2012/11/22 - 2012/11/22
199位(同エリア228件中)
キヌちちさん
タロコ峡谷は事前の評判通りで、雄大な自然美にすっかり圧倒されました。
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花蓮中心部から40分近く。タロコ峡谷にやって来ました。
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タロコ峡谷
台湾を代表する景勝地。世界でも珍しい大理石の大峡谷である。
昔のタイヤル族の長の名を取ってタロコ、中国語で太魯閣と呼んでいる。
立霧渓を挟んでそそりたつ、大理石の目もくらむような断崖絶壁が、約20キロメートルも続くさまは壮観だ。
見どころのひとつ、朱塗りのつり橋・寧安橋の近くには銀帯瀑布と洞窟があり、中には不動明王が祀られている。
燕子口では対岸が迫り、イワツバメが飛び交っている。
九曲洞は9つの曲がりくねった素掘りのトンネルが続くところで、その奇観と工事が困難をきわめたことで知られている(エイビーロードHPより)。 -
ヘルメットの着用が義務付けられました。
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無料で貸し出していました。帰る際に回収です。
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太魯閣国立公園マップです。
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太魯閣国立公園
太魯閣国立公園は台湾本島の東部に位置し、東は太平洋、西は雪山山脈、南は木瓜計流域、北は南湖山の稜線に接しています。
国立公園の広さは南北に約38キロ、東西に約41キロ、総面積は9万2000ヘクタールに及びます。
行政区画上は花蓮県秀林郷、台中県和平郷、南投仁愛郷に跨っており、国立公園の中心から半径40キロの範囲内の重要な集落としては、花蓮市、鯉魚潭、武稜農場、雪山、大覇尖山、梨山、盧山、霧社などがあります。半径60キロの範囲には、蘇澳、太平山、北部横貫公路巴稜から南部、谷関、東勢、埔里、半径80キロの範囲には、豊濱、日月潭、水里、台中市、石門ダム、鳥來、宜蘭市などがあります。当国立公園へ通じる主な市町村は、花蓮市、羅東郷、東勢鎮並び埔里鎮で、それぞれ蘇花自動車道または中部横貫自動車道を通って国立公園に入ります。
太魯閣国立公園は山と海の景観を持ち合わせた国立公園です。
標高が直線距離にして短距離を急上昇しているため、自然資源と景観は変化に富んでおり、中でも中部横貫自動車道沿線は早くから亜熱帯の台湾に住む住民に観光名所として人気がありました。
国立公園に指定されてからは地域全体が台湾地区における、自然保護とレジャーを兼ね備えた高山型国立公園として親しまれています (太魯閣国立公園管理処HPより)。 -
吊り橋がありました。
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切り立った崖が迫ってきます。
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立霧渓が続きます。
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燕子口です。トンネルの入り口横に名称を記した石碑がありました。
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燕子口周囲の岩肌にはたくさんの穴がありました。
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渓谷にはヒメアマツバメやイワツバメが生殖しているそうです。
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燕子口
布洛湾台地を下りて、上流方向にトンネルを抜けると峡谷はさらに狭くなります。燕子口です。
それまでの片麻岩のV 字型峡谷から石灰岩地質のU 字型峡谷に変わります。ここは車両はトンネルを使用、歩行者は中部東西横貫公路の旧車道を散策できるようになっています。
歩道の対岸の岸壁には、たくさんのポットホールが見られます。これらのポットホールの形成過程は二種類考えられます。
一つはかつて川底だったころに断層や節理などの比較的硬度の低い浸食されやすいところに窪みができ、そこにおこる渦巻き状の流れが小さな石などを転がして、次第に穴を大きくしていったあとに、地殻の隆起に伴って、現在の位置にあるもの。
もう一つは地下水が岩層の中に溜まって飽和状態になったとき、岩の割れ目からしみ出し、水の浸食作用で穴が次第に大きくなっていったという説です。渓流の侵食でできたポットホールは口が上流方向を向き、地下水の浸食でできたポットホールは口が下流方向を向いています。
春から夏にかけて、ここをたくさんのツバメが風に乗って峡谷を飛ぶ姿がみられます。ツバメがこのポットホールに巣を作ると言い伝えられてきたため、燕子口という名前がつきました。
しかし実際は雨をしのぐにはポットホールの穴は浅すぎ、湿っているのでツバメはポットホールには巣を作ることはありません。
ツバメは、峡谷に発生する上昇気流に乗って空中に舞う昆虫を求めて、気圧の比較的低い雨の日や早朝、日暮れ前にここを飛び交うのです。
足元に鳥の糞が落ちていたら上を見てみてください。お椀を半分にしたようなツバメの巣があるはずです(太魯閣国立公園管理処HPより)。 -
燕子口です。
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燕子口の説明看板です。
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タロコ国立公園は緑豊かな山々と清らかな水に恵まれ、変化に富んだ景観を誇っている。
台湾の東部に位置し、東は太平洋、西は雪山山脈に接しており、区域内には台湾百岳に名を連ねる山が中央尖山、奇來連峰、南湖群峰を筆頭に二十七座あり、世界に誇るタロコ峡谷、壮大な清水断崖、立霧渓、陶塞渓、砂?柑礑渓等が美しい景観を呈している。
立霧渓の河口から区域内最高峰南湖大山の頂上までの標高差は3740mに達し、東北から吹く季節風の影響もあって、気温、気候の変化が著しく、中部横貫道路に沿って上っていくと、一日の内に、四季の変化を肌で感じることができる。変化に富んだ地形や雲海、夕焼け、日の入り、日の出、雪景色などが行く人の目を捉えて離さない。
豊かな環境は豊かな生命を育んでいる。
亜熱帯から熱帯にかけての植物相が見られ、1224種の維束管植物、132種の希少植物が生息を確認されており、中でも高山、石灰岩地域の植物は最も特徴があるとされている。多様な植物相は同時に動物の格好の生息地でもあり、哺乳類31種、鳥類144種、両棲類13種、爬虫類28種、渓流動物16種、昆虫類900種以上、蛾類353種、蝶類302種が観察されている。
