2012/06/19 - 2012/06/21
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puttannさん
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長い間 憧れだった アルハンブラ宮殿
やっと 来る事が出来たぁ〜♪
イスラム最後の王朝として栄華を極めたアルハンブラ宮殿!!!
セビージャ陥落前後の 1238年から建設が始まり100年近くかかる。
宮殿はイスラムの王が造り上げた『この世の楽園』
イスラム建築の最高傑作に触れ、光と影が織りなすモザイク・
華麗な装飾など 観るもの全てが 鮮烈な衝撃で魅惑的♪
幻想世界へと惹きこまれます・・。
なのに何故が もの哀しい「アルハンブラの思い出」ギター名曲
が しっくりくるのは やはり歴史的背景が 重なるからでしょう・・。
今回の旅の ハイライトとなります。
☆…━…━…━★…━…━…━☆…━…━…━★
「(治安的に)怖い」イメージが有って敬遠してたスペイン
「広大なヒマワリ畑」が見たくて計画を始めたら
観光名所がわんさか出てきたヨ
特に、イスラムモスク好きの私には、是非訪れたい地が
スペイン南部アンダルシアにはわんさか有るじゃない?
6月16日 深夜便 羽田→CDG→MAD AVEで Cordoba へ 観光 泊
17日 Cordoba → Carmona バス移動 ひまわり観光 Carmona泊
18日 Carmona → Sevilla Taxi 移動 観光 Sevilla 泊
★19日 Seville → Granada バス移動 Granada 2泊
★20日 アルハンブラ・アルプハラ 観光
★21日 Granada → Malaga バス移動 → Torremolinos Taxi 移動 2泊
ミハス観光
22日 Torremolinos の ビーチでのんびり過ごす
23日 Malaga → CDG → 成田
イスラム教と キリスト教の しのぎ合いの地だった アンダルシアを
レコンキスタ(キリスト教によるイスラム教からの 国土奪回)順に 周ってみたヨ
7泊9日でも アンダルシアを堪能するには もっと時間が欲しかったなぁ〜
「スペイン良い所ジャン!?」
今回は スペインのほんの一部だから また別の顔を見に行かなくっちゃ!
☆…━…━…━★…━…━…━☆…━…━…━★
表紙の写真↑ どこも素敵すぎて1枚を選べれなかったので・・・
- 同行者
- 友人
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
日本語ツアーは 9:45 ヌエバ広場集合
ここへお迎えが来て Taxi で宮殿の入口へ向かいます
ゆっくり見たいから ツアーでは・・・?
・・・と 悩んだ挙句、解説付を重視しました。
本当は、ツアーの後に もう一度マイペース鑑賞で
行けば良かったんだけれどネ・・・ -
宮殿入口でガイドさん(お父様がスペイン人・お母様が日本人)と合流
なかなか 明るくて 楽しいガイドさんでした
(喋り出したら 毒を含むトークは 関西流?)
ザラの社長の話や スペイン子育て難点やら 楽しかった♪
離れても ガイドさんの説明が聞き取れるように
各自イヤホンを貰えるので 安心です
宮殿の門へ向かいます -
いよいよ アルハンブラ宮殿に入ります
長い間 ココへ来るのが 憧れでした
『この世の楽園』なのに、物哀しい幻想世界 ★ -
☆★☆ ガイドさんに 教えて貰いました ☆★☆
コロンブスが アメリカ大陸を発見したのは 1492年
グラナダ陥落(レコンキスタ終了)も1492年
これは 偶然じゃなくて 必然な歴史事実なのです
1248年 セビージャが陥落し
イベリア半島のイスラム勢力は グラナダ王国のみでした
15世紀後半 事実上のイベリア大陸を掌握していた カステ
ィーリャのイザベル女王に、コロンブスは度重なる資金援
助を申し出ていたが 受け入れられなかった。
5年越しの「おねだり」に万策尽きたコロンブスは、
隣国フランスへ 転向する決心を固める。
ところが、1492年1月2日 グラナダが無血開城で陥落し 浮
かれ調子になり、今後のスペイン財政に余裕が見込めた
イザベル女王は 長年のコロンブスの援助をやっと許した。
既に フランスへ向け出発した コロンブスを
15kmほど先のピノス・プエンテ村の橋の上で
女王の伝令は 追いついたと言われています
グラナダが 無血開城しなかったら 新大陸発見で得た巨万の富はフランスのものだったかもしれませんネ
世界史の苦手な 単細胞頭 puttannでしたが
「いやぁ〜!? 歴史って面白いですねぇ〜?」 -
■ サンタマリア教会 ■
・・・・かな?
