
コクリコさん
2012年夏のフランス旅行。
パリに戻る前に毎年恒例となったヌヴェールのM氏宅訪問。
ヌヴェールからさらに田舎にあるシュヴァンヌ村の家を半分売り、私たちが何回もお世話になったゲストハウスだけ残してヌヴェールの町にアパルトマンを買ったM夫妻。
今回はそのアバルトマンに2泊滞在させていただきました。
- 旅行の満足度
- 4.0
-
リモージュから一旦パリに戻り、リヨン駅近くのホテルに1泊。
ヌヴェールから帰ってまた同じホテルに泊まるのでホテルに大きな荷物を預けます。
8月26日
パリ・ベルシー駅9時16分発の列車に乗車。
ヌヴェール着11時40分。
ヌヴェール駅ホームでM夫妻に出迎えられて、車でヌヴェール市内のM夫妻のアバルトマンへ。
ヌヴェールから車で40分ほどにあるシュヴァンヌ村のM邸の母屋を売り、ヌヴェール駅近くのアバルトマンを購入したのです。
写真はアバルトマンで私たちがお借りした一室。
シュヴァンヌ村の母屋にあったマダムお手製のタピスリーが壁にかかっていました。 -
シュヴァンヌ村の母屋には世界中を旅して買ったものがたくさん飾られていましたが、アバルトマンに移るに当たり特にお気に入りのものだけ残して処分したようです。
アバルトマンは2LDKですが、2部屋は夫婦の寝室とゲスト用の部屋。
リビングも部屋も廊下も広いのでゆったりとはしています。
母屋を売ってニースにアバルトマンを買いたいと言っていましたが、ニースはとても高くて買えなかったそう。
シュヴァンヌ村のゲストハウスの方は残してあり、
ちょうどアメリカに住んでいる娘夫婦がバカンスでやってきたので使っています。 -
アバルトマンに移るにためかなり断シャリしたそうなので、手土産は邪魔になるだけなのですが、写真の「いせ辰」の大型の風呂敷をお土産に持って行きました。
リビングの円形のテーブルクロスの色と風呂敷の花の色(ベージュ)が同じだったのでマダムは「素敵!」と大喜びしてベージュのテーブルクロスの上に重ねました。
ワインをつぐ時に早速ワインをこぼすM氏。
「全く!」とマダムや私に睨まれシュンとしていました。
すぐに対処したのでシミはつきませんでしたが、後からきた娘夫婦にも「パパ!」と怒られていました。 -
「友達の家に呼ばれているから行こう」
と連れられて行ったのが近所のBさん宅。
Bさん夫妻と男の子、女の子のいるご家庭で、近所に住む友達が何人か招待されていました。
私たちがお土産に持って行った梅酒とお菓子を持って行きました。
梅酒は大好評です!
