2010/04/28 - 2010/05/05
388位(同エリア532件中)
ひさこさん
1〜2日目
なんかどっか行きたいなーとパンフレットを見ていたら、イスラエルのページで、「あー、いかないといけないよなー」と思い、出発日を確認。
カレンダーをみて、素敵なGWで行けるじゃんと、ぽちっとネット予約(笑)
まぁ、高い旅費だけどらしかたがない(゜-゜)
で、下調べしてたら、歴史がすこぶる面白い。ガイドブック見て爆笑したのは、この国が初めてだな。
初めて知ったのだが、ユダヤ人=ユダヤ教徒。ユダヤ教じゃない人はユダヤ人と名乗ってはいけないんたそうだ。
へーほーふーん(-_-)
で、ユダヤ人が何故、ヨーロッパで迫害されたかというと、もともとユダヤ教徒のイエスが「厳しい掟を守らなくても、俺流のヌルイ信仰でも救われるんだぜ。なんせ俺、救世主だもーん、へっへー」とキリスト教を作っちゃったから、真面目なユダヤ人が、「あいつムカツク!俺達の神を侮辱してる!」と処刑したのが原因。
二千年前のことを根に持って、キリスト教徒が迫害しつづけているわけだ、今でも。
すごい解釈だが、そう理解した。
でも、ユダヤ人の国であるイスラエルの観光名所が、キリスト教の聖地巡りだから、おかしな感じだよねー。
飛行機は、直行はなく、ウスベキスタン経由で現地入り。
ここ10年で設立されたウズベキスタン航空。だいじょうぶかなぁ、いろいろ。
と、大丈夫だったけど、10年前の機体で個別モニターないよ(>_<)
まぁ、三列シート独占で横になれたからいいけど。
タシケントで乗継。次は窓際二列シート独占で、まぁ楽だった。
17時間かけて、ようやくテルアビブの空港到着。
でかい、きれい、新しい!
ホールの真ん中に天井から水が滴り落ちて、泉になっとるし。
すげー。あなどしがたし、イスラエル。
で、入国審査。申込時、敵対国に行ってても大丈夫といわれたが、審査で別室に行くよう指示。
敵対国のスタンプがあって、若いと、そうなるらしい。
添乗員さんも別室行きで、合計4人が、ちょっとした待合室スペースで待たされる。
何をきかれるのかドキドキ。
名前を呼ばれ、返事したら、パスポート返されて、もういいよーと。
別室行く意味は・・・(^-^;
なんか拍子抜け。でも、スーツケース受け取りのゲートで、何日滞在するの?とか簡易な質問された。マジ、それだけかよ。
まぁ、ややこしくなくていいけどさ。団体ツアーだし。
で、気を取り直して、観光。
BC2世紀(たぶん)に港町として、ヘデロ王が作ったカイザリヤに行く。ダビデのパパだったかな。
ローマ風の街だったのが、キリスト教徒に改造され、オスマントルコに改造され、色んな年代の遺跡が混ざっていた。
地中海に面しているので、海とのコントラストが素敵。
円形劇場は今でも使われていて、昔、日本の相撲の興行もされたそうだ。
で、お昼は、その遺跡の中にあるレストランで、イタリアン風味。
歴史が浅いイスラエルは、イスラエル料理がないらしい。
昼食後、浜辺に延々と延びる水道橋跡を見てから、バスで北上していく。
世界文化遺産に登録された、十字軍の砦のあるアッコ。
BC16世紀から栄えている港街だか、その遺跡はAC12世紀だから最近だな。カイザリヤ同様、聖地巡礼などで栄えたらしい。
AC16世紀とかかな、オスマントルコが占拠したときに、異教徒の街だから破壊しようとしたけれど、あまりにもデカすぎて、埋め立てて、その上に街を作ったんだと。で、今、中途半端に掘り起こして、現在、修復途中。
シリアでみたクラックドシュバリエという、十字軍の砦並に素晴らしいかと思いきや、埋めたて前の地面まで掘るのは面倒だとかで、3分の2ほどでやめて、現代風なコンクリートで補強復元。
現地ガイドが熱く歴史を語られても、ロマンが感じられねーよ(-_-)
つまらん。
ちなみにガイドは日本人妻。イスラエルでは、異教徒との婚姻は認めてないので、キプロス島で結婚して、証明を貰ったらしい。
で、いい時間なので、ガリラヤ湖のホテルへ向かう。さすがに疲れたが、飯は外になるといわれ、ぐったり。
部屋にバスタブがあったのが救いだな。
レストランは湖畔にあって、どんとテーブルに水道水。
ここの水は、エジプトと違って、ちゃんと平気で、ガブガブ飲めるとのこと。
イランも日本より美味しい水道水だったなー。
飲めるというので、飲んでみたが、なんか変な甘みがあって、いまいち。
食べ終わった後、スーパーに寄ってくれたので、二本ほど買ってホテルへ。
疲れているので、明日の準備もそこそこに、風呂入って寝た。
3日目
6時起床。朝風呂、朝食後、散策。
湖畔のホテルだが、道路一本外側なので、水際にいけないかと探す。
このホテル、しょぼい癖に、プライベートビーチがあるでやんの。
今でも、十分暑いのだが、まだ遊泳禁止。でも、昨日の地中海ではビキニのねーちゃんいたけどなー。
気温は日本の夏と同じだと思うぞ。半袖でないと暑いもん。
今日の観光は、8時出発。
韓国人の巡礼ツアーと被って、狭いロビーが満員だよ!
