2012/10/27 - 2012/10/31
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ないはん男前さん
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今年は、10月30日が、オーク・パンサー(出安居)。雨期もほぼ明け、これからがいよいよ旅行シーズンの幕開けです。オーク・パンサーの日には、タイ全国で、安居明けを祝う行事が行われますが、今年は、北部の小さな町、メーホンソンに行くことにしました。
メーホンソンの町から南に66キロほどの所に、クンユアムと言う小さな町があります。この町には、第二次世界大戦のインパール作戦に従事した、日本兵の遺品などを展示した、小さな博物館があり、前々から、訪れてみたいと思っていたのも、今回のメーホンソン行きの切っ掛けになりました。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
バンコクからメーホンソンへも、民間のバス会社1社が、毎日4便の夜行バスを運行しています。前日の午後5時発のバスに乗り、15時間掛け、翌朝8時に、メーホンソンのバスターミナルにやっと到着しました。
規模の割には、発着するバスも少なく、ひっそりとしているバスターミナル。 -
バスターミナルは、町はずれにあるのですが、町自体が小さいし、トゥク・トゥクや、バイクタクシーの台数も少ないので、徒歩で、予約していたゲストハウスに向かいました。
ぶらぶら歩いて30分、やっと、メールで事前に予約していたゲストハウス、“ザ・レジデンス”に到着。
建物の前に置かれている自転車は、確か、無料で貸してくれるはず。 -
ここは、某マスコミを定年後、メーホンソンに移り住み、某タイ字新聞にコラムを執筆しているご主人と、その奥さんが、経営している、小綺麗なゲストハウスです。
このご夫婦は、日本にも何度か旅行に行ったことがあり、来年の5月には、北海道と東北に旅行に行く予定だそうです。レセプションの後ろには、金閣寺を背景にして撮った、お二人の写真が立てられていました。
ちょっと判りにくいですが、。左手の建物の、真ん中の部屋の扉の前には、飛騨高山で買ってきた、のれんが掛けられています。 -
私に、用意されていた部屋は、このゲストハウスに一部屋しかない、独立したコテージタイプの部屋でした。
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室内は、それほど広くはないモノの、必要なモノは一通り揃っていますし、清潔に保たれています。
夜行バスでの疲れを取るのもつかの間、暫くして、まずは、ホットな現地情報を収集するため、近くにあるタイ政府観光庁(TAT)のメーホンソン事務所に向かいました。 -
ゲストハウスから徒歩5分も掛からない場所にあるTATメーホンソン事務所。
写真の左側が正門なのですが、私は、右手にある通用門から入ってしまいました・・・orz...
対応してくれたのは、中年の男性でしたが、下らない質問にも、嫌な顔もせず、丁寧に答えてくれました。
この日は、第二次世界大戦の際、インパール作戦に出撃した日本兵の遺品が保存されている博物館があるクンユアムに行くことにしていました。
次のクンユアム方面行きのバスは、10時半発だったのですが、TATの事務所を出たときには、既に10時10分を過ぎていました。
大急ぎで歩いて、バスターミナルに着いた時には、バスが出発する直前でした。(時間は、10時30分を過ぎていましたが・・・)
バスに乗って車内前方に取り付けられていた時計を見ると10時30分丁度! あ〜、バスの時計が遅れていたおかげで間に合った・・・と思ったのですが、その時計は、いつまで経っても“10時30分”のままでしたぁ(笑) -
バスは、山越えのカーブとアップダウンが続く道路を走り、きっかり1時間半で、クンユアムに到着。
因みに、チェンマイから南回りのルートでメーホンソンに来る間には、誰が数えたのか、1、864のカーブが有るらしいです。
バス停から、徒歩で第二次世界大戦博物館を目指します。
クンユアムの街灯の電力は、太陽光発電で賄われているようで、街灯の上に、ソーラーセルが取り付けられていました。 -
徒歩5分あまりで、国道脇にある第二次世界大戦博物館に着きました。
この建物は、ごく最近完成した、新館で、旧館は、この裏手にあります。
“戦争”と言う言葉は、余り良くないので、博物館の名前も、“タイ日友好記念館”とされていました。
この新しい建物は、タイ政府の予算で建てられたそうです。
新館の公式オープンは、今年の12月11日だそうで、その日には、盛大な式典が執り行われるようです。 -
