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レンタカーで午後ブカレストを出発し、夕方プラホヴァ渓谷を登る山道に。この山道は鉄道も並走する程度のゆるい傾斜なので、運転はわりと気楽。山道に入って30分程でこの日の宿泊地シナイアへ。<br /><br />シナイアは小さな町なので宿探しは楽勝と考えてましたが、この日は運悪く旧市街への取り付け道路が工事中で通行止め、市街のメインストリートではラリーのイベントが開催されていてホテルに近づけず、結局辿り着くのに1時間かかりました。<br /><br />Hotel Rina Cerbul を booking.com で予約してました。素泊まり・ツインルーム1名使用で17ユーロ。快適でした。巨大ホテルの別館として機能しているようで、本館のホテルのサウナが無料で利用できました(20時まで)。<br /><br />- - - - - -<br /><br />翌日は朝から雨。シナイア一番の見所のシナイア僧院を手短に見学。聖堂内壁は細密なフレスコ画で装飾されています。こういったフレスコ画の聖堂についてガイドブックや旅行記で「見事な」「必見」「感動しました」と形容される事が多いですが、私の感想は「礼拝する場所として居心地悪いのではないか」でした。プロテスタントの素朴な木造教会が私の原体験だからかも知れません。<br /><br />今回旅行にあたって、初めて東方教会の礼拝の考え方を知りました。衝撃的でした。なんでも、礼拝とは天国を一瞬だけ・一部だけ信者達の前に見せてくれる儀式だというのです。私の慣れているプロテスタントでは、礼拝はただの授業です。昔話から何か教訓を引き出し、日々の暮らしで実践しましょうと牧師が講義する、それだけです。天国・神様といったありがた~い存在は、見えなくて当然、感じられなくて当然の前提です。<br /><br />どちらが間違っている訳でもないのですが。旅行前からシャープな異文化体験ができてラッキーでした。<br /><br />- - - - - -<br /><br />レンタカーで峠を越えてトランシルバニア高原へ。道路地図にはガイドブックに掲載されない数多くの要塞教会、城塞廃墟が示されています。寄り道しながらドライブしました。<br /><br />まずフェルディオアラ Feldioara で停車。遠くからも丘の上の城塞廃墟が見えていました。近づいて、修復もされず朽ち果てようとする姿を再確認。今回の旅行の大成功がこれで確定しました(笑)。<br /><br />昨年ボスニア・ヘルツェゴヴィナとモンテネグロでこのような廃墟に初めて出会い、感激しました。<br /> ・4年前に独仏旅行で「何か違う」感を抱き、<br /> ・2年前エストニア旅行で少し方向性が見えてきて、<br /> ・昨年の旅で分かった自分の要塞廃墟好き。<br />今回の旅もそれを追体験するために企画しました。<br /><br />この場合の要塞廃墟とは、①本気で戦うための施設で(宮殿・教会は不可)、②修復されず、③観光化されてないものです。フェルディオアラの廃墟は①②③を満たしています。建設当時のままの建材が露出する城壁、木造の廊下や階段が朽ち果てその固定穴だけが残る壁。かつて城館や馬小屋が所狭しと並んだ城壁内は今は荒れ野に。自分のなか(だけ)で申し分のない廃墟でした。<br /><br />フェルディオアラの街中にある要塞教会も感慨深いものでした。観光施設ではないので中は見学できません。しかしその場にいるだけで、どういう立地で、どういう地形に、どれだけの村落(人口)を守るためにその教会があるのか...が余計な修飾なく実感できます。<br /><br />シギショアラに向かってさらに30分走ると、巨大な城塞廃墟が見えました。ルペア Rupea の城塞です。迷わず向かいましたが、このルペアの城塞あまりに立派過ぎるためか、観光化を目指しての大規模修復工事が行われていました。残念。<br /><br />次はヴィスクリの要塞教会へ。こちらは「地球の歩き方」にも紹介されている有名な教会です。17時を過ぎて内部は入れないものと思ってましたが、なぜか門が開いています。進んでいくと、いつの間にか管理人の婆さんも出現。結果的に内部が見学できて、立ち去る時に見学料も払う事になりました。それはそれでOKですが。<br /><br />見学を終える頃には、辺りは暗くなっていました。日没がいつだったかは不明。この日は終日 空が重い雲に覆われ、地表は冷たい霧が立ち込めたからです。それはそれでルーマニアのイメージにぴったり。<br /><br />やがて真っ暗になり、サスキズ Saschiz 、アルベシュティ Albesti といった見所はすっ飛ばしましてシギショアラへ。この後は旅行記その4に続きます。<br /><br />- - - - - -<br /><br />○1日目:羽田→独FRA→ソフィア → ヴェリコ・タルノヴォ泊<br />○2日目:琴欧州の村(不発)→ドナウ川の国境→ブカレスト泊<br />●3日目:ブカレスト市内観光 → シナイア泊<br />●4日目:シナイア観光 → ヴィスクリ → シギショアラ泊<br />○5日目:シギショアラ観光 → ビエルタン → ブラショフ泊<br />○6日目:ワラキア平原 → ドナウ川の国境 →ヴィディン泊<br />○7日目:セルビア訪問 → ヴィディン泊<br />○8日目:ベログラドチック → ソフィア泊<br />○9日目:ソフィアで買物 → 独フランクフルト泊<br />○10日目~11日目:羽田空港へ