この湖周辺は、ユダヤ教のえらい人のお墓や、イエスが生まれる前から三十路になるまで暮らしてたところらしく、それにまつわる教会が山ほど。
まずはナザレに行って、マリアが天使に妊娠したと教えられた洞窟の上にある、受胎告知教会へ。
40年くらい前にリニューアルされた教会で、中央に洞穴があって、それを囲むように何度も何度も教会が建てられ今に至っている。
ちょうどミサの後だったので間近に見られたけど、信者でない私から見たら、ただの穴蔵。
ちなみにイエスの時代のナザレは、800×200Mの狭い範囲の村で、今はこの教会と隣の聖ヨハネ教会の敷地になっている。
そりゃ、そんな小さな村で、いきなり「俺、救世主」なんて言ったって鼻で笑われるさ。
つうわけで、イエスはナザレから、追い出されたらしい。
話戻って、その聖ヨハネ教会は、イエスの家族が住んでいた洞穴の上に建っているらしく、地下に行くと覗き窓から、その穴が見える。
昔は中まで降りていけたが、悪さされるので禁止されたとか。
何の感銘も受けないなぁ、やっぱり(笑)
ちなみに、受胎告知教会は、宗派によって告知場所が違うため、ナザレには、マリアが水汲みに行った井戸がそれだとして、ギリシャ聖教の受胎告知教会がそこにあるそうな。そして、聖ヨハネ教会も、住居跡といいつつ、大工職人の仕事場とかいう話もある。
とりあえず、それらしかったらいいのかと(-_-)
考古学的にはイエスの時代のものだから、勘違いだろうが、思い込みだろうが、それを大事にしているのは凄いと思うよ。
次はイエスが結婚式に招待されて、水をワインにしたのを記念した結婚教会を見に、カナの街へ。
先に来ていた敬謙な韓国巡礼者が、賛美歌をうたっていた。
こじんまりした、この教会は、地下に石瓶があり、とても抱えられるような大きさではないが、イエスが奇跡を起こした水瓶だと伝えられているのだと。
ガイドさんいわく、ただの葡萄絞りの道具だろうと。
巡礼者には、そう言ってるほうがウケがいいのだとか。
盲信的なのか?
教会をでようとしたら、イタリアの巡礼者と入れ違う。本気で祈ってたなー。
で、これから昼食だが、ガリラヤ湖を船で横断し、レストランに向かう。
シリアと、うだうだ揉める原因となったゴラン高原側に行くのだ。
2000年前の木造船を模した船で40分の遊覧。
なんか軽快なリズムが流れて来たと思ったら、船員が踊り出す。
あー、このパターンはあれか(-.-;
案の定、一緒にダンシング!とひっぱられる。
何人かでマイムマイムおどったよ。はー(*_*)
今日の昼食は、ペテロが銀貨くわえた魚を吊り上げた逸話から、ペテロの魚と言われる白身魚のまるまる一匹素揚げしたもの。淡泊で味ないし、骨、多過ぎ。
デザートのイチゴシャーベットが、まずかった(ノ_・。)
右手にゴラン高原をみながら、午後の観光へ。
今、PKOで国連関係の軍が駐留しているので、平和なのだとか。
まずは、イエスが宣教の拠点とした跡地カペナウムへ。
子猫が二匹いたので、朝食でくすねた茹で卵をあげたら、バクバクくったよ(^0^)/
イスラエルは、猫がいっぱいで良い国だ。
で、カペナウムには、ユダヤ教の教会跡地があり、聖書の逸話で、そのすぐ近くにあるペテロの家で、イエスが姑の病気を治したってことで、午前中に行った教会のように、その住居跡の上に教会が建っていた。
住居跡っつても、石垣っぽいのがあるだけだが。
次は、移動して、処刑されたイエスが復活して、弟子たちとごはんを食べるときに、取り囲んだ岩を祭った教会を見る。
教会敷地内のあちこちで、いろんな国のミサをやってた。
で、そこは、ガリラヤ湖の浜があり、信者がペットボトルに湖の水を汲みまくってた。
途中、ヨルダン川をちらっとみたが、それは聖水として使われていて、しかも売られている水なのに、茶色い川だった。
綺麗にしようぜ、政府(^-^;
それにしても、今日は岩ばっか見てるような・・・。
次にみる教会は、5個のパンをちぎって、5千人の腹を満たしたという、奇跡を起こした場所にある教会。
幸い、岩ではなく、パンと魚のモザイクがあった。床な上に近づけないので、うまく写真とれない。残念(>_<)
