2012/06/26 - 2012/06/29
26005位(同エリア30293件中)
reiさん
4日間滞在したが、3日は拘束されていた。
自由になる1日、研究者仲間が少し変わった台北をと言って案内してくれた。
異文化体験と言うか、日常だが日本人にはびっくりすることが多かった。
薬草市場とか、台湾茶の製造箇所とかであった。
1昨日、中国アモイから調査から戻ったと言っていたが、そのバイタリティは凄い。
非情都市で有名になった九份だが、その出発点はここだといった場所に連れて行かれた。
内乱で殆どなくなってしまっていた。
隠された、大陸と台湾人の相克の歴史。何故、台湾の方が中国より日本人に親しみを持つのかその理由の原点。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- JAL
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台北孔子廟。ここからバスに乗って、研究会の会場に行っていた。
ここに、キリンビールのマークのモデルとなったキリンが描かれている。 -
キリンの原図。この図を山本鼎が、デザインし版画にした。
山本鼎の木彫が日本版麒麟。 -
孔子廟で太極拳をする地元の人。
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学問をつかさどる人の住まいと知らせる、モニュメント。
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天に向かう龍の門扉前の柱。
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孔子廟、大成殿
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大成殿に入口
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大成殿天井
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馬車に乗る孔子。
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賢者(39人)と儒学者(38人)の位牌
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台北市民の拠り所、龍山寺。何時も沢山の人でにぎわっている。
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陶器でできているとか。
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合格祈願のお供えと当日着る服。帰りに服だけを持ち帰る。鉛筆消しゴムの類もあった。
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隅柱。
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願いの占い。これは、異種なので願いがかなう相。代金不要自由にできる。
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剥皮寮
台北市萬華区の昔懐かしい路地裏の中に「剥皮寮」と呼ばれる古い町並みを保存したエリア。ここは百年あまり前の清朝時代の町並みを残しており、紅色のレンガ、アーチ型の歩道、が残っています。残った理由は、小学校の拡張のために確保されていた場所で、都市化によって少子化が進み、拡張の必要が無くなり放置されていた。昨今の歴史的建造物と観光化に注目され、再整備が進められていた。 -
案内図。当日整備6/28は、整備オープニングの日で、店舗はまだ入居前であった。
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康定路173の露地
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3つの時代のレンガが見られる。清朝、日本占領下、台湾時代
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店舗の裏庭。
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1947年2月27日、台北市で闇菸草を販売していた本省人女性に対し、取締の役人が暴行を加える事件が起きた。その場所がこのあたりだそうだ。この事実をもとに悲情城市が映画化されたが、九份のみが有名になった。2.28事件。
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本省人(台湾人)と外省人(移民した国民軍)との間で内乱があった。当時「犬が去り豚が来た」と言われた。役に立つ犬(日本人)が去り食べることしか脳の無い(中国国民軍)豚が来たと揶揄された。
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有紀銘茶。台北で最も古く名茶を製造している。
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お茶を炒った煙の煤。
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空港では、かなり高かった。
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華西観光夜市。
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エビの春巻き
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蛙のピリ辛?だったように気がする。
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華西観光夜市。地元の人でにぎわう。
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朝の行天宮。関羽を祭った廟。商売の神様故朝早くから賑わっていた。
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線香をあげる人々。
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祝詞をあげていた。
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台北を後にした。
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