2013/06/24 - 2013/06/24
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josanさん
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今回の「1974年卒業旅行・欧州1人旅」は、私の
大学の卒業旅行(2月中旬~3月末)の1人旅の話
です。
暖かいギリシャからイタリアを旅して、寒いスイス観
光を終えて、ビールとソーセイジの本場、西ドイツに
ジュネーブから、列車に揺られて来ました。
西ドイツではフランクフルトを基点に、近くの観光地
の学問の街、ハイデルベルグに古い街並みと、お
城を見に行きました。
この企画は、生前この企画を私が約束して果たせな
いまま、第二の故郷デンマークで病死した、4トラの
悪友のGINさんに捧げます。
-
私は寒い、寒い、モンブランの街シャモニーか
ら、ジュネーブに戻り、西ドイツの歴史の街フラ
ンクフルトに、列車に揺られて来ました。
この頃のドイツは、未だ東西に分裂して居て自
由に行き来が出来ませんでした。
西ドイツは日本と同じ敗戦国ですが、日本と同
じ位急速に経済を建て直し、経済大国に成つた
国で、国民もとても勤勉な事で、有名な国です。
西ドイツの街を歩いて居て不思議な事に、日本
に居る様な感じがしたのは、街を歩くドイツ人の
歩く早さが、日本人の様に早いからでした。
今まで旅したギリシャ、イタリヤ、スイスでは、み
んなゆつくり歩いて居るので、そう感じたのでし
ょうね。
因みに街の人の歩く早さのナンバー1は、大阪
の人でナンバー2は、ニューヨークの人だと何か
で昔、読んだ記憶が有りま〜す。(笑) -
フランクフルト観光の中心となる場所は、中央駅
から徒歩20分位の所に有る、レーマー広場です。
フランクフルトは街の感じは金融街で大きなビル
が多く、余り観光地という感じではありませんが、
このレーマー広場は、とても可愛い建物が集まっ
た広場です。
他のフランクフルトの街並みとは違い、見てるだ
けで、中世ヨーロツパの感じがして、とても楽し
かったです。
周りには、旧市庁舎やニコライ教会などが有り、
いかにも中世のヨーロッパといった感じの建物
に囲まれて居て、非常に絵になりますね。 -
旧市庁舎は、三角屋根の外観がとても特徴的
で、真ん中の建物はレーマーと呼ばれています。
広場の周りには、レストランも沢山有り、アウトド
アでも食事もできます。
市庁舎の真ん中の建物の正面には、フランクフ
ルトにゆかりの有る、4人の皇帝の像が飾られて
居ました。
神聖ローマ皇帝、フリードリッヒ1世、バルバロッサ、
バイエルン王ルードヴィッヒ、カール4世、マクシミ
リアン2世の4人です。
広場には、中世ドイツの雰囲気を感じる建物が並
んで居ます、またオープンカフェでビール片手に雑
談してる人達も沢山居ました、外人は外で飲むの
が好きですね〜。 -
レーマーの2階には、カイザーザールと呼ばれ
て居る広い豪華な「皇帝の広間」が有ります。
見学するには有料ですが、一見の価値は有る
と思います、中には神聖ローマ帝国皇帝52名
の肖像画が、綺麗に飾られて居ます。
レーマー広場の街角には、フランクフルト名物
の焼いた大きなソーセイジを、売る屋台が出て
居て美味しく頂きました。
屋台では長い串にソーセイジを刺して、その上
に3角に切つたパンを刺して、辛いマスタード
をソーセイジに塗り、屋台の売り子がお客に渡
してくれます。
私はこの安いソーセイジ屋台がとても気に入り、
滞在中何回も食事代わりに食べました。
そしてレストランでソーセイジを頼むと、付け合
せには、ジャガイモと酢キャベツが何処の店で