フェルディオアラの城の廃墟 2012年レンタカー旅行3

8いいね!

2012/10/28 - 2012/10/29

87位(同エリア147件中)

0

41

みやじ

みやじさん

レンタカーで午後ブカレストを出発し、夕方プラホヴァ渓谷を登る山道に。この山道は鉄道も並走する程度のゆるい傾斜なので、運転はわりと気楽。山道に入って30分程でこの日の宿泊地シナイアへ。

シナイアは小さな町なので宿探しは楽勝と考えてましたが、この日は運悪く旧市街への取り付け道路が工事中で通行止め、市街のメインストリートではラリーのイベントが開催されていてホテルに近づけず、結局辿り着くのに1時間かかりました。

Hotel Rina Cerbul を booking.com で予約してました。素泊まり・ツインルーム1名使用で17ユーロ。快適でした。巨大ホテルの別館として機能しているようで、本館のホテルのサウナが無料で利用できました(20時まで)。

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翌日は朝から雨。シナイア一番の見所のシナイア僧院を手短に見学。聖堂内壁は細密なフレスコ画で装飾されています。こういったフレスコ画の聖堂についてガイドブックや旅行記で「見事な」「必見」「感動しました」と形容される事が多いですが、私の感想は「礼拝する場所として居心地悪いのではないか」でした。プロテスタントの素朴な木造教会が私の原体験だからかも知れません。

今回旅行にあたって、初めて東方教会の礼拝の考え方を知りました。衝撃的でした。なんでも、礼拝とは天国を一瞬だけ・一部だけ信者達の前に見せてくれる儀式だというのです。私の慣れているプロテスタントでは、礼拝はただの授業です。昔話から何か教訓を引き出し、日々の暮らしで実践しましょうと牧師が講義する、それだけです。天国・神様といったありがた~い存在は、見えなくて当然、感じられなくて当然の前提です。

どちらが間違っている訳でもないのですが。旅行前からシャープな異文化体験ができてラッキーでした。

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レンタカーで峠を越えてトランシルバニア高原へ。道路地図にはガイドブックに掲載されない数多くの要塞教会、城塞廃墟が示されています。寄り道しながらドライブしました。

まずフェルディオアラ Feldioara で停車。遠くからも丘の上の城塞廃墟が見えていました。近づいて、修復もされず朽ち果てようとする姿を再確認。今回の旅行の大成功がこれで確定しました(笑)。

昨年ボスニア・ヘルツェゴヴィナとモンテネグロでこのような廃墟に初めて出会い、感激しました。
 ・4年前に独仏旅行で「何か違う」感を抱き、
 ・2年前エストニア旅行で少し方向性が見えてきて、
 ・昨年の旅で分かった自分の要塞廃墟好き。
今回の旅もそれを追体験するために企画しました。

