2012/08/04 - 2012/08/05
467位(同エリア1710件中)
YUMEさん
6月下旬に幸運にも浅虫温泉のホテルにキャンセルが出たので、8月4日から青森の「ねぶた祭り」を久しぶりに見に行くことにしました。
ねぶたツアーはかなり前から予約がいっぱいで諦めていましたが幸運です。
料金はお祭り料金でどこも非常に高いのですが、十和田の方のホテルまでもいっぱいで浅虫温泉は近いし良しとしました。星野リゾートは高く敬遠され空いているかと期待したのですがすべて満室です。
ねぶたは8月2日木曜日が初日で、8月4日は大型ねぶただけの出陣になります。
ここでは主要なねぶたの作品意図を交え、それにかかわる多くの人々の様子を紹介します。
誰もが非常に生き生きした表情で、楽しく参加されてます。そこには東北の復興の願いや力強い東北、青森の躍動を感じました。
見てるだけでも元気が伝わってきます。
ロンドンオリンピックでも青森出身の多くの選手が活躍していますが
その一端を垣間見た気もしました。また、予想以上の外国人の観客が見に来られていました。
注)
各出陣ねぶたの解説は、下記オフィシャルページから引用
作者の作成意図がわかると一層味わい深くなります
生き生きした表情を迫力を見て頂きたくご本人に無断で掲載してますがどうぞご勘弁下さい。まだ体験されてない方がいたら是非東北支援も兼ねて来年は参加して下さればと思います。
参考)
http://www.nebuta.or.jp/event/miss.html
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浅虫温泉の風景
浅虫温泉の「秋田屋」に幸運にもキャンセルが出たので、8月4日に青森の「ねぶた祭り」を見に行くことにしました
秋田屋は浅虫温泉駅から徒歩5分位の海沿いにあります -
ホテルの部屋からの北側、左方向の眺め
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着いたのは午後3時過ぎなので夕方の日差しです
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祭りの開始までは時間があるので少し散歩
関東と違い水は透きとおっています -
右手に見えるのは「浅虫観光ホテル」です
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丁度ホテル前に見える「湯ノ島」
浅虫温泉から青森市内までは「青い森鉄道」で約20分です
タクシーを使えば5,6千円かかります
ホテルでマイクロバスを用意してくれてますので、ねぶた祭りへの往路は無料で移動です -
青森市内のねぶた祭りの様子
事前に桟敷席を予約してあるわけではないので、NTT青森支店付近で見ることになりました。位置は先頭地点から旧税務署通りと6車線の国道7号の交差点のところです
ハネト衣装(正装)を着てグループ指定の集合場所に続々と集まってきます -
ハネトは自由参加で、企業によっては事前登録で衣装を無料でレンタルしてくれます
ビール飲みながら意気揚々と歩いている3人グループ -
こちらも花笠はありませんが準備万端の女性3人グループ
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19:10スタートですが18:30頃には、コース周りにぎっしり観客が集まってます
観客にねぶた鈴(700円)やねぶたタオル(1000円)を販売をしています -
18:50頃
交差点の右側県庁よりのE地点に待機する大型ねぶたが見えます -
先頭:
青森担ぎねぶた実行委員会:「ミスねぶた」のパレードです -
ミスねぶたコンテスト
【主催】 青森市、青森商工会議所、(株)青森テレビ、(株)東奥日報社、(社)青森観光コンベンション協会
中央はミスねぶたグランプリの菊池夏希さん -
出世大太鼓
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出世大太鼓
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増長天
