2013/01/04 - 2013/01/04
220位(同エリア623件中)
kioさん
御茶ノ水の教会画像を見つけてきました。 今は六階建の立派な建物になっていますが、1975年当時は平屋の教会だったような記憶があります。
シャーマン先生の木造の二階家の住まいは左側の木々が生い茂ってある辺りに有りました。 すっかり変わってしまいました・・
明日は朝の6時過ぎには、家を出なければ英語の個人レッスンに間に合わぬ時間帯で約束してしまった事に不味いなと思いながら、比較的早めに眠りについた。しかし、、、、(―_―)!!
翌早朝、1本の電話が惰眠をむさぼる私を叩き起こした。
階下で電話を取り次いだ家人が叫ぶ御茶ノ水、英会話、という断片的な単語に私はヤバイという思いで目が覚めた。(―_―)!! 初日から寝坊で遅刻だぜ(―_―)!!
電話口に出ると、昨日のヘルパーの女性が今からでも構わないから来なさいと、かなりの命令口調で云う。シャーマン先生もお待ちしています。と、、、 その言葉に私は仕方なく出掛けることにした。私の約束したレッスン時間は朝の7時から8時である。電話を貰ったときは7時をかなり過ぎていたと思う。参ったなと心底思った。
最寄駅から御茶ノ水駅までは数駅だったが、ひたすら走りながら最寄駅に向かった。走る国電の中でも先頭の車両まで走っていた←アホっ
御茶ノ水駅に到着して、教会までの道を再び、走りながら向かった。何故、朝からこんなに走らなければいけないんだ、自分・・・!! という思いだった。
教会が近づくとシャーマン先生が二階家の窓から身を乗り出して、私の様子を見ながら手を振っていた。そして走ってくる私が二階家の傍まで近づくと、道路を指差すように叫けんだ。「ゴ ヒャクエン、 ゴ ヒャクエン!!」 えっ?!500円!?500円が落ちているの? 私は走るのを止めて辺りをキョロキョロ見回してみた。その様を観ていたシャーマン先生が大笑いしながら愉快そうに叫んだ。「はっははは!〜〜エイプリル・フール!!」 この日は4月1日だったのだ。参ったなあ、、、やられちまった、、、こんな事をするのかよ〜 こんな時でもアメリカ人は幼気(いたいけ)な生徒を引っ掛けるのかよ〜〜m(__)m。私は朝から軽くジャブを喰らった気分にすら陥った。
結局、7時50分頃にスタートした最初の個人レッスンは僅か10分で終了した(―_―)!! 個人レッスンを終え、部屋を出ると、8時からの個人レッスンと思われる若い女性が待っていた。この時、シャーマン先生、70歳を遙かに超えていたと思うが、スケジュールぎっしり詰まっているなぁと 驚いた記憶がある。
二回目からの個人レッスンは日米の、歴史、慣習・因習に関わる対訳のエッセイをテキストにしていた。確か<東は東、西は西>という邦題のタイトルがついていたと記憶する。シャーマン先生は、本の内容について自分の意見を述べ、私に意見も求めてくる。書物の内容は平易簡明に書かれて且つ対訳なので、意見は幾らでも述べることが出来るのだが、その意見を充分に英語で述べ、伝える事が出来ない。思っていることの20%以下くらいか? 私の話す英語が当然理解不能のシャーマン先生は杖を床に向けて叩き、隣室のヘルパーの女性を呼ぶ。このボーイは何を云っているのだと、、、?? 自分で何を云っているのか判らぬ程なのに、シャーマン先生に伝わるわけがないですよね と 私がヘルパーの女性に軽く自嘲気味にぼやくと、ヘルパーの女性がシャーマン先生に、このボーイはこんな事を云っていますと笑いながら伝える。シャーマン先生は可笑しそうにジョークで返す。でもヘルパー経由で訳してもらう彼のジョークが私にはさっぱり伝わらない(―_―)!! 何処が可笑しいのか判りませんと正直に答えると、ヘルパーの女性は懇切丁寧にジョークに隠されている意味を説明してくれる。
私はヘルパーの女性に告げた。正直に云えば、あまり笑えませんよね。でもこ〜ゆ〜時は軽く笑った方がシャーマン先生も喜びますか?と。 でもお追従笑いもなんだかな〜という気持ちだった。 二度目のレッスンはシャーマン先生よりもヘルパーの女性と日本語で話している方の時間が長い位にすらなったものである。 しかし週二回の朝七時からの個人レッスンは以後、遅刻も寝坊もすることなく、私の生活のリズムに徐々に入り込んできていた。
ある時、シャーマン先生が旅の話から興が乗って、若い頃、アフリカでサファリ(狩猟)をしていた時の写真を見せてくれたことが有った。おそらく1920年〜30年代頃と思われる、銃で巨像を狩って仕留めたセピア色になったモノクロ写真を幾つも見せられた。仕留めた巨象に足を掛けながら、巨大な象牙に手を触れ得意そうに微笑みを浮かべている20代〜30代と思われる若いシャーマンさんが写っている。昔のサファリ映画でみる格好と全く同じスタイルだったのが可笑しかった。動物保護の思想や、ワシントン条約も何もなかった時代のアフリカン・サファリは、こんな感じだったのだろうと充分に思わせるセピアな写真だった。
テキストから離れて唐突に尋ねられたことがあった。
「お前は欧州旅行で何を見てきたのだ?」
「almost no sight-seeing, only human being、、」短い単語の羅列で不器用に言葉を返した。
私は人間の喜怒哀楽は国籍、肌の色、違えど皆同じなのだと云う事を旅の中で知り、再確認したということをシャーマン先生に云いたかったのだが、とても英語で充分に伝える語学力は無かった。シャーマン先生は杖を叩き、隣室のヘルパーの女性を呼び、私の伝えたかった真意を知ると、「you are right」と頷きながら私に握手を求めてきた。ヘルパーの女性はいったいどんな通訳をしたのだろうとふと思ったものである。