ここで、インド人の集団にであったのでビックリ。観光かな。
で、今日最後は、丘の上にある、修道女が管理する教会で、30年くらい前に建てられた教会。 イエスがここで、「貧しい人は幸せである」とかいう垂訓した場所だとか。
しかしながら、閉門10分前に到着したからか、今日はおしまいと追い返される。
まだ5時前なのに。
しかたくホテルへ帰る。
今日はユダヤ教の安息日で、休まないといけないらしい。真面目に守るなら、家からでない、電気つかわない、火をつかわない、電話に出ず外出せず、静かに家に引きこもると。
ちゃんと守っている人は少ないみたいだけど、でも労働してはいけない日なので、商店街は休みらしい。
しかたがないので、部屋でくつろぐ。土産もかったので、荷物も詰めなおさにゃね。
夕食はホテルのバイキング。
やっぱ、本場のラムはうまー。でも、スイカはおいしくなかった。ジェラートも(-.-;
食べ終わった後、やることもないので、風呂入って寝た。
4日目
朝4時半起床。さすがに早く起きすぎた。
のんびり朝風呂に入ってだらだらしていたら、ちょうど朝日が昇ってくるのが見えた。
めっちゃ真っ正面だな、おい。
しばらく眺めていた。
モーニングコールのあと、そそくさとプライベートビーチの方へ。
おー、貸し切り(笑)
天気がいいと、綺麗だな。
朝食後、昨日、行けなかった教会へ。
一番乗りかと思いきや、韓国人がミサしてた(^-^;
天気もいいし、眺めも最高だが、写真とるには難しいなぁ。
朝で空気は澄み切ってるけど、湖が霞んでるよ(-_-)
女性が管理しているだけあって、庭園の花がきれいだった。
で、次は1時間ほど南下して、聖書の丘として、世界文化遺産に登録されているメギド遺跡へ。
黙示録で、ここがハルマゲドンの場所になる予定らしい。
んー、古戦場のエズレル平野の中にある、ただの人工丘にみえるが(-_-)
街道の要所として栄えていて、何度も滅ぼされては再建した街で、BC40世紀くらいから、遺跡が層になっているとか。
この地域は、廃墟を埋め立てて、新しく家とか建てていく文化らしく、掘れば掘るほど、古い遺跡がでてくる。
で、実際、何があるかというと、土に埋もれた石組。
つまんねー(>_<)
唯一、楽しかったのが、地下20〜30mまで降りて、70mの横穴をとおり、洞穴の下にある泉まで行く隠し通路。
戦争のとき、外まで水汲みに行けないから、掘ったとか。
そこを通って遺跡の外に出た。下り階段が網で下が見えてて、スリル満点だったな、うん(^^)
そこから、また1時間ほど南下して、パレスチナ自治区のエリコへ。
特にやばくはなく、検問所の人に挨拶して終り。
西岸のガザ地区は、誰がイスラエルと仲良くするか!っていう、ハマスっつう過激組織がいて、なんやかんやニュースになるが、他のパレスチナ自治区はハマスがいなくて、イスラエルと仲良くやっていっているのだとか。
で、ここに何があるかというと、一万年前の街の遺跡がある。当時の日干し煉瓦が残ってたりして、すごいっちゃすごいが、土に埋もれていて、つまらん。
背後には、イエスが悪魔に誘惑された山があり、赤いロープウェイが行き来して、なんか雰囲気ぶち壊しだな。
ここで、一階が土産物屋さんになっているレストランでバイキング。
パレスチナは、イスラム人の街なので、シシケバブがあった。うまかった。
食べ終わると、お買い物タイム。9個で36ドルをダメもとで30ドルって言ったら、どこから来たの?と聞かれたので、日本と言ったらあっさりオッケー。
最近、日本のジャイカ(アルファベット忘れた)が、病院や道路とかいろいろ建ててくれたから、感謝されているとのこと。
国際貢献バンザイ(^0^)/
午後は死海文書がみつかった、クムランという信者たちの住居跡地を見学。崖にぽっかり穴があいているのが、死海文書が隠されていた場所。
ただの穴に、感動はしないな。
そこからは、綺麗に死海が見えていた。
で、売店があったので、アイスでもたべようかと見ていたら、添乗員さんが無言でやってきて、がさがさとアイスを探し始める。