広い庭園の一部に、有志の方々による寄付で、慰霊塔が建てられていました。
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博物館の前には、旧日本軍がここで使用していた軍用トラックの残骸。
横には、防空壕も、掘られていました。
展示物の多くは、、クンユアムで警察官を務めていた、チュードチャイ・チョムタワット警察中佐が、趣味で集めていたモノらしいです。村人から寄贈されたモノには、寄贈した人の名前や日付が、書かれていました。
戦争当時、クンユアムの民家の殆どに、日本兵が住まわせてもらっていたらしく、クンユアムの民家には、今でも、旧日本兵の遺物が、保存されている家があるようです。 -
入場料は、大人50バーツ、子供30バーツ。
入館すると、まず、右手にある映写室で、短い映画を見せてくれます。
内容は、昔のクンユアムの町の様子や、戦時中の貴重なフィルムでした。
ナレーションは、日本語版と、英語だったかタイ語だったかの二カ国語あり、好きな方を選べます。 -
映画を見終わった後は、自由に館内を見学です。
最初は、クンユアムの伝統・文化や町の紹介なんかもありますが、やっぱりメインは、旧日本軍の作戦や、彼らが残した遺物の展示です。 -
旧日本軍がタイ各地に上陸し、その後たどった侵攻ルート。
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兵士が当時、身につけていたモノ。
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当時の写真機やハサミ、お守り、お経の本など・・・。
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旧日本軍が使っていた武器の数々。
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防毒被服 修理工具 と書かれている箱。
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私が行った日には、タイ人の母子連れ、それに、ブログにでも載せるのか(笑)、熱心に写真を撮っているタイ人の若者が来てました。
第二次世界大戦当時の日本軍と言えば、諸外国から聞こえてくるのは、真偽のほどは別として、聞き苦しい話が多いですが、ここは数少ない例外だったようで、ホッとします。
この日の夕方は、メーホンソンで、ジョンパラ・パレードが行われると言うことだったので、ここでの見物は、中途半端になってしまい、翌日、改めて来ることにしました。 -
余裕を持って、クンユアム発13時半(実際には14時)のバスでメーホンソンに戻りました。
パレードの開始には、かなり余裕が有りすぎたので、ワット・チョン・クラーン&ワット・チョン・カムを見に行きました。
途中、ジョンパラを運んでいる人の一団に遭遇しました。
これで、今夜、パレードが行われるのは、ほぼ間違いなし・・・と安心(笑) -
ワット・チョン・クラーン&ワット・チョン・カム
ミャンマー風で、手前の池に映る姿が美しいです。
この辺り、夕方からは、メーホンソン市民の憩いの場ともなっているようでした。 -
ジョンパラとは、紙で作ったお城らしく、これは、安居明けの時期に、7日間だけ舞い降りてくる仏様を迎えるためのモノだそうです。
地元の人の家々には、大なり小なりのジョンパラが、テラスなどに置かれていました。
メーホンソンの住民の大半を占めるタイヤイ族の人たちの信仰によるモノなので、ジョンパラ・パレードは、タイ広しと言えども、メーホンソン県だけでしか行われていないそうです。 -
日没近くになり、県庁舎近くのパレード出発地点には、大勢の人が集まっていました。
これは、先頭。 -
その次にスタンバイしていた、TATのグループ。
でもこの人たち、実際にはTATの職員ではなく、地元の人たちです。
ここでうろうろしながら写真を撮っていると、午前中に、TATの事務所で、対応してくれた人にバッタリ。彼も、仕事の一環なのか、沢山写真を撮っていました。 -
綺麗どころ勢揃い・・・・・。
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日が沈んでから、パレードが始まりました。
出発地点、郵便局のそば、それに、町の中心と言っていい交差点で、各グループが踊りを披露します。 -
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沿道にあるインターネットカフェの看板犬も、椅子の上から見物です(笑)
