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今回の「1974年卒業旅行・欧州1人旅」は、私の<br />大学の卒業旅行(2月中旬~3月末)の1人旅の話<br />です。<br /><br />暖かいギリシャからイタリアを旅して、寒いスイス観<br />光を終えて、ビールとソーセイジの本場、西ドイツに<br />ジュネーブから、列車に揺られて来ました。<br /><br />西ドイツではフランクフルトを基点に、近くの観光地<br />の学問の街、ハイデルベルグに古い街並みと、お<br />城を見に行きました。<br /><br /><br />この企画は、生前この企画を私が約束して果たせな<br />いまま、第二の故郷デンマークで病死した、4トラの<br />悪友のGINさんに捧げます。

JOSANの心の旅ー②「1974年卒業旅行・欧州1人旅(④ドイツ編)」

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2013/06/24 - 2013/06/24

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josan

josanさん

今回の「1974年卒業旅行・欧州1人旅」は、私の
大学の卒業旅行(2月中旬~3月末)の1人旅の話
です。

暖かいギリシャからイタリアを旅して、寒いスイス観
光を終えて、ビールとソーセイジの本場、西ドイツに
ジュネーブから、列車に揺られて来ました。

西ドイツではフランクフルトを基点に、近くの観光地
の学問の街、ハイデルベルグに古い街並みと、お
城を見に行きました。


この企画は、生前この企画を私が約束して果たせな
いまま、第二の故郷デンマークで病死した、4トラの
悪友のGINさんに捧げます。

  • 私は寒い、寒い、モンブランの街シャモニーか<br />ら、ジュネーブに戻り、西ドイツの歴史の街フラ<br />ンクフルトに、列車に揺られて来ました。<br /><br />この頃のドイツは、未だ東西に分裂して居て自<br />由に行き来が出来ませんでした。<br /><br />西ドイツは日本と同じ敗戦国ですが、日本と同<br />じ位急速に経済を建て直し、経済大国に成つた<br />国で、国民もとても勤勉な事で、有名な国です。<br /><br />西ドイツの街を歩いて居て不思議な事に、日本<br />に居る様な感じがしたのは、街を歩くドイツ人の<br />歩く早さが、日本人の様に早いからでした。<br /><br />今まで旅したギリシャ、イタリヤ、スイスでは、み<br />んなゆつくり歩いて居るので、そう感じたのでし<br />ょうね。<br /><br />因みに街の人の歩く早さのナンバー1は、大阪<br />の人でナンバー2は、ニューヨークの人だと何か<br />で昔、読んだ記憶が有りま〜す。(笑)<br /><br />

    私は寒い、寒い、モンブランの街シャモニーか
    ら、ジュネーブに戻り、西ドイツの歴史の街フラ
    ンクフルトに、列車に揺られて来ました。

    この頃のドイツは、未だ東西に分裂して居て自
    由に行き来が出来ませんでした。

    西ドイツは日本と同じ敗戦国ですが、日本と同
    じ位急速に経済を建て直し、経済大国に成つた
    国で、国民もとても勤勉な事で、有名な国です。

    西ドイツの街を歩いて居て不思議な事に、日本
    に居る様な感じがしたのは、街を歩くドイツ人の
    歩く早さが、日本人の様に早いからでした。

    今まで旅したギリシャ、イタリヤ、スイスでは、み
    んなゆつくり歩いて居るので、そう感じたのでし
    ょうね。

    因みに街の人の歩く早さのナンバー1は、大阪
    の人でナンバー2は、ニューヨークの人だと何か
    で昔、読んだ記憶が有りま〜す。(笑)

  • フランクフルト観光の中心となる場所は、中央駅<br />から徒歩20分位の所に有る、レーマー広場です。<br /><br />フランクフルトは街の感じは金融街で大きなビル<br />が多く、余り観光地という感じではありませんが、<br />このレーマー広場は、とても可愛い建物が集まっ<br />た広場です。<br /><br />他のフランクフルトの街並みとは違い、見てるだ<br />けで、中世ヨーロツパの感じがして、とても楽し<br />かったです。<br /><br />周りには、旧市庁舎やニコライ教会などが有り、<br />いかにも中世のヨーロッパといった感じの建物<br />に囲まれて居て、非常に絵になりますね。<br /><br />