M夫人はケーキを持って行きました。 -
広い庭でバーベキュー。
アルコールの種類はフランスですからふんだんにあり、飲みっぱなし。
B氏はベルギー人ですが、フランス人の奥様と結婚してフランスに住むようになってからフランス国籍をとったそうです。
「僕はベルギー人だったけれどフランス人になっても全然かまわない。日本人になっても中国人になってもかまわない。僕は地球人だよ」
と言っていました。 -
庭にはトランポリンあり。
トランポリンで遊んでいるのはB氏の娘のマリー。 -
ロビンソン・クルーソーみたいな木の上の小屋もある。
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プールもあるから子供たちも飽きない。
B家の子供たちを肩車しているのはM夫妻の長女ロランスとハンガリー系のアメリカ人ジョン。
この日は13時から20時頃までずーーーっと飲み食いしていたので、M氏のアバルトマンに帰ったとたんあっという間に寝てしまいました。 -
翌日、M氏の車でヌヴェールからシュヴァンヌ村へ。
シュヴァンヌ村に行くと必ず立ち寄るマドレーヌさんの牧場。 -
私たちも毎回ちょこっと庭先にお邪魔します。
マドレーヌさんの牧場でM氏は自宅用のチーズを作ってもらっているので取りにくるのです。 -
マドレーヌさんの家の一角にウサギ小屋がいくつもあり食用のウサギを飼っています。
可愛くて可哀想ですが、ウサギは美味しいんです。 -
見渡す限りの牧場に咲いていた小さな青紫色の花。
何の花かしら? -
シュヴァンヌ村のM家に着くと片足の黒猫フィフィネットが待っていました。
今年も元気なマドモワゼル・フィフィネットに会えて良かった♪ -
「あの家はもう他人の家になった」
と以前の母屋を指して少し悲しそうな顔をするM氏。
そう、土地の半分は他人の敷地になりました。 -
私たちが何回が泊まったゲストハウス(M夫妻の手造りの家)と庭半分だけが現在のM家。
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これまではほとんど使っていなかったゲストハウスの1階は生活感が出てきました。
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アメリカから帰省しているロランスとジョン夫婦は家の中ではなく庭にテントを張って寝泊りしていました。
かなり広いテントで居心地が良いのだそう。 -
庭には冬に向けて薪が積んであります。
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庭を掘ったら化石が出てくるそうです。
アンモナイトの化石!
ひとつお土産にいただきましたが、ずっしり重くて大変だった(><) -
庭には新しい小屋ができていました。
これもM氏が建てた小屋で、軽く食事ができるようになっています。 -
小屋の中はなかなか素敵。
ちょっと東南アジアのリゾート地にありそうな小屋っぽい。
M氏だけでなく、ヨーロッパの人たちは日曜大工が大好きでとても器用です。 -
この小屋で軽いデジュネ。
コレはコルシカの栗のビール(栗の粉が入っている?)。
アルコール6パーセント、ビールとしてはかなり強い。
栗の香りのするコクのあるビールで美味しかった。 -
マドレーヌさんの牧場から持ってきたM家用のチーズに、
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庭に生っているグリオットという酸っぱいサクランボでM夫人が作ったジャムをかけて、、、
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C'est bon! Tres,tres bon!!!
とっても美味しい!
ロランスがアメリカに帰る時はいつもたくさんジャムを持たせるそうです。
アメリカの食品は危ないから少しでも身体に良いものを、という親心。
実際ロランスの話ではアメリカは遺伝子組み換えなどの怪しい食品が多いみたい。
「何でもお金、お金。儲かれば良いと思っている国だから」とロランス。 -
お昼食べたらどうするのかな〜と思っていたら、お昼寝タイムのよう。
ロランスとジョンはテントでお昼寝。
M夫妻は家の中でお昼寝か作業している様子。
私はテントの前にあるソファーに座って、 -
気持ちの良い風が吹いてきて洗濯物が風にゆらゆら揺れている、
とぼんやり眺めたり、 -
ツバメや小鳥たちの可愛いさえずりを聞いているうちに、本当に眠ってしまいました。
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「炭鉱探検に出発」
と声をかけられ、
今は廃坑になって博物館になっているLa Machineの炭鉱に案内してくださるそうです。
