2007/07/22 - 2007/07/25
78位(同エリア90件中)
みなみやまさん
- みなみやまさんTOP
- 旅行記105冊
- クチコミ37件
- Q&A回答2件
- 101,062アクセス
- フォロワー2人
そしてバスは、日月潭のバス停に到着した。
しかし、ここで降りればまた時間が過ぎてゆき、台北に戻るのが難しくなる。
バスの運転手に、下手な中国語で、このまま水里まで行きたいと申し出た。
すると、通じたらしく、追加料金を払うように言われた。
少々緊張して、差額よりも大目の料金を払ったが、それも愛嬌か?
台湾の路線バスでは、おつりは出ないというのが相場だ。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
「南投県」は、茶の産地として有名である。
台北でも「南投茶」のブランドで売られているくらいだ。
醸造所の構内に地元の特産品の直売所があった。
ここはお勧め。
「南投紅茶」を土産に購入した。
工場を出て、さて、埔里バスターミナルへ行こう。
せっかくだから、歩いていくことにした。
しかし、これが最初の迷走の始まり。
この街には、台湾特有の円環(ロータリー)が2ヶ所あった。
それで、まず最初の円環で、記憶をたどって正しい方向へ曲がったはずだった。
しかし、それまで通っていた大型バスが1台もこないので道を間違ったことに気づいた。
やはり、店の看板を見ても同じように見えるからだろう。
さすがに、南回帰線に近いここでは、照りつける日差しはきつい。
汗を流しながら、後戻りする。
さらに進んで、次の円環でもやはり道が分からなくなった。
不思議なもので、迷走を始めるとそれが癖になるようだ。
上の「南投客運車站」の画像を見ても、バスターミナルの看板が分からないだろう。 -
しかし、さすがに元国営バス「國光客運車站」は立派である。
今回はお世話にならず。
さて、日月潭・水里には、「豊栄客運」で車站はまた別である。
やっとたどり着いて、日月潭行きのバスの時刻を聞くと、時刻表の印刷された紙をいただいた。
外国人になれているようだった。
次のバスは、午後2時発。
しばらく、バスの待合所で時間をすごす。
本当に地元の人達ばかりである。
来たバスは、ちょっと形が変わったバス。
名前は“GREEN BUS” -
完全な路カールバス。
埔里から日月潭を経由して台鉄集集線水里車站行き。
時刻表をみるとほぼ同じ時間に、水里車站発埔里行きがあって、日月潭付近で行き違うようだった。
埔里自体も標高は高いのだが、バスはどんどん高度を上げていく。
そして、しばらくすると、一面のヤシ林が山の斜面に広がってきた。
完全に、農業としてのヤシ畑で、途中にはいくつかの村や町があった。
正確ではないが、戦後開拓団が農場を開いたらしい。 -
やがて、バスは山を登りきって、ダム湖が視界に飛び込んできた。
これが、水庫・日月潭だった。
そしてバスは、日月潭のバス停に到着した。
しかし、ここで降りればまた時間が過ぎてゆき、台北に戻るのが難しくなる。
バスの運転手に、下手な中国語で、このまま水里まで行きたいと申し出た。
すると、通じたらしく、追加料金を払うように言われた。
少々緊張して、差額よりも大目の料金を払ったが、それも愛嬌か?