    フランクフルト観光の中心となる場所は、中央駅
    から徒歩20分位の所に有る、レーマー広場です。

    フランクフルトは街の感じは金融街で大きなビル
    が多く、余り観光地という感じではありませんが、
    このレーマー広場は、とても可愛い建物が集まっ
    た広場です。

    他のフランクフルトの街並みとは違い、見てるだ
    けで、中世ヨーロツパの感じがして、とても楽し
    かったです。

    周りには、旧市庁舎やニコライ教会などが有り、
    いかにも中世のヨーロッパといった感じの建物
    に囲まれて居て、非常に絵になりますね。

  • 旧市庁舎は、三角屋根の外観がとても特徴的<br />で、真ん中の建物はレーマーと呼ばれています。<br /><br />広場の周りには、レストランも沢山有り、アウトド<br />アでも食事もできます。<br /><br />市庁舎の真ん中の建物の正面には、フランクフ<br />ルトにゆかりの有る、4人の皇帝の像が飾られて<br />居ました。 <br /><br />神聖ローマ皇帝、フリードリッヒ1世、バルバロッサ、<br />バイエルン王ルードヴィッヒ、カール4世、マクシミ<br />リアン2世の4人です。<br /><br />広場には、中世ドイツの雰囲気を感じる建物が並<br />んで居ます、またオープンカフェでビール片手に雑<br />談してる人達も沢山居ました、外人は外で飲むの<br />が好きですね〜。<br /><br /><br /><br /><br /><br />

    旧市庁舎は、三角屋根の外観がとても特徴的
    で、真ん中の建物はレーマーと呼ばれています。

    広場の周りには、レストランも沢山有り、アウトド
    アでも食事もできます。

    市庁舎の真ん中の建物の正面には、フランクフ
    ルトにゆかりの有る、4人の皇帝の像が飾られて
    居ました。

    神聖ローマ皇帝、フリードリッヒ1世、バルバロッサ、
    バイエルン王ルードヴィッヒ、カール4世、マクシミ
    リアン2世の4人です。

    広場には、中世ドイツの雰囲気を感じる建物が並
    んで居ます、またオープンカフェでビール片手に雑
    談してる人達も沢山居ました、外人は外で飲むの
    が好きですね〜。





  • レーマーの2階には、カイザーザールと呼ばれ<br />て居る広い豪華な「皇帝の広間」が有ります。<br /><br />見学するには有料ですが、一見の価値は有る<br />と思います、中には神聖ローマ帝国皇帝52名<br />の肖像画が、綺麗に飾られて居ます。 <br /><br />レーマー広場の街角には、フランクフルト名物<br />の焼いた大きなソーセイジを、売る屋台が出て<br />居て美味しく頂きました。<br /><br />屋台では長い串にソーセイジを刺して、その上<br />に3角に切つたパンを刺して、辛いマスタード<br />をソーセイジに塗り、屋台の売り子がお客に渡<br />してくれます。<br /><br />私はこの安いソーセイジ屋台がとても気に入り、<br />滞在中何回も食事代わりに食べました。<br /><br />そしてレストランでソーセイジを頼むと、付け合<br />せには、ジャガイモと酢キャベツが何処の店で<br />も、セツトで必ず出てきました。

    レーマーの2階には、カイザーザールと呼ばれ
    て居る広い豪華な「皇帝の広間」が有ります。

    見学するには有料ですが、一見の価値は有る
    と思います、中には神聖ローマ帝国皇帝52名
    の肖像画が、綺麗に飾られて居ます。

    レーマー広場の街角には、フランクフルト名物
    の焼いた大きなソーセイジを、売る屋台が出て
    居て美味しく頂きました。

    屋台では長い串にソーセイジを刺して、その上
    に3角に切つたパンを刺して、辛いマスタード
    をソーセイジに塗り、屋台の売り子がお客に渡
    してくれます。

    私はこの安いソーセイジ屋台がとても気に入り、
    滞在中何回も食事代わりに食べました。

    そしてレストランでソーセイジを頼むと、付け合
    せには、ジャガイモと酢キャベツが何処の店で
    も、セツトで必ず出てきました。

  • 中央の建物はレーマー広場の近くにある大きな<br />聖バルトロメウス大聖堂です、レーマー広場を訪<br />れた際には、この素晴らしい大聖堂も訪れると良<br />いと思います。<br /><br />レーマー広場にはたくさんの観光客が居ましたが、<br />この大聖堂に訪れたときは観光客が少なく、静か<br />に見学する事が出来ました。<br /><br />この大聖堂は第二次世界大戦の被害のあと再建<br />されましたが、この大聖堂は非常に魅力的でした。 <br />