炭鉱に行くとは思っていなかった。。。 -
車でどの位走ったのだろうか。
La Machineという名前の村に着きました。
ここは昔炭坑があった村だそうです。
M氏の話ではフランス各地にはまだ十分の石炭が埋まっているけれど、資源の保護のために2004年に全ての炭鉱は閉鎖されたとのこと。
(日本は元々良い石炭がなく輸入された石炭の方が質も良く安いため2001年に全ての炭鉱が閉鎖)
La Machineもその一つで現在『Musse de la Mine(炭鉱博物館)』として保存されています。 -
昼食後、お昼寝してからのんびりやってきたのは、博物館は14時から18時までの見学だからだそう。
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既に1年前のことでパンフレットももらってこなかったのでほとんど覚えていませんので、写真だけ。
本当に素朴な博物館でした。
昔は貧しい家の少年までが炭坑夫として働いていたようですが、少年のマネキンがこれまた前時代の古臭いマネキンで・・・ -
展示室はかなり広く、展示品も解説も多かったのですが、私にはなんとなく理解できる程度。
夫も昨夜から飲みすぎ、お昼も飲んで疲れているため頭が回らず全然解説読んでくれなくてボーっとしている(><)。
お酒に強いM夫妻(M氏は運転するのでほとんど飲んでいない)だけ張り切っていました〜
ブルゴーニュ地方の地層の断面図。 -
炭坑は200メートル位深く掘ったらしい(らしい? M氏がそう言っていたと私は思ったから、適当ですみません^^;)
間違ったコメントが多いかもしれませんので気が付いたら教えくださいませ。 -
採掘された石炭。
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ちょうど『炭坑で働いていた馬とロバ』の特別展示をやっていました。
炭鉱夫と馬、ロバの過酷な炭坑での仕事が詳しく展示されていましたが、
暗くて写真はボケボケ、コメントはあやふやなのでごめんなさい。 -
深くて狭い炭鉱の中で石炭を積んだトロッコを曳く馬。
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馬に付けられていた用具。
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昇降機で炭坑に降ろされる馬。
暴れないように目隠しされています。
窮屈な昇降機で1頭降ろすだけでも相当大変だったことでしょう。 -
競馬馬と違って労働する馬の足の太く頑丈。
ロバは16〜18年の寿命のうち、馬は18〜21年の寿命のうち炭坑の中で9〜12年も働いていたそうです。
炭坑夫は仕事が終われば地上に戻りますが、馬やロバは10年も太陽の光の届かない炭坑の中で過ごしたのです。
「寿命からするとロバの方が根性あるな」
とつぶやく夫。 -
炭坑では人間も同じ仲間、馬も友達だったそうです。
炭鉱夫たちに可愛がられていたそうですが、人間も馬(ロバ)たちも肺を悪くし寿命は短かったとM氏が教えてくれました。 -
マルゲリータ炭坑でのガス爆発事故を描いた絵。
マルゲリータ(マーガレット)という可愛らしい名前の炭坑ですが、かなりの数の炭坑夫、馬、ロバが犠牲になったようです。
日本でも最近では1985年北海道の夕張炭坑の爆発事故で何十人もの犠牲者を出しました(1899年〜1985年までに28回のガス爆発事故があり何千人も亡くなっています)。
目を覆いたくなりますがそれが当時の現実。 -
炭坑では爆発事故の危険に常にさらされていたのです。
夫が
「モーパッサンやエミール・ゾラを読めば当時の悲惨な炭坑の実態がわかるよ」
と言っていました。
日本の炭坑でも同じように(それ以上に)炭坑夫たちは酷い労働条件で働かせれていたのです。 -
若い独身女性や寡婦は炭鉱で働くことができたそうです(16歳〜50歳まで)。
これ以外に炭坑夫たちのストライキ、炭坑夫たちの子供たちの学校、炭鉱会社のお偉方の写真など数多く展示されていましたが、よく覚えていないのでこれ位で。 -
「炭坑で働く馬やロバたち」以外常設の展示。
狭いかと思っていた博物館は思っていたより広く
この辺りの太古の様子の展示。
シダ類がたくさん繁殖していた頃。 -
シダ類の化石。
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この一帯で採集された鉱物。
真ん中は水晶。 -
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暗くて写真は少ないですが、かなりの種類の鉱物が展示されていました。
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博物館の出口にいた事務員さんは、炭鉱会社の事務のおじさん?