なんでも、めちゃめちゃうまいアイスがあるらしいが、残念ながら売切れみたいでなかった。
添乗員さん、がっかりしてた(笑)
このあと、死海のリゾート地のエンボケックヘ。
あいかわらず、湖が蒸発しまくっているらしい。
今日泊まるホテルは、高級ホテル。シャワールームとバスタブに別れてて、広いし、ポットあるし、死海を眺められるようテラス付きだし。
贅沢だのー。
さっそく着替えて、海岸線まであるく。プライベートビーチないのかよ、ちっ(-_-)
防波堤に囲まれたビーチは、なんかいまいち。
なまじヨルダン側が、プライベートビーチで、眺め最高だったからなー。
とりあえず、浮いてみた。
泥がおいてなかったのは残念だが、死海の水は肌にいいようで、つるつるになった。
すげー(゜_゜
長時間浸かると体に悪いので、早々にあがり、ホテルのプールへ。
ここも塩分が含まれているそうで、浮く浮く。
適当にぷかぷかして、部屋に戻る。
明日は、マサダで日の出観賞なので、モーニングコールは4時。
今日買った荷物詰めして、早々に寝た。
5日目
日の出を見に行くので、3時半起床。
朝風呂後、ポットで湯を沸かし、紅茶入れて、昨日、バイキングでくすねたパンを食べる。
外真っ暗、ホテルの中も真っ暗。懐中電灯のお出ましだ。
さすがにロビーは明かりついてたけど。
夜明け前、マサダに向かう。
ここはBC1世紀に、ヘロデ大王の時代に砦にされた山である。
海抜0m。死海は海抜マイナス400mなので、標高400mとなる。
約1000人住んでいたらしい。 で、AC70年にローマ軍に攻められて、3年篭城して、流石に持ちこたえられなくなって、数人を残し、誇り高く集団自決した所である。
ユダヤ教でも自殺はご法度で、まず親が子供を殺す、夫が妻を殺し、残った男たちは籤引きで選ばれた10人に殺され、最後にその10人を街のリーダーが殺し、自分は自害して地獄に落ちたと。怖くて隠れていた女子供が、ローマ軍に見つかり、それが現在に伝わっているところである。
ちゃんと籤引きで使用した名前入りの陶器の破片が見つかっているので、全くの嘘ではない。
ちなみに、映画マサダのロケ地。つうか、まさしくここなんだが(^-^;
太陽が昇れば暑くなると思い半袖で来たが、いきなり雨。
かなり珍しいらしい。雨が止んで、山頂にロープウェイで昇っても雲は晴れず、風がびゅーびゅー。寒いぞ(>_<)
朝日なんて見に来る物好きはいないと思っていたが、昨晩から女子高生がここで夜明かししたようで、きゃいきゃい騒がしい。どこの国も同じだな。
しばらく待ったが雲は晴れず、遺跡見学開始。山の上だからか、やたら鳥が間近で飛んでいた。
当時の建物はたいぶ崩れちゃっているけど、当時のフレスコ画やモザイクが所々、残ってた。
ここの最大の見所は、北の宮殿。崖を利用して作った段々になっていて、今の建築家も大絶賛。
何が凄いかって、外側に階段を作るのはもちろん、内側も崖をくり抜いて通路を作ったところだそうで。
時間の都合で、北の宮殿は上や横からみるだけ。まぁ、基礎部分しか遺ってないけどね(-.-;
ローマ風呂跡や教会跡、城壁跡をみる。城壁の向こうは崖で、はるか彼方の下の方に、いくつものローマ軍の駐屯地が残ってた。
プールや南の宮殿跡を見て終り。
下のロープウェイの所に、死海の化粧品(アカハだったかな)の店があって、なんか皆、必死に買っていた。かなりいいらしく、1万円以上、平気で買っていた。すげーな。
で、ホテルに戻って、遅めの朝食。出発まで、のんびり風呂に浸かった。寒かったからなー(-.-;
再び観光へ出発。
ペトラを作ったナバテア人が、交易の中継点に作った砂漠の街マムシットへ。
砂漠といっても、岩とかゴロゴロしている荒野だが。
香料などを運んだので、イノセントロードといわれている道と、そこに点在する遺跡を含めて世界文化遺産になっているらしい。
BC3世紀にできた街で、サラブレットの先祖にあたる馬で財をなした豪商の家や、後に作られたキリスト教会などがある。
教会跡地には十字架の沐浴場があって、どう考えても子供しか入れないんじゃないかという細さ。みんな、細かったのか??