    中央の建物はレーマー広場の近くにある大きな
    聖バルトロメウス大聖堂です、レーマー広場を訪
    れた際には、この素晴らしい大聖堂も訪れると良
    いと思います。

    レーマー広場にはたくさんの観光客が居ましたが、
    この大聖堂に訪れたときは観光客が少なく、静か
    に見学する事が出来ました。

    この大聖堂は第二次世界大戦の被害のあと再建
    されましたが、この大聖堂は非常に魅力的でした。

  • ドイツと言えば、ビールにソーセイジが有名ですが<br />、フランクフルトは特に大きくて、太いソーセイジが<br />世界的に有名で〜す。<br /><br />私はレストランで「ザ・ドイツ料理盛り合せプレート」<br />を注文しました〜。(祝)<br /><br />左下からシュバインハクセ(焼いた豚脚)、レバーク<br />ヌーデル(肉団子)、ヴルスト(牛&豚ソーセージ)、<br />アイスバイン(豚の塩ゆで)です。<br /><br />下に盛られているのは、ザワークラウトとカルトフ<br />ェルピュレーで付け合わせは、ドイツの黒い酸っぱ<br />いパンです。<br /><br />またドイツを起源とされる料理に、ハンバーグが有<br />ります、ハンブルグで労働者向けの食事として、硬<br />い肉をミンチにして、柔らかくして食べたのが、始ま<br />りだそうです。<br /><br />アメリカでもドイツ系移民によってアメリカにもたらさ<br />れ、「ハンブルク風ステーキ(ハンバーグステーキ)」<br />と呼ばれる様になったそうです。<br /><br />そしてフランクフルトと言えば、アップフェルヴァイン<br />(リンゴ酒)ですね。<br /><br />この「リンゴ酒」は、ドイツでもフランクフルト近郊に<br />しか無いそうです。<br /><br />この辺は日照時間が少なくてぶどうのワインが出<br />来ずに、ぶどうの代わりにリンゴで、お酒を作った<br />のが、始まりだそうです。<br /><br /><br /><br /><br />※やはり料理はカラーでないと、美味しさが伝わり<br />ませんので、友人に写真を借りました。<br />

    ドイツと言えば、ビールにソーセイジが有名ですが
    、フランクフルトは特に大きくて、太いソーセイジが
    世界的に有名で〜す。

    私はレストランで「ザ・ドイツ料理盛り合せプレート」
    を注文しました〜。(祝)

    左下からシュバインハクセ(焼いた豚脚)、レバーク
    ヌーデル(肉団子)、ヴルスト(牛&豚ソーセージ)、
    アイスバイン(豚の塩ゆで)です。

    下に盛られているのは、ザワークラウトとカルトフ
    ェルピュレーで付け合わせは、ドイツの黒い酸っぱ
    いパンです。

    またドイツを起源とされる料理に、ハンバーグが有
    ります、ハンブルグで労働者向けの食事として、硬
    い肉をミンチにして、柔らかくして食べたのが、始ま
    りだそうです。