後ろから見た時、本物の人間かと思ったらマネキンでした〜
当時の事務室の様子が展示されていましたが、そのまま博物館の出口だったような。 -
炭鉱博物館から炭坑へ。
良いお天気! -
1825年に開発されたグランノンの竪坑。
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石炭を積んでいたトロッコ。
これを馬が曳いていたのです。 -
ここでは人数が揃うとガイド付きの見学になります。
ガイドは鉱物を大学で専攻している学生アルバイト。
夏休みなのでここでアルバイトしているそうですが、かなり優秀なガイドさんだったそうです(M夫妻談)。 -
地上と炭坑内との連絡はこの拡声器のようなものでしたそうです。
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ランランと刎ねるようにガイドするお姉さん。
見学者は中高年が多く、皆さん熱心に質問するんですよ。
それをちゃんと丁寧に答えていたので評判良かったです。
そのため炭坑見学までかなりの時間を費やしました(聞いてもちんぷんかんぷんの私は飽きてしましましたが^^;)。 -
いよいよ炭坑の中を見学。
この子たちと同じように全員ヘルメットを被り。 -
一人一人、こんなゴツイ懐中電灯を持ちます。
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炭坑に入ります。
暗いので写真撮れませんでした。
炭坑の中でも解説とそれに関する質問が多くて、親に連れられてきた子供たちや私はすっかり飽きてしまいました〜
但し人間を面白く眺めていました。
質問する人、その人に答えるガイドさん、それに対して意見する人々。
日本だと質問する人は一人か二人ですが、ここでは全員質問しています。
それも和気藹々と楽しそうです。
夫は、、、夫も全然聞いていません。勝手に炭坑の中の他の物見ていました。 -
中に照明はあるものの私のカメラではこの程度しか写せません。
暗く狭い坑道で炭坑夫、馬、ロバたちが黙々と労働していたのです。
思っていたより広かったですが、ここをトロッコで運ぶのでは狭い。 -
やっと見学が終わり、さんざん質問していたM氏は大満足。
さて、車に乗ってシュヴァンヌ村に帰ります。 -
車の窓から見たボタ山。
夫はすぐに「ボタ山」だってわかりましたよ!
ボタ山は日本でも同じですもんね。 -
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シュヴァンヌ村のM家の隣の牧場ではまだ牛たちがのんびり草を食んでいました。
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そのうちの一頭が何を思ったのか近くまでやってきて私をじっと睨むので少し恐かった。
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夕食はランチと同じ小屋で。
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M夫人がちゃっちゃっと手早く作ったオムレツ。
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生ハム、サラダ。
パンとチーズ。
ワインがあるからそれだけで十分。
また散々飲んで食べて。 -
M夫妻が部屋に戻って片付けたり休んでいる間、ロランス夫妻としゃぺったり飲んだり歌ったり。
『サン・ジャン、私の恋人』をメロディーだけ歌う私たちに合わせ踊る二人。
パリのような都会が嫌いなM夫妻に対してパリ好きなロランスと夫は気が合って話しがのりのり。
二人ともパリの下町それも19区、20区の混沌とした爆発的な文化が大好きなのである。
夜遅くヌヴェールのアバルトマンに帰り、お休みなさーい。 -
28日。
翌朝、ゆっくり朝食をいただいた後、私たち夫婦はヌヴェールの町を久しぶりに散歩。
アバルトマンの近くの公園はリモージュの公園に似ている。 -
花壇のデザインも似てる。
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イノシシがウリボウを連れて走ってきた?
