港北・長津田・青葉旅行記(ブログ) 一覧に戻る
「センター北駅」は、1993年(平成5年)3月18日、 横浜市営地下鉄3号線「新横浜− あざみ野間」開通に伴い、開業しました。<br />この駅は1998年(平成10年)「関東の駅百選」に選定された素晴らしい駅です。<br />選定されて理由は「地下1、2階を吹き抜けにしガラス製の天窓から自然光を取り入れたショッピングモールのある明るい駅」です。<br /><br />2008年(平成20年)3月30日、グリーンライン「日吉駅−中山駅間」が開通しましたが、「センター北駅」で乗り換えは出来るようになりました。同時に従来の路線は「ブルーライン」と呼ぶようになりました。<br /><br />「センター北駅」の名前は港北ニュータウンのタウンセンター地区の第1地区側(北側)に立地することに由来しているそうです。<br /><br /><br />「センター北駅」の近くに「大塚・歳勝土(さいかちど)遺跡公園」があります。<br /><br />この遺跡は、港北ニュータウン開発の過程で、1972年(昭和47年)で存在が明らかとなり、発掘調査が行われました。<br />大塚遺跡は弥生時代中期の環濠集落であることが確認されています。<br />歳勝土遺跡では、大塚遺跡の環濠とその周囲に広がる土塁に近接した一帯から方形周溝墓群が発見されて、年代的にも同時代であることが確かめられ、環濠集落(大塚遺跡)に住んだ人びとの墓地であることが明らかになりました。<br /><br />写真は「センタ北駅」の上部の「ITI(あいたい)ビル」です。

横浜市営地下鉄「センター北駅」から「大塚・歳勝土遺跡公園」へ

9いいね!

2013/01/21 - 2013/01/21

398位(同エリア821件中)

0

48

魅々

魅々さん

「センター北駅」は、1993年(平成5年)3月18日、 横浜市営地下鉄3号線「新横浜− あざみ野間」開通に伴い、開業しました。
この駅は1998年(平成10年)「関東の駅百選」に選定された素晴らしい駅です。
選定されて理由は「地下1、2階を吹き抜けにしガラス製の天窓から自然光を取り入れたショッピングモールのある明るい駅」です。

2008年(平成20年)3月30日、グリーンライン「日吉駅−中山駅間」が開通しましたが、「センター北駅」で乗り換えは出来るようになりました。同時に従来の路線は「ブルーライン」と呼ぶようになりました。

「センター北駅」の名前は港北ニュータウンのタウンセンター地区の第1地区側(北側)に立地することに由来しているそうです。


「センター北駅」の近くに「大塚・歳勝土(さいかちど)遺跡公園」があります。

この遺跡は、港北ニュータウン開発の過程で、1972年(昭和47年)で存在が明らかとなり、発掘調査が行われました。
大塚遺跡は弥生時代中期の環濠集落であることが確認されています。
歳勝土遺跡では、大塚遺跡の環濠とその周囲に広がる土塁に近接した一帯から方形周溝墓群が発見されて、年代的にも同時代であることが確かめられ、環濠集落(大塚遺跡)に住んだ人びとの墓地であることが明らかになりました。

写真は「センタ北駅」の上部の「ITI(あいたい)ビル」です。

同行者
一人旅
交通手段
私鉄 徒歩
  • 横浜市営地下鉄「あざみ野駅」からブルーライン湘南台行きに乗りました。<br /><br />社内の路線図で、「センター北」は二つ目です。

    横浜市営地下鉄「あざみ野駅」からブルーライン湘南台行きに乗りました。

    社内の路線図で、「センター北」は二つ目です。

  • センター北につきました。<br /><br />副駅名は「モザイクモールこうほくまえ」です。

    センター北につきました。

    副駅名は「モザイクモールこうほくまえ」です。

  • グリーンラインは開業時よりホームドアが付けられ、ブルーラインとあわせて横浜市営地下鉄ではホームドアの設置率が100%となりました。<br /><br />猶、グリーンラインでは開業時からワンマン運転で、発車サイン音が導入されています。

    グリーンラインは開業時よりホームドアが付けられ、ブルーラインとあわせて横浜市営地下鉄ではホームドアの設置率が100%となりました。

    猶、グリーンラインでは開業時からワンマン運転で、発車サイン音が導入されています。

  • この駅の形は、地形に合わせて、駅北側はトンネル内、駅南側は高架となっています。<br /><br />ホームは2階、改札口は3階にあります。<br /><br />写真は3階の改札口です。<br />

