2013/03/09 - 2013/03/11
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Fluegelさん
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旅程
3月7日 ロンドン→マヨルカ Port d'Alcudiaに2連泊
3月9日 Can Pastilla(空港近く)に2連泊
3月11日 マヨルカ→バルセロナ→フランクフルト→帰国
表紙写真:Valldemossa宮殿裏の展望所より(3月9日)。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 5.0
- 交通
- 2.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- レンタカー
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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3月9日(土)、Port d'Alcudiaのアパートホテルを発ち、Valldemossaへ。チェックアウト時、フロントで行き方を聞くと、Ma-13(高速道)に乗り、Valldemossaという標識が見えたら、そちらへ行けと言う。これが間違いの元だった。Ma-13をパルマ方面に向かうと、Valdemossaという標識はない。あるのはAndratx方面という標識だけ。この地名を知らないと、Ma-13を南下してValldemossaへ行くことはできない。パルマからなら、Valldemossa方面という標識があるけれど。写真は、Valldemossa修道院内の教会。
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修道院のチケット売り場には、よく分からない英語を話す女性がいた。コンサートも聴きたいならと言われ、8.5ユーロくらいのチケットを求めた(修道院&王宮)。しかし、これには「ショパンの部屋」の料金が含まれていなかった。
それに気づかないまま、入場すると、ショパンとジョルジュ・サンドの人形が出迎えてくれた。 -
元々、王宮として建てられた建物を、1399年より王立カルトゥハ修道院として使用し、上の写真の教会だけを残して、1835年に修道院は民間に払い下げられた。9つに分割所有されたまま、今日に至る。博物館となった今は、修道院の生活を再現・展示している。
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prior修道院長の「Audience Room謁見の間」。
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Cartuja(Carthusian)カルトジオ会は1084年に設立された宗派。修道僧たちの間でも、あまり他者と交わらず、個別に祈りと労働に身を捧げ、隠遁者的生活をする。ほぼ一日独房で祈りと瞑想と労働の日々を送った。写真はbedroom(独房)。
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Celda de Chopin y George Sand(ショパンの部屋)。入場3.5ユーロ。部屋の入り口で料金を支払うと、チケットをくれる。1835年、修道院だった建物は民間に払い下げられ、独房を貸し出すようになり、1838−1839年のひと冬(3か月)、28歳のショパンと34歳のサンド、15歳と10歳のサンドの2人の子供達もここに住んだ。独房にはキッチンがない。賄いつきだったのだろう。男爵夫人であったサンドが料理をしたとも思えないし。
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11月からここに住み始めたショパンの元に、パリから送ったPleyelのピアノが届いたのは、年明けだった。2月までの5週間、このピアノを使って彼はここで、「雨だれ」など前奏曲、ポロネーズ2曲、スケルツォ、マズルカなどを作曲した。ショパンの生涯の中で、最も多作な時期の一つだったようだ。ショパンがピアノに向かっている時間、サンドの子供達は、どこで過ごしたのだろう。
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王宮として建てられたことを思わせる、修道院の屋根。
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隣のサンチョ王の宮殿で、日に何度か、ミニコンサートが開かれる。演奏スケジュールは、修道院でチケット購入時に教えてくれる。所要15分。宮殿入場料が要る。土曜で、客席はほぼ満席だった。この日の曲目は、当地でショパンが作曲したプレリュード「雨だれ」の他、マズルカ、ノクターン2曲。感動させる名演奏ではなかったけれど、手馴れた演奏だった。宮殿ホールのピアノは、ヤマハ。日本の楽器メーカー、恐るべし。
