2013/06/19 - 2013/06/24
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あなもりやさん
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関西空港から中国東方航空で上海へ、国内線に乗り継ぎ夕方、西安の空港に到着。ツアー会社の用意したバスでホテルへと向かう。
翌朝、専用バスで最初の訪問地麟遊へ、ローカルロードには砂を積んだトラックの多さにびっくり、急なカーブの続く山道を2時間ほど走った山の中に慈善寺石窟はあった。隋・唐時代に造られた磨崖石仏、ほとんど訪れる観光客もいない山奥にこれほどの石仏があるとは、さすが中国だ。ここで初めて「ニーハオトイレ」に出会う。
麟遊の中心部に戻り。「九成宮醴泉銘碑」を見学、楷書の名品とされる石碑が二体、唐の時代のものだ。麟遊の町で昼食を取り、一路銅川へと向かう。途中霧や道路工事のため、銅川到着が1時間ほど送れ、この日は直接銅川の新市街にあるホテルへと向かった。
3日目、朝一番で町外れの五大山にある薬王寺石刻を見学する。石窟には北周から唐、北宋時代に造られた磨崖仏が残されていた。また北魏から唐代の造像碑が多数残されていた。
次に玄奘三蔵法師終焉の地とされる玉華宮址へ向かう。高速道路から一般道へ入ると、トラックの列、登り坂が続きのろのろ走るトラックに行く手を阻まれつつ、走ること2時間ほど、玉華宮址も山の奥深くにあった。資料館には
見学後、一路黄陵へ、夕方黄帝陵に到着した。黄帝は中華民族の始祖といわれる伝説上の皇帝で、漢の武帝が北伐からの帰国時に立ち寄り、築造したものと伝わる。この日は黄陵泊、黄陵の観光で成り立つ田舎の町、待ち歩きも面白かった。
4日目、朝一番に黄陵郊外にある千沸寺石窟を見学、北宋時代に造られた石窟で石窟内の三壁にはびっしりと仏様が彫られていた。
見学後、一路富県へと向かい富県の町で昼食を取り、直羅の石泓寺石窟へと向かう。直羅までは高速道路が通っていたが、高速を降りしばらく行くとでこぼこ道、石泓寺石窟は民家もない山の奥深くにあった。無住の寺院跡で、遺跡を管理している地元民が隣接する家に住み込みで守っている。この遺跡は常時施錠されていて見ることはできないが、現地旅行社の取り計らいで内部見学をすることができた。個人旅行ではまず見ることはできないという。
石窟内部は素晴らしく、こんな山の中にこれほどの石窟があろうとは、さすがに中国だ。中央に三世仏が並び、内部の壁面、柱にはびっしりと小さな仏様が彫られている、この旅行で最大の見所だった。
富県で夕食を取り、最後の滞在地である延安へと向かう。夜延安に到着、町の中心部にあるホテルにチェックイン後、夜市を見学。夕食でおなか一杯にだったので何も食べずに帰ってきたが、途中葡萄を一房買って帰った。
5日目、延安の北にある子長へと向かう、子長は小さな町で、町の中心の丘陵上に十三層の仏塔が立っていた。鐘山石窟は子長の町から、更にバスで小一時間ほど走った長閑な農村地帯にあった。鐘山石窟は北宋時代に造られたもので、第二の敦煌とも評される石窟で、ここもまた素晴らしかった。
子長の町で昼食を取り、延安へもどりホテルに近い万佛寺の石窟を見学。延安は中国革命の聖地、そして万佛寺の石窟は毛沢東が抗日戦線の拠点としたところで、印刷所などとして利用されていたという。
この日も延安で宿泊、夕食のあと同行者と屋台街に繰り出し中国最後の晩を楽しんだ。
6日目、早朝延安から西安へ専用バスで移動。無事西安に辿りついたが、西安から上海行きの便が1時間以上遅れ、上海では空港会社職員の先導で特別なルートを通り出国手続き、搭乗15分前にゲートに無事にたどり着くことができた。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- 中国東方航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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