一瞬、漆喰の壁に見えましたが 違いますネ (^^ゞ
でも、征服後にモスクを改装したようで
どことなく アラビアチックな雰囲気が・・・ -
■ カルロス5世宮殿 ■ 外観 -
-
■ カルロス5世宮殿 ■
無血開城後にカトリック王によって
建てられたルネッサンス様式のカルロス5世宮殿です。
宮殿の中では 異質な空間ですネ
今日は(?)ここで コンサートが有るそうです -
カルロス5世は コルドバのメスキータに
カテドラルを増築したほどの建築好き。
ここをスペイン帝都の首都にするにふさわしい
新宮殿を望んでいたらしい。
当時では最新の ルネッサンス様式を取り入れた
でも 屋根が無いのは 財政難だったからとか・・? -
すみません・・かなりボケちゃってますが・・
■ ブドウ酒の門 ■
「唯ひとり、アラー飲みが勝利者である」
と刻まれている
この門を境に、軍事要塞の「アルカサバ」と
「ナスル朝宮殿」を中心とする住宅街に2分される
最盛期、城内には 2000人以上が暮らしてた -
■ 要塞 アルカサバ ■
アルハンブラで最も古い部分です
ローマ時代の砦の跡に、モーロ人が9世紀に築いた
キリスト教国の攻撃から都を守るため
アラブ世界の軍事技術を集結した難攻不落の要塞 -
☆★☆ さて・・・アルハンブラの 無血開城につて
もう少し触れてみますと・・・☆★☆
1482年カトリック教徒はグラナダ攻撃を開始!
強固な砦は大軍の攻撃に10年間も持ちこたえ、
アルハンブラ宮殿を攻略することはできませんでした。
やがて宮殿には飢えが広がり、カトリック側から
「寺院や施設を存続させて宗教の自由を認める」
と、いう降伏条件が提示されました。
1492年長い苦悩の末 最後のイスラム王ボアブディル王は
自らの名誉よりも、多くの人の命とアルハンブラ宮殿を
守ることを選び降伏を決断しグラナダから去りました
・・・・と 名君扱いの王ですが 一方では金銀財宝は
全て持ち去り 自己主義だった・・・との説も・・・
いずれにしても 最後の王は 雪の シェラ・ネバダ山脈を
振り返り 振り返り・・・超え・・・アフリカへ・・・
途中の アルプハラ地方には アラブ王国の残党が
隠れ住んだと言う 落人の里が有ります
午後からは そちらを ドライブ観光します -
アルハンブラ宮殿が 心休まるのは
こ〜して お花が ふんだんに植わっているからですネ
しかも 派手な花園じゃなくて
どちらかと言うと 地味ぃ〜な 存在の花々・・・ -
夾竹桃だと思いますが 日本で見るそれよりも
かなり「赤」ですネ -
このお花は 宮殿の柱のモチーフになってたらしい -
■ メスアールの間 ■
宮殿の現存する最も古い部分です
行政と司法が執り行われていた -
1492年の無血開城後、
キリスト教勢力に譲渡された宮殿ですが
イザベラ女王は、美しさに感動して
そのまま残す事を命じます
お陰で 多少の破壊はあったものの
現在も 華麗な世界も眼にできるのですネ -
近年になるまでこの王宮は荒廃し、
浮浪者や盗賊の棲家になっていたとか。
薪火などで 元々の色は失われてしまったそうです
元のオリジナルの色が残っていれば更に想像を絶する
美の世界であったかも・・・・残念っ (>_<) -
このタイルの古さも 気になるけれど
「唯ひとり、アラー飲みが勝利者である」
・・・と 刻まれているらしい -
うわぁ〜♪ すごい漆喰装飾です!!