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青森工業高等学校
細越の龍神
創立100周年記念のねぶた参加のようです -
青森工業高等学校
細越の龍神
担ぎ手 -
青森市PTA連合会
羅生門
作:内山 龍星
平安時代。飢餓や辻風などの天変地異が打ち続き、京の都は衰微し、荒廃した羅生門は黒々と影のように立っていた。
その羅生門に鬼が出没するという噂を聞きつけた渡辺 綱は鬼退治のため道を急いでいた。 -
青森市PTA連合会
羅生門
作:内山 龍星
その時一人歩きの女に出会った。女は夜更けの恐ろしさのせいか、見知らぬ綱に「私をお送り下されまいか」と声をかけてきた。馬の歩みを遅めた綱の後ろを女がついて来た。すると、生暖かい風が吹き女はたちまち眼光鋭い鬼女に変じ、綱につかみかかったが、綱は源氏の名刀『髭切りの太刀』で鬼の腕を見事に切り落とした。鬼女はいづこともなく逃げ去った。 -
青森市PTA連合会
羅生門
作:内山 龍星
日が過ぎ綱の養母が上京して来て、国への土産話に鬼の腕とやらを見せて欲しいと言われ、やむを得ず封印していた鬼の腕を差し出すと、養母の姿はみるみる鬼の姿に変わり「これはわれの腕じゃ」と叫ぶや鬼女となって天空へと失せてしまった。 -
に組・東芝
源頼政 鵺退治
作:北村 隆
みんな楽しそうに跳ねてます -
に組・東芝
源頼政 鵺退治
作:北村 隆
お囃子 -
に組・東芝
源頼政 鵺退治
作:北村 隆
平安末期、近衛天皇の住む御所の上に夜ごと黒雲とともに不気味な鳴き声が響き渡り、帝を脅えさせていた。
弓の名手として名高い「源三位頼政」に勅命がくだった。
頼政は、先祖の源頼光より受け継いだ弓を手に、家来の「猪早太廣直」とともに妖怪退治に向かった。
真夜中、御所の上に黒雲がたなびいた。
雲の中に怪しげなものがいる。
頼政は弓矢でその黒雲の中のばけものを射落とす。
猪早太が落ちてきたものに止めを刺す。
火を灯し正体を見ると、頭が猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎の姿をした「鵺」であった。
御所のうえに、カッコウの鳴き声が二声三声聞こえ、御所に静けさが戻ってきたと言う。 -
に組・東芝
源頼政 鵺退治
作:北村 隆 -
に組・東芝
源頼政 鵺退治
作:北村 隆
生き生きした表情に溢れてます -
青森自衛隊ねぶた協賛会
鉢木
作:有賀 義弘
遠方なので暗くなりましたが、自衛隊のハネトは見るたびに息が合っています -
青森自衛隊ねぶた協賛会
鉢木
作:有賀 義弘 -
青森自衛隊ねぶた協賛会
鉢木
作:有賀 義弘
ある雪の日、旅の僧が貧しい老武士、佐野源左衛門常世の家に一夜の宿を求めました。旅の僧に粟飯を出し、薪がないので大事にしていた盆栽「梅」「桜」「松」の鉢の木を切って、囲炉裏にくべ、火を焚き、精一杯のもてなしをしました。 -
青森自衛隊ねぶた協賛会
鉢木
作:有賀 義弘
常世は僧に自分が一族に佐野庄三十余郷の領土を押領されたこと、落ちぶれていても幕府に一大事が起これば一番に鎌倉に馳せ参じ、一命を投げ打つ所存であるとその覚悟を僧に話しました。その後、幕府から動員命令が下り常世も先を争って駆け付けました。 -
青森自衛隊ねぶた協賛会
鉢木
作:有賀 義弘
常世は執権に召し出され、あの日の僧が前執権北条時頼だったことを知りました。時頼は常世の言葉に偽りがなかったことを賞し、先日の約束を果たしたことを誉め、その志にむくいるため、奪われた佐野庄三十余郷を常世に返し与えただけでなく、薪にされた三鉢の盆栽「梅」「桜」「松」にちなんで加賀国梅田庄、越中国桜井庄、上野国松井田庄の三つの荘園を新たに恩賞とし与えるのでした。 -
青森自衛隊ねぶた協賛会
鉢木
作:有賀 義弘
今年は弟9師団が青森に駐屯して五十年にあたり、昨年の東日本大震災への教訓を活かし、日本の国家と地域の一大事には直ちに駆け付ける準備を整え、防衛任務をはじめあらゆる任務達成のため隊務に精励しつつ、引き続き地域の平和に貢献する姿を表すものです。 -
パナソニックねぶた会
布引の滝 悪源太義平
