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[2012.04.23(月)] 晴たり曇ったり<br /><br />(現地ポルトガル・ツアーの10日目の)今日は、、、<br />此処《ラゴス》のホテル9時発(メンバーは、アルゼンチンの2名と我ら2名)4名で・・・<br />⇒《ピエダーデ岬》⇒《サグレス岬》⇒《サン・ヴィセンテ岬》⇒《ラゴス》帰着・・・<br />と言う「岬巡り」の行程であった。<br /><br />この[Hotel VG Lagos]の昨ディナー・ブッフェは、肉好きのアルゼンチン組には好評の様だった。<br /><br />今朝の朝食ブッフェでは、、、<br />ハム、ソーセージは勿論の事、ホットケーキ等で山の様になったプレートを前にした大柄な外国人客の食べっぷりを観察しながら・・・<br /><br />専ら、シャンペンに没頭していたら・・・<br />横から『もう5杯以上飲んでますよぉ~』って、“碧い瞳”の指導①(?)が入った。<br /><br /><br />そんな朝食を終えて、、、<br />出発後僅か15分で着いた《ポンテ・デ・ピエダーデ岬》には・・・<br />未だ先客は不在の中、静かに佇む孤高の灯台を後ろに置いて・・・<br />凹凸だらけの不安定な足元をシカと見定め、踏み締め・・・<br />盛んに煽る強風に抗いながら・・・<br />不気味な程深碧の大西洋の波に苛まれた黄土色の・・・<br />壮大な景観を示す絶壁の端に立った。<br /><br />遥か眼下の、そこだけ静かな入り江で漁に励む小舟を・・・<br />吸い込まれる様に覗き込んでいると・・・<br />指導②の声が、背中を優しく打った!<br /><br />『そんな端っこ迄行っては・・・ア・ブ・ナ・イですよ~』って、子供を諭す様に・・・。<br /><br /><br />朝一に訪れた《ピエダーデ岬》を終えて・・・<br />続いて向かったポイントの《サグレス》は、、、<br />ポルトガル人には、壜ビールの銘柄「サグレス」として・・・<br />又、日本の沢木耕太郎ファンには、「深夜特急」の舞台として・・・<br />知られている名前の街だった。<br /><br />そんな町外れの《サグレス岬》では、、、<br />要塞の門を潜ると眼前の地面には、直径43mの巨大な「羅針盤(ローザ・ドス・ヴェントス)」があり・・・<br />更に見渡せば、「エンリケ航海王子の住居」や「航海学校の建物」跡、「礼拝堂」、「記念碑」、「錆び付いた大砲」等も在った。<br /><br />そんな王子の雄姿を鮮明に覚えているのは、、、<br />舳先に彼エンリケ航海王子が立ち・・・<br />その大帆船の両側には大航海時代を担った天文学者、地理学者、航海者、宣教師等が続く・・・<br />リスボンを代表する観光スポットの「発見のモニュメント」を何度も観ていたからであった。<br /><br />此処に来て、、、<br />礼拝堂の主の様な猫の傍らに坐して、視線を上げて観て・・・<br />改めて、彼の偉大な功績と・・・<br />此処で航海術を学び、野望に燃え船出した大航海時代を担った強者たちを・・・<br />偲ぶ事が出来た様な気がした《ザグレス岬》の要塞であった。<br /><br />《サグレス岬》の突端から遠望出来き、次に訪れたのが《サン・ヴィセンテ岬》であった。<br /><br />断崖の高さ75mに建つ白壁に赤色の灯台が、そこだけ鮮やかなコントラストを見せていた。<br /><br />断崖の上は石や岩に覆われていて・・・<br />遊歩道等もなく、強風に抗して獣道の様な轍を歩くのも大変で・・・<br />途中で引き返して仕舞った。<br /><br /><br />(強風と打ち砕ける波音以外)大して印象的な事もない岬では、、、<br />駐車場の前にはホット・ドッグ屋や・・・<br />如何にもペルー風の手織りのセーターや・・・<br />カラフルな布地や・・・<br />手工芸品の土産物屋が並んでいた!<br />夫々の商品が・・・強風に飛ばされない工夫を凝らして。<br /><br /><br />そんな午前の部を終えて《サン・ヴィセンテ岬》から、、、<br />12時過ぎには、《ラゴス》の街に戻って来た。<br /><br />海に向かってエンリケ航海王子の像が建っており、その前の港が大航海時代には新世界発見への道を開いたカラベラ(小型帆船)のアフリカ沿岸の探検における戦略的基地だったと言う「エンリケ王子広場」で、ツアーバスを降りたガイド他総勢5名は、、、<br />広場に面して在る「サンタ・マリア教会」や・・・<br />アフリカ奴隷の入り口であり、奴隷貿易の中心的役割を担うようになった、西ヨーロッパで最初の「奴隷市場」が15世紀に開かれた建物(1755年の大地震後に再建された)を・・・<br />館外に展示されてある、奴隷たちを繋いだと言う麻のロープ束にも触れながら・・・<br />ブラジルから持ち帰った“金”を贅沢に使った、見事なターリャ・ドゥラータ(木の彫刻に金箔が塗られた祭壇)やアズレージョ(青タイル)が残されてあり、今は「ラゴス郷土博物館」の一部になっている「サン・アントニオ教会」等の・・・<br />旧市街を散策して観て周った。<br /><br />以降は、フリータイムとなった。<br /><br />カラフルで賑やかなアウト・サイド席が、道幅の半分を占めるレストラン通りで・・・<br />[Restaurant Os Arcos]に定めて、シーフードを摂った!<br />「エビ・スープ」、「シーフード・ライス」と「サグレス」ビールを。<br /><br />この「シーフード・ライス」には、海老とロブスターにアサリが煮込まれており・・・<br />ポルトガルで三番目に美味く(NO.1/カスカイス、NO.2/ナザレ)・・・<br />大満足のランチであった。<br /><br />そんな此処《ラゴス》では、、、<br />ポルトガル大航海時代の「栄華と負の遺産」が・・・鮮やかな印象として記憶に残った。。。<br /><br /><br /><br />

