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青葉区歴史めぐり Cコース を歩きます。<br /><br />Cコース は市ケ尾駅から旧鉄(くろがね)村と市ケ尾横穴古墳群・稲荷前古墳群等歴史を訪ねる6kmのコースです。<br /><br />写真は、最初のポイントのは市ヶ尾竹下地蔵堂です。<br /><br />大山街道に面して、10体の石造りの地蔵尊が並んでいました。<br /><br />

よこはま青葉区歴史めぐり(C)谷本川の左岸の丘を歩く (改訂)

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2011/02/09 - 2011/02/09

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魅々

魅々さん

青葉区歴史めぐり Cコース を歩きます。

Cコース は市ケ尾駅から旧鉄(くろがね)村と市ケ尾横穴古墳群・稲荷前古墳群等歴史を訪ねる6kmのコースです。

写真は、最初のポイントのは市ヶ尾竹下地蔵堂です。

大山街道に面して、10体の石造りの地蔵尊が並んでいました。

  • コースは地図の通りで、ポイントは次の通りです。<br /> <br />市ヶ尾駅−竹下地蔵堂−市ヶ尾横穴古墳群−薬王寺−稲荷前古墳群―文学碑・田園の憂欝由来地−宗英寺(石造庚申幢)金刀比羅神社(萬助の力石)<br />

    コースは地図の通りで、ポイントは次の通りです。

    市ヶ尾駅−竹下地蔵堂−市ヶ尾横穴古墳群−薬王寺−稲荷前古墳群―文学碑・田園の憂欝由来地−宗英寺(石造庚申幢)金刀比羅神社(萬助の力石)

  • スタートの市ヶ尾駅です。

    スタートの市ヶ尾駅です。

  • 駅を出ると、すぐに国道246号線に架かる陸橋を渡りました。

    駅を出ると、すぐに国道246号線に架かる陸橋を渡りました。

  • 陸橋の上から見た国道246号線です。

    陸橋の上から見た国道246号線です。

  • 写真は、大山街道に面した市ヶ尾竹下地蔵堂です。<br /><br />

    写真は、大山街道に面した市ヶ尾竹下地蔵堂です。

  • 石段にそって10体の石造りのお地蔵さまが並んでいました。

    石段にそって10体の石造りのお地蔵さまが並んでいました。

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  • 毎年11月30日には、江戸時代から始まったといわれる太鼓や鉦を打ち鳴らして念仏を唱える双盤念仏お十夜講が行われ、横浜市認定無形文化財になっています

    毎年11月30日には、江戸時代から始まったといわれる太鼓や鉦を打ち鳴らして念仏を唱える双盤念仏お十夜講が行われ、横浜市認定無形文化財になっています

  • 次に市ヶ尾遺跡公園に向かいます。ここには市ヶ尾横穴古墳群があります。<br /><br />

    次に市ヶ尾遺跡公園に向かいます。ここには市ヶ尾横穴古墳群があります。

  • 横穴古墳は2か所に分かれ、A群に12基、B群に7基あります。<br /><br />6〜7世紀に造られた共同墓地で、武具、金環(耳飾り)、なつめ玉などが出土し、身分がななり高かったことが推測されます。

    横穴古墳は2か所に分かれ、A群に12基、B群に7基あります。

    6〜7世紀に造られた共同墓地で、武具、金環(耳飾り)、なつめ玉などが出土し、身分がななり高かったことが推測されます。

  • 先ず、B群に向かいました。<br /><br />B群には7基の横穴古墳がありました。<br />

    先ず、B群に向かいました。

    B群には7基の横穴古墳がありました。

  • B群の全体像ですが、前面の道が細く、崖になっていますので、うまく撮れませんでした。

    B群の全体像ですが、前面の道が細く、崖になっていますので、うまく撮れませんでした。

  • B群のオープンしている横穴古墳です。

    B群のオープンしている横穴古墳です。

  • 次にA群の古墳を見に行きました。<br /><br />A群には12基の横穴古墳がありました。

    次にA群の古墳を見に行きました。

    A群には12基の横穴古墳がありました。

  • A群の全体像です。

    A群の全体像です。

  • A群のオープンしている古墳です。

    A群のオープンしている古墳です。

  • A8号横穴です。

    A8号横穴です。

  • A8号横穴の内部の説明図です。

    A8号横穴の内部の説明図です。

  • A9号横穴です。

    A9号横穴です。

  • A9号横穴の内部の説明図です。

    A9号横穴の内部の説明図です。

  • 八雲神社の鳥居です。

    八雲神社の鳥居です。

  • 八雲神社の本殿です。」

    八雲神社の本殿です。」

  • 次のポイントの真言宗豊山派の弘仁山薬王院に向かいました。

    次のポイントの真言宗豊山派の弘仁山薬王院に向かいました。

  • 薬王院の本堂です。

    薬王院の本堂です。

  • 薬王院復興記念碑です。<br /><br />これによると、明治31年に焼失しましたが、昭和50年から、建て替えられたことが書いてあります。

    薬王院復興記念碑です。

    これによると、明治31年に焼失しましたが、昭和50年から、建て替えられたことが書いてあります。

  • 薬王院の境内です。

    薬王院の境内です。

  • 復興された観音堂です。

    復興された観音堂です。

  • いよいよ、稲荷前古墳群です。<br />写真は現地の案内図にあった全体図です。<br /><br />この古墳群は昭和42・44年に発掘調査が行われました。<br />さまざまな形をした10其の古墳と、9基の横穴墓が発見されたことから「古墳の博物館」とも呼ばれています。<br /><br />これらの古墳は谷本川を見下ろす丘にあり、4〜7世紀に連続して造られた当時の歴代首長の墓と考えられています。<br /><br />現在、3つの古墳が保存されています。