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可愛いよ、このオブジェ。
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M夫妻が結婚式をしたロマネスクの教会。
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「ルルドに行ったのだから、ベルナデットがその後の人生を送ったサン・ジルダール修道院に行かなくては」
と、数年ぶりにサン・ジルダール修道院に行ってきました。
数日前に訪れたルルドの旅行記です。
http://4travel.jp/traveler/coquelicot/album/10709110/ -
前回訪れた時も雨が降っていたけれどこの日もまた雨が降ってきました。
聖女ベルナデッタがルルドを去り、短い生涯を過ごしたサン・ジルダール修道院については2008年9月の旅行記に書いてあります。
http://4travel.jp/traveler/coquelicot/album/10341985/ -
サント・ベルナデッタの像。
ルルドで1853年2月から7月までの間に18回ベルナデッタは『あれ』(聖母マリアとは言っていない)の出現を見る。
ベルナデッタはルルド周辺の方言である「アケロ」=「あれ」、または「白いもの」と取調べの時に言っています。
その時取調べをした警察署長とベルナデッタとの会話の記録の一部です。
警察署長 「お前は聖母マリアを見たのだね」
ベルナデッタ「私は聖母マリアを見たとは言っていません」
署長 「では何を見たのかね?」
ベルナデッタ「何か白いもの・・・」
署長 「『何か』かね? それとも『誰か』かね?」 -
ベルナデッタ「『あれ』は小さなお嬢さんの形をしていました」
署長 「『あれ』はお前に『聖母』だと言わなかったのか?」
ベルナデッタ「『あれ』はそういうことは言いません」
(以下省略)
白い貴婦人はベルナデッタに一度も「聖母マリア」だとは名乗っていないのです。
そして、ベルナデッタは聖母マリアを見たとは言っていないのです。
ルルドで「奇跡の水」が評判になり過ぎたからでしょうか、ベルナデッタはルルドからヌヴェールに逃れるようにやってきました。 -
ヌヴェールに来てからはいっさい「奇跡の泉」のことも「あれ」を見たことも語りませんでした。
病弱でしたが一度も「ルルドの聖水」を飲まなかったそうです。
ベルナデッタ自身は「ルルドの聖水」の奇跡を信じていたかどうかも疑わしいです。
「ルルドの泉」の奇跡の噂はベルナデッタをよそにどんどん一人歩きしてしまったのですね。 -
「聖母マリアの出現」「奇跡の泉」と言い始めたのは群集と教会だったのです。
ルルドの泉の成分は天然ゲルマニウムイオン水で、現在でも1日約12万2400リットル湧き出ているそうです。
ルルドの泉で病気が治ったと自己申告した人は1862年以来6700人。
教会から正式に「奇跡」と認定さされた症例はわずか66例だそうです。 -
それにもかかわらず、「ルルドの奇跡」は現在に至るまで世界中の信者たちに信じられ、ルルド詣では絶え間なく続いています。
礼拝堂にはベルナデッタの聖遺体が今でも腐敗することなく横たわっています。
ルルドとは反対に観光客も少なく、本当の信者だけが参拝にきています。
サント・ベルナデッタの姿を見て全身で感動していました。
私たちも彼らの邪魔にならないように静かにベルナデッタの聖遺体に手を合わせました。 -
2008年にあったかどうか覚えていませんが、ベルナデッタに関する資料が展示されている棟がありました。
M家の人たちと昼食の約束があったので2009年にお会いした日本修道女の川田さんの消息をお聞きする時間はありませんでした。
川田さんと同年の母は3年前に他界しました。
川田さん、お元気で生活されていらっしゃると良いのですが。 -
修道院を出て少し町中を歩きます。
児童公園。
日本では危険だからということで最近児童公園には遊具がない後援が多いです。
このような遊具なら危険はないと思いますが、、、子供たちも楽しめるのに。 -
ヌヴェールの町の中心街。
左の素敵な建物は銀行。 -
-
カテドラル,サン・シール・エ・サント・ジュリエット大聖堂です。
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カテドラル内天井画。
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ステンドグラス。
ミサが行われていたのですぐに退散しました。 -
旧市街の民家。
観光地ではないので窓辺の花は手抜きかな?