作:北村 蓮明
源義平は頼朝の兄で、武名の誉れ高く豪勇であるところから「鎌倉の悪源太」と呼ばれていた。 -
パナソニックねぶた会
布引の滝 悪源太義平
作:北村 蓮明
騙し討ちにされた父義朝の無念を晴らそうと京の都で平清盛の命を狙うが、逆に捕らえられ、介錯人の難波恒房をにらみ、「雷となって汝を蹴殺さん」と云い残し斬首されてしまう。 -
パナソニックねぶた会
布引の滝 悪源太義平
作:北村 蓮明
仁安二年七月七日、清盛一行が摂津国の名瀑布引の滝に詣でたところ、一天にわかにかき曇り雷神となった悪源太義平が恒房を打ち殺しに現れる。 -
パナソニックねぶた会
布引の滝 悪源太義平
作:北村 蓮明
京の都にも六波羅にも雷が落ち、多くの人々が命を失い、清盛は大般若経を僧に読経させ、義平の霊を鎮魂したのである。 -
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私たちのねぶた自主製作実行委員会
義経北行伝説 龍馬渡海
作:相馬寿朗と私たち一同
文治五年、兄・源頼朝と対立した義経は藤原泰衝に襲撃され、自害した。
これが歴史の通説だが、東北地方には義経が生き延びて北海道へ向かう義経伝説がいくつも残されている。
衣川の館に火をつけ自害を装って、北へ逃れた義経は三厩に辿り着いた。近くに蝦夷が島を望むが、荒れ狂う津軽海峡が行く手を挟み、渡ることができなかった。 -
私たちのねぶた自主製作実行委員会
義経北行伝説 龍馬渡海
作:相馬寿朗と私たち一同
義経は観音様に三日三晩祈願した。満願の晩に白髪の翁が現れ、「三頭の龍馬を与える。これに乗って渡るがよい」と云って消えた。
翌朝、岩穴には三頭の龍馬がつながれていて、義経はそれに乗り無事蝦夷が島に渡ることができた。それから龍馬がつながれた岩穴を厩石、この地を三馬屋(三厩)と呼ぶようになった。 -
日立連合ねぶた委員会
為朝の武威 痘鬼神を退く
作:北村 蓮明
源為朝は為義の八男で、幼少の頃から兄たちを事ともしない乱暴者で、もて扱いに窮した父により、十三歳で鎮西(九州)に追放されてしまう。 -
日立連合ねぶた委員会
為朝の武威 痘鬼神を退く
作:北村 蓮明
三年もたたないうちに九州全域を服従させ、勝手気ままに振舞い、その狼藉ぶりは目に余るものがあったという。 -
日立連合ねぶた委員会
為朝の武威 痘鬼神を退く
作:北村 蓮明
五歳から弓を習い、天下一の強弓で敵を震え上がらせ、戦いにも巧みな豪勇鎮西八郎為朝は痘鬼神をも退散させたという逸話がある。
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日立連合ねぶた委員会
為朝の武威 痘鬼神を退く
作:北村 蓮明 -
日立連合ねぶた委員会
為朝の武威 痘鬼神を退く
作:北村 蓮明
平安の昔から業病はすべて厄神のしわざという俗信があり、為朝が世に勇名をとどろかせてからは、「鎮西八郎為朝コノ家ニ在リ」のお札を貼ってある家には近づかなくなったという。 -
NTTグループねぶた
弁慶の祈り
作:北村 春一
平家追討に功績をあげた源義経だったが、兄の頼朝に疑惑を持たれ鎌倉方から追われる身となり、弁慶らと供に西国へ逃れようと摂津の国大物の浦へ到着した。
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NTTグループねぶた
弁慶の祈り
作:北村 春一
義経一行が海上に出るや否や突然暴風に見舞われ、波の上に壇ノ浦で滅んだ平家一門の亡霊が姿を現した。なかでも総大将であった平知盛の怨霊は義経を海底に沈めようと薙刀を振りかざして襲い掛かった。 -
NTTグループねぶた
弁慶の祈り
作:北村 春一
刀を抜いて亡霊と切り結ぶ義経に弁慶は「刀では敵わないでしょう」と言い、数珠を揉み経文を唱え必死に五大明王に祈るとその祈りの力によって亡霊は鎮められ彼方の沖へ消えていった。
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NTTグループねぶた
弁慶の祈り
作:北村 春一
東日本大震災で亡くなられた方へのご冥福を祈り、復興への願いを込めて・・・。 -