ポルトガルで岬巡り:「《ラゴス》で指導①、《ピエダーデ》で指導②」、「猫が主の《サグレス岬》礼拝堂」、

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2012/03/16 - 2012/05/14

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旅空黄昏

旅空黄昏さん

[2012.04.23(月)] 晴たり曇ったり

(現地ポルトガル・ツアーの10日目の)今日は、、、
此処《ラゴス》のホテル9時発(メンバーは、アルゼンチンの2名と我ら2名)4名で・・・
⇒《ピエダーデ岬》⇒《サグレス岬》⇒《サン・ヴィセンテ岬》⇒《ラゴス》帰着・・・
と言う「岬巡り」の行程であった。

この[Hotel VG Lagos]の昨ディナー・ブッフェは、肉好きのアルゼンチン組には好評の様だった。

今朝の朝食ブッフェでは、、、
ハム、ソーセージは勿論の事、ホットケーキ等で山の様になったプレートを前にした大柄な外国人客の食べっぷりを観察しながら・・・

専ら、シャンペンに没頭していたら・・・
横から『もう5杯以上飲んでますよぉ~』って、“碧い瞳”の指導①(?)が入った。


そんな朝食を終えて、、、
出発後僅か15分で着いた《ポンテ・デ・ピエダーデ岬》には・・・
未だ先客は不在の中、静かに佇む孤高の灯台を後ろに置いて・・・
凹凸だらけの不安定な足元をシカと見定め、踏み締め・・・
盛んに煽る強風に抗いながら・・・
不気味な程深碧の大西洋の波に苛まれた黄土色の・・・
壮大な景観を示す絶壁の端に立った。

遥か眼下の、そこだけ静かな入り江で漁に励む小舟を・・・
吸い込まれる様に覗き込んでいると・・・
指導②の声が、背中を優しく打った!

