2013/04/14 - 2013/04/21
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say13さん
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モロッコの旅 その3です。旅も5日目になりワルザザードを出発し、世界遺産の要塞アイト・ベン・ハッドゥを見学し再びアトラス山脈を越えマラケシュとカサブランカを訪れます。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- エールフランス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
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ワルザザードを出てすぐの所に映画の撮影所があります。車窓からの眺めですが、砂漠の広大な光景が広がっておりロケ地として色々な映画が作られているようです。アトラス・コーポレーションスタジオがあることでも知られています。
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30分でアイト・ベン・ハッドゥに到着です。
隊商交易の中継地として栄えたこの一帯にはカスバと呼ばれる個人宅が多く建てられました。
カスバとは異なり複数の住居を要塞化したものでクサールと呼ばれています。特に有力であったハッドゥ一族が築いたクサールがアイト・ベン・ハッドゥの集落で1987年に世界遺産に登録されました。
一番上に見張り櫓と籠城に備えた穀物倉庫があります。
これからマレ川に敷かれた飛び石を渡り集落に入ります。 -
集落の入口に炙り絵を作っているお店がありました。
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それなりの絵です。小さなころに冬になるとミカンの汁を絞って文字などを描きロウソクで炙り出したことを思い出しました。
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かなり大きな集落です。
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集落の前に広場があります。この場所にセットを造り映画の撮影を行うそうです。古くはアラビアのロレンスやナイルの宝石などが撮影され、背景にはアイト・ベン・ハッドゥが写りこみます。
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集落の中に入ると狭い入り組んだ階段の道が続きます。天井は木材で組み葦を並べその上を日干しレンガを泥で塗り固めていきます。修復しながら住んでいるようで現在この集落には5家族が暮らしているそうです。
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帰りはマレ川にかかる、最近出来たコンクリートの橋を渡ります。河原では洗濯中です。
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アイト・ベン・ハッドウを後にして曲がりくねった山道道を2時間走り、オート・アトラス山脈のティシュカ峠で一休みです。標高2,260mあります。
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峠からさらに上の方に、雪が残っている山肌が見えます。
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峠の道のヘアピンカーブをしばらく下り、アルガンオイルを販売しているお店に立ち寄ります。
モロッコの南西のサハラ砂漠の北端にしか存在しないアルガンツリーの実から絞ったオイルです。 -
協同組合の形をとり女性の仕事の確保とアルガンの森の保護に貢献しているのだそうです。
固いアルガンの実を割る実演をしています。
100Kgの実から1リットルのオイルしかとれない貴重なオイルで老化予防のビタミンEが豊富なのだそうです。
最近この場所にお店が移ってきたそうですが何故この山奥なのかちょっと不思議ですね。やぱり観光客相手なのでしょうかね。 -
アルガンオイル 30mlが100デルハム、200mlが200デルハムです。
ガイドさんのお薦めもあり、皆さんやっぱり大人買いをしていました。 -
モロッコのほぼ中央の標高450mに位置するマラケシュにやってきました。
少し遅めの昼食です。初めに数種類の野菜のサラダで辛いソースを付けて食べます。 -
牛、七面鳥、羊と思われるケバブが出てきました。肉は固く焼き上がっていますが噛みしめると味がします。
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マラケシュの初めの観光は旧市街の南側にあるバヒア宮殿です。1900年アラウィー朝ハッサン1世の宰相アリ・バハメットの私邸として建てられました。入口の門を入ります。
当時は一夫多妻が認められており4人の妻と24人の妾がいたようです。アラブ人の妻バヒアにちなんで宮殿の名前が付いたそうです。ちなみに他の3人はベルベル人だそうです。 -
妻は平等に扱う決まりの様ですが実際はバヒアさんが優遇されていて、部屋の大きさや内装の豪華さに格段の差が付いています。なお奥さん方はお互いに行き来が出来無く差があることに気が付いていなかったそうです。
このバヒアさんの部屋の天井は高くてクルミの木を使った細密な細工は、明らかに別格の出来具合です。 -
壁にはランプがともり、良く見ると壁に青・白・赤のフランスの国旗の色が浮かびあがっています。おしゃれですね。フランス統治下の名残なんでしょうかね。
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この宮殿はイスラムの作りやアンダルシア風の建物、すかし窓はアルハンブラ宮殿を模した造りと贅を尽くしています。
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フェズの神学校の作りと似ています。
ガイドさんの説明によると1956年にモロッコが独立を果たしその後フランスが撤退するときに絨毯や調度品を全て持ち去ったようです。残ったのは壁と天井と言っていました。 -
