2012/07/11 - 2012/07/14
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tiengvietkhoquaさん
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人生最後の旅の続き。
1994年ごろ。今から18年前、一ヶ月間サイゴンに居た事があった。確か日本からの直行便が出来るという噂があった頃だ。あの当時はベトナム語を覚えるために大学の語学教室に行っていたが、難しくて諦めてしまったのだった。
今回サイゴンを訪れてみて、つくづく感じた。
何もかも違う。
私自身も若かったし・・・。
しかし写真を頼りに形跡を探してみよう。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 3.5
- ホテル
- 2.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩 バイク
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
これがフエで買ったバスのチケット。南バスターミナルから出発で510000ドン。寝台バスらしいが、どんなものだろう。
-
二枚綴りになっていて、後から分かったが、これは食券だった。
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背もたれは壊れていて、年中下がりっぱなし。しかし背もたれの後ろに靴を入れる所と後ろの人が足を入れるスペースがあるため、意外と丁度良い角度になっていた。それほど疲れなかったし、足もちゃんと伸ばせる。
-
ベトナム人は写真に撮られるのが好きだ。
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昼休憩。
2時間以上走ってやっとダナンだ。下手すればバイクより遅い。何故か?
それは運転手が途中で客を乗せるために何回も止まったからだ。恐らく途中で乗せた客の乗車賃は自分の懐に行くからだろう。時には電話でやり取りしてUターンして戻ってでも客を乗せる。そして警察のチェックでも時間を取った。
まあ、キューバでもあった話だ。キューバの場合は違法のエビやチーズ売りがよく警察に捕まっていたな〜。 -
食券を渡して昼食。バスが酷く揺れるし、途中乗車した人達が通路で寝ていて、トイレにも気軽に行けないから、殆ど食べなかった。
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二回目の食事。何回も止まりすぎて、夜の9時ごろになってしまったよ。
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夜中はこんな感じ。電気も消えるし、昼間ガンガン鳴らしていたDVDの音楽番組も音が少し小さくなった。が、
相変わらずクラクションを頻繁に鳴らすし、運転手の携帯が“ティロティンティン、ティロティンティン、ティン!”(ベトナムに長く居るとこの音に苛立つ)となり、「アロー!!」から始まり、延々とドデカイ声で話し始める。
ウトウトとしか寝れなかった。 -
サイゴンには朝の8時ごろ付いた。夜中は人を乗せなかったから、意外と早くついたようだ。
とりあえずファングーラオ通りに行き、ホテルを見つける。 -
一泊200000ドン。フエに比べてこの差はいったい何なのだ?
天井が低くて真直ぐ立てません。
一応エアコン、トイレ、シャワーも付いているが、他の部屋が開き次第換えてもらおう。 -
街の中をフラフラしてみる。
なんとなく見覚えのある風景だ。
ロータリーの場所や道の形が18年前と同じ感じだが、建物は殆ど新しくなっている。 -
この市場は変わらない。
しかし、以前はこの市場の前に枯葉剤の被害者が沢山居て、通行人からお金を貰っていた。スケートボードのような物に乗った人や、手足がお腹あたりから出ている人。ダンボールの上にエビ反りになって、そのまま放置されていた人など、さまざまだった。
今は観光客も多く、政府が許さないのだろう。 -
ファングーラオから少し南に行った所にある川。橋の上から撮った。
どこかで見たような風景だ。 -
そしてこちらが18年前。両脇にはオンボロ小屋が沢山在ったが、今では全部撤去されていた。
川の汚さは変わらない。 -
ホテルニューワールド。
手前にはここにもオンボロ小屋が沢山あった。
通りでは子供達がダンボールの上で勉強していて、勤勉だな〜と思った覚えがある。 -
現在のホテルニューワールド。
形が特徴的なので簡単に分かった。もちろん外装も内装も新しく変わっていた。 -
手前の小屋は撤去され、公園になっていた。
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変わったもんだ。道の幅も昔と全然違う。
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昔よく利用していたシクロの人達。今はどうしているのだろう?
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ホテルのあったブイビエン通りをふらふらしていると・・・
「お〜!!」
お互い顔を見た瞬間声が出た。
覚えていてくれたのだ。18年前だよ。しかも一ヶ月だけしか居なかったのに。 -
この写真をみんなに見せたら、「これは別人だ」とか「昔の方がジジイに見える」とか言っていた。確かに以前は歯が無かったのに、今は付いていた。
身なりも小奇麗だ。「今は何しているの?」と聞くと似たり寄ったりのセーオムだった。「シクロは遅いから駄目」だって。 -
一人に会えば後は簡単。
この人は年中ボッていた。サウーな人だったが、今は少し落ち着いたようだ。
もう一人の若いシクロ乗りは大分前に死んでしまったと言っていた。 -
ホテルのあった路地。
左の看板を頼りに探す。 -
現在でも看板があったが、ホテルは改築され別のオーナーがやっていた。他の建物も新しくなっていたが、なんとなく、この通りの雰囲気は変わっていないような気がする。裏路地だからか?
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昔の国営デパート。階段が特徴的だ。
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こちらが現在。階段が残されていて、思わず頬ずりしたくなった。
エスカレーターが横についているが、間違いなくここだ。 -
さて、思い出の場所探しもそうだが、今回はサイゴンの平和村も訪ねてみるのも予定の内だ。
これがツーズー病院。
この中の一部が平和村になっている。 -
最初はメールできちっと目的やどんな団体に属しているのかなどを送ってから来てくれと言われたが、ハノイの平和村の知り合いに助けてもらって、入れてもらえることになった。
べトちゃんやドクちゃんで有名だから、恐らく沢山の人達が見学に来るのだろう。 -
ここには30〜40人ぐらいの人達が居るそうだ。
親に見捨てられた子供も多いらしい。 -
ここにもハノイ同様、学生のボランティアが沢山きていて、子供達と遊んでいた。
-
-
ハノイでの経験もあったし、枯葉剤の被害者に何回も会ったことがあるがら、普通に子供達と遊べた。
もし日本からここに直接来たら、また別の接し方だっただろうと思う。 -
この子は目が無い。塗りつぶされたような感じになっていた。
自分の顔を叩いていたので、暫く背中を撫ぜてあげたら、落ち着いた。 -
ベトナムでは、これが普通なのだ。
この状況を見て悔しがっているのは私だけだった。
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この旅行記へのコメント (1)
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- kobaさん 2012/07/18 09:32:48
- 今日は良い物を拝見させて頂きました。
- おはようございます。
投票はしましたが”面白い”と言う意味でない事だけは
弁解しておきます。
短い旅行記ではありましたが色々な思いが伝わっ来る
旅行記を拝見し感動しました。
来月渡航しますが我が子にもきちんとこの国の事を
ちゃんと真正面から見せてやりたいと思ってます。
乱筆で申し訳ありませんがこれにて失礼します。
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