    アメリカでもドイツ系移民によってアメリカにもたらさ
    れ、「ハンブルク風ステーキ(ハンバーグステーキ)」
    と呼ばれる様になったそうです。

    そしてフランクフルトと言えば、アップフェルヴァイン
    (リンゴ酒)ですね。

    この「リンゴ酒」は、ドイツでもフランクフルト近郊に
    しか無いそうです。

    この辺は日照時間が少なくてぶどうのワインが出
    来ずに、ぶどうの代わりにリンゴで、お酒を作った
    のが、始まりだそうです。




    ※やはり料理はカラーでないと、美味しさが伝わり
    ませんので、友人に写真を借りました。

  • フランクフルとの最初の夜には、ホテルマンから<br />世界でー番大きな、ビアホールが有ると教えられ<br />て、街に飲みに行きました。<br /><br />名前は忘れましたが、馬鹿でかいビアホールで、<br />大きな木製のビア樽の上で大勢の楽団が、ドイツ<br />の民謡を演奏して居ました。<br /><br />ビアホールには、各国の観光客や地元のドイツ人<br />が、1000人も集まりみな長テーブルに座りビール<br />を飲み大声で、ドイツの民謡を歌つて居ました。<br /><br />ビールのジョツキも陶器製の大きな物で、みんなで<br />ソーセイジを食べながら、何杯もビールを楽しんで<br />飲んで居ました。<br /><br />このお店では面白い事にレシート代わりに、紙のコ<br />ースターの裏に、ウエイトレスが追加のビールを1杯<br />持つて来ると、縦に1本棒を書いて行き最後に、この<br />コースターで、キヤツシャーで清算するのです。<br /><br />因みに日本ですと、正の字を書いて行きますが、ドイ<br />ツでは縦の棒が4本に成ると、次は縦の棒4本に横に<br />1本線を引き5本とするのです、ドイツ人はみんな5杯<br />以上、ビールを飲むのでマジ驚きで〜す。(笑)<br /><br />そしてドイツ人はみんな体格が良くて、骨太で背の高<br />い人間が多いですね!。

    フランクフルとの最初の夜には、ホテルマンから
    世界でー番大きな、ビアホールが有ると教えられ
    て、街に飲みに行きました。

    名前は忘れましたが、馬鹿でかいビアホールで、
    大きな木製のビア樽の上で大勢の楽団が、ドイツ
    の民謡を演奏して居ました。

    ビアホールには、各国の観光客や地元のドイツ人
    が、1000人も集まりみな長テーブルに座りビール
    を飲み大声で、ドイツの民謡を歌つて居ました。

    ビールのジョツキも陶器製の大きな物で、みんなで
    ソーセイジを食べながら、何杯もビールを楽しんで
    飲んで居ました。

    このお店では面白い事にレシート代わりに、紙のコ
    ースターの裏に、ウエイトレスが追加のビールを1杯
    持つて来ると、縦に1本棒を書いて行き最後に、この
    コースターで、キヤツシャーで清算するのです。

    因みに日本ですと、正の字を書いて行きますが、ドイ
    ツでは縦の棒が4本に成ると、次は縦の棒4本に横に
    1本線を引き5本とするのです、ドイツ人はみんな5杯
    以上、ビールを飲むのでマジ驚きで〜す。(笑)

    そしてドイツ人はみんな体格が良くて、骨太で背の高
    い人間が多いですね!。

  • ドイツ観光は3日間と短いので、私はフランクフル<br />ト市内と郊外の、ハイデルベルグに観光に行きま<br />した。<br /><br />私は、ハイデルベルグの知識は当時余り無く、学<br />生の街とお城が有る位しか、ホテルのガイドブツ<br />クを読むまで、知りませんでした。<br /><br />このハイデルベルクは、ロマンティック街道との交<br />差点ローテンブルクと並んで、古城街道の中でも<br />人気の高い街の一つだそうです。<br /><br />フランクフルトからバスで2時間位で、ハイデルベ<br />ルクに着くので、1日観光には丁度良い距離です<br />ので、観光客は大勢いました。<br /><br /><br /><br />

    ドイツ観光は3日間と短いので、私はフランクフル
    ト市内と郊外の、ハイデルベルグに観光に行きま
    した。

    私は、ハイデルベルグの知識は当時余り無く、学
    生の街とお城が有る位しか、ホテルのガイドブツ
    クを読むまで、知りませんでした。

    このハイデルベルクは、ロマンティック街道との交
    差点ローテンブルクと並んで、古城街道の中でも
    人気の高い街の一つだそうです。

    フランクフルトからバスで2時間位で、ハイデルベ
    ルクに着くので、1日観光には丁度良い距離です
    ので、観光客は大勢いました。



  • フランクフルトから車窓の、ロマンチツク街道を<br />見ながらのバスの旅も、飽きずに楽しめました。<br /><br />ガイドブツクには「ドイツには現在でも数千以上、<br />廃墟まで数えると二万もの城が有る。」と、書か<br />れて居ます。<br /><br />「特に密集してお城が建てられているのがライン<br />河畔のマインツ〜コブレンツ間とネッカー河畔の<br />ハイデルベルク〜ハイルブロン間。」だそうです。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />

    フランクフルトから車窓の、ロマンチツク街道を
    見ながらのバスの旅も、飽きずに楽しめました。

    ガイドブツクには「ドイツには現在でも数千以上、
    廃墟まで数えると二万もの城が有る。」と、書か
    れて居ます。

    「特に密集してお城が建てられているのがライン
    河畔のマインツ〜コブレンツ間とネッカー河畔の
    ハイデルベルク〜ハイルブロン間。」だそうです。






  • 街からの、ネッカー川と山腹に建つ、ハイデルベ<br />ルク城の風景は、ホテルで見た写真や絵はがき<br />で見る通りの、綺麗な景色でした。<br /><br />ハイデルベルク城は市内からは、少し距離が有る<br />のでケーブルカーかバスで行くのが良いでしょう。<br /><br />私のハイデルベルグの街を歩いた感想は、「落ち<br />着いた街並みと、静かな時間が流れて居る、中世<br />ドイツの香りのする街だな〜。」と言う感じです。<br /><br /><br /><br /><br />

    街からの、ネッカー川と山腹に建つ、ハイデルベ
    ルク城の風景は、ホテルで見た写真や絵はがき
    で見る通りの、綺麗な景色でした。

    ハイデルベルク城は市内からは、少し距離が有る
    のでケーブルカーかバスで行くのが良いでしょう。

    私のハイデルベルグの街を歩いた感想は、「落ち
    着いた街並みと、静かな時間が流れて居る、中世
    ドイツの香りのする街だな〜。」と言う感じです。




  • ガイドブツクに因ると、ドイツの都市はフランスに<br />さんざん攻撃されてしまい、ハイデルベルク城も<br />1689年に占領されたそうです。<br /><br />ハイデルベルク城はこの時の、十字軍の攻撃で、<br />現在の様な無惨な姿になったそうです。<br /><br />この当時のフランスの十字軍は、隣接する国々に<br />侵略して、恐れられて居たようですね。

    ガイドブツクに因ると、ドイツの都市はフランスに
    さんざん攻撃されてしまい、ハイデルベルク城も
    1689年に占領されたそうです。

    ハイデルベルク城はこの時の、十字軍の攻撃で、
    現在の様な無惨な姿になったそうです。

    この当時のフランスの十字軍は、隣接する国々に
    侵略して、恐れられて居たようですね。

  • フランス軍は山側から砲撃したため、旧市街から<br />見上げるのと反対の側が崩されて居て、ほとんど<br />映画のセットか、舞台装置の様でした。<br /><br />お城の中側で見ると、お城の再建を諦めざるを<br />得なかった気持ちが良く判ります。<br /><br />街からケーブルカーやバスで行くと城の裏手に<br />行く事になり、壊れた正門から入るような感じに<br />なって、期待を裏切る観光のスタートに、なって<br />仕舞うかも知れません。<br />

    フランス軍は山側から砲撃したため、旧市街から
    見上げるのと反対の側が崩されて居て、ほとんど
    映画のセットか、舞台装置の様でした。

    お城の中側で見ると、お城の再建を諦めざるを
    得なかった気持ちが良く判ります。

    街からケーブルカーやバスで行くと城の裏手に
    行く事になり、壊れた正門から入るような感じに
    なって、期待を裏切る観光のスタートに、なって
    仕舞うかも知れません。

  • ハイデルベルクと言えば、学生の街、大学の街<br />として世界的に有名ですね。<br /><br />ほとんどの観光スポットは、市庁舎・大学の近く<br />に集中して居て、1日あれば対岸の哲学者の道<br />まで含めて、充分に徒歩で回る事が出来ます。

    ハイデルベルクと言えば、学生の街、大学の街
    として世界的に有名ですね。

    ほとんどの観光スポットは、市庁舎・大学の近く
    に集中して居て、1日あれば対岸の哲学者の道
    まで含めて、充分に徒歩で回る事が出来ます。

  • ガイドブツクに因ると「ハイデルベルク大学には、<br />最初は校舎もなく、聖霊教会で講義が行われて<br />居たとの事ですが、施設や教授陣も次第に充実<br />して、いつしかドイツ有数の大学となつた。」<br />そうです。<br /><br />特に「19世紀から20世紀初頭にかけてはフォイ<br />エルバッハ、マックス・ウェーバー、ヤスパースとい<br />った錚々たるメンバーをそろえて、ドイツ思想史に<br />極めて重要な役割を果た。」そうです。

