2012/06/03 - 2012/06/03
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montsaintmichelさん
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「ライト兄弟よりも先に飛行機の原理を発見した人物」と英国王立航空協会が公認した日本人をご存知でしょうか?
天空を飛び回ることが人類の夢だった時代、命を賭して、果敢にそれに挑んだ日本人がいたのです。そんな、飛行機関係の薀蓄を教えてくれるのが、石川県立航空プラザです。
1995年に石川県小松市安宅新町にオープンした航空機および航空を主体にした博物館です。管理運営は財団法人 小松市施設管理公社が行っており、入場無料はありがたいです。アクロバット飛行で有名なブルーインパルスをはじめ、南極観測で活躍したスイス製ピラタス、大空で活躍したヘリコプター、F104戦闘機など現役を引退した18機体が常設展示されており、展示機によっては操縦席に座ることもできます。その他、人類初の飛行機から現代のハイテク機まで模型を多数揃え、航空機の歴史、飛行原理や仕組みが分かり易く展示されていました。また、YS-11型旅客機のコックピットでパイロット疑似体験もできます。(シミュレータは有料)
2012年4月、屋内に日本最大級の飛行機型遊具を備えた子供広場が誕生し、施設内要がグレードアップしています。入場無料、かつ間近で見れて、触れて、体験でき、有意義な時間を過ごせました。
飛行機好き、メカ好きだけでなく、老若男女、幅広い年齢で、それぞれの目線で大いに楽しめる施設です。
富士 KM-2 初等練習機(屋外展示)
富士重工業がビーチクラフト社のT-34メンター練習機をベースに製造し、更にエンジンなどの実用性向上を図ったものがKM-2です。 双発機に匹敵する各種能力を備え、実用性に富んだ初等練習機だそうです。 展示の機体は、1981年に製造され、1995年に退役するまで海上自衛隊小月航空基地でパイロットの養成訓練として使用されました。延べ6100時間飛行したそうです。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- 団体旅行
-
石川県立航空プラザ 対潜哨戒ヘリコプター シコルスキーHSS−2B ちどり
全天候飛行能力を持つ大型対潜ヘリコプターです。 海中にいる潜水艦の捜索と攻撃ができるそうです。 展示の機体は、1983年に三菱重工業で製造され、1995年に海上自衛隊館山航空基地を最後に退役しました。
機体内部にも自由に入ることができます。 -
石川県立航空プラザ ピッツ S−2B AirRock
初期のペインティングに塗り替えられました。原型機の設計は、米国のカーチス・ピッツ氏で1944年に初飛行しました。 その後、小型のアクロバット飛行機として、ロシアのYak50が出現するまでトップの座を占めていました。展示の機体は、1996年にアメリカ アビアット社で製造されたもので、整備すれば今も飛行できるそうです。 -
石川県立航空プラザ ピッツ S−2B AirRock
航空自衛隊の戦闘機パイロットだったロック岩崎が、「生涯飛行機乗り」でありたいとの思いから1995年に自衛隊を退官。エアショーパイロットの修行のため渡米し、1996年に設立したのがエアロック・エアロバティックチームです。同年、南紀白浜空港にて行われた「スカイレジャージャパン’96」でピッツS−2Bと共にデビューを果たしました。 -