台湾の路線バスでは、おつりは出ないというのが相場だ。
払った後に同行者に指摘されたが、まあよしとしよう。 -
バスは再び走り出した。
しばらくは湖面沿いに走り続けたが、観光ポイントはバス停近くから出る船に乗って湖中の小島や対岸まで行くことになるらしかった。
これも、次回来る時に残しておこう?ということでよしとしよう。
ずいぶん自分勝手な言い分である。
その後バスは、小さな峠を越えるとひたすら山を駆け下った。
日月潭自体が、山の上にあるということになる。 -
そういうことを思っているうちに、視界に眼下に広がる平野が飛び込んできた。
その後もしばらくはバスは、快適な舗装された山道を走り続け、やっと駅のある水里の街にたどり着いた。
これで、プランどおり、一日で埔里・霧社・日月潭を踏破したことになる。
あとは、台北に戻らねば。
まだ、ここは台湾のど真ん中だったのだ。
でも、一つも不安のないみなみやまだった。
それも少しへんだなぁ。ここは外国だということを忘れているようだった。
最近、海外でその傾向が強くなっているのだ。大丈夫だろうか? -
バスの運転手さんがここで下りろと指示。
きっちり、外国人扱いだ。
こんな親切さが、台湾の田舎だ。
バスを降りて、振り返るときっちりセブンイレブンの看板がある。
台湾は、セブンイレブン店舗密度は、アメリカ本土や日本よりも高いということをセブンイレブンの公式ホームページで知った。 -
駅はレトロな感じだが、立派な●「水里車站」 駅。
赤い垂れ幕には「慶祝 台鉄120周年」と書かれていた。
植民地時代を含めての120周年だ。 -
-
時間は、変更の文字あり。
それでも4時半発、二水車站着、5時過ぎ。
切符を2枚買う。行き先は、新烏月站。
当然中国語で買うのだ。
この後の長期中国旅行の予行演習だ。 -
-
-
-
-
ホームに入る頃には、小雨が降り始めた。
ホームの端まで行って、写真を撮る。
線路の向こうには子供たちが自由に遊びにきている。 -
しばらくすると、ディーゼル列車がやってきた。
本当にローカルな列車に見えた。 -
列車に乗り込むと、車両は改造車。
かつて台東で乗った特急列車「自強号」。
多分、車両は韓国現代社製。
これを、改造して普通列車用に改造している。
高速鉄道ができて、大幅に台鉄のダイヤが変わったのだろう。
水里駅の次の駅は、「集集」、これで「ジジ」と読む。「集集」線のいわれだ。
何となく、かわいい魔女の名前のようだ。
列車は、地元の若い娘や都会から来た客でほぼ埋まった。 -
次々に乗降客が会って、本当にローカル線。
やがて、列車は西幹線の●二水駅 へ到着した。
二水車站は西部幹線の駅。
プランでは「→莒光号(台中)→(3時間30分)→台北
しかし、時間は5時過ぎ。
やはり、ここは、時間短縮だ。
運賃は高いが、高速鉄道に決めていた。
乗った列車は普通列車の「区間車」。
途中、彰化駅を経由して、新烏月駅へ。
列車は結構込んでいた。
午後5時過ぎに新烏月駅に到着。 -
そこから高鉄・台中車站に向かう。
高架駅の建物が高鉄台中車站。 -
高鉄でチケットを購入。
台鉄側は有人窓口はなく、自動券売機のみ。
最初は戸惑ったが、説明を見れば意外と簡単だ。
特に、クレジットカードが使えるのが魅力的だ。
台北まで、一人7百元。
僧衣をまとった男性が、券売機に苦労していたが、あえてお手伝いはせず。
いらぬおせっかいだから。
購入したチケットには、17;34台中→台北18;24の表示だ。
ホームに上がり、停車中の台中始発の車両の写真を撮る。 -
こうして、無事台北へ到着したのだった。
朝7自発の始発に乗り、ほぼ12時間の小旅行だったわけだ。 -
-
-
翌朝は、飛行機の早朝便で送迎時間は早かった。
それでも、早起きしたみなみやまは、ホテルの周辺を改めて散歩して台北の街中の空気を読んでみた。
これまで、台北にはじっくりいたことがなかったが、次回の台湾旅行には、十分役立つ経験を積んだ。
大都会は苦手なみなみやま。
しかし、台北は手ごろな大きさのように思われる。
送迎車も早朝のせいか、1時間もかからずに桃園空港へ到着した。
ガイドの若い女性も、忙しく案内してくれる。まだ、早いのに。
きっと、次の業務に気が行っているのだろう。
あっけない幕切れである。 -
時間があったので、空港内をうろうろする。
第二ターミナルと第一ターミナルがイミグレーションを過ぎて出国後のフロアではつながっていることが分かった。
日本人が全くいないエリアの免税店なので、日本人を意識されずに買い物ができて面白かった。
興味ある方はどうぞ。 -
無事、飛行機は離陸した。
ほぼ満席のエヴァー航空。
乗客は、台湾人が大半を占めた。
円安の中、ずいぶん台湾からの日本への旅行者が多いはずである。
飛行機が、白い雲の上を飛んでいたのが印象に残っている。 -
台湾上空から。
-
地上がくっきり見える日だった。
-
-
上空の空はいつも天気がいい。
当たり前だが。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
30