我が家みたいだ(^^;) -
立派なパレスのある丘から見下ろすと、
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ロワール川。
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お世話になったM夫妻とロランス夫妻にお昼を御馳走させていただくことにしました(最初からこちらが払うと言うとM家の人たちは遠慮して少ししか注文しないので途中で言いました)。
素朴で洒落たレストランですが、それにしてもとっても安いので驚きました。 -
ヌヴェール駅。
M夫妻、ロランス夫妻がホームで見送ってくださいました。
「また来年!」
今年も暖かいおもてなしありがとうございました。
ヌヴェール発14時19分の列車でパリに戻ります。 -
車窓からロワール川。
三日間をまとめてUPしたので長くなってしまいました。
まだ未完成なので、徐々にコメント入れていこうと思います。
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この旅行記へのコメント (6)
-
- ピノさん 2022/06/15 14:32:57
- ルルド・ヌヴェール
- コクリコさん
私の旅行記に「いいね」をありがとうございました。ルルドやヌヴェールはガイドブックがないので、コクリコさんやフォートラべルの旅行記を参考にさせていただきました。家内にはルルドの奇跡は起こりませんでしたが、よい思い出になっています。
ピノ
- コクリコさん からの返信 2022/06/15 16:59:27
- Re: ルルド・ヌヴェール
- ピノさん、ご訪問ありがとうございます。
ピノさんの旅行記拝見し、つい懐かしくなって、、、
奥様のこと残念でしたが、ピノさんとルルド、ヌヴェールに行けたこときっと感謝していらっしゃったことでしょう。
私たちも親戚の青年にルルドの聖水をお土産に持って行ったのですが、奇跡は起こりませんでした。
ルルドの街中は賑やかですが聖域内に入ると空気が違いましたね。
ピノさんご夫妻と違い私たちはルルドに宿泊しませんでしたがあの時の旅行はとても思い出深い旅でした。宿泊したらもっと感動したでしょうね。
ピノさんもお元気で旅を続けてくださいね。
-
- ElliEさん 2013/07/26 14:40:11
- お友達を訪ねて
- お久しぶりです〜。
唐辛子婆さんが帰ってしまって気の抜けたElliEです。
お友達を訪ねて、のんびり滞在できてよかったですね。
炭鉱探検とか、他の人のおうち訪問など、普通の旅行ではなかなかできないですものね。
さて、これは1年前だけど、今年のフランス旅行はそろそろですか?
今年はどこへ行くのかな?
私も8月にでノルマンディーに行くことになりました。
今回は、レンタカーでぐるっと周るつもりだけど、行きたいところがたくさんあって困っちゃう。
のんびり1ヶ月ほど休みたいところですが・・・。
主人が休めないのでせいぜい8日間です。
- コクリコさん からの返信 2013/07/26 16:02:43
- RE: お友達を訪ねて
- ElliEさん、お久しぶりです。
唐辛子さん、精力的に旅行記UPされているようですが、私今頃あわてて旅行の細かい部分の予定を考えているのでなかなかゆっくり他のトラベラーさんの旅行記見られないの。
> 唐辛子婆さんが帰ってしまって気の抜けたElliEです。
唐辛子さんとElliEさんの二人組では好奇心いっぱいあちこち寄って、楽しかったでしょうけれどその後は気が抜けそうですね・・・想像つきます(^^)
> さて、これは1年前だけど、今年のフランス旅行はそろそろですか?
> 今年はどこへ行くのかな?
1年前のやっと今頃UPしたので、それこそ気が抜けて内容も手抜きでお恥ずかしいです。
唐辛子さんや皆さんみたいに帰国したらチャッチャと旅行記UPしなければね〜
ほとんど忘れちゃったのよ〜〜
> 私も8月にでノルマンディーに行くことになりました。
> 今回は、レンタカーでぐるっと周るつもりだけど、行きたいところがたくさんあって困っちゃう。
えっえっ!? ノルマンディーヘ!
私たちは今回ノルマンディーはパリから日帰りのトゥルーヴイル/ドーヴイルだけなのですがElliEさんはどちらを回るの?
唐辛子さんやCANさんもいらしたジヴエルニーも行くの?
ノルマンディーは私はジヴェルニー、ルーアン、モン・サン・ミシェルしか行ったことがないのですが、エトルタとかオンフルールとか見所はたくさんあるので一週間の旅ならノルマンディーだけという選択は良いと思いますよ。
私はトゥルーヴィル/ドーヴィルへは8月29日に行くのですがElliEさんはいつ行くの?
