2013/04/19 - 2013/04/21
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satoshiさん
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2013年4月に松山に行った時の旅行記です
仕事が4月上旬に一段落し、疲れた体を癒したく温泉でも行こうと考えていたのですが、どうせなら最近行ったことない温泉にしようと。
たまたま歴史小説(大化の改新の頃の)を読んでいたら、道後温泉の記載があり、へえ、道後温泉ってそんなに古いんだと興味を持つ。んで、松山、道後温泉は小学校の頃、家族旅行で行ったっきりだなと思いだし、この際旅行先は道後温泉に決定。調べると松山は見どころもあり、司馬遼太郎氏の小説「坂の上の雲」の登場人物のゆかりのある場所も残っているようです。
4月19日(金)夜行バスにて名古屋発
4月20日(土)道後温泉、松山城、松山市内観光
4月21日(日)松山市内のお寺巡り、再び松山城、昼過ぎからJR特急と新幹線を乗り継ぎ名古屋へ戻ります
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 JR特急 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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23:10名古屋名鉄バスセンター発道後温泉7:00着の夜行バスにて道後温泉へ。慣れない夜行バスでほとんど眠れず。バスは松山市駅行きで、道後温泉で降りたのは私だけでした。実際の到着時刻は6:40頃でした
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道後温泉駅前です。朝早いせいか、人がまばらにしかいませんでした
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6:45頃今回の旅の目的の一つ、道後温泉本館です。結構並ぶと聞いて、とにかく早く行こうと一番の予定に入れました。それにバスの疲れも癒したい。まず様子見がてら霊の湯2階席にします。みなさんも書かれているように、霊の湯3階個室、霊の湯2階大部屋、神の湯2階大部屋、神の湯2階休憩室なしと4種類に分かれています。私の予定では霊の湯3階個室、神の湯2階大部屋と計3回来るつもりでしたが・・・行ってみるとお客さんはちらほら見えるくらい。最初2階の大部屋に行き、荷物を籠に入れ、着替えを持って脱衣室へ。霊の湯の浴場も私以外2人程度でした。上がってきたら店員さん(?)から神の湯も如何ですかと勧められる。最初連続はちょっとと思ったが、せっかくなので神の湯も。神の湯は男湯は2つ浴室があり、聞くと昔の男湯女湯を両方とも男湯にして、女湯は別に作ったとのことです。せっかくなんで両方に入る
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2階大部屋に戻ってくるとお茶とお菓子が頂ける。頂いた後ガイドさんの案内で又新殿を見学、その後坊ちゃんの部屋を見学する。坊ちゃんの部屋に行く途中、3階個室の空き部屋の中をチラ見。結局道後温泉本館の見どころは松山到着1時間程度で見れてしまった。
中は写真は撮れません。写真は周囲の柵の飾りの鷺のモチーフ。温泉の発見のきっかけになったのが鷺が温泉で傷を癒していたとのこと。下呂温泉も同じ理由だったような -
玉の石です。いわくは忘れました
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みなさんこの角度からの道後温泉本館の写真を撮っていましたけど、実はどうやって撮っていたか不思議でした。来てみて納得。後ろの湯神社の坂の上から撮っていたのですね。
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8:30頃、路面電車で松山のもうひとつのハイライト、松山城へ
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大街道下車、ロープウェイ乗り場に向かいます。ロープウェイ乗り場前に加藤嘉明の像がありました。賤ヶ岳の七本槍の一人で、私の地元愛知県出身者の武将の一人です。親近感がわきます
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ロープウェイ乗り場の入り口です。坂の上の雲の絵が懸けてあります
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9:00頃、リフトとロープウェイが隣同士並んでいて、同じ切符で乗るときどちらに乗るか選択できます。リフトもいいが、ロープウェイを選択
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いきなり天守閣入口です。実は道中、写真を撮りまくったが、天気が生憎の曇り、翌日が晴れて、再度写真を撮りに来ました。城の外観写真は二日目の旅行記をご覧ください
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天守までの回廊です
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西方向の眺め
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天守最上階です。現在の天守は1854年幕末の再建です(因みにペリーの黒船来航が1853年)天守という建物は復元は別とすればほとんどが安土桃山時代から江戸前期の建造で、江戸時代でも火災とかで焼失した場合再建しないのが多かった覚えが。(天守は最後の籠城用の要塞の為)平時は利用価値のないものだったと思うのですが、この時代に建てるということは何か考えがあったのでしょうか