石川県立航空プラザ ピッツ用2枚プロペラ
エアロックのピッツ S−2Bが初期の頃に使用していたプロペラです。
希少なもので、鳥取県在住の山嵜 様のご厚意で展示が叶ったものだそうです。右手のサインは、ロック岩崎 氏のものです。 -
石川県立航空プラザ
航空自衛隊 小松救難隊救助ヘリコプター
このヘリ、実は紙でできているんです。災害派遣で大活躍しているヘリの精密模型です。同隊の創設50周年を記念して救難隊員が製作したものです。驚くほどの出来栄えだったので、製作者のご厚意により展示しているのだそうです。 -
石川県立航空プラザ カラス型1号器
二宮忠八が、1891年に製作したゴム動力付き模型飛行機のレプリカ。忠八は、カラスを真似れば飛行できると考え、実験を始めます。そしてカラスのような尾翼をもったプロペラ式の模型飛行機「カラス型1号器」を製作し、35mの飛行に成功しています。 -
イチオシ
石川県立航空プラザ 玉虫型飛行器(原寸復元)〔2階〕
二宮忠八が、玉虫にヒントを得て1893年に製作した日本初の人力飛行機です。展示の飛行機は、設計図に基づいて原寸復元したものだそうです。意外に大きいなというのが最初の印象でしたが、正直、これでまともに飛べるのかなと懐疑心も芽生えました。「飛行器」は忠八本人の命名。また、忠八の死から18年後の1954年、英国王立航空協会は自国の展示場へ忠八の「玉虫型飛行器」の模型を展示し、彼のことを「ライト兄弟よりも先に飛行機の原理を発見した人物」と紹介しています。 -
石川県立航空プラザ 玉虫型飛行器(復元模型)〔2階〕
1893年に、人力でプロペラを回す「玉虫型飛行器」を構想します。これは玉虫が前羽で浮かび、後羽で推進する様子にヒントを得たものでした。忠八は軍部に「玉虫型飛行器」の実験を何度も申請しますが、参謀長の長岡外史は全く相手にしませんでした。結局、忠八は軍を辞め、製薬会社で働いて1万円の資金を貯めます。そして、いざ実験を始めようとした矢先、ライト兄弟の初飛行成功の話を聞き、断腸の思いで開発を断念するのです。その後、忠八は、京都府八幡町に飛行神社を開き、航空機で命を落とした人を祀ったそうです。
これが、二宮忠八を「ライト兄弟になり損ねた男」と呼ぶ所以です。 -
石川県立航空プラザ トラハン・ビュイア設計の世界初単葉機
1906年ハンガリーのトラハン・ビュイアは、世界初の単葉機での飛行に成功しました。この成功が、ブレリオの研究に発展しました。 -
石川県立航空プラザ 海軍93式中間練習機
1934年に採用されてから1945年の終戦まで、5591機体が製造されました。練習機としては、空前の製作数を誇る傑作機です。「あかとんぼ」の愛称で海軍の搭乗員を育てた他、終戦直前には特別攻撃隊機に採用され、数奇な運命を辿った名機です。 -
石川県立航空プラザ 零式艦上戦闘機 52型
日本が世界に誇る名機 零戦 52型の模型です。52型は、改造を繰り返して、第二次世界大戦中盤以降の主役を務めた名機です。展示品は、3年余りの歳月を掛けて製作された精巧なものだそうです。
因みに、ゼロ戦は、初期の21型から64型まで、総機数1万機以上を製作しました。 -
石川県立航空プラザ 小松航空プラザ 零式艦上戦闘機 52型
クイズです。
Q:世界で最初に空を飛んだ人物は誰でしょうか?
A:フランス人のダルランド侯爵とロジェという若者です。1783年、モンゴルフィエ兄弟が作った世界初の熱気球に乗船、約25分間の飛行に成功しました。
Q:では、気球以外で最初に空を飛んだ人物は誰か? ライト兄弟? 違いま〜す!