『そんな端っこ迄行っては・・・ア・ブ・ナ・イですよ~』って、子供を諭す様に・・・。


朝一に訪れた《ピエダーデ岬》を終えて・・・
続いて向かったポイントの《サグレス》は、、、
ポルトガル人には、壜ビールの銘柄「サグレス」として・・・
又、日本の沢木耕太郎ファンには、「深夜特急」の舞台として・・・
知られている名前の街だった。

そんな町外れの《サグレス岬》では、、、
要塞の門を潜ると眼前の地面には、直径43mの巨大な「羅針盤(ローザ・ドス・ヴェントス)」があり・・・
更に見渡せば、「エンリケ航海王子の住居」や「航海学校の建物」跡、「礼拝堂」、「記念碑」、「錆び付いた大砲」等も在った。

そんな王子の雄姿を鮮明に覚えているのは、、、
舳先に彼エンリケ航海王子が立ち・・・
その大帆船の両側には大航海時代を担った天文学者、地理学者、航海者、宣教師等が続く・・・
リスボンを代表する観光スポットの「発見のモニュメント」を何度も観ていたからであった。

此処に来て、、、
礼拝堂の主の様な猫の傍らに坐して、視線を上げて観て・・・
改めて、彼の偉大な功績と・・・
此処で航海術を学び、野望に燃え船出した大航海時代を担った強者たちを・・・
偲ぶ事が出来た様な気がした《ザグレス岬》の要塞であった。

《サグレス岬》の突端から遠望出来き、次に訪れたのが《サン・ヴィセンテ岬》であった。

断崖の高さ75mに建つ白壁に赤色の灯台が、そこだけ鮮やかなコントラストを見せていた。

断崖の上は石や岩に覆われていて・・・
遊歩道等もなく、強風に抗して獣道の様な轍を歩くのも大変で・・・
途中で引き返して仕舞った。


(強風と打ち砕ける波音以外)大して印象的な事もない岬では、、、
駐車場の前にはホット・ドッグ屋や・・・
如何にもペルー風の手織りのセーターや・・・
カラフルな布地や・・・
手工芸品の土産物屋が並んでいた!
夫々の商品が・・・強風に飛ばされない工夫を凝らして。


そんな午前の部を終えて《サン・ヴィセンテ岬》から、、、
12時過ぎには、《ラゴス》の街に戻って来た。

海に向かってエンリケ航海王子の像が建っており、その前の港が大航海時代には新世界発見への道を開いたカラベラ(小型帆船)のアフリカ沿岸の探検における戦略的基地だったと言う「エンリケ王子広場」で、ツアーバスを降りたガイド他総勢5名は、、、
広場に面して在る「サンタ・マリア教会」や・・・
アフリカ奴隷の入り口であり、奴隷貿易の中心的役割を担うようになった、西ヨーロッパで最初の「奴隷市場」が15世紀に開かれた建物(1755年の大地震後に再建された)を・・・
館外に展示されてある、奴隷たちを繋いだと言う麻のロープ束にも触れながら・・・
ブラジルから持ち帰った“金”を贅沢に使った、見事なターリャ・ドゥラータ(木の彫刻に金箔が塗られた祭壇)やアズレージョ(青タイル)が残されてあり、今は「ラゴス郷土博物館」の一部になっている「サン・アントニオ教会」等の・・・
旧市街を散策して観て周った。

以降は、フリータイムとなった。

カラフルで賑やかなアウト・サイド席が、道幅の半分を占めるレストラン通りで・・・
[Restaurant Os Arcos]に定めて、シーフードを摂った!
「エビ・スープ」、「シーフード・ライス」と「サグレス」ビールを。

この「シーフード・ライス」には、海老とロブスターにアサリが煮込まれており・・・
ポルトガルで三番目に美味く(NO.1/カスカイス、NO.2/ナザレ)・・・
大満足のランチであった。

そんな此処《ラゴス》では、、、
ポルトガル大航海時代の「栄華と負の遺産」が・・・鮮やかな印象として記憶に残った。。。



同行者
カップル・夫婦(シニア)
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