で、遺跡見学中、雨。しかも土砂降り。
かなり珍しいとのことで、傘なんて用意してない。
びしょ濡れで観光を続け、バスに戻る。降ってた時間は短いが、なんだかなー(-_-)
寒いぞ。
次は、テルベエルシェバに。
聖書にでてくる、アブラハムの井戸のあるところ。よくわからんが。
さすがにここは、晴れていた。
BC12世紀から人がすんでいたらしく、見学するのは、一番栄えていたBC10世紀くらいのもの。
街の正門跡地には、当時の井戸が残っていて、深さ70m。おー、底が見えない。
残っているのは、石垣だけ。あんま古いとダメだな。いちおう、ここも聖書の丘らしい。
端のほうにメギドと同じように、外に水を汲みに行く地下通路があって、ヘルメット被って、そこを歩く。ただの穴だな、うん。
そこをでると、遺跡に入るゲート前にでてきた。こうなってるのね、ふーん(゜_゜
ここでランチタイム。
ケバブ風だったが、いまいち。これ!っていう食べ物ないなー(-.-;
昼食後、エルサレムへGO!
2時間ほど走って到着。イスラエルは四国ほどの大きさしかないから、移動時間は短いな。
移動中、初期の高山病には、バファ●ンがきくことが判明。高山病の弱い薬と成分が同じなんだそうだ。
ホテル到着後、まだ明るいので、ツアー仲間と誘い合って、旧市街へ。
15分ほど歩いて、旧市街を取り囲む城壁に到着。ここは、きっちり城壁が残っていて、中に入るには、8つの門があり、私たちが入ったのは、ダマスカス門。
昔、この門からシリアのダマスカスに向かって道が続いていたから、そういう名前だとか。
夕日があたって、なかなか綺麗。
一番賑わっている門らしく、外から露店や店がひしめき合っていて、すごくアラブ的(^-^)
それもそのはずで、道をはさんで、イスラム教地区、キリスト教地区に別れているからだ。ユダヤ教地区は南のほう。
仲が悪いわけではなく、宗教的に別れていたほうが、支障が少ないからだとか。イスラム教ならラマダンが、ユダヤ教なら週一の安息日があるから。
エルサレムはBC9世紀にユダヤ教の聖地として、神殿が築かれたのが最初かな。まぁ、4千年くらい昔から人は住んでいたみたいだが。
で、AC1世紀くらいに、イエスがここで処刑され、キリスト教の聖地に。のちに、イスラム教の開祖マホメッドが昇天したのがここで、聖地に。
各宗教の聖地なので、ずーっと取り合いで戦争して、ユダヤ教の神殿が壊され、一部の壁を残して、今はイスラム教のドームができてたりする。
そのユダヤ教の神殿の壁が、嘆きの壁で、今の聖地になっているのだ。
かつての栄光と、国を追われ、さ迷い人となった身の上を嘆いていたから、嘆きの壁らしい。
で、ダマスカス門を入って、香辛料の香り漂う道を進んでいくと、教会が。気になって入ると、ミサの途中だった。
なんの教会かというと、イエスが処刑されるために十字架を背負って歩いた道に縁があるらしい。
イエスの生存中はキリスト教が、まだ確立されていなく、ユダヤ人だった彼は、年に一回、エルサレムに巡礼に来ていたそうで、その時に捕まったのから、ここで処刑されたのだと。
それについては、あさって観光するので、写真だけとって、土産物屋に。
オパールと銀細工の店があって、俺が細工している本物だと、ライターであぶって見せられた。
偽物だと溶けたり、変色したりするらしい。へー(゜-゜)
銀のチェーン付きで40ドルといっていたが、買う気ないので、適当に話を聞いていたら、どんどん値段を下げて半額に。
いらないのになーと困っていたら、一緒に行動していたお姉さんズが、それなら買うわと何個か買っていた。
とりあえず半額までねぎれるんだな、うん。
そろそろ日が暮れるので、ホテルに戻る。
夕食はバイキング。そこで、明日の朝のことを添乗員さんが言ってきた。
なんでも、イタリア人が400人泊まっているので、早めに朝食をとらないと、えらいことになると。
400人て、巡礼をかねた修学旅行か!?(>_<)/?