    この駅の形は、地形に合わせて、駅北側はトンネル内、駅南側は高架となっています。

    ホームは2階、改札口は3階にあります。

    写真は3階の改札口です。

  • 改札を出る前の、駅中に売店がありました。

    改札を出る前の、駅中に売店がありました。

  • 改札を出て、地上に降りると、駅ビルがそびえていました。

    改札を出て、地上に降りると、駅ビルがそびえていました。

  • モザイクモール(阪急)がありました。

    モザイクモール(阪急)がありました。

  • 駅前には、広い「区役所通り」が走っています。<br /><br />陸橋ががかかっていますので、その上から駅を振り返ってみました。

    駅前には、広い「区役所通り」が走っています。

    陸橋ががかかっていますので、その上から駅を振り返ってみました。

  • 陸橋の下を走る「区役所通り」です。

    陸橋の下を走る「区役所通り」です。

  • 区役所通りに面して、大きなマンション群がありました。

    区役所通りに面して、大きなマンション群がありました。

  • 駅に戻りました。

    駅に戻りました。

  • 駅の北側の入口です。

    駅の北側の入口です。

  • 「大塚・歳勝土遺跡公園」への道案内がありましたので、これに従って向かいました。

    「大塚・歳勝土遺跡公園」への道案内がありましたので、これに従って向かいました。

  • 区役所通りの反対側にもビルが並んでいました。

    区役所通りの反対側にもビルが並んでいました。

  • こちら側の道路は「歴博通り」となっていました。

    こちら側の道路は「歴博通り」となっていました。

  • 陸橋の下の階段を上り、「大塚・歳勝土遺跡公園」に向かいました。

    陸橋の下の階段を上り、「大塚・歳勝土遺跡公園」に向かいました。

  • 「大塚・歳勝土遺跡公園」の入口です。

    「大塚・歳勝土遺跡公園」の入口です。

  • 案内にしたがって、坂道を登りました。

    案内にしたがって、坂道を登りました。

  • 坂道を登りきると、芝生の広場に、古墳がありました。

    坂道を登りきると、芝生の広場に、古墳がありました。

  • この古墳群が「歳勝土遺跡」です。<br /><br />発見された遺構25基の「方形周溝墓」を保存し、うち5基が復元し保存されています。

    この古墳群が「歳勝土遺跡」です。

    発見された遺構25基の「方形周溝墓」を保存し、うち5基が復元し保存されています。

  • この古墳は、「方形周溝墓」の埋葬内部を復元しています。<br />

    この古墳は、「方形周溝墓」の埋葬内部を復元しています。

  • この古墳は、「方形周溝墓」は墓道を復元しています。<br />

    この古墳は、「方形周溝墓」は墓道を復元しています。

  • 全体を、振り返ってみました。

    全体を、振り返ってみました。

  • 白い砂を積んだような、小山がありました。

    白い砂を積んだような、小山がありました。

  • これは、大塚・歳勝土遺跡を中心に東西920m、南北830mの地域内の遺跡と地形を再現した模型です。<br /><br />これらの遺跡は、縄文じだいから奈良時代までのものが含まれています。

    これは、大塚・歳勝土遺跡を中心に東西920m、南北830mの地域内の遺跡と地形を再現した模型です。

    これらの遺跡は、縄文じだいから奈良時代までのものが含まれています。

  • 小山は、登れるようになっています。

    小山は、登れるようになっています。

  • こちらが、大塚遺跡です。<br /><br />この日は、閉園日で中に入ることが出来ませんでした。<br /><br />

    こちらが、大塚遺跡です。

    この日は、閉園日で中に入ることが出来ませんでした。

  • 大塚遺跡では、発見された遺構のうち竪穴住居址27軒を保存し、うち7軒を復元しています。<br /><br />高床式倉庫と考えられる掘立柱建物は検出された10棟のうち1棟を復元しています。<br /><br />また、環濠も長さ250メートルの範囲で復元し保存されています。

    大塚遺跡では、発見された遺構のうち竪穴住居址27軒を保存し、うち7軒を復元しています。

    高床式倉庫と考えられる掘立柱建物は検出された10棟のうち1棟を復元しています。

    また、環濠も長さ250メートルの範囲で復元し保存されています。

  • 柵の隙間から撮った竪穴住居です。

    柵の隙間から撮った竪穴住居です。

  • 柵の隙間から撮った竪穴住居です。

    柵の隙間から撮った竪穴住居です。

  • 次に、都築民家園に向かいました。

    次に、都築民家園に向かいました。

  • 民家が見えてきました。

    民家が見えてきました。

  • この民家は、ここからほど近い都築郡牛久保村にあった長沢家の家屋を移したものです。<br /><br />写真は、解体前の長沢家と周辺の様子です。

    この民家は、ここからほど近い都築郡牛久保村にあった長沢家の家屋を移したものです。

    写真は、解体前の長沢家と周辺の様子です。

  • 民家は、左が主家、右が馬屋です。

    民家は、左が主家、右が馬屋です。

  • 主屋の軒下の縁側です。

    主屋の軒下の縁側です。

  • 主屋の板の間で、囲炉裏がありました。

    主屋の板の間で、囲炉裏がありました。

  • 主屋の土間から見た内部です。

    主屋の土間から見た内部です。

  • 土間にかまどがありました。

    土間にかまどがありました。

  • 裏側から見た、主屋と馬屋です。

    裏側から見た、主屋と馬屋です。

  • 主屋の裏にある物置棟です。

    主屋の裏にある物置棟です。

  • 同じ敷地にある「都築民家園茶室」です。<br /><br />2010年に横浜まち請負事業で建設されて茶室です。

    同じ敷地にある「都築民家園茶室」です。

    2010年に横浜まち請負事業で建設されて茶室です。

  • 内部には、輪亭、鶴雲閣、水屋で構成されています。

    内部には、輪亭、鶴雲閣、水屋で構成されています。

  • このあと、「センター北駅」に向かいました。<br /><br />歴博通りに架かる陸橋を渡りました。

    このあと、「センター北駅」に向かいました。

    歴博通りに架かる陸橋を渡りました。

  • ここを渡ると、「横浜市歴史博物館」がありました。<br /><br />すでに閉館していました。

    ここを渡ると、「横浜市歴史博物館」がありました。

    すでに閉館していました。

    横浜市歴史博物館 美術館・博物館

  • ここから駅に向かいましたが、こちら駅の南側は、線路が地下鉄ですが、高架になっています。<br /><br />

    ここから駅に向かいましたが、こちら駅の南側は、線路が地下鉄ですが、高架になっています。

  • こちらの、駅入口は1階にありました。<br /><br />エスカレータで2階の改札に向かいました。

    こちらの、駅入口は1階にありました。

    エスカレータで2階の改札に向かいました。

この旅行記のタグ

9いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

この旅行で行ったスポット

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

この旅行記の地図

拡大する

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP