成都旅行記(ブログ) 一覧に戻る
旅行7日目、いよいよ観光最後の日となりました。昼間は武侯祠とパンダ繁育研究基地へ行って、その後ツアーお決まりのショッピング。夜はオプショナルツアーで川劇(せんげき)を観に行きます。<br /><br />成都は四川省の省都。中国有数の大都市として発展著しい街ですが、私にはむしろ三国志の舞台の一つとして馴染み深い街です。中国が魏・呉・蜀の3つの国に分かれた三国時代、成都は蜀の国の都でした。<br /><br />実は私たち夫婦はもと三国志ファン。特に私は、NHKの人形劇三国志の再放送を見たのがきっかけで三国志に関心を持ち、15年ぐらい前までは三国志関連の本を読みあさっていました。その後だんだん熱も失せて、最近はすっかり三国志から遠ざかっていましたが、今回四川省を訪れるということで、成都訪問はちょっぴり楽しみにしていたんです。<br /><br />もともと「三国志」は、3世紀に陳寿(ちんじゅ)という人がまとめた歴史書で、これは正史とされています。三国志正史は魏書、呉書、蜀書などに分かれ、私たちに馴染みのところでは、魏書「東夷伝倭人条」に、「邪馬台国の卑弥呼が魏へ使いを送り、『親魏倭王(しんぎわおう)』の号を与えられた」という記述があります。「魏書東夷伝倭人条」は日本では「魏志倭人伝」と呼ばれています。こっちの方が私たちにはピンと来ますよね。<br /><br />これに対して一般に私たちが「三国志」と呼んでいるのは、14世紀頃に羅漢中(らかんちゅう)という人が、歴史書「三国志」を基に、伝承や創作を織り交ぜながら書いた「三国志演義(さんごくしえんぎ)」という歴史小説です。<br /><br />三国志演義では、蜀サイドの人物に視点が置かれ、劉備、関羽、張飛、諸葛孔明といった実在の人物が、物語の登場人物として生き生きと描かれています。脚色が加えてあるので、武将たちの戦いぶり、智謀を尽くした駆け引きや策略の数々がおもしろく、ドラマティックな展開に引き込まれます。<br /><br />三国志は西暦200年頃のお話です。現在、当時の蜀の遺跡は残っていないそうですが、成都にある武侯祠(ぶこうし)には劉備や諸葛孔明が祭られていて、三国志ファンにとっては必見ポイントとなっています。私も15年前なら泣いて喜んだであろう武侯祠訪問。熱が冷めた今でも、もと三国志ファンとしては、一度は見ておきたい場所です。<br /><br />ところで、この日はあいにくの雨。どしゃ降りの雨の中の訪問となりました。終わってみれば、「三義廟」も「桃園の誓い像」も見てなくて、何をしてたのやら・・・。<br /><br />もう一つの訪問地、パンダ基地ですが、パンダは暑さが苦手で、夏の昼間は室内でお昼寝をしていることが多いのだそうです。見られないかと心配しましたが、雨のため暑くなかったことが幸いしたのか、何とか外でパンダの姿を見ることができました。<br /><br />でも、こちらも終わってみれば、皆さんの旅行記で見ていたパンダの赤ちゃんも見てないしレッサーパンダも見てなくって、何だか端折ったような観光になった感は否めません。<br /><br />期待以上だったのは、オプショナルツアーで行った川劇(せんげき)です。バラエティに富んだ芸の数々、美しく優雅な舞台に中国らしさを堪能。特に国家一級機密と言われる「変臉(へんれん)」の見事さには惜しみない拍手を贈りました。<br /><br />では、四川省旅行最後の回、成都観光から帰国まで。武侯祠に関しては思い入れがある分、文章が多めにになってしまいましたが、三国志ファンにとってはこれしきの分量は当たり前。いくらでも語れるんです(笑)。関心のある方はしっかり、それほど関心のない方はあっさりと、どうぞご覧ください。<br /><br />========================<br /><br />旅のスケジュール:<br /><br />1日目 7月11日(水) 成田出発 上海乗り継ぎ 成都着<br />            真夜中に成都のホテルへ<br /><br />2日目 7月12日(木) 峨眉山(がびさん)<br />            報国寺(ほうこくじ)<br />            峨眉山市泊<br /><br />3日目 7月13日(金) 楽山(らくざん)<br />            成都から空路九寨溝(きゅうさいこう)へ<br />            九寨溝シェラトン泊<br /><br />4日目 7月14日(土) 九寨溝ハイキング<br />            <br />5日目 7月15日(日) 九寨溝観光<br />            チベット民族舞踊ショー「蔵謎(くらなぞ)」鑑賞<br /><br />6日目 7月16日(月) 高山植物ウォッチング<br />            黄龍(こうりゅう)観光<br />            空路、成都へ<br />            成都泊<br /><br />7日目 7月17日(火)★武侯祠<br />           ★パンダ繁育研究基地<br />           ★川劇(せんげき)鑑賞<br /><br />8日目 7月18日(水)★成都出発 上海乗り換え 成田着

初めての中国は四川省、九塞溝・黄龍の旅<6> 成都市内観光 武侯祠とパンダ基地、川劇~帰国

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2012/07/17 - 2012/07/17

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9

89

ニッキー

ニッキーさん

旅行7日目、いよいよ観光最後の日となりました。昼間は武侯祠とパンダ繁育研究基地へ行って、その後ツアーお決まりのショッピング。夜はオプショナルツアーで川劇(せんげき)を観に行きます。

成都は四川省の省都。中国有数の大都市として発展著しい街ですが、私にはむしろ三国志の舞台の一つとして馴染み深い街です。中国が魏・呉・蜀の3つの国に分かれた三国時代、成都は蜀の国の都でした。

実は私たち夫婦はもと三国志ファン。特に私は、NHKの人形劇三国志の再放送を見たのがきっかけで三国志に関心を持ち、15年ぐらい前までは三国志関連の本を読みあさっていました。その後だんだん熱も失せて、最近はすっかり三国志から遠ざかっていましたが、今回四川省を訪れるということで、成都訪問はちょっぴり楽しみにしていたんです。

もともと「三国志」は、3世紀に陳寿(ちんじゅ)という人がまとめた歴史書で、これは正史とされています。三国志正史は魏書、呉書、蜀書などに分かれ、私たちに馴染みのところでは、魏書「東夷伝倭人条」に、「邪馬台国の卑弥呼が魏へ使いを送り、『親魏倭王(しんぎわおう)』の号を与えられた」という記述があります。「魏書東夷伝倭人条」は日本では「魏志倭人伝」と呼ばれています。こっちの方が私たちにはピンと来ますよね。

これに対して一般に私たちが「三国志」と呼んでいるのは、14世紀頃に羅漢中(らかんちゅう)という人が、歴史書「三国志」を基に、伝承や創作を織り交ぜながら書いた「三国志演義(さんごくしえんぎ)」という歴史小説です。

三国志演義では、蜀サイドの人物に視点が置かれ、劉備、関羽、張飛、諸葛孔明といった実在の人物が、物語の登場人物として生き生きと描かれています。脚色が加えてあるので、武将たちの戦いぶり、智謀を尽くした駆け引きや策略の数々がおもしろく、ドラマティックな展開に引き込まれます。

三国志は西暦200年頃のお話です。現在、当時の蜀の遺跡は残っていないそうですが、成都にある武侯祠(ぶこうし)には劉備や諸葛孔明が祭られていて、三国志ファンにとっては必見ポイントとなっています。私も15年前なら泣いて喜んだであろう武侯祠訪問。熱が冷めた今でも、もと三国志ファンとしては、一度は見ておきたい場所です。

ところで、この日はあいにくの雨。どしゃ降りの雨の中の訪問となりました。終わってみれば、「三義廟」も「桃園の誓い像」も見てなくて、何をしてたのやら・・・。

もう一つの訪問地、パンダ基地ですが、パンダは暑さが苦手で、夏の昼間は室内でお昼寝をしていることが多いのだそうです。見られないかと心配しましたが、雨のため暑くなかったことが幸いしたのか、何とか外でパンダの姿を見ることができました。

でも、こちらも終わってみれば、皆さんの旅行記で見ていたパンダの赤ちゃんも見てないしレッサーパンダも見てなくって、何だか端折ったような観光になった感は否めません。

期待以上だったのは、オプショナルツアーで行った川劇(せんげき)です。バラエティに富んだ芸の数々、美しく優雅な舞台に中国らしさを堪能。特に国家一級機密と言われる「変臉(へんれん)」の見事さには惜しみない拍手を贈りました。

では、四川省旅行最後の回、成都観光から帰国まで。武侯祠に関しては思い入れがある分、文章が多めにになってしまいましたが、三国志ファンにとってはこれしきの分量は当たり前。いくらでも語れるんです(笑)。関心のある方はしっかり、それほど関心のない方はあっさりと、どうぞご覧ください。

========================

旅のスケジュール:

1日目 7月11日(水) 成田出発 上海乗り継ぎ 成都着
            真夜中に成都のホテルへ

2日目 7月12日(木) 峨眉山(がびさん)
            報国寺(ほうこくじ)
            峨眉山市泊

3日目 7月13日(金) 楽山(らくざん)
            成都から空路九寨溝(きゅうさいこう)へ
            九寨溝シェラトン泊

4日目 7月14日(土) 九寨溝ハイキング
            
5日目 7月15日(日) 九寨溝観光
            チベット民族舞踊ショー「蔵謎(くらなぞ)」鑑賞

6日目 7月16日(月) 高山植物ウォッチング
            黄龍(こうりゅう)観光
            空路、成都へ
            成都泊

7日目 7月17日(火)★武侯祠
           ★パンダ繁育研究基地
           ★川劇(せんげき)鑑賞

8日目 7月18日(水)★成都出発 上海乗り換え 成田着

旅行の満足度
4.0
観光
3.5
ホテル
4.5
グルメ
4.0
ショッピング
4.0
  • 旅行社からもらった旅程表では、この日はゆっくり11時出発となってましたが、成都は市内の渋滞がひどいということで、時間を早めて9時半出発となりました。<br /><br />ホームランドホテルの朝食がおいしいことは、すでに旅行2日目に経験済み。<br /><br />ゆっくり食事します。

    旅行社からもらった旅程表では、この日はゆっくり11時出発となってましたが、成都は市内の渋滞がひどいということで、時間を早めて9時半出発となりました。

    ホームランドホテルの朝食がおいしいことは、すでに旅行2日目に経験済み。

    ゆっくり食事します。

  • 今日は朝から雨。<br /><br />かっぱを着て、そのうえ傘まで差してスクーターに乗る人。<br />どうもスクーターに傘をセットできるようになってるみたいです。<br /><br />「蜀犬日に吠ゆ( 蜀は雨や霧が多く、太陽の出ている時間が少ないので、日が出ると犬が 怪しんでほえる)」と言うぐらい、成都は晴れることが少ない街なのだそうです。<br /><br />夫は15年前に仕事で成都へ来たことがありますが、変わりように驚いていました。<br />きれいになったって。<br /><br />中国の発展は著しい。<br />ガイドさんが、「皆さんのカメラの裏を見てください。日本の方がお持ちのカメラの9割が中国製なんですよ」と言うので、私のはカシオだから日本製だよ〜と思って裏を見たら、MADE IN CHINAと書いてありました。<br />知らなかった〜。

    今日は朝から雨。

    かっぱを着て、そのうえ傘まで差してスクーターに乗る人。
    どうもスクーターに傘をセットできるようになってるみたいです。

    「蜀犬日に吠ゆ( 蜀は雨や霧が多く、太陽の出ている時間が少ないので、日が出ると犬が 怪しんでほえる)」と言うぐらい、成都は晴れることが少ない街なのだそうです。

    夫は15年前に仕事で成都へ来たことがありますが、変わりように驚いていました。
    きれいになったって。

    中国の発展は著しい。
    ガイドさんが、「皆さんのカメラの裏を見てください。日本の方がお持ちのカメラの9割が中国製なんですよ」と言うので、私のはカシオだから日本製だよ〜と思って裏を見たら、MADE IN CHINAと書いてありました。
    知らなかった〜。

  • 10時半。<br />武侯祠(ぶこうし)へやって来ました。<br />写真は武侯祠前の大通り。<br /><br />きれいな所です。

    10時半。
    武侯祠(ぶこうし)へやって来ました。
    写真は武侯祠前の大通り。

    きれいな所です。

  • 武侯祠は諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)のおくり名である「忠武侯」に由来した名前です。<br />ところが、あれれ?大門には「漢昭烈廟(かんのしょうれつびょう)」とあります。<br /><br />ここにはもともと、蜀の皇帝であった劉備玄徳(りゅうびげんとく)のお墓があったことから、劉備のおくり名、「昭烈帝」を冠した「漢昭烈廟」の扁額が掲げられているのです。<br />諸葛亮孔明を祭る武侯祠がここに建てられたのは後のことなんだそうです。<br /><br />劉備は皇帝で孔明は臣下です。<br />しかも、ここには劉備のお墓はあっても孔明のお墓はないのです。<br />それでも人々はここを武侯祠と呼ぶ。<br /><br />時代と共に諸葛孔明の方がクローズアップされ、武侯祠と呼ばれるようになったようです。<br />孔明の人気の高さがうかがえますね。

    武侯祠は諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)のおくり名である「忠武侯」に由来した名前です。
    ところが、あれれ?大門には「漢昭烈廟(かんのしょうれつびょう)」とあります。

    ここにはもともと、蜀の皇帝であった劉備玄徳(りゅうびげんとく)のお墓があったことから、劉備のおくり名、「昭烈帝」を冠した「漢昭烈廟」の扁額が掲げられているのです。
    諸葛亮孔明を祭る武侯祠がここに建てられたのは後のことなんだそうです。

