2012/08/15 - 2012/08/15
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tuviajeroさん
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やっと、今日の分でザラザラ、ボツボツ画像の最後になりました。次の回から正常に戻りますが元々写真撮影は苦手(観るのは大好き)なので大して変わらないかもしれません(^^;
本日も午前中はチャコの遺跡を見学してから午後に南下してギャラップに向かいます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 1.0
- グルメ
- 1.0
- ショッピング
- 1.0
- 交通
- 1.0
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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未明のチャコ・キャニオンです。ユタ、アリゾナ、ニュー・メキシコ、テキサス、メキシコ北部の低地の乾燥地帯に共通で昼は焼けるような暑さですが朝方は冷え込みます。
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キャンプ場の朝日です。この公園はそれこそ陸の孤島で、南北に夫々1本ずつ荒野の真っ只中を走る未舗装道路があるだけで、それも舗装道路まで最短20マイル(32キロ)以上ありますので、人里となるとその倍ぐらいの距離があります。
そして公園内にはキャンプ場以外は宿泊設備もお店も無いので、此処を訪問するためには水以外の必要品を全部持込でのキャンプをしなければなりません。 -
先ずはテント裏の崖にある岩に刻み込んだ絵、所謂ペトログリフを見物します。
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小規模な集落跡もあります。
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遺跡の中に入ればキバの跡もあると思いますが立ち入りは禁止されています。岩絵への悪戯書きが後を絶たずに苦慮しているそうです。
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本日午前中は谷の中、ドライブ沿いの遺跡を見学します。先ずはフンゴ・パビ(Hungo Pavi 先住民言語?)です。
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この遺跡の他、チェトロ・ケトル(Chetro Ketl)、プエブロ・ボニート(Pueblo Bonito)もそうですが、遺跡コンプレックスの全体構造は崖沿いの裏(崖)側に直線的な高い壁を作り表(前方)側を湾曲して突出した大きなDの字型の構造をしています。
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壁の中はこんな感じに石を組んでいます。多分木の梁を通していた穴だと思います。
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こちらは実際に梁が通っている状態です。
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フンゴ・パビはチャコ・キャニオンの遺跡では中規模です。
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フンゴ・パビの次はチェトロ・ケトル(Chetro Ketl)です。
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このチェトロ・ケトルと直ぐ近くに隣接するプエブロ・ボニートがチャコ・キャニオンの代表的遺跡です。
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私達が抱くアメリカ・インディアンの家と云うと木の棒を組み合わせて動物の皮を被せた所謂ティーピーと呼ばれる一種のテントですが、あれは狩猟採集を中心にした平原インディアンのもので実際にはこの様な立派な集合住宅で町を造ったプエブロ・アナサジ系インディアン文化も広範に居住していました。
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立派なキバです。このクラスになるとその精緻さといい、規模といい有名なペルーの諸文化や中央アメリカのマヤやアステカ文化の遺跡に何等引けを取りません。
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巨大なキバが幾つも在ります。
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プエブロの中は大小幾つもの部屋に分かれていて複雑な構造になっています。
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キバとは違う巨大な円形の部屋もありますがどのような用途だったのでしょうか。倉庫か、共同の生活の場か、色々と想像を掻き立てられます。
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遺跡裏の崖に穴が沢山穿ってあります。棒を差し込んで足場にしたのだと思います。左端にある比較的大きな穴は手や足掛りにするホールド用ではないかと思います。
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この割れ目に沿って崖を上り下りしていたのだと思います。上の方に大きな穴が規則的に並んでいるので間違いなく人工で階段代わりのホールド用の穴だと思います。
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別の角度から“割れ目”を観察すると、反対側からは見えなかった刻みが中腹ぐらいに入っているのが見えます。
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これがその近影です。
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チェトロ・ケトル・コンプレックスの中心部分です。まるで伽藍か寺院のような雰囲気です。
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さっき見学したチェトロ・ケトルと隣のプエブロ・ボニートの間の崖にペトログリフが沢山ありますので直ぐ隣のプエブロ・ボニートへは見物がてら歩いて行きます。
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プエブロ・ボニート(Pueblo Bonito)です。こんな環境です。前方に樹がまばらに並んでいますがそこにはクリークが走っていますが水はありませんでした。
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ウサギは良く見掛けました。
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プエブロ・ボニートの全景です。円形の半地下構築物がビッシリ並んでいますが全部キバでしょうか・・・中央に見える巨大なキバはプエブロ(村)全体が使用するものでしょう。
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プエブロ・ボニート(西語で美しい村)の名に恥じない綺麗に仕上がった壁面です。殆ど欧米か東京辺りのお洒落なビルの外壁みたいです。
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外壁をあまりに精緻に作りすぎたせいか長い月日の果てに崩れそうな部分もあり、サポートで支持しています。
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できることならタイム・マシンに乗って往時の姿を見たいものです。そんなことを感じさせる栄枯盛衰のロマンを感じさせる眺めです。
燦燦と降り注ぐ陽光は却って廃墟の無機的な虚しさを強調するようです。 -
巨大なキバが幾つも在ります。
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よほど沢山の人が住んでいたのでしょうね・・・いま資料を参照したところ、住民は50〜100人ぐらいとありますがチョット信じ難いほど少ないです。チャコ・キャニオン全体で2000〜6000ぐらいとのことです。これだけの建築物がその程度(労働人口70〜80%谷全体で協力したとしても)の人数でこれほど沢山の巨大な建築物を作れたか疑問に思います。
計算根拠は部屋数や土器の数などらしいですが、一部屋に住む人数の問題もあるし、ヒョットすると建物の周囲にもっと簡易な住宅で住む人々も居た可能性もあるのではないでしょうか。
投影図を見ても部屋数は軽く100は超えているようですし・・・何か納得が行きません。 -
これが中心にある最大のキバですが本当に立派です。
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大キバのある中央広場からコンプレックスの奥側を見たところです。何層にもなっていますし、矢張り住んでいた人はもっと多かったと私は思います。最大100人と云う事は無いと思います。
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村民です。
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綺麗な石組みです。
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明らかに精密な設計と高度な測量、計算、建築技術を持っていたことを証明しています。
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これなどはとても複雑な3次元の構造を見せてます。
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カサ・リンコナーダ(Casa Rinconada:西語で片隅の家)です。プエブロ・ボニートとクリーク(西語でアロヨ:Arroyo)を挟んだ向かい側にあります。
小規模な住居と中規模のキバが散在しています。 -
こんなのが距離をおいてバラバラと散在しています。
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これがカサ・リンコナーダのキバです。中規模と書きましたが、プエブロ・ボニートとチェトロ・ケトルの超弩級のヤツを見た後での感覚で、普通の感覚なら問題なく大型のキバです。仕上げも非常に美しく、ここでどんな儀式が行われていたが是非とも知りたいですが現在では全く残っていません。実際その目的でさえ「宗教儀式に使われた“であろう”」と推測されているに過ぎません。
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カサ・リンコナーダ近く、プエブロ・ボニートとクリークを挟んで反対側のメサに登る階段です。
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これがチャコ・キャニオンに至る道路に出ている注意書きです。雨でも降ったら本当に大変でしょうね。洪水になり易いし、ならずとも冠水しただけで泥が本当にヌルヌルでタイヤのグリップを完全に失います。4駆でもスタックする可能性は大いにあります。
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