この場合の要塞廃墟とは、①本気で戦うための施設で(宮殿・教会は不可)、②修復されず、③観光化されてないものです。フェルディオアラの廃墟は①②③を満たしています。建設当時のままの建材が露出する城壁、木造の廊下や階段が朽ち果てその固定穴だけが残る壁。かつて城館や馬小屋が所狭しと並んだ城壁内は今は荒れ野に。自分のなか(だけ)で申し分のない廃墟でした。

フェルディオアラの街中にある要塞教会も感慨深いものでした。観光施設ではないので中は見学できません。しかしその場にいるだけで、どういう立地で、どういう地形に、どれだけの村落(人口)を守るためにその教会があるのか...が余計な修飾なく実感できます。

シギショアラに向かってさらに30分走ると、巨大な城塞廃墟が見えました。ルペア Rupea の城塞です。迷わず向かいましたが、このルペアの城塞あまりに立派過ぎるためか、観光化を目指しての大規模修復工事が行われていました。残念。

次はヴィスクリの要塞教会へ。こちらは「地球の歩き方」にも紹介されている有名な教会です。17時を過ぎて内部は入れないものと思ってましたが、なぜか門が開いています。進んでいくと、いつの間にか管理人の婆さんも出現。結果的に内部が見学できて、立ち去る時に見学料も払う事になりました。それはそれでOKですが。

見学を終える頃には、辺りは暗くなっていました。日没がいつだったかは不明。この日は終日 空が重い雲に覆われ、地表は冷たい霧が立ち込めたからです。それはそれでルーマニアのイメージにぴったり。

やがて真っ暗になり、サスキズ Saschiz 、アルベシュティ Albesti といった見所はすっ飛ばしましてシギショアラへ。この後は旅行記その4に続きます。

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○1日目:羽田→独FRA→ソフィア → ヴェリコ・タルノヴォ泊
○2日目:琴欧州の村(不発)→ドナウ川の国境→ブカレスト泊
●3日目:ブカレスト市内観光 → シナイア泊
●4日目:シナイア観光 → ヴィスクリ → シギショアラ泊
○5日目:シギショアラ観光 → ビエルタン → ブラショフ泊
○6日目:ワラキア平原 → ドナウ川の国境 →ヴィディン泊
○7日目:セルビア訪問 → ヴィディン泊
○8日目:ベログラドチック → ソフィア泊
○9日目:ソフィアで買物 → 独フランクフルト泊
○10日目~11日目:羽田空港へ

旅行の満足度
4.0
同行者
一人旅
交通手段
レンタカー
  • トランシルヴァニア山脈の中腹に位置するシナイアで宿泊。翌日はスキーリゾートの町プレデアル付近で海抜1033mの峠を越えてトランシルバニア高原へ。国道沿い・脇道を観光しつつ“おとぎの国”のようなシギショアラへ。

    トランシルヴァニア山脈の中腹に位置するシナイアで宿泊。翌日はスキーリゾートの町プレデアル付近で海抜1033mの峠を越えてトランシルバニア高原へ。国道沿い・脇道を観光しつつ“おとぎの国”のようなシギショアラへ。

  • 日没後のシナイアのメインストリート。通りの1車線を潰して、ラリー車が展示されていました。撮影時点では人はまばらですが、1時間前には通りから大量のオジサン達(家族づれも多い)が溢れ出て来てました。

    日没後のシナイアのメインストリート。通りの1車線を潰して、ラリー車が展示されていました。撮影時点では人はまばらですが、1時間前には通りから大量のオジサン達(家族づれも多い)が溢れ出て来てました。

  • 同じくラリ−車が展示されたメインストリート。<br /><br />シナイアは、軽井沢のような観光地です。ホテル街に食べもの屋、土産屋も集まっていました。歴史的に貴族の避暑地なので、その意味でも軽井沢と同じです。