    劉備は皇帝で孔明は臣下です。
    しかも、ここには劉備のお墓はあっても孔明のお墓はないのです。
    それでも人々はここを武侯祠と呼ぶ。

    時代と共に諸葛孔明の方がクローズアップされ、武侯祠と呼ばれるようになったようです。
    孔明の人気の高さがうかがえますね。

  • あった〜、武侯祠のプレート。<br /><br />大門の壁にかけてありました。

    あった〜、武侯祠のプレート。

    大門の壁にかけてありました。

  • ここで三国志演義のストーリーをかいつまんで要約しておきます。<br />ここだけは、ご面倒でもぜひお読みください。<br /><br />後漢末期の2世紀末、群雄割拠の乱世、漢王室の再興と中国の統一を夢見る青年、劉備(りゅうび)は、百人力の武将、関羽・張飛と意気投合、義兄弟の契りを結びます。<br />あっちについたりこっちについたり戦いと流転を繰り返しますが、パッとしないまま47歳、体についた脾肉(ひにく)を嘆くありさま。<br />そんな時、「いくさは力だけでは勝てないもの、知恵者の軍師を配下に持つべき」とのアドバイスを受けて諸葛孔明を軍師に迎えたところ、劉備たちの戦いぶりは一変。<br />呉をうまく利用しながら魏にも打撃を与え、ついに成都に都を置き蜀の国を建国、劉備は蜀の皇帝の位につきます。<br />こうして魏・呉・蜀の三国時代を迎えますが、劉備は中国統一の志半ばで亡くなり、志を継いだ孔明も戦場で病に没します。<br />やがて覇権を争った3つの国は共に滅び、晋が中国を統一するという壮大なストーリーです。<br /><br />比較的客観的にまとめられている「三国志正史」とは異なり、「三国志演義」は三国の中で一番劣勢であった蜀に主眼を置いているのが大きな特徴です。

    ここで三国志演義のストーリーをかいつまんで要約しておきます。
    ここだけは、ご面倒でもぜひお読みください。

    後漢末期の2世紀末、群雄割拠の乱世、漢王室の再興と中国の統一を夢見る青年、劉備(りゅうび)は、百人力の武将、関羽・張飛と意気投合、義兄弟の契りを結びます。
    あっちについたりこっちについたり戦いと流転を繰り返しますが、パッとしないまま47歳、体についた脾肉(ひにく)を嘆くありさま。
    そんな時、「いくさは力だけでは勝てないもの、知恵者の軍師を配下に持つべき」とのアドバイスを受けて諸葛孔明を軍師に迎えたところ、劉備たちの戦いぶりは一変。
    呉をうまく利用しながら魏にも打撃を与え、ついに成都に都を置き蜀の国を建国、劉備は蜀の皇帝の位につきます。
    こうして魏・呉・蜀の三国時代を迎えますが、劉備は中国統一の志半ばで亡くなり、志を継いだ孔明も戦場で病に没します。
    やがて覇権を争った3つの国は共に滅び、晋が中国を統一するという壮大なストーリーです。

    比較的客観的にまとめられている「三国志正史」とは異なり、「三国志演義」は三国の中で一番劣勢であった蜀に主眼を置いているのが大きな特徴です。

  • 日本でも吉川英治や柴田錬三郎、陳舜臣、北方健三ほかいろいろな人が「正史」や「演義」を基に自分流の三国志を書いています。<br />漫画では横山光輝の三国志が有名。<br />アニメもあるし、私が夢中になった「NHK人形劇三国志」も。<br />中国制作のドラマや映画。<br />日本では三国志のゲームも人気ですよね。<br /><br />奥の白い建物は唐碑(とうひ)。<br />大門を入って右手にあります。<br />唐の時代809年に建てられたもので、中に諸葛亮孔明の功績を讃える石碑があります。

    日本でも吉川英治や柴田錬三郎、陳舜臣、北方健三ほかいろいろな人が「正史」や「演義」を基に自分流の三国志を書いています。
    漫画では横山光輝の三国志が有名。
    アニメもあるし、私が夢中になった「NHK人形劇三国志」も。
    中国制作のドラマや映画。
    日本では三国志のゲームも人気ですよね。

    奥の白い建物は唐碑(とうひ)。
    大門を入って右手にあります。
    唐の時代809年に建てられたもので、中に諸葛亮孔明の功績を讃える石碑があります。

  • 唐碑(とうひ)。<br />唐の著名な宰相、斐度が文を書き、有名な書道家、柳公綽が筆を取って書を書き、名匠魯建が文字の石彫りをしました。文章、書、石彫りの3つが極めて優れていることから「三絶碑」とも言われ、価値の高いものだそうです。<br /><br />字は楷書できっちり書かれています。<br />現在私たちが日本で使っている漢字と大差ありません。<br /><br />孔明の功績が書いてあるそうで。<br />なんだか読めそうなんだけど、やっぱり読めない〜。

    唐碑(とうひ)。
    唐の著名な宰相、斐度が文を書き、有名な書道家、柳公綽が筆を取って書を書き、名匠魯建が文字の石彫りをしました。文章、書、石彫りの3つが極めて優れていることから「三絶碑」とも言われ、価値の高いものだそうです。

    字は楷書できっちり書かれています。
    現在私たちが日本で使っている漢字と大差ありません。

    孔明の功績が書いてあるそうで。
    なんだか読めそうなんだけど、やっぱり読めない〜。

  • 三国志の膨大な数の登場人物はそれぞれ個性に富んだ面々です。<br />三国志ファンは誰しも、お気に入りの登場人物がいるのではないでしょうか?<br />私が好きなのはやっぱり諸葛亮孔明。<br /><br />中国では三国志のドラマや映画がいくつも作られていますが、ファンは自分なりのイメージを持っているので、どの俳優さんが演じるかによって好みが分かれますよね。<br /><br />諸葛孔明に関しては、私が見た作品はいずれも納得の人選でした(香港映画のびっくり顔の1作品を除く)。<br /><br />「レッドクリフ(赤壁)」で諸葛孔明を演じた金城武もとても良かったです。涼やかな目が孔明にぴったりです。

    三国志の膨大な数の登場人物はそれぞれ個性に富んだ面々です。
    三国志ファンは誰しも、お気に入りの登場人物がいるのではないでしょうか?
    私が好きなのはやっぱり諸葛亮孔明。

    中国では三国志のドラマや映画がいくつも作られていますが、ファンは自分なりのイメージを持っているので、どの俳優さんが演じるかによって好みが分かれますよね。

    諸葛孔明に関しては、私が見た作品はいずれも納得の人選でした(香港映画のびっくり顔の1作品を除く)。

    「レッドクリフ(赤壁)」で諸葛孔明を演じた金城武もとても良かったです。涼やかな目が孔明にぴったりです。

  • こちらは二門。<br /><br />雨足が強いので、ズボンの裾がぐっしょり濡れちゃった。<br /><br />濡れてしまってからでは遅いけど、これ以上ひどくならないようにズボンの裾を折り上げました。

    こちらは二門。

    雨足が強いので、ズボンの裾がぐっしょり濡れちゃった。

    濡れてしまってからでは遅いけど、これ以上ひどくならないようにズボンの裾を折り上げました。

  • 二門をくぐったら、おー、向こうに何やら金色の像が見えてる。<br />きっと劉備の像です。<br /><br />でも、そっちへ行く前に二門の裏にあるという大切なものを見なければ。<br /><br />私が絶対絶対見たかったもの。

    二門をくぐったら、おー、向こうに何やら金色の像が見えてる。
    きっと劉備の像です。

    でも、そっちへ行く前に二門の裏にあるという大切なものを見なければ。

    私が絶対絶対見たかったもの。

  • それはこれ、「出師表(すいしのひょう)」です。<br />出師の「師」というのは軍隊のことで、出師の表とは戦に出陣する前に臣下が君主に渡す上奏文のことです。<br /><br />劉備の死後、魏を撃つために兵を挙げる孔明が、劉備の子であり若き蜀の皇帝、劉禅(りゅうぜん)に提出したもので、前出師表と後出師表と孔明は2度書いていますが、前出師表が特に有名です。<br /><br />これを読んで涙を流さぬ者は人にあらずと言われる名文中の名文です。<br />ガイドさんも、中国人はこれを読んで涙するのだと言ってました。<br />ええ、わかりますとも。私も涙が出ますから。<br />中国では、中学校で出師の表を暗記させられるそうです。<br /><br />内容は孔明の蜀に対する忠義の心にあふれたもので、先帝(劉備)への感謝の気持ちを述べ、後に残していく若き蜀の皇帝、劉禅を案じて皇帝としての心構えを教え諭すように説き、先帝の恩に報いるため戦いに出る決意を述べています。

    それはこれ、「出師表(すいしのひょう)」です。
    出師の「師」というのは軍隊のことで、出師の表とは戦に出陣する前に臣下が君主に渡す上奏文のことです。

    劉備の死後、魏を撃つために兵を挙げる孔明が、劉備の子であり若き蜀の皇帝、劉禅(りゅうぜん)に提出したもので、前出師表と後出師表と孔明は2度書いていますが、前出師表が特に有名です。

    これを読んで涙を流さぬ者は人にあらずと言われる名文中の名文です。
    ガイドさんも、中国人はこれを読んで涙するのだと言ってました。
    ええ、わかりますとも。私も涙が出ますから。
    中国では、中学校で出師の表を暗記させられるそうです。

    内容は孔明の蜀に対する忠義の心にあふれたもので、先帝(劉備)への感謝の気持ちを述べ、後に残していく若き蜀の皇帝、劉禅を案じて皇帝としての心構えを教え諭すように説き、先帝の恩に報いるため戦いに出る決意を述べています。

  • 「臣亮、謹みて申す」で始まる文章。<br />「先帝、業を創め、いまだ半ばならざるに、中道にして崩そ(ほうそ)したまえり。今、天下三分し益州(えきしゅう 蜀のこと)疲弊せり。 これまことに危急存亡の秋(とき)なり」と続き、内容は省略しますが、最後は「臣、恩を受けて感激にたえず、今遠く離るるにあたり、表に臨みて涕泣(ていきゅう)し、云う所を知らず」で終わります。<br /><br />孔明が書いたオリジナルは残ってなくて、この文字は岳飛(がくひ)という南宋の名将・書道家によるもの。<br />成都の武侯祠を訪れ、孔明の忠臣ぶりに感極まって、一晩で書き上げたということです。<br /><br />ガイドさんによると、最初は冷静に描いたので文字もきちんとしているが、書くに従ってだんだん気持ちが高揚してきて文字も行書、草書と崩れて行ったのだとか。<br /><br />これはこれですばらしい。<br />でも、孔明自身が書いたオリジナルの出師表が発見されたら、オークションですごい値がつくでしょう。<br />というか、きっと国宝ですよね。<br /><br />出師の表から生まれたことば:<br />【危急存亡の秋(ききゅうそんぼうのとき)】<br />緊急事態が迫っていて、生き残るか滅びるかのきわどい瀬戸際の事 。

    「臣亮、謹みて申す」で始まる文章。
    「先帝、業を創め、いまだ半ばならざるに、中道にして崩そ(ほうそ)したまえり。今、天下三分し益州(えきしゅう 蜀のこと)疲弊せり。 これまことに危急存亡の秋(とき)なり」と続き、内容は省略しますが、最後は「臣、恩を受けて感激にたえず、今遠く離るるにあたり、表に臨みて涕泣(ていきゅう)し、云う所を知らず」で終わります。

    孔明が書いたオリジナルは残ってなくて、この文字は岳飛(がくひ)という南宋の名将・書道家によるもの。
    成都の武侯祠を訪れ、孔明の忠臣ぶりに感極まって、一晩で書き上げたということです。

    ガイドさんによると、最初は冷静に描いたので文字もきちんとしているが、書くに従ってだんだん気持ちが高揚してきて文字も行書、草書と崩れて行ったのだとか。

    これはこれですばらしい。
    でも、孔明自身が書いたオリジナルの出師表が発見されたら、オークションですごい値がつくでしょう。
    というか、きっと国宝ですよね。

    出師の表から生まれたことば:
    【危急存亡の秋(ききゅうそんぼうのとき)】
    緊急事態が迫っていて、生き残るか滅びるかのきわどい瀬戸際の事 。

  • ここには蜀の家臣たちが勢ぞろいしています。<br /><br />劉備殿に向かって左手の回廊には武官たち、右手の回廊には文官たちの像が並んでいます。<br />並び順は奥に行くほど格が高いと言われています。<br /><br />私たちは武官廊だけ見ました。<br />文官廊はとばされました〜(涙)。<br />三国志を知らない人にとってはどの像も同じですもんね。<br /><br />ここには武官の像の中から有名な人だけ載せておきます。

    ここには蜀の家臣たちが勢ぞろいしています。

    劉備殿に向かって左手の回廊には武官たち、右手の回廊には文官たちの像が並んでいます。
    並び順は奥に行くほど格が高いと言われています。

    私たちは武官廊だけ見ました。
    文官廊はとばされました〜(涙)。
    三国志を知らない人にとってはどの像も同じですもんね。

    ここには武官の像の中から有名な人だけ載せておきます。

  • 暗いうえ、ガラスケースに入っているので、写真がうまく撮れない・・・。<br /><br />この人は黄忠(こうちゅう)。<br />字(あざな)は漢升(かんしょう)。<br />生きた年は147年−222年<br /><br />蜀の五虎大将(ごこだいしょう)の一人。<br /><br />70歳を過ぎてからも獅子奮迅の戦いぶりを見せた人物。<br />西暦200年と言えば日本では弥生時代。<br />そんな昔に70歳を過ぎて戦ったとは、やっぱり猛将です。<br /><br />中国では老いてますます壮んな人を親しみを込めて「老黄忠」と呼ぶそうです。

    暗いうえ、ガラスケースに入っているので、写真がうまく撮れない・・・。

    この人は黄忠(こうちゅう)。
    字(あざな)は漢升(かんしょう)。
    生きた年は147年−222年

    蜀の五虎大将(ごこだいしょう)の一人。

    70歳を過ぎてからも獅子奮迅の戦いぶりを見せた人物。
    西暦200年と言えば日本では弥生時代。
    そんな昔に70歳を過ぎて戦ったとは、やっぱり猛将です。

    中国では老いてますます壮んな人を親しみを込めて「老黄忠」と呼ぶそうです。

  • 姜維(きょうい)<br />字は伯約(はくやく)。<br />206年−264年<br /><br />もとは魏軍に仕えていましたが、彼を引き抜きたかった孔明の「離間の計」によって蜀軍に仕えることになります(三国志演義より)。<br />孔明は姜維を高く評価し、自分の後継者として期待していました。<br /><br />文武ともに秀でた蝶のように華やかな美青年として描かれていて、私も結構好きな登場人物です。<br /><br />柴田錬三郎の「英雄・生きるべきか死すべきか」では、孔明の死後も孔明に対する憧れと思慕の気持ちを持ち続け、ひたむきに孔明の理想を追い続けた姜維の姿が描かれています。<br /><br />結局、国力を無視して北伐を繰り返し、蜀の衰退を早めたという評価になるのですが。