も、セツトで必ず出てきました。 -
中央の建物はレーマー広場の近くにある大きな
聖バルトロメウス大聖堂です、レーマー広場を訪
れた際には、この素晴らしい大聖堂も訪れると良
いと思います。
レーマー広場にはたくさんの観光客が居ましたが、
この大聖堂に訪れたときは観光客が少なく、静か
に見学する事が出来ました。
この大聖堂は第二次世界大戦の被害のあと再建
されましたが、この大聖堂は非常に魅力的でした。 -
ドイツと言えば、ビールにソーセイジが有名ですが
、フランクフルトは特に大きくて、太いソーセイジが
世界的に有名で〜す。
私はレストランで「ザ・ドイツ料理盛り合せプレート」
を注文しました〜。(祝)
左下からシュバインハクセ(焼いた豚脚)、レバーク
ヌーデル(肉団子)、ヴルスト(牛&豚ソーセージ)、
アイスバイン(豚の塩ゆで)です。
下に盛られているのは、ザワークラウトとカルトフ
ェルピュレーで付け合わせは、ドイツの黒い酸っぱ
いパンです。
またドイツを起源とされる料理に、ハンバーグが有
ります、ハンブルグで労働者向けの食事として、硬
い肉をミンチにして、柔らかくして食べたのが、始ま
りだそうです。
アメリカでもドイツ系移民によってアメリカにもたらさ
れ、「ハンブルク風ステーキ(ハンバーグステーキ)」
と呼ばれる様になったそうです。
そしてフランクフルトと言えば、アップフェルヴァイン
(リンゴ酒)ですね。
この「リンゴ酒」は、ドイツでもフランクフルト近郊に
しか無いそうです。
この辺は日照時間が少なくてぶどうのワインが出
来ずに、ぶどうの代わりにリンゴで、お酒を作った
のが、始まりだそうです。
※やはり料理はカラーでないと、美味しさが伝わり
ませんので、友人に写真を借りました。 -
フランクフルとの最初の夜には、ホテルマンから
世界でー番大きな、ビアホールが有ると教えられ
て、街に飲みに行きました。
名前は忘れましたが、馬鹿でかいビアホールで、
大きな木製のビア樽の上で大勢の楽団が、ドイツ
の民謡を演奏して居ました。
ビアホールには、各国の観光客や地元のドイツ人
が、1000人も集まりみな長テーブルに座りビール
を飲み大声で、ドイツの民謡を歌つて居ました。
ビールのジョツキも陶器製の大きな物で、みんなで
ソーセイジを食べながら、何杯もビールを楽しんで
飲んで居ました。
このお店では面白い事にレシート代わりに、紙のコ
ースターの裏に、ウエイトレスが追加のビールを1杯
持つて来ると、縦に1本棒を書いて行き最後に、この
コースターで、キヤツシャーで清算するのです。
因みに日本ですと、正の字を書いて行きますが、ドイ
ツでは縦の棒が4本に成ると、次は縦の棒4本に横に
1本線を引き5本とするのです、ドイツ人はみんな5杯
以上、ビールを飲むのでマジ驚きで〜す。(笑)
そしてドイツ人はみんな体格が良くて、骨太で背の高
い人間が多いですね!。 -
ドイツ観光は3日間と短いので、私はフランクフル
ト市内と郊外の、ハイデルベルグに観光に行きま
した。
私は、ハイデルベルグの知識は当時余り無く、学
生の街とお城が有る位しか、ホテルのガイドブツ
クを読むまで、知りませんでした。
このハイデルベルクは、ロマンティック街道との交
差点ローテンブルクと並んで、古城街道の中でも
人気の高い街の一つだそうです。
フランクフルトからバスで2時間位で、ハイデルベ
ルクに着くので、1日観光には丁度良い距離です
ので、観光客は大勢いました。 -
フランクフルトから車窓の、ロマンチツク街道を
見ながらのバスの旅も、飽きずに楽しめました。
ガイドブツクには「ドイツには現在でも数千以上、
廃墟まで数えると二万もの城が有る。」と、書か
れて居ます。