    同じくラリ−車が展示されたメインストリート。

    シナイアは、軽井沢のような観光地です。ホテル街に食べもの屋、土産屋も集まっていました。歴史的に貴族の避暑地なので、その意味でも軽井沢と同じです。

  • この晩宿泊するHotel Rina Cerbulを前から。

    この晩宿泊するHotel Rina Cerbulを前から。

  • ホテルにチェクインして、サウナで運転疲れを癒してから、繁華街で夜食を買ってきました。ぶっといチェバブチチです。

    ホテルにチェクインして、サウナで運転疲れを癒してから、繁華街で夜食を買ってきました。ぶっといチェバブチチです。

  • 翌朝。ホテルの客室。値段のわりに豪華な部屋でした。

    翌朝。ホテルの客室。値段のわりに豪華な部屋でした。

  • 午前中、まずはシナイア僧院を見物。ルーマニアの多数派である東方正教会の修道院です。狭い敷地にこじんまりと建っているので、広角レンズがないとこんな写真になります。

    午前中、まずはシナイア僧院を見物。ルーマニアの多数派である東方正教会の修道院です。狭い敷地にこじんまりと建っているので、広角レンズがないとこんな写真になります。

  • 聖堂内部。フレスコ画がびっしり。これも東方正教会の建築の特徴です。聖書の物語を描いたフレスコ画は、識字率が低く、大量出版技術もなかった時代に聖書のエピソードを説明するのに便利だったのでしょう。

    聖堂内部。フレスコ画がびっしり。これも東方正教会の建築の特徴です。聖書の物語を描いたフレスコ画は、識字率が低く、大量出版技術もなかった時代に聖書のエピソードを説明するのに便利だったのでしょう。

  • 聖堂のドームを下から。ドーム構造は広い内部空間を作る革新的技術だったそうです。

    聖堂のドームを下から。ドーム構造は広い内部空間を作る革新的技術だったそうです。

  • 聖堂を出たところで。初めこの人達が何をしているのか私は分からなかったのですが、参拝客が小さなローソクを鉄箱の中で灯しているのでした。

    聖堂を出たところで。初めこの人達が何をしているのか私は分からなかったのですが、参拝客が小さなローソクを鉄箱の中で灯しているのでした。

  • シナイア僧院を後にし、路駐していた車に戻ると張り紙が。ポリツァイがどーのこーの。どうやら警察に見つかったようです。<br /><br />面倒な事になったぞ...と一瞬ガッカリ。しかし、すぐ気持ちを切り替えました。「警察署を探して罰金払いに行こう」と。ところが...<br /><br />その30秒後に反射材でキラキラのお兄さんが登場。「80円払えばいいよ」と。どうやら罰金ではなく「駐車料金払ってね」だったようです。そのお兄さんは80円受け取ると、通りのお向かいの喫茶店へ消えていきました(!?)。偽警官だったのかも知れません。

    シナイア僧院を後にし、路駐していた車に戻ると張り紙が。ポリツァイがどーのこーの。どうやら警察に見つかったようです。

    面倒な事になったぞ...と一瞬ガッカリ。しかし、すぐ気持ちを切り替えました。「警察署を探して罰金払いに行こう」と。ところが...

    その30秒後に反射材でキラキラのお兄さんが登場。「80円払えばいいよ」と。どうやら罰金ではなく「駐車料金払ってね」だったようです。そのお兄さんは80円受け取ると、通りのお向かいの喫茶店へ消えていきました(!?)。偽警官だったのかも知れません。

  • シナイアを出発し、トランシルヴァニア山脈の峠、プレアデル付近で。馬車と、いい笑顔の御者にーちゃん。

    シナイアを出発し、トランシルヴァニア山脈の峠、プレアデル付近で。馬車と、いい笑顔の御者にーちゃん。

  • トランシルバニア高原にでました。ここからはルーマニアの中でも、100年前までハンガリー領だった地域です。<br /><br />写真はブラショフを通過して10分ほどで見えた、ハルキウ Halchiu 付近の不思議な丘。地学でいう「残丘」でしょうか。