ホテル内で見かける欧米系はジジババが多いから、本気で真面目な巡礼なんだろうが、400人て(-_-)
おそるべし、聖地。
食べ終わり、部屋にかえると荷物づめして、さっさと寝た。
6日目
なんか、今日も早めに目が覚めた。まぁ時差ボケ少なくていいけど。
モーニングコールを待って朝食に。
今日はエルサレム周辺の丘とベツレヘムへと向かう。標高700mなので、今の日本より肌寒い。
夜は、ライトショーがあるので、防寒対策しっかりしないとな。
午前の観光は、エルサレムの一部。
イエスが毎回登って、神殿を眺めたオリーブ山(丘だが)に登って、エルサレム全景を見学後、イエスが捕まえられた場所に建てられた万国民の教会を見学。カトリックとかの宗派関係なく寄付されたお金で建てられたから、そんな名前なんだそうだ。
そこの敷地内には、樹齢三千年のオリーブの木があって、本当にこの場所がそうなら、捕まる現場を目撃した木になる。
さすがに世界中から寄付金がくるだけあって、豪華。内部が薄暗いのはイエスの葛藤を表しているそうだ。
そのわりに、装飾、派手だよな。
次は近所にある聖母マリアのお墓を祭るギリシャ聖教の教会へ。洞窟に墓があったため、地下に降りていく。
広い階段の両脇には、マリアの両親の墓があり、天井には信者から寄贈された香炉が下がっていた。
ちょうど、朝のミサの時間にぶつかり、しばらく見学。
東方教会のミサは初めてだな。
香炉を手に、それを振ったりして祈りの言葉を唱えていた。
ずっとは無理なので、適当な所で、次へ。
エルサレムに入り、イスラム教の聖地、岩のドームへ。
岩のドームというが、モスク。
旧ユダヤ教神殿の跡地に、ででーんと金ぴかモスクが建てられたのだ。
かなり広い敷地内に建つ岩のドームは2000年迄は、一般人も入れたが今はダメなのだと。
この中には、モハメッドが打ち付けた黄金の釘があり、19本あったが、今は3本だけ。で、その釘が全部抜け落ちると、世界が滅びるらしい。
そろそろ滅びるんじゃないかな(゜-゜)
中に入りたかったなぁ。
黄金の屋根がキラキラして、青いモザイクが輝いて、綺麗だった。
そこで、写真をとり、遠目にマグダラのマリア教会を眺め、次は嘆きの壁へ。
壊された神殿の西壁になるので、現地では西壁と呼ばれている。
セキュリティチェックを経て、中に入ると、なんだか人がいっぱいで、音楽もなり、騒がしい。
今日は月曜日なので、ユダヤ人の成人の儀式が行われており、親戚一同で歌えや踊れやのお祝いらしい。
信心深い家や、そうでない家も、男の子が13歳になったら、聖書の一文を壁に向かって唱えて、成人となる。
日本でいう七五三のようなものと、ガイドさんは説明した。
男女で祈る場所が決まっていて、左は男、右は女。
ついたてごしに男性側をみれば、頭に四角い箱をのせて、壁に向かって、ぶつぶつ。
箱の中には聖典が入っていて、頭と腕にまかないといけないらしい。
その後、一族で歌ったり踊ったりしながら、パーティー会場に向かうらしい。
陽気な音楽で、楽しく踊りまくって、それを撮るビテオカメラマン。主役は、浮かれている親族とは対象的に、恥ずかしいのか大人しい。
ある一団には、研修旅行に来ているイスラエル兵が乱入して、激しくダンシング。おめでたいから、大歓迎らしく、皆で輪になっておどってるし(笑)
なんか、ブラジルのカーニバルを思い出すな。
お祝いということで、キャンディーもらった(^-^)
あちこちから、同じ音楽が聞こえて、いたるところで、お祭り騒ぎみたいだった。
誕生日の週に行うようで、月木曜日が、その儀式の日。つまり、週二回、嘆きの壁周辺でお祭り騒ぎというわけだ。
ユダヤ教、なかなか楽しい宗教だったんたな(-_-)
次は、第二神殿があったころの南にある遺跡見学。
イエスがうろついていただろう遺跡で、門に続く階段が残っていて、そこでイエスが民衆に教えを説いていたんだそうだ。
ふーん(゜-゜)
ようやく、お昼。
歩き詰めだったから、冷えたコーラが美味い。
午後は、イエスが捕まった時に、「そんな人しらない」とペテロが嘘をついた逸話から建てられた鶏鳴教会。
3回目の嘘で、ニワトリが鳴いたから、この名前。
この教会は、イエスが処刑前に入れられていた独房がある。貯水槽をそのまま再利用しているので、腰に縄付けてぽいっと、天井から入れられたらしい。
外には、捕まえたイエスが引っ立てられたであろう階段があった。
次は、パレスチナ自治区のベツレヘムへ。あの一時期、話題になった分離壁をとおって、入る。ちなみに、この分離壁、全部囲ってるわけでなく、一部だけらしい。
で、パレスチナ人が、やたらイスラエルで、自爆テロやら爆発テロやらを起こすので、その壁を作ったところ、ぴたりと止んだとか。