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天守を出てから、一通り回り、山を下ります。帰りは登り石垣を見たかったので、県庁裏途上口から降りました。写真は途中で見える登り石垣です
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10:45頃、松山城二の丸史跡庭園に降りてきました
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松山城二の丸史跡庭園内です。100円で入れます。中は当時の御殿跡のアウトラインを池などで再現してあります。ここから見える松山城も面白いです
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11:30頃、てくてく歩いて坂の上の雲ミュージアムです。司馬遼太郎氏の小説「坂の上の雲」を紹介する建物で、司馬氏の博物館を多く手掛ける建築家、安藤忠雄氏の設計です。坂の上の雲は司馬氏が明治の時代、日露戦争を描くにあたり、主人公に松山出身の秋山好古、真之、正岡子規とし、松山の町と大変縁の深い小説になっています
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坂の上の雲ミュージアムの中の建築的な見どころの一つコンクリートの階段です。これだけの長いコンクリート製のスパンの階段はそうそうないでしょう。建物内は、安藤氏が影響を受けたフランスの建築家ル・コルビジェ氏のラトゥーレットの修道院を彷彿させるらせん状の緩やかなスロープでグルグル回って最上階まで上がりながら展示物を見る構成となっています。
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12:15頃、坂の上の雲ミュージアムから徒歩直ぐ、萬翠荘です。大正時代の洋館で松山藩主の子孫の久松家の別邸だそうです。
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萬翠荘の玄関です
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萬翠荘の2階です。天皇家の方々の肖像画があり、それが映らなければ写真は撮っていいそうです
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秋山兄弟生誕地に向かおうと出てきたら、マドンナバスとすれ違う。折角なんで乗ろうと思いエントランスまで戻り搭乗。このバス伊予鉄バスが運行する無料バスです。6月頃運行は中止になったはずです。無料で載せていただいているのに運転手さんから「本日はご利用ありがとうございます」って。お礼を言うのはこっちですって。
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12:50頃、秋山兄弟生誕地到着。復元した建物です。兄の秋山好古は晩年松山で教師をしていましたが、ここに暮らしていたとのことです。建物の中でビデオが上映されてました。
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秋山好古像です。小説「坂の上の雲」を読んだ方はご存知でしょうが、日本騎兵の父と言われた人物で、日露戦争時、日本軍の危機的状況を防衛陣地を張り、切り抜けました
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弟の秋山真之像です。こちらは海軍の連合艦隊参謀です。日本海海戦時、バルチック艦隊迎撃作戦を発案し、結果連合艦隊側の奇跡のワンサイドゲームを生み出しました
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大街道の商店街を昼食をとりに五しき本店さんに向かいます
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13:30頃、五しき本店さんにて鯛そうめん頂きます。名物だそうです
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昼からは、一旦路面電車で道後温泉に戻り、バスにて石手寺に向かいます。
松山には国宝建築物が3つあり、そのうちの一つがこの石手寺の仁王門です。国宝を目当てに行ったのですが、なかなか違った意味で素敵なところでした・・・ここの口コミで調べて知ってはいたんですが、自分の中では予想外の妙な力のパワースポットでした。14:30頃着、入口の様子です -
国宝の仁王門です。
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実にささやかな国宝の主張。国宝の建物のあるお寺とかは、国宝を売りにするか、そもそも売り込む気がなく、静かにしておいてくださいオーラがでているかどっちかのような気がするのですが、ここは国宝は別にどーでもいい。別の物で売り込んでやるって気概に満ちてます
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重要文化財の本堂です。これ以外も五重塔や三重の塔なども重文です。でもそれ以上に注目して欲しいのが本堂前にそそり立つ金色に光る五鈷杵です。立派な真言宗の主張です。こんなところに立てるか普通
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実は入口あたりからぷんぷん匂っていた仏教のワンダーランド臭。最初は気がつかないふりをしていたのですが、そろそろ限界に達してきました。逆に怖いもの見たさで境内を探検します。このトンネル胎蔵界と金剛界を再現したトンネルで裏道まで出ることが出来る連絡路でもあります。大変ありがたいトンネルなんでしょうが、この手の物に免疫のない人が入るとトラウマになります。特に幼児は注意