NTTグループねぶた
弁慶の祈り
作:北村 春一 -
NTTグループねぶた
弁慶の祈り
作:北村 春一 -
青森山田学園
卑弥呼と狗奴国の戦い
作:北村 隆
「魏志倭人伝」によると、倭国大乱の後皆既日食を原因とし、卑弥呼は邪馬台国の女王となった。
鬼道(神がかり的行為)を使い、「神」と話が出来ると崇められていた。
また、自身を「太陽の化身」と称して、人望を集め民衆を統率した。 -
青森山田学園
卑弥呼と狗奴国の戦い
作:北村 隆
鏡を好み、景初3年(239年)洛陽に使者を送った際、百枚の三角縁神獣鏡を下賜されたのである。すなわち太陽の光を反射し人々を驚かせたのが鏡である。
卑弥呼が女王になってから、その姿を見たものは少なく卑弥呼が神のお告げを聞き、それを弟が人々へ伝えていたと言う。 -
青森山田学園
卑弥呼と狗奴国の戦い
作:北村 隆
また、卑弥呼のそばには「難升米」と呼ばれる男性が卑弥呼を助けていた。
邪馬台国は女王卑弥呼のもと、古代大和を征服していった。
女王卑弥呼は狗奴国の男王卑弥弓呼と素より和せず、243年「狗奴国」との戦いが始まった。 -
青森山田学園
卑弥呼と狗奴国の戦い
作:北村 隆
卑弥呼は247年、魏に載斯鳥越を派遣し、その戦況を報告せしめている。
魏は卑弥呼の要請にこたえ国境警備官の張政を介して詔書・黄幢(旗)を倭国にもたらしたという。 -
青森山田学園
卑弥呼と狗奴国の戦い
作:北村 隆 -
ヤマト運輸ねぶた実行委員会
美盾八競 晴嵐 宮本武蔵
作:北村 隆
宮本武蔵は佐々木岸流(小次郎)に養父を殺され、仇討ちのため諸国に武者修行に出た。
或る日、白倉伝五衛門の屋敷に泊まることになった。 -
ヤマト運輸ねぶた実行委員会
美盾八競 晴嵐 宮本武蔵
作:北村 隆
白倉は実は、岸流の伯父で密かに武蔵の命を狙うが剣術では敵わない。
そこで、武蔵が風呂に入ったときに熱湯を注いで殺そうとする。 -
ヤマト運輸ねぶた実行委員会
美盾八競 晴嵐 宮本武蔵
作:北村 隆
白倉の娘、糸萩は父の企てを知り武蔵に危難を告げる。
武蔵は大いに怒り、風呂場の柱を抜いて荒れ狂い、柱を水車のごとく振り回し、白倉の家のものを打ち負かしたと言う。 -
ヤマト運輸ねぶた実行委員会
美盾八競 晴嵐 宮本武蔵
作:北村 隆
宮本武蔵は人並みはずれた強力の持ち主で、片手で刀剣を使いこなすことが出来た。これが後に二刀流の技術を生み出すに至った。 -
ヤマト運輸ねぶた実行委員会
美盾八競 晴嵐 宮本武蔵
作:北村 隆 -
ヤマト運輸ねぶた実行委員会
美盾八競 晴嵐 宮本武蔵
作:北村 隆 -
青森-東京間 ボーイング767就航記念ねぶた
CAや地上のスタッフさんも参加してます。 -
青森市役所ねぶた実行委員会
牛若丸と大天狗
作:外崎 白鴻
花盛りの京の鞍馬山。
僧正が大勢の稚児を連れて花見にやってくる。すると、その席に怪しげな山伏が割り込んで来たので、僧正は花見を延期して稚児たちを連れて帰ってしまう。ところが一人だけ帰らぬ子がいる。これこそが源義朝の子、牛若丸である。
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青森市役所ねぶた実行委員会
牛若丸と大天狗
作:外崎 白鴻
その子が牛若丸であることを知った山伏はその日陰者の境遇を憐れみ、二人は暫くの間親しく語り合うこととなる。
やがて山伏は自分が鞍馬山の大天狗であることを明かすと、平家を討たせるために兵法の大事を牛若丸に伝え、源氏の再興を予言し立ち去ろうとする。
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青森市役所ねぶた実行委員会
牛若丸と大天狗
作:外崎 白鴻
袖を取って別れを惜しむ牛若丸だが、戦場での守護を約束して大天狗は梢の奥に姿を消してしまうのである。
このねぶたは、若き日の牛若丸が、大天狗より兵法の奥義の伝授を受けた一幕を表したものである。 -
日本通運ねぶた実行委員会
聖徳太子と酔胡王
作:柳谷 優浩