    トランシルバニア高原にでました。ここからはルーマニアの中でも、100年前までハンガリー領だった地域です。

    写真はブラショフを通過して10分ほどで見えた、ハルキウ Halchiu 付近の不思議な丘。地学でいう「残丘」でしょうか。

  • 程なくして見つけたフェルディオアラの中世のお城の廃墟。早速よじ登って探検。銀色の車はレンタカーのデミオです。<br /><br />Google Map フェルディオアラの城塞廃墟<br />http://maps.google.co.jp/maps?q=45.820291,25.606041&amp;ll=45.820291,25.608069&amp;spn=0.004307,0.006781&amp;num=1&amp;brcurrent=3,0x0:0x0,0&amp;t=m&amp;z=17

    程なくして見つけたフェルディオアラの中世のお城の廃墟。早速よじ登って探検。銀色の車はレンタカーのデミオです。

    Google Map フェルディオアラの城塞廃墟
    http://maps.google.co.jp/maps?q=45.820291,25.606041&ll=45.820291,25.608069&spn=0.004307,0.006781&num=1&brcurrent=3,0x0:0x0,0&t=m&z=17

  • Wikipedia先生によると、このあたりは1200年頃にドイツ騎士団が入植し、1400年頃に城塞が作られたようです。町はかつてドイツ語名「マリエンブルグ」だったそうです。<br /><br />Wikipedia(ルーマニア語)<br />http://ro.wikipedia.org/wiki/Cetatea_Feldioarei<br /><br />上の写真とは反対の方向から撮影。写真左側の斜面が登城路だったようです。

    Wikipedia先生によると、このあたりは1200年頃にドイツ騎士団が入植し、1400年頃に城塞が作られたようです。町はかつてドイツ語名「マリエンブルグ」だったそうです。

    Wikipedia(ルーマニア語)
    http://ro.wikipedia.org/wiki/Cetatea_Feldioarei

    上の写真とは反対の方向から撮影。写真左側の斜面が登城路だったようです。

  • 草の生い茂る城壁内部。

    草の生い茂る城壁内部。

  • 廓(くるわ)にあった銃眼。

    廓(くるわ)にあった銃眼。

  • 城壁の断面。中世の人達が作ったレンガとセメント。

    城壁の断面。中世の人達が作ったレンガとセメント。

  • お城の廃墟を後にして、フェルディオアラの旧市街に入りました。旧市街の中心にそびえる要塞教会。外周壁がしょぼいので「普通の教会」かとも思ったのですが、建物3F〜4Fは銃眼を備えており、やはり「要塞」です。<br /><br />要塞教会は、トランシルバニア地方の独特の教会様式です。教会と要塞は相反する言葉ですが、この地域はモンゴル帝国に蹂躙された歴史があり、それを教訓に、村落の中心の教会を村人が立て篭もる要塞兼用にするようになったものです。戦闘に適した高い見張り塔と小さい窓、装飾を廃した質素な外観。午前にみた東方教会のシナイア僧院と、まったく異なります。

    お城の廃墟を後にして、フェルディオアラの旧市街に入りました。旧市街の中心にそびえる要塞教会。外周壁がしょぼいので「普通の教会」かとも思ったのですが、建物3F〜4Fは銃眼を備えており、やはり「要塞」です。

    要塞教会は、トランシルバニア地方の独特の教会様式です。教会と要塞は相反する言葉ですが、この地域はモンゴル帝国に蹂躙された歴史があり、それを教訓に、村落の中心の教会を村人が立て篭もる要塞兼用にするようになったものです。戦闘に適した高い見張り塔と小さい窓、装飾を廃した質素な外観。午前にみた東方教会のシナイア僧院と、まったく異なります。