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反対側入口です。あー怖かった
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直ぐ先、道の右側に続きがありますが、私は最初分からずに道を登って行きました
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道像に理解不能なオブジェがあります。きっとありがたいものだと思います。この辺一昔の宝島社の雑誌が好きそうなオーラがバンバンに出てます
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幼稚園らしいです。石手寺さんの経営でしょうか。
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これ以上道路沿いはなにもなさそうなので一旦戻り先ほどの入口から続きと思われるところに入ります。
もし夢にこのような風景が出てきたら間違いなくうなされているでしょう -
一番奥の謎の球体。他の人の旅行記では中に仏像がいっぱいあったとの記載があったようですが、私が着いたとき、中から作業員の方たちが出てきて、「あっ中のもの全部出したった。中はもうからっぽだよ」と教えてくれました。なぜか残念というより少しほっとしました
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球体右手にある、恐らく修行中のブッタ像
あと何千年してここが発掘されて、「西暦2000年頃の宗教的遺物。当時の人たちはこういう像が広く信仰されていました」とかなるのでしょうか。複雑です -
14:50頃、石手寺を出て、道後温泉まで歩きます。雨が降ったりやんだりします。写真は石手寺方向を見たもの。寺にいるときは気がつかなかったのですが大きな仏像があります。もう別に驚きません
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道中見かけたダルマ風住宅。この建物がダルマのように見えるのは気のせいでしょうか。石手寺の後の為いろんな幻が見えます
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15:15頃、道後公園です。道後温泉で使われていた湯釜だそうです
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道後公園をぐるっと。道後公園は湯築城跡の城山を公園としたもので、山には三の丸、二の丸、本丸跡地があり、本丸跡には展望台があります。松山城に加藤嘉明が入るまでこの地を治めた河野氏の城跡だそうです。この岩場は日本庭園の庭石っぽく、当時の人もここで花見とかしてたみたいです。雨が強くなってきました
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湯築城資料館外観です。この周囲には当時の武家の屋敷(といっても質素ですが)を再現した建物があります。資料館の中ではボランティアのガイドさんが展示物の説明をしていただけました
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16:45頃、本日のお宿ホテル椿別館です。道後温泉の中ではリーズナブルなホテルではないでしょうか。チェックインします
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まだ、夕食までちょっと時間があるので、伊佐爾波神社に向かいます。ここまで来る階段が長い
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本殿です。八幡造の代表するものの一つだそうです
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伊佐爾波神社を真っすぐ降りてきたらからくり時計で丁度17:30の回が。あまり期待してなかったのですが、時計塔が上に伸びたり屋根が上がったり、予想以上のトランスフォームをしてました。なぜかガンダムを思い出しました
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道後温泉の商店街です。つぼや菓子舗さんで坊ちゃん団子を購入
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道後温泉本館の夕景です。中は朝満足するまで入ったので今回は椿の湯に行きます
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椿の湯外観です。写真は朝撮ったものです。あまり旅行記でこんなこと書くと営業妨害になるかも知れませんがクチコミ情報として。ここの地元と思われるお客さん(年配の方々)達最悪ですね。吐水口からお湯が出ているところを打たせ湯のように頭からかぶり、体をボリボリ掻いて・・あんたの体を伝わった湯を俺達浸かってんだぞ。それも一人だけでなく、吐水口が空くと変わり変わりおっさんが・・実は朝の本館でも吐水口を打たせ湯代わりに使う人が何人か見えました。これ松山だけの習慣ですか?
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19:00頃ホテルにて夕食を頂きます。バイキング形式で、海の幸が多かったです。鯛のお刺身をドンブリのようにして頂きました。この日はこの後、ホテルの浴場で最後の一っ風呂浴びて就寝。続きはその2になります
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