    姜維(きょうい)
    字は伯約(はくやく)。
    206年−264年

    もとは魏軍に仕えていましたが、彼を引き抜きたかった孔明の「離間の計」によって蜀軍に仕えることになります(三国志演義より)。
    孔明は姜維を高く評価し、自分の後継者として期待していました。

    文武ともに秀でた蝶のように華やかな美青年として描かれていて、私も結構好きな登場人物です。

    柴田錬三郎の「英雄・生きるべきか死すべきか」では、孔明の死後も孔明に対する憧れと思慕の気持ちを持ち続け、ひたむきに孔明の理想を追い続けた姜維の姿が描かれています。

    結局、国力を無視して北伐を繰り返し、蜀の衰退を早めたという評価になるのですが。

  • 馬超(ばちょう)<br />字は孟起(もうき)。<br />176年−222年<br /><br />蜀の五虎大将の一人。<br />チベット系遊牧民、羌族(ちゃんぞく)の血を引く猛将。<br />劉備に仕えた期間は8年と短かったけれど、成都陥落に力を発揮、蜀建国に尽くした人物。<br /><br />おもしろい話があります。<br /><br />馬超が劉備配下になった時、ライバル意識を燃やした関羽は孔明に手紙を送り、どんな人物かと問い合わせました。<br />関羽のプライドの高い性格を知っている孔明は笑いをかみ殺しながら返事を書き送りました。<br />「彼は文武共に優れた豪傑です。張飛殿とはいい勝負でしょうが、関羽殿には及びもつきません」。<br />返事を受け取った関羽は大喜び、来客に手紙を見せびらかしたと言います。

    馬超(ばちょう)
    字は孟起(もうき)。
    176年−222年

    蜀の五虎大将の一人。
    チベット系遊牧民、羌族(ちゃんぞく)の血を引く猛将。
    劉備に仕えた期間は8年と短かったけれど、成都陥落に力を発揮、蜀建国に尽くした人物。

    おもしろい話があります。

    馬超が劉備配下になった時、ライバル意識を燃やした関羽は孔明に手紙を送り、どんな人物かと問い合わせました。
    関羽のプライドの高い性格を知っている孔明は笑いをかみ殺しながら返事を書き送りました。
    「彼は文武共に優れた豪傑です。張飛殿とはいい勝負でしょうが、関羽殿には及びもつきません」。
    返事を受け取った関羽は大喜び、来客に手紙を見せびらかしたと言います。

  • 一番奥にあったのは五虎大将の一人、趙雲(ちょううん)像。<br />字は子竜(しりょう)。<br />157年−229年<br /><br />関羽、張飛に次ぐナンバー3の位置にいた人です。<br /><br />白馬に乗った槍の名手として若いイメージがあった趙雲の像が年を取っててびっくり。<br />そりゃあ、いつまでも若いままではないですよね。<br /><br />私、趙雲も好きですよ〜。<br /><br />趙雲は劉備の赤ん坊、阿斗(あと 後の劉禅)を自分の懐に入れて単騎敵地から救出した話が有名です。<br /><br />常に役割を忠実に果たし、劉備、孔明からの信任も厚かった人物です。

    一番奥にあったのは五虎大将の一人、趙雲(ちょううん)像。
    字は子竜(しりょう)。
    157年−229年

    関羽、張飛に次ぐナンバー3の位置にいた人です。

    白馬に乗った槍の名手として若いイメージがあった趙雲の像が年を取っててびっくり。
    そりゃあ、いつまでも若いままではないですよね。

    私、趙雲も好きですよ〜。

    趙雲は劉備の赤ん坊、阿斗(あと 後の劉禅)を自分の懐に入れて単騎敵地から救出した話が有名です。

    常に役割を忠実に果たし、劉備、孔明からの信任も厚かった人物です。

  • 劉備殿へ入ります。<br />張飛、関羽の像は他の将軍とは別格で、劉備の近くにあります。<br /><br />まず目に入ったのは張飛の像。<br />わー、閻魔大王みたいな顔。<br /><br />張飛(ちょうひ)<br />字は益徳(えきとく)<br />?−221年<br /><br />五虎大将のナンバー2。<br />若い頃、桃園で劉備、関羽と義兄弟の契りを結んで以来、苦楽を共にして来た劉備の弟分です。<br />豪胆で兵一万人に匹敵する猛将とされながらも短気なところが欠点で、部下にも情け容赦ありませんでした。<br />結局寝ているところを部下に寝首をかかれて最後をとげます。<br /><br />それにしてもこの顔はあんまりだと思うけど。

    劉備殿へ入ります。
    張飛、関羽の像は他の将軍とは別格で、劉備の近くにあります。

    まず目に入ったのは張飛の像。
    わー、閻魔大王みたいな顔。

    張飛(ちょうひ)
    字は益徳(えきとく)
    ?−221年

    五虎大将のナンバー2。
    若い頃、桃園で劉備、関羽と義兄弟の契りを結んで以来、苦楽を共にして来た劉備の弟分です。
    豪胆で兵一万人に匹敵する猛将とされながらも短気なところが欠点で、部下にも情け容赦ありませんでした。
    結局寝ているところを部下に寝首をかかれて最後をとげます。

    それにしてもこの顔はあんまりだと思うけど。

  • いよいよ劉備の像と対面です。<br /><br />ちょっとイメージ違うかなぁ。<br />劉備の人徳を慕って多くの人が劉備軍へ集まって来たのです。<br />温和そうなだけでなく、もう少しきりりとした人であって欲しい。<br /><br />玉すだれ状の房がある冠は冕冠(べんかん)といって、皇帝がかぶるものだとガイドさん。<br /><br />劉備(りゅうび)<br />字は玄徳(げんとく)<br />161年−223年<br /><br />三国志には大勢の登場人物が出て来ますが、一応この人が主人公です。<br />元ははわらじ売りから、関羽、張飛、後には軍師孔明を得て、最後は蜀の皇帝にまで昇り詰めます。<br /><br />三国志正史によると、劉備は情に厚く人望があり、漢の高祖劉邦を思わせる「英雄の器」を持った人物であったと書かれています。<br /><br />風貌についても書かれていて、腕が長くて膝に届くまであり、耳が非常に大きく自分の耳を見ることが出来たと言います。<br />すごいですね〜。

    いよいよ劉備の像と対面です。

    ちょっとイメージ違うかなぁ。
    劉備の人徳を慕って多くの人が劉備軍へ集まって来たのです。
    温和そうなだけでなく、もう少しきりりとした人であって欲しい。

    玉すだれ状の房がある冠は冕冠(べんかん)といって、皇帝がかぶるものだとガイドさん。

    劉備(りゅうび)
    字は玄徳(げんとく)
    161年−223年

    三国志には大勢の登場人物が出て来ますが、一応この人が主人公です。
    元ははわらじ売りから、関羽、張飛、後には軍師孔明を得て、最後は蜀の皇帝にまで昇り詰めます。

    三国志正史によると、劉備は情に厚く人望があり、漢の高祖劉邦を思わせる「英雄の器」を持った人物であったと書かれています。

    風貌についても書かれていて、腕が長くて膝に届くまであり、耳が非常に大きく自分の耳を見ることが出来たと言います。
    すごいですね〜。

  • 劉備像の左側のスペースは空いています。<br /><br />以前は劉備の子、跡取りの劉禅(りゅうぜん)の像があったそうですが、三国志演義で無能な君主として描かれているため人気が無く、たびたびいたずらされたため撤去したのだそうです。

    劉備像の左側のスペースは空いています。

    以前は劉備の子、跡取りの劉禅(りゅうぜん)の像があったそうですが、三国志演義で無能な君主として描かれているため人気が無く、たびたびいたずらされたため撤去したのだそうです。

  • 関羽の像。<br />おや?関羽まで皇帝の冠をかぶっています。<br /><br />関羽は強かっただけでなく、忠義に厚く人徳もあったことから信仰の対象となり、しだいに神様として祀られるようになりました。<br /><br />明の時代以降、関帝と呼ばれるようになったのだとか。<br /><br />商売の神さまとして、横浜中華街の関帝廟など、日本にも関羽をお祀りした所、たくさんありますよね。<br /><br />でも、この関羽もイメージがちょっと違う・・・。<br />ここの像はどれも整い過ぎですね。<br /><br />関羽(かんう)<br />字は雲長(うんちょう)<br />162年−219年<br /><br />劉備の片腕で五虎大将のトップです。<br />正史によると、この人は2mを超す大男で、そのため馬がすぐ駄目になってしまったとか。<br />そこで関羽の愛馬となったのが、大型の名馬、一日千里を駆けると言われた「赤兎馬(せきとば)です(三国志演義より)。

    関羽の像。
    おや?関羽まで皇帝の冠をかぶっています。

    関羽は強かっただけでなく、忠義に厚く人徳もあったことから信仰の対象となり、しだいに神様として祀られるようになりました。

    明の時代以降、関帝と呼ばれるようになったのだとか。

    商売の神さまとして、横浜中華街の関帝廟など、日本にも関羽をお祀りした所、たくさんありますよね。

    でも、この関羽もイメージがちょっと違う・・・。
    ここの像はどれも整い過ぎですね。

    関羽(かんう)
    字は雲長(うんちょう)
    162年−219年

    劉備の片腕で五虎大将のトップです。
    正史によると、この人は2mを超す大男で、そのため馬がすぐ駄目になってしまったとか。
    そこで関羽の愛馬となったのが、大型の名馬、一日千里を駆けると言われた「赤兎馬(せきとば)です(三国志演義より)。

  • 漢昭烈廟の後ろに孔明を祀る武侯祠(ぶこうし)があります。

    漢昭烈廟の後ろに孔明を祀る武侯祠(ぶこうし)があります。

  • この日、孔明像は照明も入って何かの写真撮影を行っていました。<br /><br />孔明像は穏やかで整った顔立ち。<br />孔明ファンとしてはこれなら許せる範囲です。<br />もうちょっと痩せてる方がいいなー。<br />すみません、生意気言って。<br />思い入れがあるもので。<br /><br />諸葛亮(しょかつりょう)<br />字は孔明(こうめい)。諸葛孔明とも呼ばれます。<br />181年−234年<br /><br />孔明27歳の時、その才能を伝え聞いた劉備玄徳により三顧の礼(さんこのれい)をもって軍師に迎え入れられます。<br />蜀建国後は蜀の丞相(じょうしょう)の位に就きました。<br />丞相は君主を補佐する最高位の官吏です。<br /><br />三国志正史によると孔明は身長八尺(184cm)。<br />何かで読んだんですが、正史を書いた陳寿(ちんじゅ)のおばさんだかおばあさんだかが実際に孔明を見たことがあったそうです。<br />どんな様子の人だったかと陳寿が尋ねると、「丞相はとても立派な風貌の方だった」とだけ答えたとか。

    この日、孔明像は照明も入って何かの写真撮影を行っていました。

    孔明像は穏やかで整った顔立ち。
    孔明ファンとしてはこれなら許せる範囲です。
    もうちょっと痩せてる方がいいなー。
    すみません、生意気言って。
    思い入れがあるもので。

    諸葛亮(しょかつりょう)
    字は孔明(こうめい)。諸葛孔明とも呼ばれます。
    181年−234年

    孔明27歳の時、その才能を伝え聞いた劉備玄徳により三顧の礼(さんこのれい)をもって軍師に迎え入れられます。
    蜀建国後は蜀の丞相(じょうしょう)の位に就きました。
    丞相は君主を補佐する最高位の官吏です。

    三国志正史によると孔明は身長八尺(184cm)。
    何かで読んだんですが、正史を書いた陳寿(ちんじゅ)のおばさんだかおばあさんだかが実際に孔明を見たことがあったそうです。
    どんな様子の人だったかと陳寿が尋ねると、「丞相はとても立派な風貌の方だった」とだけ答えたとか。

  • 三国志からはいくつもの故事成語が生まれています。<br />劉備軍に関わるものだけいくつか挙げると:<br /><br />【三顧の礼(さんこのれい)】<br />すでに将軍で一城の主であった47歳の劉備が、秘めた才能から「臥龍(がりょう)」と呼ばれた27歳の孔明の元へ3度足を運び礼を尽くして自軍に招いたことから、「心から礼を尽くしてすぐれた人材を招くこと」を言います。<br />「臥龍」は伏した龍。普段は湖の底に沈んでいて、ひとたび雲が湧き起これば、雲をつかんで天に駆け上ります。<br /><br />この「三顧の礼」の場面は、私の好きなシーンです。<br />劉備は孔明の住む草蘆を何度も訪ねながら行き違い。<br />3度目に訪ねた時、孔明は昼寝中。<br />孔明が昼寝から起きるまで劉備は庭で辛抱強く待つのです。<br />すでに一城の主であった劉備が20歳も年下の孔明に対してここまでの礼を尽くすのです。<br />感激した孔明が劉備に授けたのが、有名な【天下三分の計(てんかさんぶんのけい)】です。

    三国志からはいくつもの故事成語が生まれています。
    劉備軍に関わるものだけいくつか挙げると:

    【三顧の礼(さんこのれい)】
    すでに将軍で一城の主であった47歳の劉備が、秘めた才能から「臥龍(がりょう)」と呼ばれた27歳の孔明の元へ3度足を運び礼を尽くして自軍に招いたことから、「心から礼を尽くしてすぐれた人材を招くこと」を言います。
    「臥龍」は伏した龍。普段は湖の底に沈んでいて、ひとたび雲が湧き起これば、雲をつかんで天に駆け上ります。

    この「三顧の礼」の場面は、私の好きなシーンです。
    劉備は孔明の住む草蘆を何度も訪ねながら行き違い。
    3度目に訪ねた時、孔明は昼寝中。
    孔明が昼寝から起きるまで劉備は庭で辛抱強く待つのです。
    すでに一城の主であった劉備が20歳も年下の孔明に対してここまでの礼を尽くすのです。
    感激した孔明が劉備に授けたのが、有名な【天下三分の計(てんかさんぶんのけい)】です。

  • 【水魚の交わり(すいぎょのまじわり)】<br />孔明が劉備軍に仕官するようになると劉備は孔明を片時もそばから離さず、長年苦楽を共にしてきた関羽・張飛がやっかみます。「ちょっとご寵愛が過ぎませんか?」と不満をもらしたところ、「私が孔明を得たのは魚が水を得たようなものだ。これ以上は言わないでくれ」と劉備が答えたことから、「なくてはならない親しい間柄」のことを言います。<br />その後、孔明の才能を知るにつれ、関羽・張飛もしだいに孔明を信頼するようになっていきます。<br /><br />【泣いて馬謖(ばしょく)を切る】<br />第1回北伐の際、孔明は、かねてから目をかけていて、ゆくゆくは自分の後任にとさえ考えていた若手の参謀将校、馬謖を先鋒隊の司令官に起用しました。<br />ところが、経験不足の馬謖は判断を誤って大敗を喫し、結局全軍の撤退を余儀なくされてしまいます。<br />孔明は軍律遵守のため、馬謖の首をはねさせ、後ではらはらと涙を流したそうです。<br />このことから、「私情を挟まず、法や秩序を守って公平に裁くこと」の意味で使用されます。<br /><br /><br />さて、こちらは諸葛鼓(しょかつこ)と言います。<br />南蛮征伐の際に孔明が考案したものだと言われ、ドラとして叩くほか、引っくり返して食事を作るお釜として使用したそうです。<br />まさに一石二鳥です。

    【水魚の交わり(すいぎょのまじわり)】
    孔明が劉備軍に仕官するようになると劉備は孔明を片時もそばから離さず、長年苦楽を共にしてきた関羽・張飛がやっかみます。「ちょっとご寵愛が過ぎませんか?」と不満をもらしたところ、「私が孔明を得たのは魚が水を得たようなものだ。これ以上は言わないでくれ」と劉備が答えたことから、「なくてはならない親しい間柄」のことを言います。
    その後、孔明の才能を知るにつれ、関羽・張飛もしだいに孔明を信頼するようになっていきます。

    【泣いて馬謖(ばしょく)を切る】
    第1回北伐の際、孔明は、かねてから目をかけていて、ゆくゆくは自分の後任にとさえ考えていた若手の参謀将校、馬謖を先鋒隊の司令官に起用しました。
    ところが、経験不足の馬謖は判断を誤って大敗を喫し、結局全軍の撤退を余儀なくされてしまいます。
    孔明は軍律遵守のため、馬謖の首をはねさせ、後ではらはらと涙を流したそうです。
    このことから、「私情を挟まず、法や秩序を守って公平に裁くこと」の意味で使用されます。


    さて、こちらは諸葛鼓(しょかつこ)と言います。
    南蛮征伐の際に孔明が考案したものだと言われ、ドラとして叩くほか、引っくり返して食事を作るお釜として使用したそうです。
    まさに一石二鳥です。

  • 孔明殿から続く庭。<br /><br />孔明は信賞必罰の姿勢で国を治めようとしました。<br />厳しい姿勢で臨めば往々にして不満や反発の声が出て来そうなものですが、三国志正史に次のようにあります。<br />「民に怨声(えんせい)なし」<br />「邦域の内、みな畏れてこれを愛す」<br />国中の人々から畏れながらも愛されたというのです。<br />厳しくはあっても公平無私で温かみがある。<br /><br />三国志演義では、孔明はさまざまな学問や兵法に通じ、神がかり的な智謀を発揮して戦果を上げていきます。<br />読む側としてはそういう点が痛快なんですが、正史をまとめた陳寿は、軍事面での評価より、むしろ政治家としての孔明を高く評価しています。

    孔明殿から続く庭。

    孔明は信賞必罰の姿勢で国を治めようとしました。
    厳しい姿勢で臨めば往々にして不満や反発の声が出て来そうなものですが、三国志正史に次のようにあります。
    「民に怨声(えんせい)なし」
    「邦域の内、みな畏れてこれを愛す」
    国中の人々から畏れながらも愛されたというのです。
    厳しくはあっても公平無私で温かみがある。

    三国志演義では、孔明はさまざまな学問や兵法に通じ、神がかり的な智謀を発揮して戦果を上げていきます。
    読む側としてはそういう点が痛快なんですが、正史をまとめた陳寿は、軍事面での評価より、むしろ政治家としての孔明を高く評価しています。

  • 孔明はいろいろな武器・武具を発明したと言われています。<br /><br />一度にたくさんの矢を射る連弩(れんど)や、木牛(もくぎゅう)・流馬(りゅうば)といった物資の運搬車もその一つ。<br /><br />また、発明品ではありませんが、孔明が広めたものに【諸葛菜(しょかつさい)】という野菜があります。<br />南蛮征伐の際、兵士たちが野菜不足に陥って元気をなくしているのを見て、よく育ち素早く収穫できる野菜を遠征先で植えて兵士たちに食べさせたと言います。<br />カブラの一種だったようです。<br />今はオオアラセイトウ(ムラサキハナナ)と呼ばれています。

    孔明はいろいろな武器・武具を発明したと言われています。

    一度にたくさんの矢を射る連弩(れんど)や、木牛(もくぎゅう)・流馬(りゅうば)といった物資の運搬車もその一つ。

    また、発明品ではありませんが、孔明が広めたものに【諸葛菜(しょかつさい)】という野菜があります。
    南蛮征伐の際、兵士たちが野菜不足に陥って元気をなくしているのを見て、よく育ち素早く収穫できる野菜を遠征先で植えて兵士たちに食べさせたと言います。
    カブラの一種だったようです。
    今はオオアラセイトウ(ムラサキハナナ)と呼ばれています。

  • 「三顧の礼」の他にも好きなシーンはありますよ。<br /><br />孔明が呉を舌先三寸で丸め込んで焚き付け、赤壁(せきへき)の戦いへと至るシーン。<br />「レッドクリフPart?、Part?」で映画化された部分です。<br />特に孔明の策略で魏軍から10万本の矢を奪うシーン、「孔明、魏から十万本の矢を借りる」などは痛快。<br />呉の水軍都督、周瑜(しゅうゆ)との知恵比べも面白いです。<br /><br />南蛮征伐のシーンも好きです。<br />南蛮の孟獲(もうかく)を捕らえては逃がしてやることを7回繰り返した末、ついに孟獲を心から心服させたという【七縦七擒(しちしょうしちきん)】のシーン。<br />孔明は南蛮を征服しようとしたのではなく、末長い友好関係を結ぼうとしたのです。<br /><br />では、劉備玄徳のお墓を見に行きます。<br /><br />竹林に赤い土塀の「まさに中国〜」な道を行きます。

    「三顧の礼」の他にも好きなシーンはありますよ。

    孔明が呉を舌先三寸で丸め込んで焚き付け、赤壁(せきへき)の戦いへと至るシーン。
    「レッドクリフPart?、Part?」で映画化された部分です。
    特に孔明の策略で魏軍から10万本の矢を奪うシーン、「孔明、魏から十万本の矢を借りる」などは痛快。
    呉の水軍都督、周瑜(しゅうゆ)との知恵比べも面白いです。

    南蛮征伐のシーンも好きです。
    南蛮の孟獲(もうかく)を捕らえては逃がしてやることを7回繰り返した末、ついに孟獲を心から心服させたという【七縦七擒(しちしょうしちきん)】のシーン。
    孔明は南蛮を征服しようとしたのではなく、末長い友好関係を結ぼうとしたのです。

    では、劉備玄徳のお墓を見に行きます。

    竹林に赤い土塀の「まさに中国〜」な道を行きます。

  • 実はこの時すでに「三義廟」も「桃園の誓い像」からも外れたルートを歩いていたのです。<br />後になって、見てないことに気づきました。<br />すごく残念です。<br />三義廟と桃園の誓い像、見たかったです〜。<br /><br />【桃園の誓い(とうえんのちかい)】<br />桃園で酒を酌み交わしながら、義兄弟の契りを結んだ劉備・関羽・張飛(三国志演義より)。<br />「我ら三人、生まれし日、時は違えども、同じ日に死すことを願わん」<br />その願いは叶わなかったけれど、生涯を通じて三人は固い絆に結ばれていたのです。<br /><br />三義園へ行けば、今日見て来た像よりもっと私が持ってるイメージに近い3人の像が見られたはずなのに・・・そこへ案内はしてもらえず、見損ねました。<br />こういうところ、ツアーだから仕方ありません。

    実はこの時すでに「三義廟」も「桃園の誓い像」からも外れたルートを歩いていたのです。
    後になって、見てないことに気づきました。
    すごく残念です。
    三義廟と桃園の誓い像、見たかったです〜。

    【桃園の誓い(とうえんのちかい)】
    桃園で酒を酌み交わしながら、義兄弟の契りを結んだ劉備・関羽・張飛(三国志演義より)。
    「我ら三人、生まれし日、時は違えども、同じ日に死すことを願わん」
    その願いは叶わなかったけれど、生涯を通じて三人は固い絆に結ばれていたのです。

    三義園へ行けば、今日見て来た像よりもっと私が持ってるイメージに近い3人の像が見られたはずなのに・・・そこへ案内はしてもらえず、見損ねました。
    こういうところ、ツアーだから仕方ありません。

  • 劉備のお墓は恵陵と呼ばれています。<br /><br />盛り土になっていて、高さは12メートル。<br />周囲180メートル。<br />今はただ木が生えているだけですが、さすがに大きなお墓ですね。<br />劉備はここに二人の夫人と一緒に埋葬されているそうです。<br />うーん、感慨深いです。<br /><br />ガイドさんの話では、お墓はまだ一度も開いて見ていないそうです。<br />盗掘もされていないはずだとか。<br /><br />発掘調査とかやらないんですかねぇ。<br />もしかしたら、歴史的な発見があるかもしれないのに。

    劉備のお墓は恵陵と呼ばれています。

    盛り土になっていて、高さは12メートル。
    周囲180メートル。
    今はただ木が生えているだけですが、さすがに大きなお墓ですね。
    劉備はここに二人の夫人と一緒に埋葬されているそうです。
    うーん、感慨深いです。

    ガイドさんの話では、お墓はまだ一度も開いて見ていないそうです。
    盗掘もされていないはずだとか。

    発掘調査とかやらないんですかねぇ。
    もしかしたら、歴史的な発見があるかもしれないのに。

  • お墓の周りは石塀で囲まれていて通路があり、一周できるようになっています。<br /><br />関羽を討たれた復讐をしようと、孔明が止めるのも聞かず兵を挙げた劉備。<br />夷陵の戦いで大敗して白帝城へ逃げ、そこで病に倒れます。<br /><br />死期を悟った劉備は孔明と跡継ぎ劉禅を呼び寄せ、後事を託して亡くなります。<br />享年63歳。<br /><br />劉備が孔明に残した遺言は「我が子劉禅が君主としての素質を備えているならば、これを補佐してくれ。もし劉禅に素質がないと思ったら、君が代わりに(皇帝の位を)取れ」。<br /><br />しかし劉備の死後、孔明は決して自分が皇帝の位に就くことなく、劉禅を補佐し劉備の志を果たそうと努力し続け、11年後、戦場の五丈原にて病により生涯を終えたのでした。<br />孔明享年54歳。

    お墓の周りは石塀で囲まれていて通路があり、一周できるようになっています。

    関羽を討たれた復讐をしようと、孔明が止めるのも聞かず兵を挙げた劉備。
    夷陵の戦いで大敗して白帝城へ逃げ、そこで病に倒れます。

    死期を悟った劉備は孔明と跡継ぎ劉禅を呼び寄せ、後事を託して亡くなります。
    享年63歳。

    劉備が孔明に残した遺言は「我が子劉禅が君主としての素質を備えているならば、これを補佐してくれ。もし劉禅に素質がないと思ったら、君が代わりに(皇帝の位を)取れ」。

    しかし劉備の死後、孔明は決して自分が皇帝の位に就くことなく、劉禅を補佐し劉備の志を果たそうと努力し続け、11年後、戦場の五丈原にて病により生涯を終えたのでした。
    孔明享年54歳。

  • 【死せる孔明、行ける仲達を走らす】<br />孔明が死んだとの情報を得た魏軍の軍師、司馬懿仲達(しばいちゅうたつ)は、撤退しようとしていた蜀軍を、ここぞ好機と追撃したが、意外にも蜀軍は反撃して来た。しかもその中には車椅子に乗った孔明の姿(影武者)が。てっきり孔明の策略にはまったと思った仲達は慌てて退却したという。実は蜀軍を無事に撤退させるため、孔明が死ぬ間際に周囲に指示しておいた計略でした。<br /><br /><br /><br />孔明が死んで29年後、西暦263年、蜀は魏に滅ぼされます。<br /><br />その魏も、まもなく新しい王朝、晋が取って代わり、265年滅亡。<br /><br />西暦280年、呉も滅亡して晋が中国を統一。<br /><br />こうして三国時代は終わりを迎えたのです。

    【死せる孔明、行ける仲達を走らす】
    孔明が死んだとの情報を得た魏軍の軍師、司馬懿仲達(しばいちゅうたつ)は、撤退しようとしていた蜀軍を、ここぞ好機と追撃したが、意外にも蜀軍は反撃して来た。しかもその中には車椅子に乗った孔明の姿(影武者)が。てっきり孔明の策略にはまったと思った仲達は慌てて退却したという。実は蜀軍を無事に撤退させるため、孔明が死ぬ間際に周囲に指示しておいた計略でした。



    孔明が死んで29年後、西暦263年、蜀は魏に滅ぼされます。

    その魏も、まもなく新しい王朝、晋が取って代わり、265年滅亡。

    西暦280年、呉も滅亡して晋が中国を統一。

    こうして三国時代は終わりを迎えたのです。

  • 最後にお土産店に立ち寄り。<br /><br />三国時代の青銅の武器や兜が展示されていました。<br /><br />この兜を見ると、趙雲(ちょううん)や呉の周瑜(しゅうゆ)がかぶっていた兜を思い出します。

    最後にお土産店に立ち寄り。

    三国時代の青銅の武器や兜が展示されていました。

    この兜を見ると、趙雲(ちょううん)や呉の周瑜(しゅうゆ)がかぶっていた兜を思い出します。

  • 土産物店には額に入った出師の表のレプリカや関羽、張飛の人形などいろいろ置いてありました。<br />私がちょっと欲しかったのは孔明のシンボル、羽扇(うせん)です。<br /><br />黒い羽で作ったものと白い羽で作ったものがあり、白は黒の3倍ぐらいの値段だったと思います。持って帰るにはあまりにも大きかったので、買いませんでした。<br /><br />トランプだけ買いました。25元(約330円)。<br /><br />写真の人物は左から劉備、孔明、曹操です。<br />ジョーカーが劉備なんですね。

    土産物店には額に入った出師の表のレプリカや関羽、張飛の人形などいろいろ置いてありました。
    私がちょっと欲しかったのは孔明のシンボル、羽扇(うせん)です。

    黒い羽で作ったものと白い羽で作ったものがあり、白は黒の3倍ぐらいの値段だったと思います。持って帰るにはあまりにも大きかったので、買いませんでした。

    トランプだけ買いました。25元(約330円)。

    写真の人物は左から劉備、孔明、曹操です。
    ジョーカーが劉備なんですね。

  • 最後にやって来たのは三国文化陳列室。<br />三国志の資料展示館です。<br /><br />これ、私がここへ来たらぜひとも見てみたかったもの。<br />NHK人形劇三国志の諸葛孔明の人形。<br />川本喜八郎さんが制作したものです。<br />思ってたより小さかったです。<br />私が三国志にはまるきっかけになった人形だけに、感慨があります。<br /><br />着物が色あせて時を感じます。<br />着付けに皺がよっていたのが残念。<br />もっとぴしっと着付けてあげて欲しい。

    最後にやって来たのは三国文化陳列室。
    三国志の資料展示館です。

    これ、私がここへ来たらぜひとも見てみたかったもの。
    NHK人形劇三国志の諸葛孔明の人形。
    川本喜八郎さんが制作したものです。
    思ってたより小さかったです。
    私が三国志にはまるきっかけになった人形だけに、感慨があります。

    着物が色あせて時を感じます。
    着付けに皺がよっていたのが残念。
    もっとぴしっと着付けてあげて欲しい。

  • 日本でも展示されていると思うので、何体かあるのでしょうか?<br /><br />孔明の着物はたしかもう一着、茶色の豪華なのがありますしね。<br /><br /><br />他にも人形劇三国志の写真集や、横山光輝さんの漫画三国志が展示されていました。

    日本でも展示されていると思うので、何体かあるのでしょうか?

    孔明の着物はたしかもう一着、茶色の豪華なのがありますしね。


    他にも人形劇三国志の写真集や、横山光輝さんの漫画三国志が展示されていました。

  • 三国時代の勢力図。<br /><br />赤が魏、青が呉、黄色が蜀。<br /><br />都はそれぞれ洛陽、建業、成都。<br /><br />人口は魏 443万人。呉 230〜240万人。蜀 90〜94万人。<br /><br />兵力は魏20〜50万人。呉 15〜20万人。蜀 8〜12万人。<br /><br />蜀は魏、呉に比べてずいぶん人口が少ないですね。<br />その割に兵隊の人数が多いです。 

    三国時代の勢力図。

    赤が魏、青が呉、黄色が蜀。

    都はそれぞれ洛陽、建業、成都。

    人口は魏 443万人。呉 230〜240万人。蜀 90〜94万人。

    兵力は魏20〜50万人。呉 15〜20万人。蜀 8〜12万人。

    蜀は魏、呉に比べてずいぶん人口が少ないですね。
    その割に兵隊の人数が多いです。 

  • 蜀の桟道のジオラマ。<br /><br />成都は天然の要害でしたが、反面、北伐の際には険しい秦嶺(しんれい)山脈を越さねばならず、孔明たちは峡谷に作られたこのような狭い桟道を通って進軍して行ったのです。<br /><br />桟道は断崖絶壁に穴をあけ木の杭を打ち込み、つっかえ棒を立てて作られています。<br />道幅も狭く、進軍の大変さがわかります。<br /><br /><br />まだ見てない所もありますが、これで私たちの武侯祠の観光は終わりです。<br />久しぶりに三国志の世界に浸ることができました。

    蜀の桟道のジオラマ。

    成都は天然の要害でしたが、反面、北伐の際には険しい秦嶺(しんれい)山脈を越さねばならず、孔明たちは峡谷に作られたこのような狭い桟道を通って進軍して行ったのです。

    桟道は断崖絶壁に穴をあけ木の杭を打ち込み、つっかえ棒を立てて作られています。
    道幅も狭く、進軍の大変さがわかります。


    まだ見てない所もありますが、これで私たちの武侯祠の観光は終わりです。
    久しぶりに三国志の世界に浸ることができました。

  • 今日の昼食はみんなが楽しみにしていた日本料理で〜す。<br /><br />居酒屋「悠遊(ゆうゆう)」<br /><br />外国へ来てまで和食を食べることもないと思うけど、そうは言いながらやっぱりちょっと楽しみ。<br /><br />みんなテンションが上がってしゃべることしゃべること。<br /><br />私たちは畳の部屋です。

    今日の昼食はみんなが楽しみにしていた日本料理で〜す。

    居酒屋「悠遊(ゆうゆう)」

    外国へ来てまで和食を食べることもないと思うけど、そうは言いながらやっぱりちょっと楽しみ。

    みんなテンションが上がってしゃべることしゃべること。

    私たちは畳の部屋です。

  • 焼き魚定食みたいな内容。<br />お刺身こそ無かったけれど、サンマの塩焼き、串カツや卵焼き、冷奴もあります。<br /><br />ご飯もお茶も日本と同じでうれしい。<br /><br />ガイドさんが、「中国の日本料理店なのでお口に合うかどうか」と心配してましたが、合格点です。<br /><br />このお店、いっぱいでしたよ。<br />欧米人の親子連れもいました。<br /><br />嬉しかったのは、お店のトイレが最高にきれいだったこと。<br />ウォシュレットでトイレットペーパー・アメニティーも完備。<br />清潔で気配りいっぱいに美しく整えられていました。<br />トイレがきれいだと本当に落ち着きます。

    焼き魚定食みたいな内容。
    お刺身こそ無かったけれど、サンマの塩焼き、串カツや卵焼き、冷奴もあります。

    ご飯もお茶も日本と同じでうれしい。

    ガイドさんが、「中国の日本料理店なのでお口に合うかどうか」と心配してましたが、合格点です。

    このお店、いっぱいでしたよ。
    欧米人の親子連れもいました。

    嬉しかったのは、お店のトイレが最高にきれいだったこと。
    ウォシュレットでトイレットペーパー・アメニティーも完備。
    清潔で気配りいっぱいに美しく整えられていました。
    トイレがきれいだと本当に落ち着きます。

  • 午後、やって来たのはパンダ繁育研究基地。<br /><br />お天気は依然雨。<br /><br />パンダ繁育研究基地はジャイアントパンダの保護と育成を目的とした施設で、赤ちゃんパンダから大人のパンダまで約80頭のパンダを飼育、研究しています。<br /><br />ところで、気がかりなことがありました。<br />パンダは暑さに弱いので、夏の間は室内でお昼寝していることが多いのだそうです。<br />夏は朝食の後涼しい時間帯によく遊ぶので、午前中早い時間がお勧めみたいですが、私たちが訪れるのは午後なので、見られないかもと思ってました。

    午後、やって来たのはパンダ繁育研究基地。

    お天気は依然雨。

    パンダ繁育研究基地はジャイアントパンダの保護と育成を目的とした施設で、赤ちゃんパンダから大人のパンダまで約80頭のパンダを飼育、研究しています。

    ところで、気がかりなことがありました。
    パンダは暑さに弱いので、夏の間は室内でお昼寝していることが多いのだそうです。
    夏は朝食の後涼しい時間帯によく遊ぶので、午前中早い時間がお勧めみたいですが、私たちが訪れるのは午後なので、見られないかもと思ってました。

  • 中は広いので、私たちは電動カートに乗りました。<br />カート、片道10元(約130円)。<br /><br />カートには屋根はあるけど壁がない。<br />雨が降っているから端っこに乗る人は傘で雨を防ぎながら乗りました。<br />でも、乗った方が歩くより速いです。<br /><br />ガイドさんから、子パンダを抱っこして写真を撮りたい人がいるかどうか聞かれました。<br />私たちは料金が高いことを知ってたので、手を挙げず。<br />抱っこしたい人、いるにはいたんですが、料金を聞いてやめてました。<br />「2万円ぐらいかかると思います」。<br />みんな絶句してました。<br />施設の研究活動への寄付金が含まれているからだそうです。<br />ともかく誰も希望しなかったので、抱っこ写真はパスです。<br />誰か手を挙げてくれたら、おこぼれで横から写真が撮れるかも、なんてずるいこと考えてた私ですが、はい、だめでした(笑)。

    中は広いので、私たちは電動カートに乗りました。
    カート、片道10元(約130円)。

    カートには屋根はあるけど壁がない。
    雨が降っているから端っこに乗る人は傘で雨を防ぎながら乗りました。
    でも、乗った方が歩くより速いです。

    ガイドさんから、子パンダを抱っこして写真を撮りたい人がいるかどうか聞かれました。
    私たちは料金が高いことを知ってたので、手を挙げず。
    抱っこしたい人、いるにはいたんですが、料金を聞いてやめてました。
    「2万円ぐらいかかると思います」。
    みんな絶句してました。
    施設の研究活動への寄付金が含まれているからだそうです。
    ともかく誰も希望しなかったので、抱っこ写真はパスです。
    誰か手を挙げてくれたら、おこぼれで横から写真が撮れるかも、なんてずるいこと考えてた私ですが、はい、だめでした(笑)。

  • 最初にやって来たのはパンダ幼稚園。<br />幼児パンダの遊び場です。<br /><br />やったー!<br />さっそくパンダがいました〜!<br /><br />パンダがいたので、ガイドさんもホッとしてました。<br />今日は雨降りなので涼しく、逆にそれが幸いしたかもしれませんねと言ってました。<br /><br />子どものパンダって、かわいい〜!<br /><br />木に登ってるパンダは初めて見ました。<br />自然の地形を利用したこんな環境でパンダが見られるなんてすばらしい。

    最初にやって来たのはパンダ幼稚園。
    幼児パンダの遊び場です。

    やったー!
    さっそくパンダがいました〜!

    パンダがいたので、ガイドさんもホッとしてました。
    今日は雨降りなので涼しく、逆にそれが幸いしたかもしれませんねと言ってました。

    子どものパンダって、かわいい〜!

    木に登ってるパンダは初めて見ました。
    自然の地形を利用したこんな環境でパンダが見られるなんてすばらしい。

  • ただ、パンダの遊び場は広いので、見えるって言っても、結構遠い。<br />ズームで撮ります。<br />もっと近くに来てくれないかなぁ。<br /><br />雨が降っているのに、平気なのかな〜?<br /><br />背を丸めたり、木の上でごそごそ動いています。<br />時々足の裏が見えてかわいいです。<br /><br />あんな足場の悪いところにいなくてもと思うけど、ああいう所が好きなんでしょうね。

    ただ、パンダの遊び場は広いので、見えるって言っても、結構遠い。
    ズームで撮ります。
    もっと近くに来てくれないかなぁ。

    雨が降っているのに、平気なのかな〜?

    背を丸めたり、木の上でごそごそ動いています。
    時々足の裏が見えてかわいいです。

    あんな足場の悪いところにいなくてもと思うけど、ああいう所が好きなんでしょうね。

  • この旅行に出発するちょっと前に上野動物園で赤ちゃんパンダが生まれたので、成長を楽しみにしていました。<br /><br />その赤ちゃんパンダが死んじゃったこと、実はこの日の朝知りました。<br /><br />旅行に出発しちゃったので、ニュースを知らなかったのです。<br /><br />すごくショックでした〜 ToT

    この旅行に出発するちょっと前に上野動物園で赤ちゃんパンダが生まれたので、成長を楽しみにしていました。

    その赤ちゃんパンダが死んじゃったこと、実はこの日の朝知りました。

    旅行に出発しちゃったので、ニュースを知らなかったのです。

    すごくショックでした〜 ToT

  • ワオ〜ン。<br />(実際には吠えません)<br /><br />ひゃー、かわいい〜っ!<br /><br />この子たちのかわいい姿に、上野の赤ちゃんパンダの将来を重ね合わせたかったなぁ。

    ワオ〜ン。
    (実際には吠えません)

    ひゃー、かわいい〜っ!

    この子たちのかわいい姿に、上野の赤ちゃんパンダの将来を重ね合わせたかったなぁ。

  • 中国人のお客さん、向こうの方で大声を出してパンダの気を引こうとしてます。<br /><br />きっとみんなやることが同じなんでしょう、静かにするようにとの看板が立っていました。<br /><br />中国語で何と書いてあったか忘れたけど、<br />英語では<br />Please be quiet.<br /><br />日本語では<br />「ちょっとしずかにしてください」<br /><br />言いたいことはわかるけど。<br />わずかなニュアンスの違いなんですが、「ちょっと」が余分ですよね(笑)。

    中国人のお客さん、向こうの方で大声を出してパンダの気を引こうとしてます。

    きっとみんなやることが同じなんでしょう、静かにするようにとの看板が立っていました。

    中国語で何と書いてあったか忘れたけど、
    英語では
    Please be quiet.

    日本語では
    「ちょっとしずかにしてください」

    言いたいことはわかるけど。
    わずかなニュアンスの違いなんですが、「ちょっと」が余分ですよね(笑)。

  • こちらは大人のパンダ舎です。<br /><br />パンダが動くので、写真はなかなかいいのが撮れません。

    こちらは大人のパンダ舎です。

    パンダが動くので、写真はなかなかいいのが撮れません。

  • また、子パンダ園。<br />実際はこんな広い遊び場で飼育されています。<br /><br />木の上に子パンダがいます。<br />高い所に登ってるのでびっくりです。

    また、子パンダ園。
    実際はこんな広い遊び場で飼育されています。

    木の上に子パンダがいます。
    高い所に登ってるのでびっくりです。

  • どうもお昼寝してるみたいです。<br />パンダって、目を開いてるのか閉じてるのかわかりません。<br /><br />落ちたりしないのかなぁ。<br /><br />パンダが見られただけ良かったけれど、今日のパンダは活動的というには程遠いですね。<br />時間帯が良くて運が良いと、木登りしたりじゃれ合ったり斜面を転がり落ちたりするパンダが見られるようです。

    どうもお昼寝してるみたいです。
    パンダって、目を開いてるのか閉じてるのかわかりません。

    落ちたりしないのかなぁ。

    パンダが見られただけ良かったけれど、今日のパンダは活動的というには程遠いですね。
    時間帯が良くて運が良いと、木登りしたりじゃれ合ったり斜面を転がり落ちたりするパンダが見られるようです。

  • この子は動きが多くておもしろかったです。<br /><br />葉っぱをモグモグやってます。

    この子は動きが多くておもしろかったです。

    葉っぱをモグモグやってます。

  • 木に手をかけて立ち上がろうとしてる。

    木に手をかけて立ち上がろうとしてる。

  • やっぱり子パンダはかわいいな〜。

    やっぱり子パンダはかわいいな〜。

  • また別の園。<br /><br />こちらはかなり大きなパンダがいます。<br /><br />この写真の中に3〜4頭います。<br />わかりますか?<br /><br />木の上に1頭。<br />壁の側に2〜3頭。

    また別の園。

    こちらはかなり大きなパンダがいます。

    この写真の中に3〜4頭います。
    わかりますか?