一方的にイスラエルが悪いように日本では報道されているが、迂闊にスーパーにすら行けない状況での対策なので、しかたがないかと。
ベツレヘムは、イエスが生まれた場所で、今はアラブ系クリスチャンが住んでいる。
3つで1ドルとか、土産物売りがいて、あー中東だなーと実感する(笑)
で、イエスが産まれた馬小屋(洞窟)の上に建てられた、聖誕教会を見学。いろんな宗派の祭壇や教会がくっついている教会で、その洞窟はギリシャ聖教の管理っぽい。
列に並んで、その洞窟を覗く穴のある部屋に入るわけだが、遅々として進まない。
熱心な信者が多く、お祈りしたりで、進まないのだ。
待っていたら、ローマカトリックの午後のミサが始まり、一時待機。次にアルメニア系のミサが始まったが、見学が再開され、ようやく中へ。
穴が星になるよう装飾され、ランプが飾られているが、さっぱり見えなかった。まぁ、いいけど。
外にでると、ギリシャ聖教のミサしてた。
ビザンチン時代のモザイクを見た後、クリスマスの時に、全世界にテレビ中継されるミサが行われる礼拝堂、地下の礼拝堂などを見て、おわり。
地下の礼拝堂では、クリスマスソングが歌われていた。いちおう、賛美歌になるのかな。
あとは土産屋さんによって、エルサレムキャンドルを買った。
伝統工芸で、外側に飾りを施したもので、中のロウが溶けても外側は残るというもの。残ったものは、器として中に蝋燭をいれ、何度でも楽しめるようになっている。あんまし、綺麗な柄なかったけど(^-^;
夕食後、ダビデの塔で光と音楽のショーへと向かう。
遺跡に映像を映すわけだが、最近の技術すげー(゜_゜
エジプトの神殿のショーは、色とりどりのライトあてるだけだったのに。
さすが、インテルの研究所がある先進国だな。
ショーが終わってホテル到着。明日の夜、帰国なので、荷物詰めだ!
スーツケースあけられるので、綺麗にいれないとな。全部出して見せろとまでは言われないらしいが、かなり見られるに違いない。
明日もそれなりに早いので、頑張って荷造りして寝た。
7日目〜帰国
今日の夜のフライトで、帰国である。はやいなー(-_-)
無事、出国できることを祈ろう。
今日はエルサレムの旧市街と、重要な交易港であったヤッフォを観光後、テルアビブに向かう。
一番最初の観光は、嘆きの壁トンネル。なにかというと、2千年前のユダヤ教神殿の土台の壁のところを掘ったもので、端から端まで歩けるというもの。
門の跡やら貯水池跡もあるが、まぁ、ただのトンネルだった。
トンネルの終着点が、ヴィアドロローサといわれる、イエスが十字架を背負って歩いた道。
巡礼者集団が幾つもいて、中には大きい十字架を抱えて歌いながら行く集団もあった。
この道には、要所、要所、逸話のあるところなどがあり、私たちが歩き始めたのは、二番目で、鞭打ちされて十字架を背負わされた場所。一番目は、小学校の中なので、みれないんだと。
二番目には、鞭打ちされたところと、十字架を背負わされたところと別々に教会が建っていた。
で、聖母マリアが泣いてた所、手をついた壁、汗を拭いてもらった家の柱などを辿っていく。当たり前のように、その箇所ごとに教会がある。
最後はゴルゴダの丘にある、聖墳墓教会にたどり着く。
ちなみに、この道を信者が歩くようになったのは、イエスが死んでから、800年後のことなのだそうだ。
まぁ、信者がそうだというんだから、それでいいんだろうなぁ。
聖墳墓教会には、イエスが張り付けにされた岩、死んだ後に降ろされた所、死んだ後に神の雷で岩が割れた跡、イエスの墓がある。
とにかく、やつらは覆い隠すように教会を建てるので、張り付けにされた岩を触るのに、穴に手をつっこむことになる。めっちゃ並んで、ちょろっと触りましたとも。
ベツレヘムの聖誕教会同様、キリスト教の各宗派の礼拝堂や祭壇がくっつきまくった教会になっていて、一番強いのはギリシャ聖教で、あとは弱小のアルメニアやコルト、エチオピアなどいろいろ。
時間もないので、イエスの墓は外から見るだけ。もう、各国の巡礼者で込み合っている状況だ。
ちなみに、各宗派がここの教会の覇権を巡って争いが絶えないのだとか。聖職者のくせに。
このあとは、昔の商店街跡であるカルドを見て、イエスたちが、最後の晩餐を行ったとされる広間を見に行く。
広間は、イメージしてたのよりは、狭いが、小さな公民館の部屋くらいはある。
まぁ、十時軍時代の柱と屋根があり、後、イスラム領になった時に礼拝堂に使われたまんまなので、有り難みがないんだが。
で、午前の最後は、ダビデ王の墓を見学。熱心なユダヤ教徒がお祈りしてた。
昼食後、テルアビブに向かう。
