2012/07/09 - 2012/07/10
55位(同エリア979件中)
chiaki-kさん
- chiaki-kさんTOP
- 旅行記261冊
- クチコミ144件
- Q&A回答139件
- 858,318アクセス
- フォロワー239人
2012年7月9日~10日にかけて福島県へ行ってきました。
2011年3月11日に発生した東日本大震災により、福島県は地震、津波、原発事故、そして風評被害の四重苦を負ってしまいました。そこで、少しでも福島県民の皆様のお役にたてるならとの思いで、一泊二日という短い期間でしたが、福島県にお邪魔してきました。旅行先は裏磐梯、五色沼周辺と、いわき市にあるアクアマリンふくしまです。
表紙の写真は裏磐梯・五色沼・毘沙門沼から見た磐梯山。平日の夕方でもあり観光客は少なかったです。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
7/9
8:00 自宅を出発。上信越道→北関東道→東北道で福島市へ。ちょっとした用事を終わらせてから土湯峠を越え、裏磐梯へ。
16:00 写真の裏磐梯ロイヤルホテルに到着 -
宿泊した350号室からは磐梯山がバッチリ。平日でもあり宿泊客は少なかったが、それでも観光バスが6台来ていたのでホッとする。
-
夕食にはまだ早いのでホテルから歩いて10分ほどの五色沼へ。この日は良いお天気とあって沼の色は見事なブルー。
-
まだ梅雨明け前だというのに空にはうろこ雲が。磐梯山がきれい
-
逆光で一枚
-
駐車場まで来たとき、一軒だけ開いていた店も帰るときはCLOSE
-
沼の最も近くにあるホテルもCLOSE
-
ホテルに戻り、団体客で混み混みの温泉につかってから部屋に戻り、夕暮れの磐梯山を撮影。
磐梯山は明治21年に水蒸気爆発により北側の山体が崩壊し、土石流や火山泥流により長瀬川がせき止められ檜原湖、小野川湖、秋元湖、五色沼をはじめ、さまざまな湖沼が形成された。また、爆風となだれにより北山麓では477人が亡くなっている。 -
18:30 予約しておいた”いろり焼き松柏亭”で懐石料理。まづは”おとし”から
-
さざえ、海老、うに、トロのセット。うには利尻島産だったがとろけるようなおいしさだった。
-
メインのひとつは ”かますの塩焼き”
-
そしてあわびに
-
たらばがに
-
酒はもちろん福島の地酒を冷やで。
-
そして牛のステーキ。も~う、おなか一杯。
-
7/10
朝焼けに染まる磐梯山。 -
現在も崩壊中とのこと。
-
朝食はバイキング。種類が多く、朝からおなかは一杯。
-
9:30 チェックアウト後、猪苗代磐梯高原ICから磐越道を東へ約1時間、いわき湯本ICで高速を降りる。20分ほど下道を走るが、災害の痕跡は皆無。そしてアクアマリンふくしま到着。写真はエントランス。ここも津波に襲われたはずなのだが全くわからない。
-
入口にあった碑には”アクアマリンふくしま、よみがえる”とある。ここで震災、及び震災後の状況についてスタディ。
2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)では揺れによる建物への損傷こそ殆ど無かったが、巨大な津波が施設の地上1階全体を浸水させこれにより9割の魚が死亡した。その後は自家発電装置で飼育生物の生命維持装置である濾過装置などを稼働していたが、日動水の支援もあり3月16日にセイウチなど海獣を中心とした動物を他の水族館や動物園へ緊急移送(避難)させた。 -
化石や古代魚などの展示を見てからエスカレーターで上に上がると出迎えてくれたのが、このマイワシの群れ。
トド、セイウチ、ゴマフアザラシ、ユーラシアカワウソなどの海獣、ウミガラスなどは鳥類は鴨川シーワールドと伊豆三津シーパラダイスへ、カワウソが上野動物園に、ウミガラスが葛西臨海水族園など。ただしバックヤードに収容されるため基本的に展示は行われない。また、2011年4月1日にはメヒカリやガーといった魚類がマリンピア日本海に避難した。 -