一に「和」をなによりも大切なものとし、いさかいをおこさぬことを根本としなさいという趣旨から始まる憲法十七条を制定したことで知られる聖徳太子は、当時国際化が急激に進む中で、最新の仏教を中心とする文化や芸術に触れ、新しい知識、物の考え方、感じ方を素直に受けとめ理解しながら、夢と希望を胸にこの日本を国らしい姿へと導いた。
また、この国に「和」という心柱を据え、人はそれぞれ育ちも違えば考え方も違うことを理解し、互いに尊重し合わなければならないという人と人との「和」を重んじた人物である。
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日本通運ねぶた実行委員会
聖徳太子と酔胡王
作:柳谷 優浩
酔胡王とは、国際化が急激に進んでいた七世紀に百済より伝来した伎楽に登場する王であり、遠く離れた国から酒、医療、芸術等といった未来の新たな情報産業文化を運ぶ存在とされていたといわれている。
ねぶたは、伎楽の様式美と聖徳太子の姿を借りて、国境を越えた国際的な交流への感謝と喜びを表したものであり、更に、なによりも大切な「和」が世界へと広がっていくことを祈願したもの。 -
公益社団法人 青森青年会議所
激戦・川中島
作:内山 龍星
武田信玄と上杉謙信は一五五三年(天文二二年)からー五六四年(永禄七年)の永きに亘り、北信濃の支配権を巡って川中島に対峙した。数度に及ぶ激しい戦火を交えたー五六ー年(永禄四年)九月、夜明けの朝霧を裂き、静寂を突き破るような雄叫びが信玄の本陣遥かに響き渡る。決戦が近いことを予感した信玄が将座に向かって歩を進めたまさにその時、謙信自らが、僅かな家臣を率いて突入してきた。 -
公益社団法人 青森青年会議所
激戦・川中島
作:内山 龍星
太刀を頭上高くに煌かせ、焔を纏い天を舞う龍の如く疾走する謙信。長年に亘る宿命を一騎打ちで決着しようという決死の奇襲戦であった。太刀抜く間も与えず眼前に踊りこんだ謙信の一撃を、大虎の如き胆力をもって、軍配一振りで受ける信玄。死力を尽くした総大将同士の一騎打ちは、決着がつかず痛み分けとなった。謙信と信玄、龍虎と称される両雄の相対した激戦は、後の世に語り継がれる一戦となった。 -
後ろにいるのはお父さんでしょうか?
親子で参加、羨ましいです。 -
サンロード青森
奥州平泉の栄華 阿弖流為と清衡
作:千葉 作龍
征夷大将軍「坂上田村麿」によって平定された、奥州の蝦夷たち。しかしその後、源頼義・義家父子との前九年の役で俘囚安倍氏は滅亡した。そして、安倍氏に組した「藤原経清」の一子「清衡」は、苦難の時代を迎える。
しかし、後三年の役を期に陸奥押領使となった「清衡」は、敵味方を問わず、度重なる戦乱で命を落とした人々の鎮魂を願い、平泉の地に「中尊寺金色堂」を建立した。
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サンロード青森
奥州平泉の栄華 阿弖流為と清衡
作:千葉 作龍
それは、二代目「基衡」による「毛越寺」、三代目「秀衡」による「無量光院」建立へと受け継がれ、その輝きは京の都も及ばぬ程の栄華を極めた。
そして現在、中尊寺は東日本大震災の直後、世界遺産として認定されたのである。
このねぶたは、坂上田村麿と勇敢に戦った蝦夷の英雄「阿弖流為」が「藤原清衡」と共に震災の犠牲になった方々への鎮魂と復興への檄を表現したものである。 -
消防第二分団ねぶた会・アサヒビール
津軽富士見湖伝説 鶴の舞橋
作:千葉 作龍
六百年の昔、津軽鶴田町を統治していた清水城主、間山之守忠勝はある日美しい土地の娘、白上姫と出会い恋に落ちる。しかし二人は結ばれること無く、やがて姫は悲しみのあまり大溜池に身を投じてしまう。そして姫は龍と化し忠勝を苦しめ続けたという。(ねぶたの場面) -
消防第二分団ねぶた会・アサヒビール
津軽富士見湖伝説 鶴の舞橋
作:千葉 作龍
やがて忠勝も又、溜池に身を投じてしまった。それ以後池にはたくさんの鮒や鯉住むようになり鶴が飛来するようになった。
この大溜池は津軽新田の水源として崇められ湖面に映る津軽富士「岩木山」になぞらえ「津軽富士見湖」と称されその美しいたたずまいは今も人々に親しまれ愛されている。 -
東北電力ねぶた愛好会
南光坊 天海
作:穐元 和生 -
東北電力ねぶた愛好会
南光坊 天海
作:穐元 和生