バヒア宮殿を後にしてクトゥピアまで歩きます。
位置的にはジャマ・エル・フナ広場の南側にあたります。スークの入口の門です。 -
市場の中は人で混雑しています。
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香辛料のお店です。
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手前はサボンベルディと言うオリーブオイルから作る柔らかい石鹸でハマムで体を洗うときに使われるそうです。
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右側がハマムの入口です。公衆浴場ですが浴槽はなくいわゆるスチームバスだそうです。
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家の上の方に魔除けのファテマの手が見えます。これは預言者ムハマンドの四女の名前にちなんで付けられたそうで、慈悲深く貧しい人や病気の人に手を差し伸べたことによるそうです。
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ドアノッカーにもファテマの手が付いています。
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無造作に置かれている動物の足は食材としての売り物です。
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人通りがあまりない通りを進みます。両脇に食べ物屋さんや雑貨を売っているお店が並んでいます。
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クトゥビアモスクに到着です。1147年ムワッヒド朝の創始者アブド・アル・ムーメンによって着工し完成したましたが、その後1199年に建てなおされ現在の形になっています。クトゥビアとはアラビア語で本(写本)屋さんの意味で12・13世紀頃モスクの周りに写本屋さんが集まっていたことに由来するそうです。
6階建の尖塔は77mの高さで先端に黄金に輝く(団子三兄弟のような)球は上からユダヤ・キリスト・イスラム教の共存を示しているのだそうです。またメッカの方向を示すL字型の棒も付いています。 -
クトゥピアの前の道を渡り馬車に乗ります。
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ジェデイド門を曲がり城壁を左に見ながらロブ門をくぐりジャマ・エル・フナ広場までパカパカと走ります。後ろを走る馬の鼻息がかかりそうです。
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ジャマ・エル・フナ広場に到着です。
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広場の南側にあるカフェ・グラシエに入ります。二階で飲物をとって改札の様なゲートを通ります。
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2階からの広場の眺めです。午後4時過ぎで人ではまだ多くはありません。中央左側は食べ物の屋台ですがまだ準備中のようです。
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広場の右方向のテントではジュースを一杯4デルハムで売っています。
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組み体操のような曲芸に人が集まっています。太鼓と笛の音が広場中に鳴り響いています。
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広場の北側のスークに行ってみました。ともかく人が多くまた色々なお店があります。
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夕食はフナ広場の北西の端にあるレストランに行きました。お姉さん達がお出迎えです。午後7時ですが外はまだ明るいです。
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クスクスを頂きました。食事中も音楽隊の演奏が鳴りっぱなしで、この広場近辺は外も中も賑やかすぎます。
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8時30分に食事を終え広場に出ました。
大勢の人が広場の屋台で食事をしています。
バスに乗るためすぐにこの場所を離れましたがこの雰囲気の中を歩き回ってみたかったですね。 -
翌朝ホテルの部屋からの眺めです。
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1階レストランのテラスで朝食を頂きました。
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宿泊はインペリアル ホリデーで、新市街のマラケシュ鉄道駅のすぐ東側に位置し114室あるホテルです。
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ホテルの向いの路上に有料駐車スペースがあり、止める時間分の駐車券を購入し車のフロント部分に置いておくのだそうです。
この後ホテルを出発しカサブランカに向かいます。 -
マラケシュからカサブランカまでは240kの道のりで、快適な高速道が続きます。車の運転で気が付いたのですが、どの車も追い越し車線を走る時は常にウインカーを点滅させたまま走り、ウインカーの点滅を止めるとと走行車線に入ってきます。走行車線に戻る為のウインカーは点滅させません。ちょっと異様な光景です。
昼食を済ませ初めに、街のほぼ中心にあるスーパー・アーシマに入ります。余談ですが旅先で地元のスーパーに行ってみると置いてある物を見ているだけでも楽しい気がします。
なお消費税は内税方式で20%だそうです。 -
クルミ400g 84デルハム(約1000円)。
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アーモンドナッツ250g 28デルハム(約340円)。素炒と塩付きです。
