2012/05/01 - 2012/05/04
650位(同エリア2099件中)
地中海人さん
ドゥブロヴニクはギリシャ人の寄港地として歴史が始まり、その後、ローマ帝国、ビザンチン、ヴェネツィア、ハンガリー王国などを経て、14世紀から1808年まで自治を維持しました。
イタリア系とスラヴ系が共存し、また、自由都市共和国としてヴェネツィア共和国とトルコ帝国との狭間でよく敢闘したことには敬服しますね。
***********
「主な行程」
2012年4月25日仙台→ブダペスト3泊(ケンピンスキーホテル)
4月28日ブダペスト→スプリット2泊(マルマン ホテル)
4月30日スプリット→ドゥブロヴニク3泊(ドゥブロヴニクパレスホテル)
5月3日ドゥブロヴニク→アテネ1泊(インペリアルホテル)
5月4日アテネ→デルフィ1泊(アクロポール・ホテル)
5月5日デルフィ→ミコノス2泊(ヘルメスミコノスホテル)
5月7日ミコノス→アテネ1泊(インペリアルホテル)
5月8日アテネ→(機内泊)
5月9日成田→仙台
交通機関
2012/04/25 NH 3232 仙台-東京(成田)
2012/04/25 NH 0207 TOKYO/NARITA - MUNICH
2012/04/25 LH 1684 MUNICH - BUDAPEST
① 2012/04/28 OS 0714 BUDAPEST - VIENNA
② 2012/04/28 OS 0745 VIENNA - SPLIT
2012/05/01 スプリットからドゥブロヴニクまでバス
③ 2012/05/03 OU 0300 DUBROVNIC - ATHENS
2012/05/02-3 アテネ←(バス)→デルフィ
④ 2012/05/05 A3 0378 ATHENS - MIKONOS
⑤ 2012/05/07 A3 0379 MIKONOS - ATHENS
2012/05/08 LH 1279 ATHENS - FRANKFURT
2012/05/08 NH 0210 FRANKFURT - TOKYO/NARITA
2012/05/09 NH 3235 東京(成田)-仙台
仙台発着ブダペストインアテネアウトANA航空券発券後、①②③④⑤の航空券をスターアライアンスヨーロッパエアパスによる手配。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ANA
-
2012/05/01 スプリットからドゥブロヴニク(バス 105Kn)へ
スプリット長距離バスセンターには、両替所もあります。100ドル548Knでした。スプリット空港よりも率がよいですね。
朝に午後2時を予約したが、1時30分発に変更。
高速道路ではありませんがスカイラインを走行、バスの右側は崖、ところどころ斜面に集落が点在しており、途中、マカルスカとポルチェに停車後、ボスニア・フェルツェゴヴィナ国境でバス内でパスポートチェックがあります。スタンプは押しません。
ネウムは、ドゥブロヴニク共和国が当時強大だったヴェネツィア共和国領土との間に緩衝地帯を設けようとトルコに割譲したため、今はボスニア・フェルツェゴヴィナが継承し、ドゥブロヴニクが飛び地となったようですね。
出発から3時間くらいでコーヒー休憩がここでありました。
約4時間でドゥブロヴニク長距離バスセンターに到着。
(夏季SPUからDBVへ1日 クロアチア航空2便あります。)
************
ドゥブロヴニク長距離バスセンターから市内へ
一見大型倉庫駐車場のようなバスセンターから表通りへ出るとキオスクとバス停がありますので、ここでバスチケットを滞在中使う分の枚数を購入しました。1枚10Kn、バス内運転手からだと12Knです。
キオスクの向かいにはWiFi無料のカフェがあります。そこで一杯飲みながらバスやホテルの検索でも。長距離バスセンターにはインフォメーションはありません。
東へ向かうバス、1番で旧市街のピレ門までやってきました。
ピレ門前にはバスチケット売り場、ガイドツアーの待合場所、カフェ、レストラン、ミニスーパー、各方面行きのバス停数ヶ所、近くにはインフォメーションがあり、観光客が常に集っています。