先頭には会の実行委員長が提灯もってリードです -
東北電力ねぶた愛好会
南光坊 天海
作:穐元 和生
南光坊 天海は、安土桃山・江戸初期の天台宗の僧侶で、徳川家康から家光まで三代の将軍に仕え、江戸の都市計画から日光東照宮の造営まで行っている。
天海僧正は、風水に基づいた江戸鎮護の計画を構想し、もともと風水的には地勢の良くなかった江戸を、弘法大師空海が造った平安京を凌駕するほどの風水都市に仕立て上げた。
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東北電力ねぶた愛好会
南光坊 天海
作:穐元 和生
そのひとつに、東の青龍、南の朱雀、西の白虎、北への玄武と、それぞれの方位の守り神に相応し、川、海、道、山などを配置した。この四神が揃う土地は風水で理想的な地形配置であり、四神相応(しじんそうおう)と言われ、国家繁栄と治国安泰の願いが込められている。
この四神相応を配置し、未曾有の災いに対する復興の守護神として、祈りを唱える南光坊天海をねぶたにしました。 -
東北電力ねぶた愛好会
南光坊 天海
作:穐元 和生 -
東北電力ねぶた愛好会
南光坊 天海
作:穐元 和生 -
JRねぶた実行プロジェクト
東北の雄 阿弖流為
作:竹浪 比呂央
平安時代初期。黄金を求める大和朝廷の度重なる蝦夷侵攻に、人間の誇りをかけて戦い続けた蝦夷の首領 阿弖流為。
戦いの度に朝廷軍を大敗させてきたが、延暦二十一年(八〇ニ)、北上してきた征夷大将軍坂上田村麻呂が胆沢城(岩手県)を造営し始めると、これと戦うことなく、同志の母礼と共に一族を率いて投降した。 -
JRねぶた実行プロジェクト
東北の雄 阿弖流為
作:竹浪 比呂央
人身の懐柔や、仏教文化の伝播に努めた田村麻呂との間に堅い絆があり、阿弖流為は身を捨てて平和を選択したのである。上京後、田村麻呂の懸命の助命嘆願もむなしく、ふたりは斬刑に処せられた。
誇りをかけて守り続けた東北の雄 阿弖流為。北方の守護神毘沙門天の御加護を得、鬼神をしたがえ奮戦するその勇姿に、東日本の復興と、この国の安寧を切に祈るものである。 -
年配の貫禄あるハネトです
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青森県板金工業組合
イザナキ火の神を討つ
作:北村 蓮明
イザナキとイザナミの二神は高天原から地上に降り、協力して日本列島を生み、それが終わると今度はたくさんの神々を生んだ。しかし、火の神ヒノカグツチを生んだことで、イザナミは火傷を負い命を落としてしまう。残されたイザナキの悲しみはヒノカグツチへの怒りに変わり、とうとう十拳剣で命を奪ってしまった。コントロールできない恐ろしさを秘めた火の猛威を防ぐにはすぐに切り殺すしかなかったのだ。そしてその亡骸からも多くの神々が生まれた。 -
青森県板金工業組合
イザナキ火の神を討つ
作:北村 蓮明
ヒノカグツチの誕生と死には、破壊の力を持つと同時に制御することで生成の力をもつ「火」の性質が表されている。また、火の鳥は不死鳥ともいわれ、復活と再生を象徴しており、東日本大震災の一日も早い復興を願うものです。 -
あおもり市民ねぶた実行委員会
琢鹿の戦い
作:北村 麻子
三皇五帝と呼ばれる伝説の古代中国の皇帝、黄帝は漢民族の祖と言われている。その皇帝が中原の支配権を賭けて戦ったのが蚩尤と呼ばれる怪物である。
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あおもり市民ねぶた実行委員会
琢鹿の戦い
作:北村 麻子
四目六臂で人の身体に牛の蹄を持ち、頭に角があり、魑魅魍魎を味方し、厚い濃霧を起こして敵を苦しめた。
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あおもり市民ねぶた実行委員会
琢鹿の戦い
作:北村 麻子
それに対し黄帝は最も格上の龍と言われる翼を持った龍<<應龍(おうりゅう)>>を味方につけ、(き)という動物の皮を用いた太鼓を打ち鳴らし、立ち向かった。
その爆音は五百里四方へ轟き、霧は晴れ蚩尤軍は黄帝軍に打ち負かされたという。
