2012/12/01 - 2012/12/03
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あいあ〜るさん
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またしても予定外のタイ行き。
タイ支援プロジェクトの1つで、日本の専門家の先生方と現地のプロジェクトリーダーとの会合が行われたので、準レギュラー(と言うか、タイ専門地域限定メンバー)の私もバンコクに馳せ参じることになりました。
この数年は海外旅行の回数を大幅に削減して、タイへ行くのも年3回くらいにしていたのですが、2013年はこのような自分以外の用事での渡航が5回あって、久しぶりに訪タイ回数が8回になりました。
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 航空会社
- タイ国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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一部の先生方は先にバンコク入りし、視察を先に行っていました。
私は仕事があるので、金曜日の勤務が終わってから関西空港へ行き、深夜便でバンコクへ。
早朝ホテルでシャワーを浴びて、先生方に合流しました。 -
最初に訪れたのは旧ノンタブリー県庁舎。
タイの古い建築物を日本の資金と技術で保存するための建物の見学です。
(この建物はまだ保存プロジェクトに決定していません) -
写真で見れば奇麗ですが、実物は相当痛んでいます。
私は2年ぶりに訪れましたが、床の痛みなどが以前より酷くなっていました。 -
続いて訪れたのは、ナコンパトム県のバーンルアンです。
タイ支援プロジェクトに他のマーケットの保存・再開発が決定しているのですが、その参考のために他の場所を見るということで訪れました。 -
ターチーン川沿いには多くの古い市場がありますが、ここバーンルアンも100年以上の歴史を持っています。
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上の写真、お寺側からの通りには商店がありませんが、1本隣りのバス停から延びる通りには店が並んでいます。
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昔ながらの雑貨屋。
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最近タイでは観光地Tシャツが流行っていますが、ここバーンルアンでもこんなに多くの種類のTシャツが作られていました。
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地元の子供達の演奏。
ここバーンルアンも元は中国系の人達なので、中国系の音楽です。 -
見学の後は川沿いのレストランで昼食。
もっともほとんどの食べ物は市場内で買って持ち込みですが。
川はターチーン川。
ナコンパトム県内ではナコンチャイシー川と呼ばれています。 -
レストランにはこのように舟も入っています。
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ラーンルアンの後はサナームチャン宮殿へ。
建築家の先生方がタイの伝統的建築物を見たいという要望に応えて訪れました。
ナコンパトムで最も行きたい場所だったので、ちょうど行かれて良かったです。 -
サナームチャン宮殿内で見たオオトカゲ。
みなさんの旅行記を見るとかなり目撃されているようですが、私は初めて見ました。 -
ラーマ5世(チュラーロンコーン大王)が王子(後のラーマ6世)のために経てた宮殿です。
閉館が迫っていたので、職員のおばちゃんが1人で私廊下の窓を閉めていました。
当時は仕えていた人もたくさんいたので、何百枚という窓の開閉も問題なかったでしょうが、1人では大変な作業です。 -
外観はヨーロッパ風。
しかしれっきとしたタイ建築です。 -
さすが建築家のみなさんは、視点が全く違って一緒にいて勉強になりました。
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今回宿泊したホテルはソーイスクンビット23の入り口にあるジャスミンリゾートです。
先生方はウェスティンに泊っていて、現地の人達との打ち合わせもウェスティンで行われたのですが、友人と私はもっと安いホテルにしようということで初めてジャスミンを利用しました。
スタンダードで予約したのですがデラックスにアップグレードされて、庶民の私には使いきれない広さです。 -
アップグレードされたのは良いのですが、デラックスルームはロビーのある階でエレベーターを降りて、フロントの前を通って隣りの棟へ移動しなければなりません。
手間がかかるのは仕方ないとして、私の場合はフロントの前を通る度にスタッフに声を掛けられるので面倒です。
ちなみにスタンダードは地上階から客室階まで一直線です。 -
客室からBTSアソーク駅方面の眺め。
高い建物はシェラトンホテルです。 -
翌日はまた別の支援プロジェクトの現地視察です。
深刻な地盤沈下に苦しんでいるサムットプラーカーン県のサムットチーン村へ。
村へ向かう途中の道も地盤沈下で水没しています。 -
村へ通じる道路は現在ありません。
以前あった道は海の底に沈みました。
途中でボートに乗り換えです。 -
このような運河を進んで行きます。
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村への玄関口となる船着場。
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船着場の前に村内唯一の移動手段となる自転車置場があります。
ここで適当な自転車を勝手に借りて利用します。
自転車置場には管理人もいなければ、鍵も掛けられていません。
外部と繋がる陸上路はありませんから。
コンクリートで造られた通路が、船着場から集落とお寺を結んでいるのみです。 -
コンクリートの通路を外れて、資料館に寄ります。
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資料館の途中の難関。
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しかし最大の難関はここかも?
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サムットチーン村の航空写真です。
左から2507年(48年前)・2534年(21年前)・2552年(3年前)です。
赤印はワットクンサムットで、同じ地点を示しています。
これだけ地盤沈下が進んだ原因は色々な要素が重なってのことですが、その一因(いや、三因くらい)は私達日本人の贅沢が関わっています。
この村を助けることは、日本人の責務と言えるかもしれません。 -
僅かながらも村への現金収入の糧として、水上リゾートも造られています。
以前は1,000人以上がいた村民の2/3は既に故郷を捨て、どこにも行くことができない人達だけがここに残されました。 -
タイ政府による土砂流出対策。
弱者しか残されていないので、政府も本腰を入れて対応していないのでしょう。 -
海の中に並ぶ電柱。
かつてここに道路がありました。 -
(作成途中です)
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