ホテル近くへ行く市内バス路線番号とバス乗り場を尋ね、乗り換えましょう。 -
城壁に囲まれたドゥブロヴニク旧市街は1日で十分歩けます。
11日間スプリットだけ滞在するという、スプリットの徒歩ガイドツアーで一緒だったオーストラリア人に感化され、遠出せず、郊外のリゾートホテルでのんびり過ごし、ドゥブロヴニク旧市街のみ歩き回りました。 -
門を入るとすぐのところに祭壇があります。
自宅に祭壇を持たない人のためなんでしょうね。 -
プラツァ通り
旧市街一のメインストリート。もともと、ローマ人の住む小島とスラブ人の住む陸地を隔てる狭い海峡を埋め立てたものです。
ピレ門を入ると、左にあるフランシスコ会修道院からスポンザ宮殿に至るまで両側には、銀行、カフェ、旅行社などがびっしり並んでいます。
写真の右側には、15世紀に造られたオノフリオの噴水がある。今でもスルジ山北側から水路を通り流れでる。 -
プラツァ通り
-
道路は曲がりくねったところはありません。 一時トルコに朝貢したことはありますが、コルフ島と同じくイスラム教徒の支配に屈したことはありませんでした。
-
城壁めぐりはゆっくり歩いて2時間ほどでしょうか。約2キロです。
-
アドリア海東岸で自治を維持するため、強大なヴェネツィア対策にネウムをトルコに割譲して緩衝地帯としたり、トルコ対策と推察しますが奴隷貿易(非キリスト教徒(主にイスラム教徒)を売買して莫大な利益を得る)を1418年には廃止したとされています。
-
東地中海からヴェネティアを目指す交易船にとって、アドリア海に入って初めてのラテン系の人々が住む寄港地で、食糧、水、漕ぎ手などの補給地だたのでしょうね。
-
浜辺が無いので、岩場で日光浴です。
-
城壁上のカフェで休憩。
-
旧港 スルジ山
ドゥブロヴニクは海洋貿易によって、15世紀から16世紀にかけてはとくにトルコからの物産の西洋への窓口として栄えましたが、1667年の大地震後徐々に衰退したようです。
左側にアルセナル(造船所)が見えます。
スルジ山が海から立ち上がっています。 -
往時には、港の聖イヴァン要塞と聖ルカ塔の間にチェーン張られ、入港が許可された船の出入り時のみ外されたという。
-
ドゥブロヴニクがオスマントルコに対し独立を保持しえた理由?
これを考えながらの3泊となりました。 -
巧みな外交政策とか諸説ありますが、その根っこには、イリュリア人、ローマ人、スラブ人など長い民族融合の歴史の重い教訓があったのではないでしょうか。ビールを飲みながらしきりに考えたものです。
1ケ月ごとに総督を交代した、というヴェネティアを超える柔軟さもあります。 -
ロヴィリィエナッツ要塞には「どんな黄金との引き換えであっても、自由を売り渡してはならない」との銘文が残っているという。
-
ロクルム島 往時はここに検疫所がおかれ、悪疫流行地から来た場合はここで40日の潜伏期間の間とどめ置かれたといいます。
今は、沖合い700mにある無人島ですが、夏季は旧港から頻繁に船が出、ヌーデイスとビーチもあるという。
-
オレンジ色で統一された屋根が並び、1991年の砲弾のあとはありません。
-
これが自由都市の長い歴史の美しさというものでしょうか。
-
フランシスコ会修道院
-
中庭は14世紀、建物は17世紀に再建された。
中には1391年創設という今でも現役の薬局があります。 -
-
スポンザ宮殿
アルセナルの隣にあり、1667年の大地震でも被害を受けなかったスポンザ宮殿。
1567年建築、貿易物資の税関から、17世紀頃から社交場へと、ドゥブロヴニクの歴史とともに変遷したようです。 -
スポンザ宮殿
-
大聖堂
主祭壇にヴェネティア派の巨匠ティッツィアーノの作品。
周りをすべてトルコに囲まれ、そこからの物産の商取引で繁栄はしましたが、やはり心はヴェネティアだったのでしょうね。 -
ドミニコ会修道院
-
ドミニコ会修道院近くで見かけました。
-
往時は、商船、軍船がたくさん繋留されていたのでしょうね。
右側に造船所がありました。 -