特にみるものはなく、近代的で画期的な建築物が多いとのことで、世界文化遺産になってるが、ただの都会。まぁ、市内を車窓見学したのち、海岸へ。
5月から泳げるので、いっぱい海水浴客がいた。
夏だなー。
でも日蔭は西風が吹いて、すごく涼しい。地中海性気候の特徴らしい。
ぶらぶら海岸線を時間潰しで散策後、ヤッフォへ。聖書では、ヨッパって名前らしい。
ここでは、聖ペテロ教会を見学。
ペテロが神様から、豚でもなんでも食べていいんだよ、と夢でお告げを貰った場所なんだそうだ。ユダヤ教は食べていい生き物が決まっているから。
で、そこからヨーロッパに宣教しはじめたんだと。
教会は海辺に建っていたので、日暮れの景色が素晴らしい。
そこから、オリンポス神話のアンドロメダが海の神に捧げられたときに縛られた岩場が見えた。
何を根拠に、その岩だというんだか(^-^;
写真をとっていると、あちこちで花嫁が写真をとっていた。珍しがってみていたら、ツアー仲間の黒い日傘が目に留まったようで、カメラマンが貸してくれと。
それをもって、花嫁がポーズ。同じツアーの人たちも、ばしばし写真とっていて面白かった(^-^)
あと、路地に入って、ペテロが泊まったシモンさん家を見に行った。今でも人が住んでいるので、中の見学は出来ず。
この家ですよーと案内されて、早めの夕食へ向かう。まぁ、人様のお家に、どかどか入っていくのも、どうかという感じだからな。
海岸線までおりて、シーフードレストランで、スズキを丸々一匹いただいた。可もなく不可もなくという感じ。
さて、いよいよ出国!
セキュリティが厳しく、スーツケースの中身を見られ、いろいろ質問されるらしい。
スーツケースのX線検査で、たいていダメだしくらって、開けての検査になる。大丈夫なら、シール貰って、チェックインカウンターへ。
みんな、続々とスーツケースを開けるよう指示されてるよ(-.-;
ドキドキしながら、スーツケースを渡し、出て来るのを待つ。
じーと検査の人がチェックして、ボタンをポチ。ぺっと吐き出されるように、私のスーツケースが吐き出され、ぺたりとシールを貼られる。
はい?(゜_゜
ワインやらいろいろ、引っ掛かりそうなものありましたけども??
なんか拍子抜けだよ、ぷー(>_<)
一発合格だったのは、20人中2人だけ。どういう基準なんだろうな。
ぱかっと開けるだけで終わっている人や、全部出されて開けられている人もいた。
むー、よかったけど、開けるつもりだったから残念。
あとはスムーズに、出国。夜の10時過ぎだけど、免税店は開いていた。
関空より充実してるぞ、中のショップ。
そこで最後の買い物をして、飛行機へ。
なんだか、普通の国だったな、イスラエル。
とりあえず、有名所は押さえたツアー内容だった。
テルアビブてか海が綺麗だったので、リゾートに来るにはいいかもしれないが、出国手続きがなー(^-^;
エルサレムは、また来れたらいいなと思った。
-
テルアビブ
-
カイザリアの遺跡
地中海がきれい! -
聖書によく出てくるガラリア湖の朝
-
受胎告知教会のマリア様
-
受胎告知されたマリアの住居跡地らしい
-
イエスがパンと魚の奇跡を起こした教会の入り口
-
エズレル平野。
ふるーい古戦場 -
アブラハムの井戸。
BC10世紀かなー。
深さ70mでそこが見えない -
-
マサダ砦の夜明け
-
死海文書が見つかった洞穴。
クムランの遺跡 -
イスラエル側の死海。
-
万国民の教会
イエスが捕らえられた場所 -
エルサレム
-
嘆きの壁。
週に2回、成人式のお祝いで大騒ぎしている。 -
イスラム教の岩のドーム
-
-
-
イエスが十字架を背負って歩いた道
ヴィアドロローサ -
200年前からそのままのはしご
聖墳墓教会 -
イエスがはりつけにされたゴルゴダの丘。
岩を触るには、穴から手を入れないと駄目 -
-
鶏鳴教会の屋根
風見鶏ではない -
イエスが一晩いれられていた独房。
元貯水槽なので、上からつるされて入れられた -
ヤッフォの海。
後ろに見える岩礁は、アンドロメダが生贄にと縛られたところ。 -
夕刻、ヤッフォの街角。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
エルサレム(イスラエル) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
エルサレム(イスラエル) の人気ホテル
イスラエルで使うWi-Fiはレンタルしましたか?
フォートラベル GLOBAL WiFiなら
イスラエル最安
465円/日~
- 空港で受取・返却可能
- お得なポイントがたまる
0
26