「特に密集してお城が建てられているのがライン
河畔のマインツ〜コブレンツ間とネッカー河畔の
ハイデルベルク〜ハイルブロン間。」だそうです。 -
街からの、ネッカー川と山腹に建つ、ハイデルベ
ルク城の風景は、ホテルで見た写真や絵はがき
で見る通りの、綺麗な景色でした。
ハイデルベルク城は市内からは、少し距離が有る
のでケーブルカーかバスで行くのが良いでしょう。
私のハイデルベルグの街を歩いた感想は、「落ち
着いた街並みと、静かな時間が流れて居る、中世
ドイツの香りのする街だな〜。」と言う感じです。 -
ガイドブツクに因ると、ドイツの都市はフランスに
さんざん攻撃されてしまい、ハイデルベルク城も
1689年に占領されたそうです。
ハイデルベルク城はこの時の、十字軍の攻撃で、
現在の様な無惨な姿になったそうです。
この当時のフランスの十字軍は、隣接する国々に
侵略して、恐れられて居たようですね。 -
フランス軍は山側から砲撃したため、旧市街から
見上げるのと反対の側が崩されて居て、ほとんど
映画のセットか、舞台装置の様でした。
お城の中側で見ると、お城の再建を諦めざるを
得なかった気持ちが良く判ります。
街からケーブルカーやバスで行くと城の裏手に
行く事になり、壊れた正門から入るような感じに
なって、期待を裏切る観光のスタートに、なって
仕舞うかも知れません。 -
ハイデルベルクと言えば、学生の街、大学の街
として世界的に有名ですね。
ほとんどの観光スポットは、市庁舎・大学の近く
に集中して居て、1日あれば対岸の哲学者の道
まで含めて、充分に徒歩で回る事が出来ます。 -
ガイドブツクに因ると「ハイデルベルク大学には、
最初は校舎もなく、聖霊教会で講義が行われて
居たとの事ですが、施設や教授陣も次第に充実
して、いつしかドイツ有数の大学となつた。」
そうです。
特に「19世紀から20世紀初頭にかけてはフォイ
エルバッハ、マックス・ウェーバー、ヤスパースとい
った錚々たるメンバーをそろえて、ドイツ思想史に
極めて重要な役割を果た。」そうです。 -
このハイデルベルク大学には明治期に、沢山の
日本人が留学して居たそうです、この時代はイギ
リスよりも、ドイツの方が、日本人留学生が多かつ
たそうです。
特に日本政府は、明治期には官費留学で医学生
をドイツに、数多く留学させて、日本の医学の発展
に勤めた様です。
明治時代にドイツに留学した、著名人は 森 鴎外、
北里 柴三郎、佐藤進、長井長義などが居ります。
現在でも、ハイデルベルク大学は、全世界からの
留学生を受け入れており、街の人口14万人のうち
3万人が学生で、ドイツ有数の大学の街としても良
く知られる様です。 -
旧市街の対岸、ハイリゲンベルク山の中腹には哲
学者の道と呼ばれる細い散歩道が続いています。
京都にある哲学の道のオリジナルはこちらの様で
すが、この道は実際にハイデルベルク大学の、教
授陣やゲーテ、ニーチェといった大物が思索を巡
らせながら、歩いた所だそうです。
京都の哲学の道は「人は人、吾はわれ也、とにか
くに、吾行く道を、吾は行くなり」と詠んだ、京都の
哲学者西田幾多郎が、この道を思索にふけりな
がら散歩して居たことから、「思索の小径」と言わ
れたそうです。
西田幾多郎の愛弟子田辺元や、三木清らも好ん
でこの道を散策したことからいつしか「哲学の道」
と呼ばれるれる様になり1972年に正式に「哲学
の道」と、銘々された様です。
短いドイツ観光から今回の旅で、1番観光の日程を多
く取つた、5ヶ国目のフランス共和国の芸術の都、パリ
に私は列車で向かいま〜す。(祝)
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