城壁(70Kn)と旧市街を歩きつかれたら、旧港に面したロカンダ・ぺシュタリアの広いテラスで観光船を眺めながらビールをどうぞ。
スタッフが縞のTシャツを着ています。ビール28Kn. -
ルジャ広場 ローラント像です。(1418年)
右腕の肘から手までの長さが51.2センチ。長さの単位の基準です。ここが商業都市であった証ですね。 -
日本人の手品師です。
技をもって旅行するなど、尊敬しますね。
お金を全くもたずに放浪の旅に出る勇気はありません。
二十歳の時に、500ドルで3ケ月放浪したことはありますが。 -
このルジャ広場にもオノフリオの小噴水があります。
-
民俗学博物館への階段。
-
-
民俗学博物館
-
-
-
-
-
-
-
-
-
青空市場
-
-
-
シナゴーグ
-
この町にもユダヤ人のコミュニティーがあります。
-
シナゴーグがあると必ず寄ります。
物とお金が動く街には、ユダヤ人が必要とされる時代が長く続きましたが。 -
-
-
-
-
-
旧港を護る聖イヴァン要塞です。
中に海洋博物館、水族館があります。 -
レストラン・アクエリアス
ドゥブロヴニクのレストランはどこもシーフード料理がおいしいですが、ここ、旧市街の水族館手前にあるレストラン・アクエリアスも同じく、口コミで外国人観光客がやってきます。
店の前にたたずむ店主もあっさりと挨拶するのみで、しつこく客引きするようなひとではありません。外階段を上がり中に一旦入り、城壁と建物に囲まれた二階のテラスは眺望はありませんが木陰で静か。
ドイツ人4人二組、日本人女性二人、男性一人など。ドイツ人達はそれぞれ二組乱れて話しを咲かせていますが、日本人男性は隣の同国人女性に全く話し掛けようとしません。いつも思いますが、何とかお相伴すればよいのにと。
そのうち隣に仏人夫婦が座り、やはり奥方が塩を下さいなと、きっかけを作り話しかけてきた。マルセイユに住む原子力研究者であるという。議論明晰なので、こちらは専門外だし閉口だ。
そうそうに原発事故の話題を打ち切ったら、また、奥方が、友人に日仏比較文学の研究者がおり、今京都に住んでいるという。仏人には、漫画世代を筆頭に、日本人及び日本文化をある程度知っている人が多いですね。
ここは、忘れ物をして預かっていただいたこともあり、二度訪れ、いずれもおいしいシーフード料理(リゾットとスパゲッティ)、ビールをいただいた。
カード不可。WiFi無料。ここもユーロ可(ほとんどのカフェレストランで。) -
-
プラッツァ通りから北レストラン街への階段
-
-
プラッツァ通りの一本北の通りはレストラン街です。
-
-
2012/05/03 ドゥブロヴニク市内から[DBV]空港へ
市内のドゥブロヴニク長距離バスセンターから空港まで30分(35Kn)、途中スルジ山ケーブルカー駅前のみ停車。
クロアチア航空OU0300便を利用し、DBVからアテネ空港「ATH」まで。 ANA pp304
************
ドゥブロヴニク パレス・ホテル
ピレ門から市バス4番で終点。バスは頻繁に出る。
海に面したバルコニーつき。大規模リゾートホテル、長期滞在に向いている。
寿司バーはクローズ。
朝食つきWiFi無料 一人、平成24年4月30日から3泊34,489円
ピレ門近く徒歩の距離にヒルトンホテルがあります。旧市街にはホテルを見かけず。
*************
ドゥブロヴニク空港[DBV]ラウンジ
出発階の二階上にあります。ここはWiFi有料です。
クロアチア産赤ワイン「メルロー」はおいしい。
「ビル イエ」と言いかけたら「ヴルロ」(たいへんおいしい)と続けてくれた掃除スタッフのおばさんに、持てる全てのクロアチアのお金をチップとした。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
ドブロブニク(クロアチア) の人気ホテル
クロアチアで使うWi-Fiはレンタルしましたか?
フォートラベル GLOBAL WiFiなら
クロアチア最安
421円/日~
- 空港で受取・返却可能
- お得なポイントがたまる
0
62