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北部のお祭りでよく見る、この蝶のようなダンスは、タイヤイ族のダンスのようですね。
多くのグループが、この踊りをやってました。 -
かわいいプラカード持ち。
カメラに向かってVサイン。 -
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この子は、お姉さん達の中に混じり、ニコニコ、楽しそうに踊ってました。
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この小さな娘さんも、グループの先頭でした。踊るわけではないけど、目がクリクリとして、歩いてるだけでかわいい女の子でした。
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きれいに電飾が施されたジョンパラは、20台位有ったような・・・。
パレードも終わり、ゲストハウスに向かって帰りました。 -
この日、ゲストハウスへの帰り道は、歩行者天国になり、ナイトマーケットとなっていました。
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途中、若い女性の歌声が聞こえ、そちらに向かうと、今は博物館?として保存されているらしい、元国営運送会社の古い木造の建物の前で、若い人たちのバンドが、雰囲気の良い歌を歌っていました。
歌っている女性は、後で気が付いたのですが、パレードでも、にこやかに踊っていた女性でした。 -
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翌日ですぅ。
昨日のクンユアム訪問は、時間が短く、消化不良だったので、今日は、朝8時発のバスで、クンユアムに向かいました(笑)
クンユアム到着後、最初に向かったのは、タイ日友好記念館の向かいにあるムワイトー寺院。
この寺院は、第二次世界大戦中、旧日本軍が駐留地、及び、野戦病院として利用した場所だそうで、今も、名残が、少し残されています。 -
今は、廃寺になっているらしい、ムワイトー寺院。
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境内の一角にある、集会場の前に、こんな石碑が建てられていました。
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境内にある集会場。
“クンユアム星露院”と書かれた、日本語の看板が取り付けられています。
この建物は、第二次世界大戦中、旧日本軍の通訳として働いていた、長瀬さんと言う方が、寄付したようです。長瀬さんは、戦後、毎年のように慰霊にタイを訪れ、カンチャナブリでも、地元の学生に奨学金を支給したり、地元の人たちに尽くしていた方ですが、数年前に他界され、そのことは、確か、タイの新聞にも載っていたと思います。、 -
野戦病院の建物に使われていた柱。
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境内の国道近くにも、比較的新しい、慰霊碑が建てられていました。
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去年(2011年)の12月に建立されたようです。
やはり、今も、定期的に慰霊に訪れる日本人が結構おられるようです。 -
旧日本兵遺骨埋葬の地
カップ酒が、供えられていました。 -
この日は、何か、地元の人たちの行事が有ったようで、集会場の裏手では、おばさん達が、料理を、集会場の斜め前にある建物では、男性達が、何かを作っていました。
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次に向かったのは、街の南にある、カムナイ寺院。
ここも、戦時中、旧日本軍の拠点が置かれていた寺院だそうです。
現在、それを示すモノは、何も残っていませんが・・・・。 -
カムナイ寺院の境内。
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その次は、ここも、旧日本兵が拠点を置いていたとされている、クム寺院に向かいました。
カムナイ寺院を見てから、一端、国道に出て、更に少し南に向かうと、国道沿いに、クム寺院への道を示す看板が出ていたので、それに沿って進んだのですが、クム寺院は、カムナイ寺院の直ぐ裏手にありました。
カムナイ寺院の裏門から直ぐの所でした・・・orz... -