    木の上に1頭。
    壁の側に2〜3頭。

  • ゆっくりと歩いて飼育舎へ入って行くパンダ。<br /><br />パンダ基地は個人で行った方がゆっくり見られていいと思いました。<br />広いので、歩きながらゆっくり見れば、半日楽しめそうです。<br /><br />私たちはこのあと土産物ショップへ行って終わりでした。<br /><br />ええっ?!赤ちゃんパンダもレッサーパンダも見てない!<br /><br />うーん、こういうところがツアーの難点です(涙)。

    ゆっくりと歩いて飼育舎へ入って行くパンダ。

    パンダ基地は個人で行った方がゆっくり見られていいと思いました。
    広いので、歩きながらゆっくり見れば、半日楽しめそうです。

    私たちはこのあと土産物ショップへ行って終わりでした。

    ええっ?!赤ちゃんパンダもレッサーパンダも見てない!

    うーん、こういうところがツアーの難点です(涙)。

  • パンダのぬいぐるみ、買いました〜。

    パンダのぬいぐるみ、買いました〜。

  • 観光は物足りなかったけれど、土産物ショップ立ち寄りは充実してました。<br /><br />午後4時前。<br />ここは「蜀粋」というお店。<br />シルク絨緞のお店です。<br /><br />この辺りは「蜀錦(しょっきん)」と呼ばれる絹織物の産地です。<br />諸葛孔明も蜀を豊かにするため絹織物産業の奨励政策を取ったと言います。<br />蜀錦はそんな昔からあったんですね。<br /><br />シルクロードには北ルートと南ルートがあり、成都は南ルートの起点だったというようなお店の話でした。

    観光は物足りなかったけれど、土産物ショップ立ち寄りは充実してました。

    午後4時前。
    ここは「蜀粋」というお店。
    シルク絨緞のお店です。

    この辺りは「蜀錦(しょっきん)」と呼ばれる絹織物の産地です。
    諸葛孔明も蜀を豊かにするため絹織物産業の奨励政策を取ったと言います。
    蜀錦はそんな昔からあったんですね。

    シルクロードには北ルートと南ルートがあり、成都は南ルートの起点だったというようなお店の話でした。

  • いろいろな色に染めた絹糸。<br /><br />やっぱり絹糸は光沢が違いますね。<br />糸を見ただけでも美しい。

    いろいろな色に染めた絹糸。

    やっぱり絹糸は光沢が違いますね。
    糸を見ただけでも美しい。

  • いろいろな色の糸を使って、一目一目手で模様を織り込んでいる様子が見られます。<br /><br />根気の要る非常に細かい作業です。<br /><br /><br />先日のラテックス店もそうでしたが、ここでもメインの接客は日本人の男性でした。

    いろいろな色の糸を使って、一目一目手で模様を織り込んでいる様子が見られます。

    根気の要る非常に細かい作業です。


    先日のラテックス店もそうでしたが、ここでもメインの接客は日本人の男性でした。

  • 実は我が家に、ずっと前に夫が成都で買って来たシルクの玄関マットがありまして、長く愛用しています。<br /><br />という訳で私たちは買いませんでしたが、気持ちの良いお店でした。

    実は我が家に、ずっと前に夫が成都で買って来たシルクの玄関マットがありまして、長く愛用しています。

    という訳で私たちは買いませんでしたが、気持ちの良いお店でした。

  • 次に行ったのは宝石店。<br />「蜀煌」という大きくて豪華なお店です。<br /><br />いろいろな石でできたブレスレットを実際に腕につけてみることができます。<br /><br />さまざまな宝石を売っていますが、金色の針状の内包物を含む水晶、ルチルクオーツがこの店の名物です。<br /><br />買うと、替えのゴムひもとおまけに天然石携帯ストラップをつけてくれます。

    次に行ったのは宝石店。
    「蜀煌」という大きくて豪華なお店です。

    いろいろな石でできたブレスレットを実際に腕につけてみることができます。

    さまざまな宝石を売っていますが、金色の針状の内包物を含む水晶、ルチルクオーツがこの店の名物です。

    買うと、替えのゴムひもとおまけに天然石携帯ストラップをつけてくれます。

  • 関心のある人が多かったので、ここで1時間以上いました。<br />男性陣と買う気のない人は時間を持て余し気味。<br /><br />お茶を飲んでボーっと座ってたら、「ニッキーさん、来て」。<br />いきなりNさんに手を引かれ、携帯ストラップ売り場に連れて行かれました。<br /><br />ブレスレットを買ったNさん、おまけとして携帯ストラップがお店からもらえるということで、風邪気味のNさんに風邪薬をあげたお礼に、「ニッキーさんが好きなの選んで」と言ってくださったのです。<br /><br />旅行中の不調は辛いもの。<br />私自身も経験してわかりました。<br />助け合うのは当然のことなんですが、Nさん、ありがとうございました。<br />私は九寨溝ブルーの石が入ったストラップを選ばせてもらいました。<br /><br />お土産ができた〜。<br />私はホクホク。<br /><br />小さな石でも天然石。<br />お店の人に石の名前を教えてもらいました。<br />上からオニキス(黒)、水晶(珍しいブルーグリーン)、メノウ(えんじ)、水晶(黄緑)、ヤマサンゴ(赤)です。<br /><br />ここでも説明してくれた宝石鑑定士は日本人。<br />日本語のできる美男美女の店員さんを揃えていて、接客教育も行き届いた感じのいいお店でした。<br />ただ、値段は安くはありませんでした。

    関心のある人が多かったので、ここで1時間以上いました。
    男性陣と買う気のない人は時間を持て余し気味。

    お茶を飲んでボーっと座ってたら、「ニッキーさん、来て」。
    いきなりNさんに手を引かれ、携帯ストラップ売り場に連れて行かれました。

    ブレスレットを買ったNさん、おまけとして携帯ストラップがお店からもらえるということで、風邪気味のNさんに風邪薬をあげたお礼に、「ニッキーさんが好きなの選んで」と言ってくださったのです。

    旅行中の不調は辛いもの。
    私自身も経験してわかりました。
    助け合うのは当然のことなんですが、Nさん、ありがとうございました。
    私は九寨溝ブルーの石が入ったストラップを選ばせてもらいました。

    お土産ができた〜。
    私はホクホク。

    小さな石でも天然石。
    お店の人に石の名前を教えてもらいました。
    上からオニキス(黒)、水晶(珍しいブルーグリーン)、メノウ(えんじ)、水晶(黄緑)、ヤマサンゴ(赤)です。

    ここでも説明してくれた宝石鑑定士は日本人。
    日本語のできる美男美女の店員さんを揃えていて、接客教育も行き届いた感じのいいお店でした。
    ただ、値段は安くはありませんでした。

  • 午後7時、今日の夕食は「陳麻婆豆腐川菜館」。<br /><br />私たちが行ったのは本店ではなく支店みたいですが、陳麻婆豆腐は麻婆豆腐発祥の店だとか。

    午後7時、今日の夕食は「陳麻婆豆腐川菜館」。

    私たちが行ったのは本店ではなく支店みたいですが、陳麻婆豆腐は麻婆豆腐発祥の店だとか。

  • 入り口を入った所にあった展示。<br /><br />陳麻婆豆腐の香辛料を並べています。

    入り口を入った所にあった展示。

    陳麻婆豆腐の香辛料を並べています。

  • 元祖麻婆豆腐が出て来ました。<br /><br />四川料理のイメージどおり、辛そう。<br /><br />上にたっぷり花椒が乗っています。<br />「混ぜていいですか?」<br />みんなに聞いたら「混ぜちゃって」と言うので、ザクッと混ぜてみんなに回しました。<br /><br />全員、恐る恐る一口。<br />わー、辛い〜。そして山椒で口の中が痺れる〜。<br /><br />ご飯にかけて食べたら、なんとか食べられました。

    元祖麻婆豆腐が出て来ました。

    四川料理のイメージどおり、辛そう。

    上にたっぷり花椒が乗っています。
    「混ぜていいですか?」
    みんなに聞いたら「混ぜちゃって」と言うので、ザクッと混ぜてみんなに回しました。

    全員、恐る恐る一口。
    わー、辛い〜。そして山椒で口の中が痺れる〜。

    ご飯にかけて食べたら、なんとか食べられました。

  • 辛くない料理もありますよ。<br />ジャガイモの千切りはあっさり。<br />麻婆ナスがおいしい。<br />中国では魚香茄子と言うそうです。<br />これは辛くありません。<br />私、麻婆ナス、好きなんです。<br /><br />「陳麻婆豆腐」の料理はどれも美味しかったです。<br /><br />にこやかに給仕してくれた若い女性は日本語を学んでいる学生アルバイトさんです。<br /><br />ちょっと日本語ができるだけで親しみが湧きます。<br />私たち、彼女に気楽に冗談を言ったりしました。<br /><br />でも最後にお土産のオーダーを取りにくることを知っていたので、私はちょっと距離を取っておきました。

    辛くない料理もありますよ。
    ジャガイモの千切りはあっさり。
    麻婆ナスがおいしい。
    中国では魚香茄子と言うそうです。
    これは辛くありません。
    私、麻婆ナス、好きなんです。

    「陳麻婆豆腐」の料理はどれも美味しかったです。

    にこやかに給仕してくれた若い女性は日本語を学んでいる学生アルバイトさんです。

    ちょっと日本語ができるだけで親しみが湧きます。
    私たち、彼女に気楽に冗談を言ったりしました。

    でも最後にお土産のオーダーを取りにくることを知っていたので、私はちょっと距離を取っておきました。

  • 案の定、最後にお土産の注文を取りに来ました。<br /><br />1.レトルトパックの陳麻婆豆腐の素<br />2.民芸品のポーチ<br />3.パンダの箸と箸置き<br /><br />辛いけど、麻婆豆腐の素を買ってる人もいましたよ。<br />私はやめておきました。<br />麻婆ナスの素なら買ったんですけどね。

    案の定、最後にお土産の注文を取りに来ました。

    1.レトルトパックの陳麻婆豆腐の素
    2.民芸品のポーチ
    3.パンダの箸と箸置き

    辛いけど、麻婆豆腐の素を買ってる人もいましたよ。
    私はやめておきました。
    麻婆ナスの素なら買ったんですけどね。

  • オプショナルツアーの川劇(せんげき)が始まるのは午後8時。<br />ちょっと遅刻してしまいました。<br /><br />慌てて駆けつけた劇場は、四川省川劇院。

    オプショナルツアーの川劇(せんげき)が始まるのは午後8時。
    ちょっと遅刻してしまいました。

    慌てて駆けつけた劇場は、四川省川劇院。

  • 川劇はいろいろなショーを少しずつ見せてくれるので、楽しいです。<br /><br />最初は華やかな舞踊劇。<br />もしかして三国志の一場面?<br />衣装、お化粧、ポーズ、音楽、すべてが中国情緒にあふれていて魅力的です。

    川劇はいろいろなショーを少しずつ見せてくれるので、楽しいです。

    最初は華やかな舞踊劇。
    もしかして三国志の一場面?
    衣装、お化粧、ポーズ、音楽、すべてが中国情緒にあふれていて魅力的です。

  • 操り人形のショー。<br /><br />人形使いの女性が左手で人形を支え、右手一本で2本の棒を操り人形の腕を動かします。<br /><br />これ、感心しました。<br /><br />投げた布を人形に握り取らせたり、すごい技です。

    操り人形のショー。

    人形使いの女性が左手で人形を支え、右手一本で2本の棒を操り人形の腕を動かします。

    これ、感心しました。

    投げた布を人形に握り取らせたり、すごい技です。

  • コメディーの寸劇です。<br /><br />カカア天下で知られる四川省。<br />麻雀で帰りが遅くなった夫に妻がお仕置きをします。<br />頭の上に火のついたロウソクを乗せ、炎を消してはいけないというお仕置きです。<br />夫は頭に火のついたロウソクを乗せたまま椅子の下をくぐったり芸を見せるという内容。

    コメディーの寸劇です。

    カカア天下で知られる四川省。
    麻雀で帰りが遅くなった夫に妻がお仕置きをします。
    頭の上に火のついたロウソクを乗せ、炎を消してはいけないというお仕置きです。
    夫は頭に火のついたロウソクを乗せたまま椅子の下をくぐったり芸を見せるという内容。

  • 次はコマ回しと、足で壺やテーブルを回す芸。<br /><br />BGMがどこかで聞いたことのある音楽だと思ったら、「世界に一つだけの花」をアレンジしたものでした。

    次はコマ回しと、足で壺やテーブルを回す芸。

    BGMがどこかで聞いたことのある音楽だと思ったら、「世界に一つだけの花」をアレンジしたものでした。

  • 扇を使った舞いによる歌劇。<br /><br />先の舞踊劇で踊っていた人や、寸劇で妻の役をやった人がまた出ています。<br />一人で何役もこなすようです。

    扇を使った舞いによる歌劇。

    先の舞踊劇で踊っていた人や、寸劇で妻の役をやった人がまた出ています。
    一人で何役もこなすようです。

  • 二胡(にこ)の演奏。<br /><br />もの悲しい調べに、揺らぐような二胡の音色が心を打ちます。

    二胡(にこ)の演奏。

    もの悲しい調べに、揺らぐような二胡の音色が心を打ちます。

  • そして最後は変臉(へんれん)ショーです。<br />仮面の早変わりなので、日本ではわかりやすく変面(へんめん)とも呼ばれています。<br /><br />変臉(へんれん)は川劇が誇る絶技の一つで、その技は中国の第一級国家機密とされているほどです。<br />手や扇やマントで顔を隠した一瞬にマスクが変わります。<br />そのうちに顔を隠さなくても一瞬横を向いて前を向いたら、もう変わっています。<br />0.1秒の早業です。<br />これはどうなってるのか、わかりませんよねー。

    そして最後は変臉(へんれん)ショーです。
    仮面の早変わりなので、日本ではわかりやすく変面(へんめん)とも呼ばれています。

    変臉(へんれん)は川劇が誇る絶技の一つで、その技は中国の第一級国家機密とされているほどです。
    手や扇やマントで顔を隠した一瞬にマスクが変わります。
    そのうちに顔を隠さなくても一瞬横を向いて前を向いたら、もう変わっています。
    0.1秒の早業です。
    これはどうなってるのか、わかりませんよねー。