人間も自然界の一員として、このタロコの地で時代を異にし、様々な集団が世代を越えて、生存を懸けて戦い、足跡を残している。大自然の中で古人を想い、タロコの絶えることのない生命の尊さを探索してみては(太魯閣国立公園管理処HPより)。 -
タロコ峽谷 約四、五百万年前、フィリピン海プレートに属するルソン弧とユーラシアプレートの衝突によりユーラシアプレート上の堆積物が圧縮、隆起して山脈が形成され、台湾が序々に姿を現した。
数千百万年にわたって、台湾史上最も古い大理石地層を削り続ける立霧渓の水と、今も続いている地殻の隆起と風化侵食が、美しいタロコをつくりあげた。
タロコ峡谷ではその特異な地質構造から土壌が発達しにくく、乾きやすいために、主に陽性の乾燥に強い岩生植物が多く、頻繁に地表が変化するためにいろいろな植物か生え、遷移を繰り返すので安定して植物群落を形成するには至らない。痩せた養分の貧しい土壌でも育つ岩生植物は非常に適応力が強く、こうした峡谷の植物は種子の散布に、クスノハカエデ、タイワンダンチクなどは風、クワ科イチジク属の植物、ガマズミなどは鳥、太魯閣檪の果実は齧歯類の動物の助けを借りるなどして、強靭な生命力を駆使して生きている。
タロコ峡谷を通る中部横貫公路は手作業で岩を削って開いた道路として知られている。
1956年7月7日着工、連日五、六千人を動員し、台風や地震、豪雨の危険に曝されながら、死傷者の続出、機材の破損を乗り越えて、建設工費四億三千万元、三年九ヶ月と十八日の歳月を費やして、ようやく1960年5月9日全線開通した。、今日タロコ峡谷の美しい自然に触れることができるのは、この血と涙の結晶ともいえる道路があってのことだといえる(太魯閣国立公園管理処HPより)。 -
素掘りトンネルが続いていました。
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険しい断崖にトンネルをくり抜いています。
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狭い道をバスがギリギリに通って行きます。
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安全帽(ヘルメット)着用呼び掛けなど、いろんな看板が並んでいました。
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九曲洞
太魯閣が台湾で最も壮麗なところなら九曲洞の大理石峡谷は太魯閣で一番美しいところといえるでしょう。
錐麓断崖を過ぎると湾曲した峡谷は幅が更に狭くなります。
岩壁の大理石の褶曲模様、断層、節理などじっくり鑑賞してください。
九曲洞遊歩道は中部東西横貫公路の旧道の一部です。
立霧渓に沿って大理石の岩にいくつものトンネルをくり貫くようにして曲がりくねった道を造ったのでこの名前がつけられています。
全長約2kmと決して長くはありませんが、壁に残る手掘りの跡に、ノミと鎚で一振り一振り削っていった道路建設当時の大変さが伝わってくる場所です(太魯閣国立公園管理処HPより)。 -
太魯閣渓谷で一番狭い九曲洞。
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谷底には台風による土砂崩れの跡がそのままにされていました。
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たくさんの観光客が歩いています。中国本土からやってくる人が増加しており、とりわけ尖閣問題後は訪日を止めて台湾に赴くケースも多いとか。
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近代的なトンネルがありました。
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同じような崖が続きますが、やはり雄大です。
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「九」という漢字には「たくさん」という意味があり、九曲洞の「九」も9つのトンネルではなく、たくさんの隧道があるということで名付けられたということです。
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渓谷の岩のほとんどは大理石だそうです。
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九曲洞
切り立った断崖を過ぎると、河は大きく曲折を繰り返し、壁は険しく、谷は深くなる。
それに沿って、道路のカーブを壁を縫うように延々と繰り返すことから、九曲洞と呼ばれるようになった。
見上げれば、見通せる青い空も挟まり、ついには一本の線になることから「一線天」と称される。
対岸の大理石はダークグレイからピュアホワイトに変わり、さまざまな模様が鮮やかになる。
九曲洞隧道は東西二つの口から、徒歩約30分で通り抜けられる。沿路、大理石の峡谷、渓流、断層、隧道および植物生態を観賞できる。
太魯閣峡谷のクライマックスとも言え、峡谷の自然生態の旅に格好のコースである(交通部観光局HPより)。 -
壮大な渓谷美です!
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中部東西横貫道路工事で犠牲になった技術者、Jinheng(漢字名は碑文の右端にありますが、文字化けしてしまいます)の殉難碑です。中華民国48年(1959年)12月に蒋経国が建立したとあります。
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Jinheng(漢字表記は橋に記されている通りです)の名前が付けられた橋です。
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民国92年(2003年)1月竣工。欄干にツバメの像が取り付けられています。
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靳珩橋の看板です。
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大きな石がごろごろ転がっています。
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絶景!
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トンネル前に観光バスが止まっています。
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峻厳とか急峻という言葉が思わず浮かんできました。
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錐麓、福磯大断崖の案内看板です。
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人車不争道の看板です。
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