トゥルーヴイルもドーヴィル(ダバダバタの『男と女』の舞台)も良さそうなのでもし旅程に組めそうだったらElliEさんたちもいらしてみては?
まさかパリでは唐辛子さんが滞在したB&Bということはないでしょうね。
私は今年はアルザス地方、フランシュ・コンテ地方を中心にして、またヌヴェールの友達の家に2泊します。
それではお互い良い旅になりますように〜
- 唐辛子婆さん からの返信 2013/07/28 00:08:18
- RE: お友達を訪ねて
- コクリコさん、ELLiEさん、こんばんは
横から失礼いたしまっす。
> 唐辛子婆さんが帰ってしまって気の抜けたElliEです。
ELLiEさんのおかげでフツーの人ができない楽しい旅ができました。
ありがとうございましたぁ(^o^)
行く先にお友達がいるってホントに心強い。
コクリコさん
さすが、コクリコさんならではのディープな旅。炭鉱見学とは!
そして、Mご夫妻はとうとう引っ越されたのですね。
なんだかコクリコさんの旅行記のおかげでもう自分のお友達みたいに
思えてしまってる唐辛子婆です。
牛の目がこわいよ〜。コクリコさん、赤い服きてたの?
> 私も8月にでノルマンディーに行くことになりました。
> 今回は、レンタカーでぐるっと周るつもり
いいっなあああああああ!
コクリコさんご夫妻とどっかで会えるといいですね。
それぞれの旅行記を楽しみにいたします。
って、自分のをはやくしなくっちゃ。
唐辛子婆
- コクリコさん からの返信 2013/07/28 09:58:05
- RE: RE: お友達を訪ねて
- 唐辛子さん、おはようございます!
> ELLiEさんのおかげでフツーの人ができない楽しい旅ができました。
> ありがとうございましたぁ(^o^)
> 行く先にお友達がいるってホントに心強い。
ロングスティーの候補地がまた増えて、嬉しい悲鳴をあげているのでは?
2,3ヶ月ずつ各国にスティはどう?
移動ばかりだとそれも疲れるかしら。
> さすが、コクリコさんならではのディープな旅。炭鉱見学とは!
炭坑見学、最後は飽きてしまったんですけど。
私の希望としては中世のお城を中世の建築方法で(建てている人たちの衣装も中世の衣装)建てている所があり、そちらの見学の方に行きたかったのですが、毎晩飲んでたから近い方の炭坑にしたようです(^^;)
> そして、Mご夫妻はとうとう引っ越されたのですね。
> なんだかコクリコさんの旅行記のおかげでもう自分のお友達みたいに
> 思えてしまってる唐辛子婆です。
母屋を売って、私たちが以前滞在させていただいたゲストハウスは残っていますけど、ニースにアバルトマンは買えなかったようです。
そうそうね唐辛子さんとほぼ同世代だからお友達感覚ですよ。
ちょっとびっくりしたんだけどM夫妻の若い頃のアルバム見たら、美女とちょっと可愛い男の子でした(^o^)
> 牛の目がこわいよ〜。コクリコさん、赤い服きてたの?
着てないのに(><)
柵があったから余裕で写真撮ったけど
「なんじゃ、このチビの東洋人は」
と思ってのしのしやって来たのかも。
> コクリコさんご夫妻とどっかで会えるといいですね。
> それぞれの旅行記を楽しみにいたします。
それがね、同じ頃フランスにいるのに全然違う所なのよ。
パリ滞在も違う日なの。
全然会えませーん。
> って、自分のをはやくしなくっちゃ。
私なんて今頃やっと1年前のヌヴエール旅行記UPし終えたんですから、唐辛子さんの旅行記のUPが早くて感心しています。
でもやっと去年の旅行記完成したから、これから旅行の細かい下調べに向かいます。
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