  • 「變臉 この櫂に手をそえて」という中国映画を見たことがあります。<br /><br />1996年制作。呉天明監督作品。<br />主演は「大地の子」に出てた朱旭さんです。<br /><br />變臉(へんれん)がまだ確固とした地位を得ていなかった時代、變臉の名人が芸を伝えるべく男の子を買って来たが、実はその子は生きていくため男の子のふりをした女の子だった。男しか芸を継承する資格はないとされる時代、いろいろ事件の末2人の絆は一層強まり、最後は女の子とわかって芸を教えて行く決意をする、というような内容だったと思います。

    「變臉 この櫂に手をそえて」という中国映画を見たことがあります。

    1996年制作。呉天明監督作品。
    主演は「大地の子」に出てた朱旭さんです。

    變臉(へんれん)がまだ確固とした地位を得ていなかった時代、變臉の名人が芸を伝えるべく男の子を買って来たが、実はその子は生きていくため男の子のふりをした女の子だった。男しか芸を継承する資格はないとされる時代、いろいろ事件の末2人の絆は一層強まり、最後は女の子とわかって芸を教えて行く決意をする、というような内容だったと思います。

  • 操り人形も出て来て、人形も変臉をやります。<br />びっくり、人形の顔が次々に変わるのです。<br /><br />国家一級機密とされるこの芸。<br />最初から顔に何枚もマスクをかぶっていてそれを一枚ずつ剥がして行くのだということは予想がつきます。<br /><br />実は私、剥がれたマスクがどこへ消えるのかは知っています。<br />(You Tubeで秘密を知っちゃいました)<br />でも、それをどうやって操作しているのかがわかりません。<br />マスクに紐をつけていてわからないように手で紐を引いているのか・・・。<br />手は動いていないような気もするし。

    操り人形も出て来て、人形も変臉をやります。
    びっくり、人形の顔が次々に変わるのです。

    国家一級機密とされるこの芸。
    最初から顔に何枚もマスクをかぶっていてそれを一枚ずつ剥がして行くのだということは予想がつきます。

    実は私、剥がれたマスクがどこへ消えるのかは知っています。
    (You Tubeで秘密を知っちゃいました)
    でも、それをどうやって操作しているのかがわかりません。
    マスクに紐をつけていてわからないように手で紐を引いているのか・・・。
    手は動いていないような気もするし。

  • 途中、芸人さん達が客席へ降りて来て、お土産用の仮面を客席に投げてくれました。<br />キャッチした人に見せてもらったら、變臉用のマスクではなく、普通の西洋の仮面でした。<br /><br />何枚かのマスクが変わると、最後に芸人さんの素顔が出て来ます。<br />みんな、これで終わりだと大拍手。<br /><br />ところが、ひょいと後ろを向いて旗で顔を隠したとたん、また隈取りのマスクに変身。<br />ううむ、この謎は手ごわい。<br />やっぱりわかりません。<br /><br />これ、考えた人はすごい。<br />心からの拍手を送りました。<br /><br />いや〜、川劇、楽しかったです。<br />午後9時半、ショーは終了。<br />ネオンが輝く夜の街を通ってホテルへ帰りました。

    途中、芸人さん達が客席へ降りて来て、お土産用の仮面を客席に投げてくれました。
    キャッチした人に見せてもらったら、變臉用のマスクではなく、普通の西洋の仮面でした。

    何枚かのマスクが変わると、最後に芸人さんの素顔が出て来ます。
    みんな、これで終わりだと大拍手。

    ところが、ひょいと後ろを向いて旗で顔を隠したとたん、また隈取りのマスクに変身。
    ううむ、この謎は手ごわい。
    やっぱりわかりません。

    これ、考えた人はすごい。
    心からの拍手を送りました。

    いや〜、川劇、楽しかったです。
    午後9時半、ショーは終了。
    ネオンが輝く夜の街を通ってホテルへ帰りました。

  • これですべての観光が終わりました。<br />最後に見た川劇の余韻が残ります。<br /><br />ガイドさんに注文しておいた四川省の写真集とパシュミナ&シルクのストールを受け取り、荷造りをして寝ました。<br /><br />明日は早いです。<br />

    これですべての観光が終わりました。
    最後に見た川劇の余韻が残ります。

    ガイドさんに注文しておいた四川省の写真集とパシュミナ&シルクのストールを受け取り、荷造りをして寝ました。

    明日は早いです。

  • 最後の朝は4時45分モーニングコール。6時出発。<br /><br />これは朝ごはん代わりのお弁当。<br /><br />内容は、サンドイッチ(バター無し、レタスとハム)、ゆで卵、パン2個、梨一個、牛乳、水。

    最後の朝は4時45分モーニングコール。6時出発。

    これは朝ごはん代わりのお弁当。

    内容は、サンドイッチ(バター無し、レタスとハム)、ゆで卵、パン2個、梨一個、牛乳、水。

  • 7時45分成都発上海行き CA−0405便。<br />エアバス321。3−3席の窓側です。<br /><br />上海まで2時間半。<br /><br />機内食はお粥が出て来ました〜。<br /><br />右のおかずは味付けゆで卵と野菜のピクルスみたいなもの。

    7時45分成都発上海行き CA−0405便。
    エアバス321。3−3席の窓側です。

    上海まで2時間半。

    機内食はお粥が出て来ました〜。

    右のおかずは味付けゆで卵と野菜のピクルスみたいなもの。

  • もともと上海での乗り継ぎ時間はたっぷり4時間ありました。<br />本当は、ちょこっと抜け出してリニアモーターカーと地下鉄を乗り継いで街へ出て、上海森ビルの写真をパッと撮って戻って来られたらなあ、なんて思ってました。<br />でも、預け入れ荷物を一旦ピックアップしてチェックインし直さなければならなかったし、グループからはぐれるのが怖くて思い切れませんでした。<br /><br />そうしたら飛行機出発が1時間遅れることになり、結局長時間待つはめに。<br />遅れることが最初からわかっていれば、抜け出したのに。<br /><br />あー、行きも上海で長時間待たされたし、帰りもまた待つのか〜。<br /><br />写真は上海浦東空港の出発ロビーにあるエアチャイナのラウンジ。<br />吹き抜けの2階部分にあります。

    もともと上海での乗り継ぎ時間はたっぷり4時間ありました。
    本当は、ちょこっと抜け出してリニアモーターカーと地下鉄を乗り継いで街へ出て、上海森ビルの写真をパッと撮って戻って来られたらなあ、なんて思ってました。
    でも、預け入れ荷物を一旦ピックアップしてチェックインし直さなければならなかったし、グループからはぐれるのが怖くて思い切れませんでした。

    そうしたら飛行機出発が1時間遅れることになり、結局長時間待つはめに。
    遅れることが最初からわかっていれば、抜け出したのに。

    あー、行きも上海で長時間待たされたし、帰りもまた待つのか〜。

    写真は上海浦東空港の出発ロビーにあるエアチャイナのラウンジ。
    吹き抜けの2階部分にあります。

  • 次々に飛び立って行く飛行機を見ながら時間を過ごしました。

    次々に飛び立って行く飛行機を見ながら時間を過ごしました。

  • 14:15分上海発CA−0919便。<br />エアバス321−200。<br />3−3席の通路側。<br /><br />1時間少々遅れての出発です。<br />成田まで2時間45分。<br /><br />機内食、私はビーフのトマト煮込みみたいなの。<br />

    14:15分上海発CA−0919便。
    エアバス321−200。
    3−3席の通路側。

    1時間少々遅れての出発です。
    成田まで2時間45分。

    機内食、私はビーフのトマト煮込みみたいなの。

  • 夫はチキンシチュー。<br /><br />ビーフよりチキンの方がおいしかったです。

    夫はチキンシチュー。

    ビーフよりチキンの方がおいしかったです。

  • 私にとって初めての中国は四川省、それも秘境と言われていた地への訪問となりました。<br /><br />交通機関の発達と観光地の整備のおかげですっかり便利になってるとは言え、それでもやっぱり僻地。<br />今までして来たイタリア旅行やスペイン旅行に比べると、道のりは楽ではありませんでした。<br /><br />でも今回、ちょっとした苦労をして見た絶景はすばらしいものでした。<br /><br />特に九寨溝は良かった〜!<br /><br />黄龍へはもう一度行きたいぐらいです。<br />次は時間を気にせず、ゆっくり歩きたいです。

    私にとって初めての中国は四川省、それも秘境と言われていた地への訪問となりました。

    交通機関の発達と観光地の整備のおかげですっかり便利になってるとは言え、それでもやっぱり僻地。
    今までして来たイタリア旅行やスペイン旅行に比べると、道のりは楽ではありませんでした。

    でも今回、ちょっとした苦労をして見た絶景はすばらしいものでした。

    特に九寨溝は良かった〜!

    黄龍へはもう一度行きたいぐらいです。
    次は時間を気にせず、ゆっくり歩きたいです。

  • 日本時間の午後7時半。<br />予定より1時間半遅れで成田に到着。<br />日本へ帰って来ると、やっぱりほっとします。<br /><br />今回の旅は、中国の広さと自然の美しさ、歴史の奥深さを同時に感じられた良い旅でした。<br />また新しい世界を知ったような気がします。<br /><br />お世話になった添乗員さん、ガイドさん、ツアーメンバーの皆さん、ありがとうございました。<br /><br />私、いつかきっと北京や上海へも行くと思います。<br />北京、上海はきっと問題ないでしょう。<br />ハードルの高い四川省への旅を先に経験したのですから。<br /><br />(終わり)

    日本時間の午後7時半。
    予定より1時間半遅れで成田に到着。
    日本へ帰って来ると、やっぱりほっとします。

    今回の旅は、中国の広さと自然の美しさ、歴史の奥深さを同時に感じられた良い旅でした。
    また新しい世界を知ったような気がします。

    お世話になった添乗員さん、ガイドさん、ツアーメンバーの皆さん、ありがとうございました。

    私、いつかきっと北京や上海へも行くと思います。
    北京、上海はきっと問題ないでしょう。
    ハードルの高い四川省への旅を先に経験したのですから。

    (終わり)

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この旅行記へのコメント (9)

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  • サウスピーチさん 2013/02/09 00:55:50
    中国旅行記の終わりに・・・
    ニッキーさん、こんにちは! とうとう中国旅行記も最後の最後です。 ちょっと寂しい・・・。

    が! 推測してたかもしれませんが、私、三国志のことは全く分からないんですぅ〜。 すみません。
    しかも、あれだけ大ヒットした映画「レッドクリフ」も見ていません。 (1つ言い訳をすると、
    アメリカではこの映画、“字幕”でした。 字幕って、演技している俳優さんそのままの声が聞けるのはいいのですが、
    字を目で追っかけてるから、映画自体のシーンがゆっくり見れない。 特に、こんなスケールの大きな映画は
    きちんと“画”も見たいし、しかも台詞も膨大なはずなので、それを長時間ずーっと字で(しかも母国語ではない英語で)
    読むのは辛すぎる・・・ので、あえて見ませんでした。)

    ご存知の通り西洋史は大好きで結構本など読み漁ってはいますが、東洋に関しては日本も含めて
    あまり歴史には関心がなかったですね。 学生の頃は本はほとんど読まなかったし、興味があったのはアニメくらい・・・w
    なので、三国志は名前くらいしか知らず、(ほぉ〜、この人はこういう人だったんだ・・・)と、
    この年にして初めて耳にした次第です。(恥) ただ最近は、日本を始め、興味の範囲も増えたので、
    面白く読ませて頂きました。 勉強になりました〜。

    しかし・・・三国志正史に載ってる劉備の風貌の説明が・・・。 腕が膝まで・・・、しかも耳でかすぎでしょ?
    関羽の説明も凄いですね〜。 でも、紀元前あたりの大昔は人も大きかった?という説も聞いたことがあるので、
    もしかすると2mは有り得る・・・かも?

    劉備のお墓は是非発掘調査して欲しいですね・・・。 ほんと、凄い発見があるかもしれないですよね。
    そっとしておきたいほど尊んでいるということなのかなぁ。

    パンダは可愛かった〜。 三国志でちょっと頭が疲れたところで(笑)、ほっと一息つけましたw
    (やっぱりきちんと全部読みたかったし、読んでるとやっぱり面白いんです! 写真もゆっくり見ながらだと
    全部で1時間以上かかりましたよw)

    川劇って、いろいろなショーを少しずつ見せてくれるっていうのがいいですね。 これ、楽しそう!
    「変臉」は多分、「世界の果てまでイッテQ」だったと思うけど、見たことがあります。 凄い技ですよね?
    へぇ〜、操り人形までも変臉を!。 「変臉」は見てみたいなぁ〜。 国家一級機密とされる芸なのに
    You Tubeで秘密を知っちゃったんですね!? 私も見ちゃおうっかなぁ〜。(笑)

    中国には行くことはないだろうなぁと思っていた私も、ニッキーさんの旅行記を見て少し気持ちに変化がありました。
    特に九寨溝は絶景中の絶景! トイレ問題(笑)と高山病が気になりますが、行ってみたい場所のリストに加わりました♪

    サウスピーチ :) 

    ニッキー

    ニッキーさん からの返信 2013/02/09 23:18:38
    RE: 中国旅行記の終わりに・・・
    サウスピーチさん、私が言うのも何ですが、お疲れさまでした〜。

    最後まで読んでくださってありがとうございました。<(_ _)>
    特に成都編は、難解だと予告したにも関わらずしっかり読んでくださって、実はとても嬉しいです。Thanks×100!

    三国志は知らない人の方が多いでしょう。
    ツアーメンバーも知らない人がほとんどみたいで、はしゃいでたのは私たち夫婦ぐらいでした。
    ガイドさんも私たちが日本人なのに三国志に詳しいことに驚いていました。

    劉備の外見ですが、誇張はあるにしろ実際そういう特徴があったんでしょうね。
    自分の耳を見ることができたってすごいですよね。
    ムシロ売りから皇帝にまでなった人ですからすご〜く運勢がいいはず。
    首振ったらぶるんぶるんみたいな、すごい福耳だったのかも。

    で、劉備のお墓は大きかったけど木が生い茂っていて意外にそっけなかったです。
    エジプトだったら絶対発掘しますよね。
    お墓の中から副葬品や孔明が捧げた品が出てくるかもしれないし、
    当時の埋葬方法とか劉備の死因とかいろいろわかるんじゃないかと思うと興味がありますけど、
    お墓はそっとしておくのが中国式なのかもしれませんね。

    > 「変臉」は多分、「世界の果てまでイッテQ」だったと思うけど、見たことがあります。 凄い技ですよね?