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サンチョ王の宮殿は、マヨルカ王JaimeジャウメII(在位1243-1311年)が喘息を患う息子SanchoサンチョI(同1311-1324年)のため1309年頃に建てた。Mussaと呼ばれるムーア人総督の古い砦の上に建てたと言われ、Valldemossaの語源となった。イスラム支配下にあった島を制圧し、マヨルカ王国を立てたのは、Jaime IIの父(アラゴン王)。しかしマヨルカ王国は1300年代半ば、アラゴン王国に併合された。地中海に浮かぶ小さな島国は、ヨーロッパ大陸の強国に太刀打ちできなかったようだ。
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Valldemossaの駐車場は有料。青色のロット線が目印。入出庫バーはなくマシンで前払い制。時間決めで、何時間とめそうか自分で考えて、2時間分等と決めて支払い、チケットを車内に置く。これを先にしないと、罰金40ユーロ。どうして金額まで知ってるのかって?ご想像の通り。あ〜もう、全く!スペイン語を読めたら、違ってたのかも。駐車場に英語説明はなし。
ともあれ、Hotel Marina Luz@Can Pastillaへ(写真は外観)。 -
Can Pastillaは、昨日泊まったPort d'Alcudia(前の旅行記参照)より、ずっと大きな街だった。なのに駐車場がないから、土曜午後は隙間のない位、路駐の嵐。どこにも一時停車できず、車の窓を開け、通行人にホテルの場所を聞くと、右と言う人あり、左と言う人あり。皆、確信を持って教えてくれる。ほぼ偶然、というか勘で、Marina Luzに行き着いた。写真はエントランス。車寄せがない。
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フロントの中年女性は、にこやかに、ホテルに駐車場はないから、その辺にとめろと言った。その辺?よく見ると、ホテル前のプロムナードにスペースが切ってあり、そこに縦列駐車した。今日は、二度と車を動かしたくない。せっかく確保した駐車スペースだ。
客室からの眺望は、素晴らしかった(写真)。seaview指定の部屋が、そうでない部屋の2倍の室料である所以だ。 -
ホテル前は海。ここはCan Pastillaの街外れ。pastillaとは、チョコバーなど棒状のもの。棒状に長く砂浜が続き、それが途切れて磯になった所にホテルは立地していた。
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先ほど、ホテルを探して一通の道をグルグル回ったのは、どこだったのかと思いながら、歩いて街へ出た。
マヨルカ島の名物パン・エンサイマダ。その名を大きく店頭に出しているパティスリーがあった。Mallorquinaという店は、スペイン全土にあるチェーン店らしい。ensaimadaは、1/4に切ったサイズが、確か2.8ユーロ。中にクリーム入り。 -
ensaimada.ぐるぐる巻きになった形の甘いパンで、17世紀頃にマヨルカで生まれた。現在も、朝食やおやつに食される。マヨルカ島の定番土産としてスペイン本土からの観光客に人気の品。実際、帰国時空港で、ピザのような薄い形の紙箱を抱える乗客が目立った。
写真は、ホテル客室バルコニーにて。ワインBACH(スペイン語読みでバッチ)は、カタルーニャ産。semi sweetとラベルにあるけれど、本当に甘い。Mallorquinaと同じ通り、Av. Bartomeu RiutortにあるEroskiで購入。 -
Can Pastillaのホテル客室から、パルマの夜景を望む。明日はベルベル城に行く。フロントの中年女性に行き方を聞いたら、説明できないからタクシーで行ったらと言われた。彼女は英語が苦手。独語の方が得意なのだ。
どうしたら、ベルベル城に運転して行けるか、作戦を練った。 -
ベルベル城からは眺望が良い。ならば開館前でもと、翌朝7時、朝食(8時-10:30am)前に出かけた。3回位同じ道をグルグル回った末、無事、城に到着。日曜早朝は道がガラガラで、40km/hで標識を探しながら走っても平気だった。
早朝のベルベル公園には、犬の散歩に車で来た人達が路駐していた。頂上のベルベル城には、ちゃんとロットを引いた無料駐車場があった。そこに車をとめ、ジョギングを始める人達もいた。7時が早朝かというと、この時期、6:50位から明るくなるので、やはり早朝だと思う。 -
ベルベル城からは東が海で、朝は逆光。のみならず、Can Pastillaからパルマを眺める眺望の方が、私には優れているように思われた。
ともあれ、ベルベル城に車で行けたという達成感と共にホテルに戻り、朝食をとった。Marina Luzの朝食ブッフェには、シャンパンが出る。朝からシャンパン、朝シャンだ。 -
朝食後、再びパルマへ。マヨルカ到着初日にとめたparc de la marの地下駐車場(有料・前の旅行記参照)に入庫し、旧市街の散策に出かけた。日曜の朝、路地から、金管楽器を手にした制服姿の若者が、どんどん出てきた。何だか、ドラマのワンシーンに居るみたい。