4月も中旬を過ぎたころだった。ゼミで<社会政策>を専攻していた私は、卒論のテーマに、<女工哀史>や山本茂美の<ああ野麦峠>で知られた<お蚕さん>と呼ばれた明治から大正にかけて日本の産業を劣悪な労働環境の中で支えてきた娘たちの悲哀を若い頃に体現して、実際に野麦峠を踏みしめ超えていた母方の祖母をテーマに、その頃の体験談を祖母の一人語りの一人称形式でテープレコーダーに残し、聞き書きしながら、そのままに文章を起こして、卒論にするという貴方任せなテーマを考えていた。ゼミの担当教授に相談すると、幾つかのアドバイスを貰いながら、ユニークだ、是非やってみなさいという温かい言葉を頂いた。信州に住む祖母に手紙でその旨を伝えると、祖母はいつでも来なさいと云ってくれた。シャーマン先生には細かい事は云わず、信州に用事で出掛けるので、二回ほどレッスンは休みますと告げた。シャーマン先生は私が長野県に行くという事を知ると、「お土産に林檎か、蜂蜜を買ってきてくれ」と笑いながら云う。ヘルパーの人に私は思わず云った。
「先生は日本語をほとんど解さないのに、各地の名産品はご存じなのですね」
「そうなのよ、この前は名古屋に帰るという生徒さんに、<赤福>を買ってきてくれとねだっていたのよ」と笑いながら云った。
早朝の英会話レッスンも少しずつ苦にならずになってきた私は、シャーマン先生のレッスンが少しずつ愉しみになってきているのを感じていた。
中編
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この旅行記へのコメント (4)
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- 一歩人さん 2013/02/14 07:16:23
- ふ、ふ、私は鐘紡の社員でしたよ
- kioさんへ
ふ、ふ、入社した頃、琵琶湖のほとりの長浜工場で研修を体験しました。
紡績の歴史を学び、夜の仕事が終わって、朝から学校へ通う姿や、構内の学校や宿舎を見学しながら、短大を卒業するとそれぞれ、第二の人生を歩む姿を思い浮かべると、女工哀史のイメージが変わりました。
私の中学生の頃は、普通校へ進学するより、金の卵となってそれぞれの人生を歩む同級生が多かったように思います。
今では、すっかり、人生観が変わってしまったし、生活水準も、中流家庭が増え、第三次産業が増え、モノづくりの考え方も変わりましたよね。
ふ、ふ、なんて、旅行記には、とても、好感を覚えました。とさ。
ありがとうございました。
失礼しま〜す♪
- kioさん からの返信 2013/02/15 22:46:31
- RE: ふ、ふ、私は鐘紡の社員でしたよ
- 一歩人 様
書き込み&投票ありがとうございます。
時代の変遷と共に、労務環境も当然変わっていきますよね
私の祖母は1900年生まれだったから諏訪の生糸工場で女工として
働いていたのは1910年代でした。一日18時間も働き、粗末な食事、
極めて劣悪な住環境の中で華やかさとは全く無縁な娘時代を黎明期の日本の基幹産業だった紡績の歯車として過ごしていました。卒論のテーマとして祖母から当時の頃の話を聞くにつけ、その過酷さに私はしばしば言葉を失ったものでした。
今では国内での糸ヘン産業はすっかり衰退し、時代の変遷と共に花形産業も
絶えず変わっていくものですね
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- SUR SHANGHAIさん 2013/01/05 13:24:31
- 明けましておめでとうございます。
- 2013年が良い年になりますように。(人'∀'o)
話は変わって、思い出深い場所を後年になって訪れると、跡形も無くなっていたり、僅かな痕跡しか残っていない事ってありますよねえ。
昔住んでいた場所とか、よく通っていた場所とか…。
探しに行って、思い出にふけり、ため息をつく。(*´-д-)フゥ‐
街並みも、時と共に移り変わる旅人なんでしょうか。 −なんちって。
ただ、最近再訪したモロッコのザゴラでの宿は、偶然にもうんと若かった頃に泊まった同じ宿でびっくり。(◎◇◎)
外観では思い出せなかったんですが、古びた内部のあちこちにデジャブかと思うほど記憶が残ってました。
感涙。。・゚・(ノД`)・゚・。
- kioさん からの返信 2013/01/05 20:46:18
- 不思議な感覚
- sur shanghaiさん 今年もよろしくお願いします
今日の東京は無茶苦茶に寒かったです。
日中の温度がず〜〜っと3度台、、
北国に暮らす人からみれば、何処が寒いんだ?という感じなんでしょうが
おいらは やっぱり寒いっす!(^^)!
> 昔住んでいた場所とか、よく通っていた場所とか…。
> 探しに行って、思い出にふけり、ため息をつく。(*´-д-)フゥ‐
> 街並みも、時と共に移り変わる旅人なんでしょうか。 −なんちって。
ちょっと前にgoogle earthで30年以上前に一ケ月ほど住んでいた
事のあるロンドンの三階建のフラット、、アドレスも未だに全部覚えているので検索かけて、更にストリートビューに切り替えて、探したら
すぐに見つかりました。 取り壊されることもなく、同じレンガ積み
の造りで建物もそっくり残っていて、かなりグッときました。(*^_^*)
建物の出入り口に若い頃の私が佇んでいるような気分になりました。
借りていた二階の部屋の窓から顔を覗かせている私がみえるような気がしました。
とても懐かしいような不思議な気持ちになりましたね
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