A:ライト兄弟は1903年世界初の「動力付き飛行機」に乗って飛行に成功(59秒、260m)しましたが、「動力なし飛行機」で成功したのはドイツ人のリリエンタール。要はグライダーの元祖で、1893年頃だとされています。 -
石川県立航空プラザ 小松航空プラザ 零式艦上戦闘機 52型
実は、このリリエンタールより100年も前に空を飛んだ日本人がいます。その名は浮田幸吉。表具屋ゆえ表具屋幸吉と呼ばれました。岡山県玉野市に生まれ、1785年に岡山城下の旭川に架かっていた京橋から颯爽と空に舞いました。橋の高さは10mで、そこから数10m滑空し、宴会客のいる河原を経て土手に墜落しました。幸吉の飛行理論は単純で、「鳥の羽と胴体の比率を自分に当てはめて翼を付ければ、空を飛べる」というもの。竹で作った骨格に和紙を張り、翼を制作したのでした。しかし、時代が時代だけに、幸吉は岡山藩から咎められて追放されます。その後、現 静岡市に移り住みますが、ここでも所払いとなり、現 磐田市に移って91歳で没したとされます。
『空を飛ぶということは、いつの世にも自然の理に反したことなのです。人間が空を飛ぶ時、それは死を覚悟した時でなければならない。いいかえるならば、死んでもいいから空を飛びたいと強く望む人間だけが空を飛ぶ権利を持つ』(筒井康隆 著「空飛ぶ表具屋」)
世界で初めて空を飛んだ鳥人 幸吉ですが、1997年、ようやく故郷の岡山県玉野市で「所払い」が解かれました。「本村戻り式」では、旧岡山藩池田家の当主が空中飛行を「科学的発展に対する先見の明」と称えたそうです。実に212年ぶりの名誉回復。ガリレオみたいですね。 -
石川県立航空プラザ 零式艦上戦闘機 22型
日本で最初に動力飛行機で空を飛んだのは、日本陸軍の日野熊蔵。1910年12月14日。この日、日野大尉の乗ったドイツ製単葉機ハンス・グラーデは代々木練兵場の滑走路を駆け、ふわりと空を飛びました。飛行距離25m。第2回目は60m。まさに歴史的な瞬間です。翌日、公開試験飛行が行われ、日野は再び50mの飛行に成功しています。 ところが、なぜか日本では「日本初飛行の日」が12月19日とされています。実は、この日に陸軍 徳川好敏大尉がフランス製複葉機アンリ・ファルマンで3000mを飛行したのです。同日、日野も700mの飛行に成功したのですが、軍としては「徳川」の血を引く者に栄誉を与えたかったということでしょう。えこひいきというか、何というか・・・。 -
石川県立航空プラザ 一式戦闘機「隼」I型丙
零式艦上戦闘機と並ぶ代表的傑作機です。この模型は、1/8スケールで忠実に製作されたものです。 -
石川県立航空プラザ YS−11のフライトシミュレータ〔1階〕
日本で初めて製造されたプロペラ型旅客輸送機YS−11A型機の模擬飛行装置(フライトシミュレータ)の実物です。このシミュレータは、30年に渡りANAでパイロットの訓練に使用されたもので、設備の都合からモーション(動揺)装置を固定し、前面のスクリーンに映し出された空中の様子を見ながら操縦を楽しみます。実際にパイロット席に座って操縦桿を握れるわけですから、感動ものです。所要時間は約10分間。利用料金は500円。 -
石川県立航空プラザ エバンスVP−1(手前)
アマチュアビルダ向けに、簡単に作れることを目的に設計された自作機 EVANS VP−1 ”Volks Plane”。初号機の初飛行は1968年、今から44年も前のことです。この機体を製作した野口氏は、26歳の時に米国のエバンス・エアクラフト社から図面や材料を購入し、6年掛けて完成させたそうです。展示機は、1986年に石川県の千里浜海岸で、約20分間の初飛行に成功しています。
ピラタス PC−6B ターボポーター(奥)
スイスのピラタスが開発した軽飛行機です。山国スイスの小さな飛行場で多目的に使用できるように設計されたSTOL(短距離着陸)機です。機体構造をできる限り簡単にするため、翼は全て短形、胴体断面も4角で、少々無骨なスタイルがご愛嬌です。着陸装置も頑丈に作られており、荒地用に車輪間隔も広くして雪ソリ、フロート等の換装も簡単にできます。展示機は、極地研究所が2機輸入して南極観測に使用した内の1機です。南極の空で約11年間にわたって観測飛行任務についた後、総飛行時間1757時間で退役となりました。 -
石川県立航空プラザ ヒューズ OH−6J 観測ヘリコプター(手前)
1965年に軽観測用ヘリコプターとして、米国陸軍に採用されたヒューズ社のヘリコプターです。空力的に洗練することで有害抵抗を減らし、ローターの羽根を増やして直径をつめる等コンパクトな設計になっており、狭い場所の発着、超低空飛行、高速飛行等も優れた性能を持っています。1434機製造され、日本でも陸上自衛隊が94機所有しています。その他にもヒューズ500型の名称で民間航空も多数使用。
ヒューズ TH−55J(奥)
ヒューズ269型の名称で、1961年に完成した観測用のヘリコプターです。 機体の各部にプラスチックやプレス成型材を使用して構造の軽量化を実現し、部品の交換や整備作業も容易にできるように設計されています。 日本では、陸上自衛隊の練習用として利用されています。 -
石川県立航空プラザ ロッキード/川崎 T−33A練習機(若鷹)
米国ロッキード社製のF−80C戦闘機を二人乗りの練習機に改修したもので、世界で最も多く生産されたジェット練習機です。 航空自衛隊に1955年(昭和30年)から供与が始まり、アメリカから計60機の引き渡しを受けました。この他、川崎重工業でも国産が始まり、1959年の生産終了まで計210機を生産しました。T−33をライセンス生産したのはカナダと日本だけで、日本は敗戦によって壊滅した航空工業が一躍近代的なジェット機を大規模に量産する能力をつけることができた救世主的機体でもあります。養成したパイロットは、2268人に及びます。展示の機体は、121番目に国産され、1995年に退役しました。 -
石川県立航空プラザ 三菱 T−2 超音速高等練習機
三菱重工業で生産され、空中戦闘にも使える国内初の超音速高等練習機です。1961年に初号機が完成し、以後96機が製造されました。 展示の機体は、1979年に製造され、1986年にアクロバットチームのブルーインパルス補充機として改修されたもので、2000年に退役しました。
機体の特徴としては、横操縦にロルエンを使用せず、スロッテッド・スポイラーと呼ぶ抵抗板を左右非対称に作動させる日本独特の技術が使われていることです。 -
石川県立航空プラザ 三菱 T−2
胴体の一部がカットされ、内部の構造が観察できるようになっています。狭い所に効率的にユニットを収納するための工夫が至る所に凝らされています。これぞ技術者魂。創意工夫は技術者の特権ですが、技術者の矜持の琴線に触れられた気がしました。 -
イチオシ
石川県立航空プラザ 三菱 T−2
ジェットエンジンの後方です。機能美と言うか、技術が昇華するとこのような芸術的なものになるのでしょうか? 現代の最先端技術でも、昆虫や鳥の機能美を取り入れた技術革新が盛んに行われています。
その美しさに驚き、敬意を表しながらも思わずシャッターを押していました。 -
石川県立航空プラザ F−104Jスターファイター迎撃戦闘機(栄光)
米国ロッキード社が音速の2倍を目指して手掛けた超音速ジェット戦闘機です。NATO諸国向けに生産されたG型からFCS(火器管制装置)の爆撃計算部分を取り外して、迎撃専用機としたのが航空自衛隊のF−104J(栄光)です。航空自衛隊では、1962年から約23年間迎撃戦闘機として防空任務につきました。レーダー誘導ミサイルが使えない対戦闘機戦闘に適していないなどの問題もあり、F−4EJファントム戦闘機に道を譲ることになりました。展示機は、1964年に三菱重工業で39番目に製造され、1985年に退役しました。国内の同型機の中では、最後まで飛び続けたものです。 -
石川県立航空プラザ F−104Jスターファイター
ジェットエンジンの後方。こちらも、芸術品です。 -
石川県立航空プラザ F−104Jスターファイター
コックピットです。定期的にコックピットへの試乗もできます。