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凄く似合っているので撮影してしまいました。
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19時10分から出陣し最後の大型ねぶたが通過した時が約21時。
どれも迫力がありあっという間に2時間が過ぎました。
2時間は生ビール一杯飲んだだけなので青森駅に行く途中で三色丼を食べ最終前の電車で浅虫温泉に戻りました。
祭りが終わるとみんな近くの予約してる店に殺到します。
簡単には店に入れませんからねぶた見ながら屋台で食べておくのをお奨めします。 -
心地良い興奮を抱きながら浅虫温泉のホテルに電車で戻りました。
東北の皆さん、青森の皆さん、祭りに参加された皆さんから熱いエネルギーと元気と感動を祭りでたくさん頂きました。
明日は奥入瀬渓谷です。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- ミンさん 2012/08/17 15:33:32
- 素敵な写真が撮れましたね。
- YUMEさん、こんにちは。
出陣ねぶたの解説、興味深く読みました。
特に、NHK大河ドラマで放送されている平清盛の時代。
写真に解説が付いていると、より興味深くなりますね。
本当に参加されている方が、生き生きとした表情をされていますね。
シャッターチャンスをうまく捉えているのは、YUMEさんの腕前です。
4-トラのFaceBookに掲載された写真も見ました。
大迫力で、きれいでした。
ミン
- YUMEさん からの返信 2012/08/17 23:26:28
- ミンさん こんばんは
- > 出陣ねぶたの解説、興味深く読みました。
> 特に、NHK大河ドラマで放送されている平清盛の時代。
> 写真に解説が付いていると、より興味深くなりますね。
今まで感覚的に見るだけでしたが、
ワ・ラッセ見て、大河ドラマやっているし見方を深めてみました。
作品の意図がわかるとまた面白いです。
> 本当に参加されている方が、生き生きとした表情をされていますね。
> シャッターチャンスをうまく捉えているのは、YUMEさんの腕前です。
望遠使いみんなの生き生きした表情を狙ったのは良かったのですが
逆に近くのねぶたは近すぎてうまく取れませんでした。
どこで取るかも難しい。
警察の方にちょっと前に出過ぎと怒られてしまいましたが
そこはこらえて乗り越えました。
跳ねるとねぶた鈴がとれたり、あえて見物の人達に投げたりしているので
小さなお子さんとか別のハネトが横切るので結構撮影難しいです。
ちなみに鈴を拾うといいことあるみたいです。
裏話です
夢
-
- まひなさん 2012/08/15 20:35:39
- 素晴らしいっ!
- YUMEさん、こんばんは〜〜
Facebookに写真掲載されてますねー。
ねぶた祭りに行かれたんですねー。迫力がありますよね〜。
私も一度行ってみたいのですが、なんせ遠いです。
某掲示板で車で青森まで行くツアーメイトを募集されている方がいたんで、
その前に何度かやりとりだけしていたこともあって、
行きたかったんですが、生憎休みではない日も入っていたので、
諦めました。そして、彼らは結局8月の後半で青森に行くようなので、
どのみちねぶたは観ることが出来なかったんですけどね。
写真も素晴らしいのでやはり行ってみなきゃと思いました。
でもいつ行けることやら…
- YUMEさん からの返信 2012/08/17 23:13:11
- 関東はお盆明けで道も混んできました
- まひなさん、こんばんは
今回は弾丸に近いねぶたツアーでした。
関西方面だと日本の半分以上の距離みたいな感じですから、
時間がたっぷりある方じゃないと車は難しいですよね。
PEACHでビューンと早く行ける安いツアーがあるといいですね。
ホントはツアーで行くのが一番安いのですが完全に出遅れ
普段の二倍の宿泊費用となりました。苦笑
それでも行って良かったと思いました。
夢
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