  • 巨大です。7F建てのマンションみたいなサイズです。観光客はろくに来ないので内部は開放していません。というか礼拝の日以外は閉まっている普通の宗教施設です。

    巨大です。7F建てのマンションみたいなサイズです。観光客はろくに来ないので内部は開放していません。というか礼拝の日以外は閉まっている普通の宗教施設です。

  • フェルディオアラは人口300人程度の、馬車・自動車が同数くらいの(貧しい?)田舎町です。しかし家々はそれぞれパステル調の素敵な外観をしています。ルーマニアはどの田舎町もそうだったのが不思議です。

    フェルディオアラは人口300人程度の、馬車・自動車が同数くらいの(貧しい?)田舎町です。しかし家々はそれぞれパステル調の素敵な外観をしています。ルーマニアはどの田舎町もそうだったのが不思議です。

  • フェルディオアラから車で5分。ロトバヴ Rotbav の要塞教会。フェルディオアラと比べると、外周壁も要塞となっていて本格的。やはり内部見学はできません。

    フェルディオアラから車で5分。ロトバヴ Rotbav の要塞教会。フェルディオアラと比べると、外周壁も要塞となっていて本格的。やはり内部見学はできません。

  • ロトバヴで見かけた馬車。日本の原付の二段階右折に似た、左折の最中です。<br /><br />この馬車は珍しく標識や反射板など装備が立派です。旅行中に見かけた馬車の多くは、このような道路交通法?装備をつけていない、粗末な荷車でした。夜のドライブでは要注意です。

    ロトバヴで見かけた馬車。日本の原付の二段階右折に似た、左折の最中です。

    この馬車は珍しく標識や反射板など装備が立派です。旅行中に見かけた馬車の多くは、このような道路交通法?装備をつけていない、粗末な荷車でした。夜のドライブでは要注意です。

  • 1時間ほど走って見つけたルペアの城塞。でかいです。

    1時間ほど走って見つけたルペアの城塞。でかいです。

  • ルペアの城塞に到着。やはりでかい。すでに駐車場が整備されてます。

    ルペアの城塞に到着。やはりでかい。すでに駐車場が整備されてます。

  • 大規模修復中のようです。

    大規模修復中のようです。

  • 立ち入り禁止、と。残念ですが早々に立ち去りました。

    立ち入り禁止、と。残念ですが早々に立ち去りました。

  • 幹線国道を外れて、有名なヴィスクリの要塞教会へ寄り道することにしました。写真は、その途中の村ダチア Dacia の女性。<br /><br />この村には上水道がないようで、村の中心(つまり教会の前)の水場に水を汲みに来たようです。教会を撮影してたら話かけてきてくれました。<br /><br />

    幹線国道を外れて、有名なヴィスクリの要塞教会へ寄り道することにしました。写真は、その途中の村ダチア Dacia の女性。

    この村には上水道がないようで、村の中心(つまり教会の前)の水場に水を汲みに来たようです。教会を撮影してたら話かけてきてくれました。

  • ダチアの水汲み場で。水を飲む馬。

    ダチアの水汲み場で。水を飲む馬。

  • ダチアの水汲み場で。“フランダースの犬”でネロが担いでいた牛乳缶そっくりです。

    ダチアの水汲み場で。“フランダースの犬”でネロが担いでいた牛乳缶そっくりです。

  • ヴィスクリへむかうダート道。

    ヴィスクリへむかうダート道。

  • ダート道の両側は放牧地です。横断する家畜がいたら一時停止。

    ダート道の両側は放牧地です。横断する家畜がいたら一時停止。

  • ヴィスクリ Viscri の村落に到着。要塞教会の案内板です。Evanghelica は高校世界史でいうルター派の事です。Biserica は教会建築用語の「バシリカ式」と同語でしょうが、おそらく意味は「礼拝堂」です。<br /><br />ドイツ騎士団(=カトリック)の時代に遡るこれらドイツ人集落に、なぜルター派教会があるのか旅行中は不思議でした。Wikipedia先生によると故郷ドイツでおこった宗教改革が、やがて時間をかけてここまで波及したそうです。