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演奏が始まりそうにないので、街の散策へ。
もともと、人の像があったであろうところが、空っぽ。
そのままにしておくのも無粋だしと、ネットに花をあしらい、飾ったのだろう。気が利いている。 -
家の番地も、数字だけではない。
こんな街歩きは、バルセロナのような都会では出来なかった。大通りには人があふれ、人のいない路地は、何だか危険な気がした。
日曜朝の島の路地は、ひっそりとしていながら、危なくない安心感があった。 -
屋敷街の壁にレリーフが。
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こちらも。
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窓の意匠。
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Can Rei.1907/8年ごろ築の建物。
当時活躍した、ガウディの影響が見られるデザイン。 -
バルコニーの意匠。
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ドアの意匠。
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路地を抜けると、Santa Eulaliaに出た。
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Plaza Mayorマヨール広場(スペインの自治体で、自治体第一とされる広場)に到着。ここから、新市内方面には下りず、引き返した。
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ayuntamiento(city hall)公会堂。1649年より100年近くかけて建築された、マヨルカ様式の建物。
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マヨルカ様式の特徴として、木造の屋根を持つ。
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consell insular(island government).
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ビルの角も、とても美しい。
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角のバルコニーの手摺も、素敵。
日曜の朝、土産店と飲食店以外の、物販店が閉まり、人も少ない通りを、美しい建築を眺めながら歩くのも、良いもの。 -
ホテルに帰り、無事、スペースを見つけて駐車すると、もう今日は車を出さないと決めた。ホテルのジャクジー(戸外)に一時間入って、リフレッシュすると、遊歩道をパルマ方面(西)に歩いてみた。遊歩道の入り口を振り返ると、やっぱり縦列駐車が数珠繋ぎ(写真)。
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遊歩道より、Marina Luzを望む。
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海辺には、いろいろな鳥がいた。
これは、日本でも見かけて、知っている。
snipeシギだ。 -
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hollyhockタチアオイ。
海辺には花も多く、楽しめた。 -
最終日、夜明け前の5時45分、チェックアウト。ホテルから空港まで所要10分だ。昨日、一度、空港のレンタカー専用駐車場に入庫し、SIXTに立ち寄り、車のライトのスイッチがどこか、教えてもらっていた。
IB5407便 PMI 7:00−BCN 7:50
離陸すると、朝焼けが見えた。 -
バルセロナに到着。vuelingからLufthansaに乗り継ぐ。預託荷物を一度引き取るので、一旦、空港の外に出て、再入場の際、ボディーチェックをまた受ける。バルセロナ空港は2011年2月以来、2年ぶりだ。乗り継ぎ時間はたっぷり。
LHにチェックインして空港に再入場したのが朝8時半。LHの搭乗口がやっと表示されたのが、9時半。一時間たっぷりと、免税店回りをした。 -
LH1125便 BCN10:05−FRA 12:30
機長のアナウンス。
「今、右手にモンブランの頭が見えています。」 -
欧州内便からのアルプスの眺望は、ご覧の通り。
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フランクフルト到着。帰国便に乗り継いだ。
運転で始終、大変な思いをしたのに、のど元過ぎれば何とやら・・・
良い旅だったと思える自分が、今ここにいる。
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