計器が整然と並んでいるのは、刺激的ですね。 -
イチオシ
石川県立航空プラザ F−104Jスターファイター 降着装置(ランディングギヤ)
身重な機体を支えるには、結構華奢な足回りです。格納するスペースの問題もあり、限界強度で設計されたものなのでしょう。油圧は、着陸時の衝撃を和らげる働きをしているようです。
こうして見ると、ジャッキやら車止めやら、安全対策はいかがなものかと思われます。事故に発展しなければいいのですが、気になるところです。 -
石川県立航空プラザ F−104Jスターファイター 降着装置(ランディングギヤ)
艦載機ではアレスティングフックを用いアレスティングワイヤによって急制動される際、数メートルの高さからほぼ垂直に甲板に叩き付けられる事になり、脚には自重の何倍もの衝撃が加わるそうです。例えば、自重20数トンの米グラマン社製のF−14 トムキャットが航空母艦に着艦する場合に加わる衝撃荷重は、前脚で約30トン、主脚では約80トンになるそうです。
1903年に飛行した世界最初の飛行機としてよく知られるライト兄弟のライトフライヤーは、離陸時にはレールの上の台車に乗り、着陸にはソリを使ったそうです。
このように、一つの要素だけをつぶさに追いかけてみるのも面白いかもしれません。 -
石川県立航空プラザ アリソンJ33A−35 ジェットエンジン
このエンジンは、展示されているT−33Aに搭載されているものです。吸入した空気を遠心力で圧縮するタイプで、他のエンジンとは構造が異なる珍しいものです。メリットとしては、故障が少ないこと。デメリットとしては、エンジンの直径が大きくなることや出力に限界があることが挙げられます。そのため、お蔵入りとなり、今後使われることのない貴重なモデルとなりました。 -
石川県立航空プラザ ドルニエ Do28A−1 軽輸送機
オモチャのように漫画チックでコミカルなスタイリングの双発機。ドルニエ機と知って納得です。ドルニエ Do28は、ドルニエ(西ドイツの航空機メーカー)で製造された短距離離着陸双発多様用途機でする。国内に存在する唯一の機体で、1962年に1機だけ輸入され、阪急航空がネパール山岳地の空中写真撮影に使用しました。その後、北海道航空に譲渡され沖縄の島を結ぶコミューター路線を飛んでいましたが、1980年に退役しました。 -
石川県立航空プラザ 富士 T−3
富士重工が航空自衛隊の要望により、自社のKM−23(海上自衛隊練習機)をベースに製作し、T−2に続く3番目の国産練習機です。1978年に初飛行し、1982年までに50機が生産されました。2003年から後継機のT−7の導入が推進されたため、総飛行時間6270時間をもって退役しました。 -
石川県立航空プラザ ビーチクラフト E−33 練習機
米国のビーチクラフト社が製造した傑作機です。構造上タフなことと優れた飛行特性で定評があり、ルフトハンザ航空などでエアーラインパイロットを育てる訓練機として使用されました。我が国でも航空大学校の訓練機として、1969年から1990年まで22機が使用され、まだ数機が現役で活躍しています。ラインパイロットにとっては若い時代に苦楽を共にした思い出深い機体だと思います。 -
石川県立航空プラザ ビーチクラフト E33
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石川県立航空プラザ 人力飛行機「ゼフィルス・ベータ」号
この機体は、夏の風物詩であった鳥人間コンテストで1997年に1004mの公式飛行記録を樹立した人力飛行機です。パイロットは、お茶の水女子大学の学生(岡村ちひろ さん)で、国内での女性パイロットによる最長飛行距離を記録しました。こうして間近で見上げると、翼の長さが半端ではなく、威圧感充分です。
人力飛行機とは、べダルを踏んでプロベラを回転させ人力だけで空中に浮上する航空機のことです。
次回は、山陰・北陸 浪漫紀行の有終の美を飾る、東尋坊散策編を紹介します。
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