クム寺院のご本堂。
この寺院にも、今は、旧日本軍の名残を示すモノは、何も無いようでした。 -
クム寺院の裏手には、どこか日本の田舎でも思い起こさせるような、のどかな田園風景が広がっていました。
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旧日本軍に縁のある、3つの寺院を見た後で、また、タイ日友好記念館に向かいました。
写真は、クンユアムのメインストリート。
道端には、今月10日と11日の二日間、行われる、タイ日友好イベントの看板が立てられています。
この看板は、メーホンソン市内にも、沢山立てられていました。このイベントは、タイ日友好記念館の新築を祝って行われるそうです。
タイ日友好記念館では、前日同様に、また短編映画を見せてもらい、館内を再び見物させてもらいました。
前日来た際に、受付の女性とは顔見知りになっていたので、この日は、無料で入れてもらえました(笑)
この日は、タイのテレビ局も番組作りに、ここを訪れていました。
(11月4日夜、ここで取材していた番組が放送されてました。
http://program.thaipbs.or.th/newsprogram/article97251.ece
でご覧頂けます。)
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夕方のバスで、メーホンソンに戻り、この日もワット・チョン・クラーン&ワット・チョン・カムへ・・・。
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翌日ですぅ。
この日は、標高600mの山の上にある、ワット・プラタート・ドイ・コンムーで、安居明けを祝した、タクバツ・テーウォーの儀式(托鉢)が、午前6時半から開始されます。
午前5時半過ぎにゲストハウスを出発、霧に包まれ、ひっそり静まっている街中を、とぼとぼと歩いて、寺院がある山に向かいました。
時折、バイクや車で、僧侶へのお供え物を持って、山に向かう、地元の人に出会います。 -
ゲストハウスからほど近い場所にあるコーヒー店、“コーヒー・モーニング” 2階は、ゲストハウスにもなっているそうな・・・・。
旨くて安いコーヒー店でした。
営業は、午前8時から午後6時までですが、この日の開店は、午前9時半から・・・と張り紙が。 やはり従業員もタンブンに行くんでしょうね。
因みに、このお店、お昼過ぎに行っても、店名は、相変わらず“コーヒー・モーニング”です。 -
地元の人の多くは、車用の登山道から、バイクや車で山頂近くまで登っていましたが、私は、徒歩・・・・、トホホ。
山門がある麓から、綴れ折になった登山道を、息を切らせながら、えっちらおっちら・・。途中、二度ほど休憩を取り、やっと寺院が見えてきました。 -
最後の階段を登りきると、目の前には、霧に包まれたチェディーが・・・。
早朝にも拘わらず、大勢の人たちが、花やお供え物を手に手に、僧侶が出てくるのを待ちかまえていました。 -
チェディーの前で、記念撮影する人。
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一角では、伝統音楽の生演奏も行われていました。
彼らが演奏する音楽は、山に登っている途中からもよく聞こえていました。 -
スタンバイ中の、小坊主さん達。
年配の僧侶達は、別の建物に居るようでした。 -
明るくなり、托鉢が始まる時間が近づいてきました。
皆、僧侶が通る通路を空け、早い時間から、その両側に隙間無く陣取っています。 -
伝統的な民族衣装を身につけた小さな女の子。両親に連れられて、タンブンに来ていたようでした。
真剣に、ローソクから、線香に火をつけています。 -
こちらもタイヤイ族の家族連れ。
娘さんのオレンジ色の衣装が、鮮やかでした。 -
予定よりかなり遅れて、僧侶達が、一列になり、托鉢に出てきました。
先頭は、僧侶ではない人が二人で鐘を担ぎ、それを時折打ち鳴らしながら、ゆっくりした早さで、歩みを進めます。
やはり、偉い順なのか、先頭の方は、貫禄のある僧侶でした。 -
僧侶の列が近づくと、両脇にいた地元の人たちは、僧侶が抱えている鉢に、花や米、飲み物、お菓子、インスタントラーメンなど、様々なお供えを差し入れます。
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僧侶達の一団は、山頂にある寺院から、麓にある寺院まで、私が登ってきた綴れ折りの登山道を下っていきます。沿道には、ずっとタンブンに来た人が並んでいます。
ここでも、TATで対応に当たってくれた男性にバッタリ(笑) -