これはエトピリカという名の水鳥。
拠出用のクレーンに自家発電装置用の備蓄燃料である軽油を消費したが、交通網の遮断に加えて立地するいわき市北部が福島第一原発事故による屋内退避基準の半径30kmに含まれる関係もあり、燃料と餌の調達は困難であった。その後漁港の機能がマヒし、アザラシなどの海獣やカニなどの海洋生物・両生類・鳥類など約700種の餌も入手できず、最後に残った小型発電機の燃料を使い果たし水の管理が出来なくなったため海洋生物20万匹が全滅したことが25日に判明した。 -
ゴマフアザラシ「きぼう」くんのお出迎えも。
しかし職員の努力や多くの関係者の援助により4ヶ月後の7月15日に営業を再開した。ちなみに同日は館の開館記念日にあたる。震災後に生まれ、「きぼう」と名付けられた写真のゴマフアザラシが注目を集めている。
(Wikipediaより抜粋) -
熱帯の魚たちが泳いでいる
-
ネムリブカ
-
アケボノチョウチョウウオ
-
クリオネは小さすぎて、コンデジではこれが精一杯。
-
最後にあった学習室に震災日記が掲示されている。
-
当日アクアマリンふくしまを襲った津波の影像も。
-
エントランスはこのあと水浸しに。
-
たくさんのはげましのメッセージも掲示されていた。
-
昼食は館内レストラン”アクアクロス”で、
-
まぐろステーキ定食をいただく。シンプルですが、おいしかったです。
-
館からは小名浜港と”いわきマリンタワー”が見えるが、足下のグレーチング?が不自然に盛り上がっている。こんなところにまだ震災の爪痕が残っていた。
短時間、そして一部ではありましたが今回、福島県内を見た限り、山のみどりは深く、水田には青々と苗が育ち、海や湖は青く、お料理はおいしく、一体どこに震災があったのか、わからないほどきれいでした。しかし、あの忌まわしい日から1年4ヶ月経っても、まだ復興の入口にも届かないのが現実だと思います。しかし、明けない夜は無いはずです。信じ合い、支え合い、励まし合って、この困難を乗り越えて行くことを心に刻んで「2012年 福島県旅行記:福島はみどりなりき」を終わりにします。最後までご覧頂き、ありがとうございました。
2020年7月8日 一部加筆・修正済み -
追加1
2019年9月25日、とある団体旅行でいわき市を訪問。美空ひばりさんのヒット曲「みだれ髪」で有名な「塩谷岬」を訪れるが、途中、豊間・薄磯地区を通過する。ここは3.11東日本大震災の津波で甚大な被害がでた集落のひとつ。
観光バスの車窓から見えている道路は、かつて集落があった場所で、現在は前方に見える土手のような高台の上に移転している。なお、左前方に見える灯台が塩谷岬灯台。 -
追加2
塩谷岬灯台から眺めた豊間・薄磯地区。現在は何事も無かったような綺麗なビーチとなっている。なお、この震災による被害は、いわき市だけで死者300名以上、全壊家屋は約5000棟だった。 -
追加3
2018年6月12日、「アクアマリンふくしま」の近くに、震災復興プロジェクトの一環として「イオンモールいわき小名浜」が開店した。
このモールは災害時の被害軽減や被災者支援を念頭に設計されている建物で、津波襲来時に浸水する1階は駐車場に、3階より上は津波避難ビルとして施工されている。津波発生時に備え津波避難用デッキを用意、電気設備や貯水槽も上層階に置かれ、津波警報発令時には避難ビルとして市民に開放されることになっている。
がんばれ福島、がんばれ熊本、がんばれ能登、がんばれ日本。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
裏磐梯・猫魔(福島) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
37