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種抜きオリーブ160g(ネット) 9デルハム(約110円)。
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乾燥ナツメ2k 22.5デルハム(約270円)。
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オレンジ入りお菓子 1個1デルハム(約12円)。
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ミントティーバック25袋 10デルハム(約120円)。
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ミントティー茶葉50g 10デルハム(約120円)。
地元では砂糖を入れ甘くしますが、家に戻って砂糖なしで結構楽しめました。
持ち合わせのデルハムの内、トイレチップ、ホテルチップ、食事のワイン代を除いたデルハムを使い切るため、電卓を使ってのお買い物で結構な重さになりました。 -
ムハンマド5世広場に来ました。ちなみにムハンマド5世はモロッコがフランスから独立した翌年の1957年に王位についています。紆余曲折あり1999年国王ハサン2世の死去に伴いシディム・ムハンマド皇太子がムハンマド6世として王位についています。
ここは街の中枢機関が集中しており、この建物は裁判所です。 -
時計台がある市役所です。
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広場を挟んで左が第二市役所と税務署です。
この通りに路面電車も走っています。都会ですね。 -
市街地から少し移動して、大西洋を臨む海辺にそそり立つハッサン2世モスクにやってきました。1986年から8年の歳月をかけ1993年8月に完成しました。
塔の高さや建物の大きさに圧倒されます。なんと緑の屋根は開閉式で5分で開くそうです。ハイテク技術が色々なところに駆使されています。 -
敷地は9ha(ヘクタール)あり2/3は埋め立て地だそうです。モスクの広場には7万5千人が入れソーラーシステムを利用した床暖房が付いています。建物の中には2万5千人入れ合計10万人収容できる規模です。地下には7千台の駐車場があります。
3千万人のモロッコ人民のからの寄付と税金で建てられています。 -
200mの高さを持つミナレットは、宗教高層建造物の塔で世界一を誇るそうです。
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ミナレットの下の部分です。人が入口にいますが建物の大きさが分かると思います。
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シャンデリアはベネチアのムラノで造られリモコンで上下しお掃除をするそうです。
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建物の門はチタンで出来ています。こちらは男性用入口で左の階段を下りて行きます。
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地下に入ると礼拝堂に通ずる部屋があります。
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ここで手足を洗い清めて礼拝をおこなうそうです。
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カサブランカの宿泊はムハンマド5世広場近くの街の中心地に位置するプリンセス・デ・パリという88室のホテルです。旅も6日目で観光は終わりです。
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7日目の朝、モーニングコールが3時で4時にはホテルを出発します。
エールフランスを選択するとこの時間帯になります。
朝食のランチボックスは提供していないとのことで、早朝の3時30分からレストランでの朝食ですがさすがにパスしました。ホテルを午前4時に出発し、カサブランカ発6時40分のパリ シャルル・ド・ゴール空港行きの飛行機に乗り込みます。 -
飛行時間が3時間あり、機内で朝食です。チーズとハムを挟んだパンがとても美味しく感じられました。
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パリとモロッコは時差があり、シャルル・ド・ゴール空港に予定通りパリ時間の11時40分に到着です。乗換のため空港内を移動です。おしゃれな雰囲気ですね。
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乗継時間が2時間弱ですがお昼を食べている時間はありません。
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搭乗機のAF276便です。
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帰りもほぼ満席状態です。
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タラップを通って機内へ。
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早速ウエルカム・シャンパンです。成田まで約11時間30分の長旅です。
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鶏肉のチリソースとパスタです。
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途中出てきたアイスクリームが美味しく感じられます。
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成田到着前にハムとチーズとパンが出てきました。
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予定通り朝8時に成田到着です。外は雨で肌寒く感じられます。
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