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綴れ折の登山道を、下る僧侶の長い行列・・・・。
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僧侶達も、全員が山を下り、タンブンに来ていた人達も、それぞれ、帰路についたようです。
一気に人気が無くなり、静けさを取り戻した寺院で、改めて、写真を・・・。
霧も晴れて、すっきりくっきり。 -
四方を山に囲まれたメーホンソンは、霧の街として知られています。
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寺院から、メーホンソンの街中を眺めるると、空港が、街の面積の半分近くを占めているような・・・・。
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翌日ですぅ。
この日は、朝ゆっくりと起床。バンコクに帰る準備を済ませ、空港に向かうまで、時間があったので、また、街中をぶらぶら。
この家は、100年に以上前に建てられたモノで、当時jの富豪の家だったようです。 今は、三代目の方が住んでいるとか・・・。 -
今は、市が管理して、町並み保存の博物館?として利用されている、元国営運送会社の建物。メーホンソン市内には、結構、古い木造家屋が残っていて、この建物も、そのひとつ。
バンコクに帰る前に立ち寄ったのですが、中には誰もいませんでした。
仕方ないので、勝手に二階まで上がり、内部を見学させてもらいました。 -
二階は、だだっ広い部屋でした。
後で判ったのですが、この博物館は、“リビング・ミュージアム”と呼ばれ、この建物の中には、殆ど展示物は有りませんが、職員の方が、街の中にある、この地域の独特な文化・伝統、それに建物や食べ物、人々の暮らしぶりなどを紹介してくれるようです。
街全体を、“生きた博物館”として紹介する、面白いコンセプトの博物館です。
この博物館を作った前市長さんは、“街の住民、6千人全員が、博物館の展示物であり、職員となる・・・”と言ったそうです。 -
二階の窓を開けて望んだ、ワット・プラタート・ドイ・コンムー。
綴れ折の登山道、見えますか? -
ゲストハウスから、徒歩5分で、空港に到着(笑)
歩いて空港に行けるって、便利ですね。
これも、小さな街の特権でしょうか・・・。 -
空港の駐車場脇にも、タイ日友好イベントの、大きな看板が立てられていました。
このイベント、結構力が入れられているようです。 -
この鳥で、チェンマイまで飛んでいきます。
-
離陸後、上昇中に機内から眺めたメーホンソンの街。
期待していたほど、寒くは無かったけど、朝夕は、涼しかった・・・。
機内はファランの団体で、ほぼ満席でした。 -
バスでは、7〜8時間掛かる区間も、飛行機なら、チェンマイまでは僅か30分ほど。
チェンマイで乗り継ぎ、無事バンコクに戻りました。
私がお世話になったゲストハウスのご主人は。、某タイ字新聞の11月1日付けのコラムに、クンユアムのタイ日友好記念館の事を書かれていました。
ひょっとしたら、私との話の中で、この話題を思いついたのかも・・・。
お終いデス。
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この旅行記へのコメント (10)
-
- motogenさん 2015/10/25 20:27:23
- すばらしい
- どれもこれも素敵な写真ですね。
色彩も構図も、鮮明さもすばらしいです。
私のメーホンソンやクンアユム行ったのはこれより1年前、そして4年前になるでしょうか。
その数年で記念館などが劇的に立派になっていて、驚きました。
メーホンソンの祭りの一端も見たと思うのですが、こんな大々的なものではなく、あれはいったい何だったのだろうかと、不思議な感じがしています。
数日後に私の体験したメーホンソンの話を投稿しますので、読んでください。
こんなに写真はきれいに撮れていませんが。
- ないはん男前さん からの返信 2015/10/26 09:27:11
- RE: すばらしい
- motogen さん
お褒め頂き、大変有り難うございます。
偶々、良い天気に恵まれ、写真の写りも、満足出来るモノとなりました。
メーホンソンの旅行記含め、この後の旅行記も、楽しみにしています。
ないはん男前
-
- ラムロールちゃんさん 2013/12/29 20:27:02
- こんばんは
- 名前をマイナーチェンジしたラムロールです。
(人に説明する時面倒だということがわかってカタカナ表記に…)
本日のおすすめ旅行記に選ばれましたね!