    ヴィスクリ Viscri の村落に到着。要塞教会の案内板です。Evanghelica は高校世界史でいうルター派の事です。Biserica は教会建築用語の「バシリカ式」と同語でしょうが、おそらく意味は「礼拝堂」です。

    ドイツ騎士団(=カトリック)の時代に遡るこれらドイツ人集落に、なぜルター派教会があるのか旅行中は不思議でした。Wikipedia先生によると故郷ドイツでおこった宗教改革が、やがて時間をかけてここまで波及したそうです。

  • 要塞教会の入口の戸。壮麗な門ではないのがルター派的。なぜか開いてました。

    要塞教会の入口の戸。壮麗な門ではないのがルター派的。なぜか開いてました。

  • 敷地内の丘をのぼると要塞部分が。

    敷地内の丘をのぼると要塞部分が。

  • 管理人を呼んでくれ、と書いてあるのでしょう(たぶん)。上段はルーマニア語、下段はドイツ語のようです。<br />

    管理人を呼んでくれ、と書いてあるのでしょう(たぶん)。上段はルーマニア語、下段はドイツ語のようです。

  • ふと振り向くと、婆さんがニヤニヤしながら近づいてくる。「鍵を開けてやるよ」。地球の歩き方に載ってたばーさん?

    ふと振り向くと、婆さんがニヤニヤしながら近づいてくる。「鍵を開けてやるよ」。地球の歩き方に載ってたばーさん?

  • 礼拝堂の内部。参列者用の椅子があり、イコノスタシスなし。質素な作り。まさしくプロテスタントの礼拝堂です。パイプオルガンが美しいですね。

    礼拝堂の内部。参列者用の椅子があり、イコノスタシスなし。質素な作り。まさしくプロテスタントの礼拝堂です。パイプオルガンが美しいですね。

  • 天井はもちろん白塗りのまま。ちなみに電灯は一切ありません。夜間利用時は、このローソク1本いっぽんに火をつけるのでしょう。

    天井はもちろん白塗りのまま。ちなみに電灯は一切ありません。夜間利用時は、このローソク1本いっぽんに火をつけるのでしょう。

  • 礼拝堂を取り囲む要塞防壁部。空き部屋には農具など民俗展示がしてありました。<br /><br />ヴィスクリはドイツ語名 Weiss・kirch を名乗る、由緒正しいドイツ人の集落でしたが、ルター派を信奉したドイツ人の多くは、第2次世界大戦後にこの地を去ったそうです。Wikipedia先生によると現在の村落住人はほとんどがロマ人で、ドイツ系人口は20人だとか。今もその20人が、ここで礼拝しているのでしょうか。<br /><br />参考:Bunesti, Brasov<br />http://en.wikipedia.org/wiki/Viscri<br /><br />参考:トランシルヴァニア・ザクセン人<br />http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%8B%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%B6%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%83%B3%E4%BA%BA

    礼拝堂を取り囲む要塞防壁部。空き部屋には農具など民俗展示がしてありました。

    ヴィスクリはドイツ語名 Weiss・kirch を名乗る、由緒正しいドイツ人の集落でしたが、ルター派を信奉したドイツ人の多くは、第2次世界大戦後にこの地を去ったそうです。Wikipedia先生によると現在の村落住人はほとんどがロマ人で、ドイツ系人口は20人だとか。今もその20人が、ここで礼拝しているのでしょうか。

    参考:Bunesti, Brasov
    http://en.wikipedia.org/wiki/Viscri

    参考:トランシルヴァニア・ザクセン人
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%8B%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%B6%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%83%B3%E4%BA%BA

  • 教会見物を終え、村落北側からヴィスクリ要塞教会の遠景。宿を予約してあるシギショアラまでもう少しです。旅行記4に続きます。<br /><br />http://4travel.jp/traveler/ivan_toby/album/10723551/<br /><br />

    教会見物を終え、村落北側からヴィスクリ要塞教会の遠景。宿を予約してあるシギショアラまでもう少しです。旅行記4に続きます。

    http://4travel.jp/traveler/ivan_toby/album/10723551/

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