2012/07/28 - 2012/07/29
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katharinaさん
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日本三名城(諸説あり)の一つ熊本城をかねがね見たく
その想いが叶った嬉しさは一入である。
大阪城、名古屋城共に天下普請。しかし、熊本城は何と言っても
一大名である加藤清正の居城だから恐れ入る。
最初は、隈本城だったらしいが、清正がつくりの畏の字を嫌って
熊本城にしたらしい。
この写真は、宿泊ホテル(日航)から撮ったもの。
背景の阿蘇の山脈が城の勇姿を際立たせているようだ。
昼も夕方もライトアップされた夜間も早朝も窓から見える
城に見入ってしまった。それ程に美しかったのだ。
良い旅だった。
城見学は事前に熊本国際観光コンベンション協会へ連絡を
入れ、ガイドをお願いしておいた。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- ANAグループ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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-
19時に天守閣へ向かう正面入口、頬当御門付近に集合し
「ちょっと怖〜い話ツアー」に参加。
ボランティア・ガイドによる一時間のツアーだ。
頬当御門。名の由来は奥に見える大天守を顔とすると
頭に付けた甲冑の頬当てが丁度、門に当たるからという。 -
熊本城の大天守と小天守。
並列して建てられているように見えるが
連結している。
この広場で二人のボランティアさんによる手振り身振り
満載?の「怖い話」?が始まった。子連れが殆ど。
城に関わる怖い話ではない。 -
城も夕陽を浴びると華麗になる。
実に美しい! -
場所を移動し、数寄屋丸二階櫓の奥の部屋で「怖〜い話」
第二弾を聞くが途中退席する・・・子ども対象だったので。
でも数寄屋丸櫓に入れたことは貴重かも。 -
行幸橋の手前にある加藤清正の銅像。
リアルな雰囲気。 -
朝の坪井川。水が綺麗でどちらが本当の空か
わからない程、鮮明に景色を映しだしている。 -
坪井川沿いの長塀(重文)。日本一長い塀だ(242m)。
この川と塀に沿って歩くと、何故か疲れない。 -
上記、長塀の内側。迎撃を可能にする為の足がかりらしい。
-
九州の方言で「さるく」とは、「歩いて回る」という意味。
ボランティア・ガイド付き「さるく」は30以上のコースあり。
その中の一つ「いざ、熊本城へ」さるくに参加すべく
朝、10時に櫨方門に行く。
我々二人にガイドさんがついていただくという
贅沢なツアーが始まった。 -
随所に石垣のカーブが見られる。
-
見たかった二様の石垣。後方に見えるのは熊本城。
右手前は清正一流の石垣で緩やかめの勾配、
左が細川氏初期の石垣で急勾配となっている。
清正の石垣は穴太衆のもつ技能が駆使されている
のだろうと推察すると胸が躍る。
通称、「武者返し」といわれる敵が登り難い勾配は、又、
曲線の美としても類をみないそうだ。 -
城内から見た第三の天守とも言われる宇土櫓。
石垣の高さは城内一。
内部に入り、5階迄、階段をせっせとのぼる。 -
同櫓の狭間。
敵から身を隠しながら鉄砲や矢を放つ小さな窓。
城には不可欠。 -
宇土櫓内部。
黒光りする廊下は先方がやや低めとなっている。 -
同櫓最上階から望む大小の天守閣。
暑い日だった。しかし、最上階は
風が頬に心地よかった。 -
闇(くらがり)通路。
本丸御殿大広間の床下にあたり、当時としては
珍しい地下通路である。本丸御殿に向かう。
何だか不思議な空間である。 -
清正により創建された本丸御殿は、西南戦争(18779)で
焼失。
しかし、復元構想が進み、平成15年に着工。20年に
地下1階、地上3階の全貌が現れたのだ。
その大広間は手前から60畳、35畳、28畳、24畳の部屋が
連なっている。
一番奥が「若松の間」、その奥に「昭君の間」がある。 -
「若松の間」
藩主が君臣と対面する部屋。 -
最も格式高い部屋「昭君の間」。
障壁画は中国の故事「王昭君」の物語がきらびやかに
描かれている。
豊臣秀頼を迎える為の部屋とも言われる。 -
-
華麗な折上格天井。
草木などを描いた天井画60枚が格子状に並んでいる。
極彩色で華やかだった。 -
いざ、天守閣へ。
清正の家紋である蛇の目と細川家の家紋の九曜紋が
迎えてくれる。
右上に敵を怯ませる鉄串(忍び返し)が見える。
昭和35年(1959年)に再建された熊本城天守閣。3層6階のうち、
1階〜3階部分が、熊本市立博物館の分館となっている。 -
小天守にある井戸。
清正は朝鮮出兵時の篭城戦で水の重要性を痛感し、
多数の井戸を掘らせた由。かっては120あったが、
現在は17の井戸が現存している。 -
細川家の参勤交代用の御座舟「波奈之丸」の図。
-
天守閣からの眺望。
中央右に宇土櫓が見える。 -
これは小天守。
1階のみで天守には入れない。 -
本丸の西側にある凹型の石。「横手五郎の首掛け石」とも。
五郎の父が清正と一騎打ちして死んだことで、清正に
遺恨をはらしたいとの思いが、清正に知られ・・・結果
清正の指示で井戸の中にいる五郎の頭上に落とした石を
両腕で受け止めたとか・・・? -
櫨方(はぜかた)門から天守を目指して、石段を
上がっていくと突然のように左に平らな面が出現。
石が敷き詰められている。
地図石といわれるが、何処か特定の地図でもなく、
熊本城の平面図とか諸説あるらしい。 -
熊本県立美術館へ賤ヶ岳合戦屏風(八曲一双)を
観に行き、その帰りの二の丸広場から眺めた宇土櫓と
大小の天守閣。 -
西大手門。
-
大御台所の階上にある食事場所。
蝋燭を連想させる間接照明がいい雰囲気を醸し出している。 -
これが階下の大御台所。
観光客の姿が見られる。 -
写真が本丸御膳。
熊本藩に関係する飲食物製法書の料理再現と
説明書きにあった。
熊本名物の辛子蓮根、一文字ぐるぐる、朝鮮飴も
並んでいた。 -
入口に陣羽織があった。
記念撮影用。
左が清正の家紋「蛇の目」 -
城彩苑内部の通り。
熊本県下の特徴ある23のお店が並び
訪れる人の目と胃袋を満たしてくれる。 -
桜の馬場 城彩苑 総合観光案内所。
「さるく」の受付もここ。
熊本夏の三大火祭りの一つである山鹿灯籠まつりの
灯篭が入口に並び、雅やかな灯りで目を楽しませて
くれた。
因みに、参加者には①熊本の名水②瞬間冷却剤
(保冷剤にもなる)③缶バッジ(謹んで返却した)の
3点をいただける。
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