すごーい♪♪
いきなりトップに美しい夜景が…
タイも、また行きたいな〜…
博物館も、見逃せません。
どうしよう…次はミャンマーかなと思っていたけど…
本当に、ないはん男前さんの旅行記には、毎度悩ませていただいてます(笑)
- ないはん男前さん からの返信 2013/12/29 21:23:29
- RE: こんばんは
- ラムロールさん、
こんばんわぁ。
この度は、悩みの種、提供して、申し訳ありません(笑)
今日、この旅行記に何票か投票があったので、何故今頃?と見てみると
おすすめ旅行記に取り上げられていて、ちょっと驚きました。
お陰で、自分でも、古い旅行記振り返ることが出来、メーホンソンを懐かしんでおります。
メーホンソンは、ミャンマー文化の影響を強く受けていますので、
ミャンマーの雰囲気も、少しは楽しめますよ。
ないはん男前
-
- 潮来メジロさん 2013/02/08 00:31:40
- 「本日の一枚」おめでとうございます。\(^o^)/
- ないはん男前さん、こんばんは! ヾ(^o^)
新着お知らせメールの「本日の一枚」に選ばれていましたね。
おめでとうございます。\(^o^)/
川面に映るライトアップされた塔の輝きと、空の夕景が美しいです。
タイは一度だけ観光ツアーで訪れただけなので、バンコクとカンチャナブリ、アユタヤ遺跡くらいしか記憶にないのですが、物価が安いところですよね。
野鳥もたくさん見られる国なので、またバードウォッチングに訪れてみたいと思っています。
ではまた・・・。(^o^)/~~~
(潮来メジロ)
- ないはん男前さん からの返信 2013/02/08 09:01:43
- RE: 「本日の一枚」おめでとうございます。\(^o^)/
- 潮来メジロさま
ご無沙汰致しております。
久々に「本日の一枚」に選ばれ、お陰様で昨日は、
訪問してくれた人の数も、増えました。
因みに、寺院が反射しているのは川面ではなく、湖です(笑)
タイは、日本に比べれば、物価安いですが、最低賃金が大幅に引き上げられたおかげで、昨年末あたりから、物価も高くなってます。
それに、意外だと思うでしょうが、乗用車なんかは、税率が高いので、
日本より遙かに高いんですよ。
日本では見ることの出来ない野鳥も沢山いると思いますので、
是非、バードウォッチングに来て下さいね。
ないはん男前
-
- ユメさん 2012/11/29 15:23:04
- 素晴らしい旅行記をありがとうございます!
- タイには旧日本兵のお墓や第二次大戦の記念館等が数多く残っているようですね!現在も日本人や日本に対する思いが確りと残されている国なんですね!
ここ(海南島)に来る前には一年に2度10日程度訪れていましたが...
今年はまだ一度も行っておりません!
ここ海南島(中国)は今尖閣の問題や以前の戦時中等の出来事が思わしくない為に対日感情はいま最悪の状況です!
時間があれば海南島の探索に出かけたいのですが...
しばらく大人しくしておきます!
- ないはん男前さん からの返信 2012/11/29 22:33:46
- RE: 素晴らしい旅行記をありがとうございます!
- ユメさま、初めまして。
この度は、コメントありがとうございます。
“素晴らしい旅行記・・・”などと言われると、嬉し恥ずかしデス。
タイは、八方美人で風見鶏の国ですから、どこの国とも、巧くつきあっているようです。それで、東南アジアでも、植民地にはなったことのない、唯一の国です(笑)
中国にお住みだそうですが、それは、自ら好んで・・でしょうか?
対日感情の悪い国なので、私は、香港、マカオ以外は、立ち寄ったこともありませんが・・・・。確かに、歴史遺産などには、訪れたい場所もたくさんあるのですが。
海南島は、かなりリゾート開発されているらしいですが、それでも、行く気にはなりません・・・・。
しばらくおとなしくせねばならない生活、早く終わると良いですね。
ないはん男前
-
- botaさん 2012/11/04 22:32:07
- 天に星
- ないはん男前さん お久しぶりです。
霧の中の白いチェディー、今までの写真の作風と違うけど、綺麗ですね。
伊藤桂一の「空に星、地に草の露」の詩って有名なんでしょうか、
サンクラブリーのスリーパコたで同じ書体の石碑を見ました。
タイで過去の大戦の跡を見るのはカンチャナブリーだけかと思ったけど、
メーホンソンにも有るんですね。
- ないはん男前さん からの返信 2012/11/05 09:12:45
- RE: 天に星
- botaさん おはようございます。
いつも、コメントありがとうございます。
昨夜、テレビを見ていると、丁度、私が、クンユアムとメーホンソンを訪れていた時に、取材に来ていた番組が放送されていました。
もし、興味有れば、下記のリンクで見れます。
タイ日友好記念館や、メーホンソンで私が見たお祭りなども映ってます。
(残念ながら、私は、映っていませんが・・・笑)
http://program.thaipbs.or.th/newsprogram/article97251.ece
それと、私の旅行記のなかにも写真を載せている、メーホンソンの
100年以上も前の古い木造家屋ですが、ここにも、かつて、日本兵が住まわせてもらっていたようで、それを示す証拠も映ってます。
ないはん男前
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