    ガイドブツクに因ると「ハイデルベルク大学には、
    最初は校舎もなく、聖霊教会で講義が行われて
    居たとの事ですが、施設や教授陣も次第に充実
    して、いつしかドイツ有数の大学となつた。」
    そうです。

    特に「19世紀から20世紀初頭にかけてはフォイ
    エルバッハ、マックス・ウェーバー、ヤスパースとい
    った錚々たるメンバーをそろえて、ドイツ思想史に
    極めて重要な役割を果た。」そうです。

  • このハイデルベルク大学には明治期に、沢山の<br />日本人が留学して居たそうです、この時代はイギ<br />リスよりも、ドイツの方が、日本人留学生が多かつ<br />たそうです。<br /><br />特に日本政府は、明治期には官費留学で医学生<br />をドイツに、数多く留学させて、日本の医学の発展<br />に勤めた様です。<br /><br />明治時代にドイツに留学した、著名人は 森 鴎外、 <br />北里 柴三郎、佐藤進、長井長義などが居ります。<br /><br />現在でも、ハイデルベルク大学は、全世界からの<br />留学生を受け入れており、街の人口14万人のうち<br />3万人が学生で、ドイツ有数の大学の街としても良<br />く知られる様です。

    このハイデルベルク大学には明治期に、沢山の
    日本人が留学して居たそうです、この時代はイギ
    リスよりも、ドイツの方が、日本人留学生が多かつ
    たそうです。

    特に日本政府は、明治期には官費留学で医学生
    をドイツに、数多く留学させて、日本の医学の発展
    に勤めた様です。

    明治時代にドイツに留学した、著名人は 森 鴎外、
    北里 柴三郎、佐藤進、長井長義などが居ります。

    現在でも、ハイデルベルク大学は、全世界からの
    留学生を受け入れており、街の人口14万人のうち
    3万人が学生で、ドイツ有数の大学の街としても良
    く知られる様です。

  • 旧市街の対岸、ハイリゲンベルク山の中腹には哲<br />学者の道と呼ばれる細い散歩道が続いています。<br /><br />京都にある哲学の道のオリジナルはこちらの様で<br />すが、この道は実際にハイデルベルク大学の、教<br />授陣やゲーテ、ニーチェといった大物が思索を巡<br />らせながら、歩いた所だそうです。<br /><br />京都の哲学の道は「人は人、吾はわれ也、とにか<br />くに、吾行く道を、吾は行くなり」と詠んだ、京都の<br />哲学者西田幾多郎が、この道を思索にふけりな<br />がら散歩して居たことから、「思索の小径」と言わ<br />れたそうです。<br /><br />西田幾多郎の愛弟子田辺元や、三木清らも好ん<br />でこの道を散策したことからいつしか「哲学の道」<br />と呼ばれるれる様になり1972年に正式に「哲学<br />の道」と、銘々された様です。<br /><br /><br /><br /><br /><br />短いドイツ観光から今回の旅で、1番観光の日程を多<br />く取つた、5ヶ国目のフランス共和国の芸術の都、パリ<br />に私は列車で向かいま〜す。(祝)<br />

    旧市街の対岸、ハイリゲンベルク山の中腹には哲
    学者の道と呼ばれる細い散歩道が続いています。

    京都にある哲学の道のオリジナルはこちらの様で
    すが、この道は実際にハイデルベルク大学の、教
    授陣やゲーテ、ニーチェといった大物が思索を巡
    らせながら、歩いた所だそうです。

    京都の哲学の道は「人は人、吾はわれ也、とにか
    くに、吾行く道を、吾は行くなり」と詠んだ、京都の
    哲学者西田幾多郎が、この道を思索にふけりな
    がら散歩して居たことから、「思索の小径」と言わ
    れたそうです。

    西田幾多郎の愛弟子田辺元や、三木清らも好ん
    でこの道を散策したことからいつしか「哲学の道」
    と呼ばれるれる様になり1972年に正式に「哲学
    の道」と、銘々された様です。





    短いドイツ観光から今回の旅で、1番観光の日程を多
    く取つた、5ヶ国目のフランス共和国の芸術の都、パリ
    に私は列車で向かいま〜す。(祝)

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