    いよいよ、稲荷前古墳群です。
    写真は現地の案内図にあった全体図です。

    この古墳群は昭和42・44年に発掘調査が行われました。
    さまざまな形をした10其の古墳と、9基の横穴墓が発見されたことから「古墳の博物館」とも呼ばれています。

    これらの古墳は谷本川を見下ろす丘にあり、4〜7世紀に連続して造られた当時の歴代首長の墓と考えられています。

    現在、3つの古墳が保存されています。

  • 現在保存され、公開されている古墳の配置図です。<br /><br />15号墳、16号墳、17号墳が並んでいます。

    現在保存され、公開されている古墳の配置図です。

    15号墳、16号墳、17号墳が並んでいます。

  • 中央の16号墳です。<br /><br />前方後方墳と呼ばれ、正方形をした2つの墳丘を撥型をしたくびれた部分で連結した特異な形をしています。

    中央の16号墳です。

    前方後方墳と呼ばれ、正方形をした2つの墳丘を撥型をしたくびれた部分で連結した特異な形をしています。

  • 15号墳で、16号墳の北に隣接した方墳です。。

    15号墳で、16号墳の北に隣接した方墳です。。

  • 17号墳で、これも方墳です。

    17号墳で、これも方墳です。

  • 次に文学碑・田園の憂欝由来地を探しました。<br /><br />ありました! ありました! 通りに面してひっそりと建っていました。<br /><br />大正7年、佐藤春夫の鉄町を舞台にした小説「田園の憂欝」が発行されました。<br />この小説に登場した“村で唯一の女学生”だった金子美代子(故人)さんが昭和57年に私費を投じて建てられたものです。

    次に文学碑・田園の憂欝由来地を探しました。

    ありました! ありました! 通りに面してひっそりと建っていました。

    大正7年、佐藤春夫の鉄町を舞台にした小説「田園の憂欝」が発行されました。
    この小説に登場した“村で唯一の女学生”だった金子美代子(故人)さんが昭和57年に私費を投じて建てられたものです。

  • そしてコースの最後の宗宋寺に向かいました。この寺は曹洞宗の寺です。

    そしてコースの最後の宗宋寺に向かいました。この寺は曹洞宗の寺です。

  • お寺に入る石段です。

    お寺に入る石段です。

  • 山門の左に、お地蔵さまが並んでいました。

    山門の左に、お地蔵さまが並んでいました。

  • 宗宋寺の本堂です。

    宗宋寺の本堂です。

  • 宗宋寺の境内に横浜市指定有形文化財の一対の石造庚申幢(せきぞうこうしんどう)がありました。<br /><br /><br />

    宗宋寺の境内に横浜市指定有形文化財の一対の石造庚申幢(せきぞうこうしんどう)がありました。


  • 両基の竿に「延宝四年辰七月十三日」の刻銘があります。<br />幢身4面のうち3面に「見ざる」「言わざる」「聞かざる」の三猿、残こる1面に雌雄の鶏が浮き彫りにされ、これにより庚申信仰による造立と分かります。<br /><br />

    両基の竿に「延宝四年辰七月十三日」の刻銘があります。
    幢身4面のうち3面に「見ざる」「言わざる」「聞かざる」の三猿、残こる1面に雌雄の鶏が浮き彫りにされ、これにより庚申信仰による造立と分かります。

  • 石造の正面です。<br />

    石造の正面です。

  • 石造の裏面です。

    石造の裏面です。

  • 雌雄の鶏が浮き彫りにされた面です。

    雌雄の鶏が浮き彫りにされた面です。

  • この寺の隣の高い石段の上に金刀比羅神社がありました。

    この寺の隣の高い石段の上に金刀比羅神社がありました。

  • 金刀比羅神社の鎮守堂です。

    金刀比羅神社の鎮守堂です。

  • 神社の境内に萬助の力石がありました。<br /><br />台座は萬助さんの4代子孫村谷留吉さんが建立されたものです。

    神社の境内に萬助の力石がありました。

    台座は萬助さんの4代子孫村谷留吉さんが建立されたものです。

  • この石の台座の碑文によります<br /><br />と文化・文政のころ、鉄町の住人で力萬助と称された男性が、江戸往還の際に多摩川河畔より一人で背負って持ち帰り奉納したものとのことです

    この石の台座の碑文によります

    と文化・文政のころ、鉄町の住人で力萬助と称された男性が、江戸往還の際に多摩川河畔より一人で背負って持ち帰り奉納したものとのことです

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