    これ、前から不思議だったんですけど、サウスピーチさん、アメリカに住んでるのに日本の番組がよく見られるなぁって。
    ネットで見るんですか?録画が手に入るのでしょうか?

    変臉はすごいですよね。
    ガイドさんも本当のところは知らないみたいでしたが、一つヒントをくれたんです。
    マスクに「油を塗っておく」らしいです。
    一瞬でマスクがはがれるようにするためですかね?
    でもそんなことしたら油でギトギトになるし、はがれちゃ困るところではがれたり、やっかいだと思うんですけどね。
    やっぱりホントのところはわかりません。

    九寨溝はいいですよ〜。
    高地とくねくね山道を克服してちょっと苦労してこそ見られる絶景です。
    ただ、四川省への旅行はトイレと食事がネックですね。
    整備された九寨溝・黄龍ですら行くのは結構大変だなと思ったので、
    私にはマチュピチュなどは無理かもしれません。

    ニッキー
  • ぺでぃまるさん 2012/10/08 00:30:39
    一番好きといえば…蜀・趙雲、魏・張遼、呉・甘寧かな
    ニッキーさん、お久しぶりです。

    九塞溝・黄龍の絶景旅行記をこっそり堪能していました。
    私も三国志は好きなクチでして、演義でなく正史の日本語版も読みました(苦笑)
    なのに蜀派というのは、やはり演義に影響されているのかな?
    諸葛亮孔明も好きですが、劉備・関羽・張飛の人間臭さにも惹かれるし、リーマンの鑑ともいうべき与えられた任務を確実に遂行する趙雲にも惹かれます。
    今は日中関係はたいへんな事になっていますけど、私も一度は行ってみたい場所の詳細な旅行記ありがとうございます。

    パンダだけでは子どもとさすがに一緒には行けないしな〜

     ぺでぃまる

    ニッキー

    ニッキーさん からの返信 2012/10/08 23:57:03
    RE: 一番好きといえば…蜀・趙雲、魏・張遼、呉・甘寧かな
    ぺでぃまるさん、こんばんは。

    ええっ?そうなんですかぁ、ぺでぃまるさんも三国志がわかる方なんですね。しかも好きなのが、誰もが納得する趙雲はともかく、魏では張遼、呉では甘寧ですって?そういう名前が出て来るあたり、ぺでぃまるさん、相当な三国志通ですねー。正史まで読んでしまったというのもすごい(笑)。

    私は演義の影響、人形劇の影響で、周瑜や趙雲、姜維といったイケメン好き。また蜀は孔明、魏では郭嘉、呉では魯粛といった智将が好みです。郭嘉なんてマイナーですかね?15年前ならもっと三国志に夢中で熱く語れたんですが、今はかなり忘れてしまいました。

    成都は怪獣くんにはまだまだ早いですねぇ。
    パンダだけでは引っ張れませんよ。
    20年ぐらい待たないとだめかな?

    ぺでぃまるさんのマカオ、見せていただきました。グランドリスボアに宿泊なんて夢のようです。巻き毛の怪獣くんの後ろ姿がかわいかったです。
    ご家族でハワイ、グアム、マカオと海外旅行に行かれて、ぺでぃまる家の思い出アルバムがどんどん出来上がりますね。

    それはそうと、中国の無錫には「三国城」という三国志のテーマパークがあるそうですよ。撮影のオープンセットの跡を利用したのだとか。元三国志ファンとしては行ってみたいけれど、こんなご時世、しばらくは見合わせた方が良さそうですね。

    ニッキー

    ぺでぃまる

    ぺでぃまるさん からの返信 2012/10/10 22:14:43
    RE: RE: 一番好きといえば…蜀・趙雲、魏・張遼、呉・甘寧かな
    ニッキーさん、返信ありがとうございます。

    > 私は演義の影響、人形劇の影響で、周瑜や趙雲、姜維といったイケメン好き。また蜀は孔明、魏では郭嘉、呉では魯粛といった智将が好みです。郭嘉なんてマイナーですかね?15年前ならもっと三国志に夢中で熱く語れたんですが、今はかなり忘れてしまいました。

    周瑜・趙雲・姜維は美丈夫ですよね〜
    横山先生の三国志の漫画では趙雲はアゴ割れてましたけど、概してカッコよく書かれますよね。
    郭嘉も戦乱の軍師って感じで、格好いいですね。呉は周瑜→魯粛→呂蒙→陸遜と軍師の世代交代がスムーズですよね。蜀は孔明が偉大すぎて、その幻影にとらわれ過ぎたのかもしれません。

    > 成都は怪獣くんにはまだまだ早いですねぇ。
    > パンダだけでは引っ張れませんよ。
    > 20年ぐらい待たないとだめかな?

    やっぱそうですよね〜

    > ぺでぃまるさんのマカオ、見せていただきました。グランドリスボアに宿泊なんて夢のようです。巻き毛の怪獣くんの後ろ姿がかわいかったです。
    > ご家族でハワイ、グアム、マカオと海外旅行に行かれて、ぺでぃまる家の思い出アルバムがどんどん出来上がりますね。

    子どもと一緒の時間が得られるだけでも幸せなのですが、家族みんなで笑って楽しめるのも幸せですね。家のそばの公園の滑り台でも、外国の海でも変わらない満面の笑顔の我が子に癒されております。

    ではまた〜

     ぺでぃまる
  • 白い華さん 2012/09/07 06:20:49
    一枚の写真!に  「木の上・・・で 遊ぶ!パンダ」が 二頭。
    お早う御座います。
    ニッキーさんにとって、「初めて!の 中国旅行」は、メジャーな 上海。でも 北京でもなくて、「成都。九寨溝 & 黄龍」と 美しい〜!大自然。にも 逢える・・・「思い出!深い 中国旅」と なった様・・・ですね。
    旦那様も 15年ぶり!の、 「前進し、大変化を している・・・成都!の 地。に 再び、立てたこと」きっと、感慨深い・・・旅。と なったんだ。と 思います。

    私は、有名な 中国の 歴史物語 『 三国志 』 って、実は、一度も 知る!チャンスが なくて、見たこと・・・ないンです。
    今回、「魏呉蜀」って、歴史の授業!で 習った・・・記憶。が 蘇りました。

    「三国志 の 博物館」では、
    川沿い!に 杭・・・を 打ち、「狭い!川沿い・・・の 道づくり」が どんなにか、困難なコト!か。模型でも その、厳しさ・・・が 伝わり、大昔。の 人々・・・の 努力。に ちょっと、感動しました。

    そんな・・・ニッキーさんの「三国志」への 想い!を
    中国の 本場!の 「三国志 博物館」で 更に・・・「様々な 情報!を 知ることが 出来た、知的好奇心・・・を 満たせる! 喜び」は、
    やっぱり、遠く・・・「中国・四川省の 旅」を すればこそ。。。
    「海外旅行!の 醍醐味」って、 感じ・・・デスヨネ。(♪)

    ガイドさんが プレゼントしてくれた! 「カラフルな 水晶」の お飾り。は、ホント、素敵!ですね〜。
    ウン・・・、それぞれの 玉!の 色。に 「今回の 旅!の 思い出・・・が 凝縮されているみたい」って 思いました。
    おっしゃる様・・・に、「深い!透明感・・・ある、ブルー。 九寨溝の 色」で、コレ!は いつまでも 大切にしてくださいね。

    可愛い〜!木登り パンダ。
    一枚の 写真!に 「二頭が いっぺん・・・に 撮影出来る」のも、
    さすが・・・「80頭! 居る。 本家本元」ならでは〜〜。(笑)

    「上海や 北京・・・にも、きっと、いずれ、お出掛け!に なられる。」って 思います。
    きっと、いつも・・・ながら、「「素晴らしい〜! ニッキーさんの 旅心」を 抱き、それ等の 中国も、きっと、素晴らしい〜!旅。と なるだろう」
    改めて、そう・・・感じる! 素敵な 旅行記。
    ゆっくり・・・と、拝見!させて 頂きました。

    長編なので、大変!でしたね。
    ご苦労様でした。
       これからも ヨロシクお願いします。 

    ニッキー

    ニッキーさん からの返信 2012/09/07 23:30:55
    RE: 木の上で寝るパンダにびっくり
    白い華さん、こんばんは。

    今回の旅は純粋に九寨溝と黄龍が目的で、成都はおまけでくっついて来たようなものだったんです。でも行ってみたら、成都では中国の歴史や文化のいろいろが体験できて、面白かったです。

    武侯祠では三国志を愛読していた頃に覚えた知識が蘇って来て、ついオタクの本性丸出しで夢中になって旅行記を書いてしまいました。私はそんじょそこらの中国人よりよっぽど三国時代の歴史に詳しいと思います(笑)。

    パンダ基地は広々した所でパンダが年代ごとに飼育されています。パンダが木に登ること、実際に見てびっくりしました。それもずいぶん高いところまで登るんですよ。木の上が安全だからなんでしょうね。やっぱり本能ですよね。でも、木の上でお昼寝してるパンダ、落っこちないかと心配になりました。日本だったら、落ちると危ないからと木を低くしたり、過保護に育てちゃいそうですね。

    上野のパンダの赤ちゃんが死んじゃったことは本当に残念でしたね。大人のパンダでも十分かわいいって思ってたけど、大人はやっぱり動作がのそのそしてます。歩き方ものっしのっし。子供のパンダはどこかユーモラスで無邪気。動きが多くてかわいいです。

    この最後の日は観光より土産物店立ち寄りが充実してました。それがツアーの宿命なんですけど、買わずに眺めてるだけの私は、こんな時間があったら、パンダをもっと見たかった〜って思いました。

    シルクの絨緞はペルシャ絨緞などよりよっぽど安いので、価値があると思いましたよ。ルチルクオーツのブレスレットは高かったです。8万円とかそれぐらい。パワーストーンだそうで、買った人はお守りとして、また日頃頑張ってる自分へのご褒美として買われたようです。透きとおった石の中に金の針がたくさん入っていて、とてもきれいなものです。

    店員さん達、イケメンと美人揃いで日本語が上手。敬語使いもお上手もばっちりで、私が携帯ストラップを選んだら、「ブルーグリーンの水晶は珍しい色なんですよ。さすがお目が高くていらっしゃいます」と言われて(目が肥えてないことを自覚してるので)照れ臭かったです。

    初めての中国は、バスくねくね道や高地ハイキングがちょっとキツかったけど、面白かったです。自分には無理かもなんて思ってたので、なんだか一つ自信がつきました。

    しばらくは海外に行けそうもないので、長編の旅行記はしばらく無いと思います。近場でちょこちょこ楽しもうと思っています。
    こちらこそ、これからもよろしくお願いします。

    ニッキー 
  • がりさん 2012/09/06 01:36:10
    充実した初中国でしたね!
    ニッキーさん、こんばんは!

    中国旅行記、完結ですね。
    今回も一緒に旅をしてる気分で、楽しませていただきました♪

    九塞溝につづいて、黄龍も絶景ですね〜。
    段々畑のようで、独特の自然美ですよね。
    池によって水の色が違うのかと思ったら、見る角度によっても違うんだぁ。。

    旦那さんが中国語ができるというのは心強かったですね!
    僕は去年の中国旅、「ニーハオ」と「シエシエ」と「ウォーシーリーベンレン」だけで乗り切ったっけ…(笑)。

    テレビが突然真っ暗になる中国の報道規制、びっくりですよね〜。
    僕も見た時、テレビが壊れたのかと思いました(笑)。
    こんな所まで検閲している中国、驚きですよね。

    それにしても、中国や韓国との関係が悪化している最近の情勢には、なんか複雑な気持ちになります。
    僕自身、中国や韓国を旅して、向こうで出会う多くの人は、優しかったり、親切だったりするんですよね。
    だからこそ、最近はニュースを見るたびに、がっかりさせられる。
    国家レベルで良い関係を築くって、やはり難しいのかな〜。。

    でもこんな時だからこそ、旅でのちょっとした交流とかできたら嬉しいですよね。

    北京や上海も魅力的な街だと思います♪
    ニッキーさんの次の海外旅、また楽しみにしてます〜。

    ニッキー

    ニッキーさん からの返信 2012/09/06 23:56:28
    RE: 気に入ったのは九寨溝。もう一度行ってみたいのは黄龍です。
    がりさん、こんばんは。
    暑い日が続きますね〜。
    ある日、外から帰って来たら、リビングにあったキャンドルがぐにゃりと曲がっていました。閉め切って出たから部屋の中がよほど暑かったんでしょう。何が起こったのかわからず、オカルトかと思いましたよ。ロウソク立てのキャンドルが5本ともぐにゃりと曲がるって、結構不気味ですよ〜。
    ようやくちょっと涼しくなりそうだと天気予報で言ってます。

    九寨溝と黄龍、良かったです。特に私が気に入ったのは九寨溝。青い湖と山、すごい水量の流れが最高でした。でも不思議と、もう一度行ってみたいのは黄龍の方なんです。高山病にびくびくしながら時間に追われて回りましたからね。一度行って様子がわかったので、次は時間配分もうまく回れるはず。お天気の良い日にゆっくり行ってみたいなぁ。でもそんな時間とお金があれば、まだ行ってない他の所へ行っちゃうんでしょうけどね。

    「ウォーシーリーベンレン」って「私は日本人です」ですよね?私は「ニーハオ」と「シエーシェだけ」。主人もすっかり忘れてるようでした。読む方は少し読めるみたいで、中国の新聞を見たりしてましたけどね。

    バスの中ではガイドさんから中国語とチベット語の練習をさせられました。「上手です。90点!」と言われることもあり、「まだまだですね。50点!」と言われることもあり。やっぱり中国語は抑揚がちゃんとしてないとダメみたいですね。

    最近の領有権をめぐる動きや反日デモ・暴動のニュースを見ると、国と国との問題の難しさに気が重くなりますね。私たちのガイドさんは、「3.11以降、日本人の礼儀正しさや秩序を重んじる行動ぶりが中国でも知られるようになり、日本人に対するイメージが良くなりました」と言ってたんですけどね。一つのきっかけでまた元の木阿弥です。

    実は京都から呼び寄せて今は近くに住む父が、私が中国へ出発する直前に入院したので、旅行中気が気じゃありませんでした。私の留守中、母と横浜の妹が毎日病院まで通ってくれました。父はとりあえず退院できたんですが、長く留守にするのも心配なので、しばらくは大きな海外旅行は行けそうにありません。当分はちょこちょこ近場を探索したいと思っています。

    ニッキー

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