ところで・・・「漆喰」って わかりますか?
(実は・・・ワタクシ 良く知りませんでした(^^ゞ)
水酸化カルシウム(消石灰)を主成分とした建材で
瓦や石材の接着や目地の充填、
壁の上塗りなどに使われているそうです。
日本家屋の 白壁や お城の壁もそうですネ
日本だと のぺっとした 1枚壁なのに
手を加えると こんなになるんですネ???
すごいですね〜!? -
イスラム教は偶像禁止です
(これが幾何学模様の発展を促しました)
植物模様を含んで「アラベスク」と言いますが
これらの文様は、目に見える物質世界を超えて広がる無限のパターンです。
無限の唯一神アラーの創造のありのままを象徴すると言われています。 -
イスラムの人々は床に絨毯を引いて横になったり、
壁にもたれかかり壁が傷つくので、
腰壁をタイルで装飾しています。
このタイルがまた 複雑な幾何学模様なんですね〜
あ・・・ガイドさんが写っちゃった (^^ゞ -
-
あれ? 東京メトロ図みたい・・・(・_*)\ペチ
いや・・・いや・・・・
その昔 こんな入り組んだ連続模様を
パーツ毎で 焼いた方が スゴイじゃないですか? -
天井はレバノン杉で造られていて、
星が描かれていて宇宙を表現しています☆
イスラムは砂漠の民だったので、
いつも空の星を見て方位を定めていました。 -
この 花とも虫ともわからぬ不思議な模様・・・ -
■ アラヤネス(天人花)の中庭 ■
東西7m、南北35mの池です
正面は 高さ 45m の ■ コマレス塔 ■
その中は サロン 大使の間
あれ?水鏡が 綺麗に写ってない・・・(T_T)
池が 碧くない・・・緑だぁ〜 (T_T)
テクが無いせい? お水が汚れていた?
※ この水鏡の技法は 後にインドのタージマハルでも取り入れられました -
砂漠の民のイスラムにとって 水は豊かさ
いえ・・命の象徴 だったのです
来賓客は 砂漠の民による 水の芸術に感動しながら
コマレス塔 の中に有る 大使の間に 通される -
す・ご・い・・・・ -
-
横の壁を アップにしてみますネ
これ すごい好きかも?
でも 新しっぽいから 修復されてるのかな?
ここにも「アラーのみが勝利者なり」って刻まれてるの? -
ドアの細工にご注目ください -
寄せ木細工なんですが 1ミリ狂ったら
ぱらぱら・・・と 落っこちますよね〜? -
天井は星空の天空を意味しています
イスラムは砂漠の民だったので、
いつも空の星を見て方位を定めていました。
星空は彼らにとって 特別な存在なのです -
■ 大使の間 ■
宮殿内で 最も重要で 最も広い部屋 -
この幻想世界は イスラム芸術の結晶です
その美しさは「王は魔法を使って宮殿を完成させた」
と言われたそうですが、
「魔法」と言いたくなるのも、わかりますね〜
トランス状態に陥りそうです -
天井・壁面・窓などあらゆる場所に装飾がされています
赤や青、金などの彩色も施され最も豪華な部屋です!!! -
「青」が 比較的綺麗に残っていた箇所です -
キリスト教産物は 金ピカと ステンドグラスを
多く見ますが ここでの「贅沢」は 異質ですネ
私は この空間が 大好き♪ -
ほの暗い部屋に 格子越しに 柔らかい明りが入ります -
ブレちゃったけれど、赤や青が 比較的残ってる壁です
U字の 縦にも イスラム文字が装飾化されて入ってますネ -
-
■ ライオンの中庭 ■ 修復中
もう5年以上「修復中」じゃない?
今年の初めには「完成予定」じゃなかったっけ?
スペインらしいのかなぁ〜? (^^ゞ -
でも 12匹のライオンが 庭に居たんだから
もうすぐ「完成」だよネ?
この12匹が 水時計になり 時間になると
各頭から 噴水が出る仕組みになってるらしいヨ
「修復後は 時計になって水が出るの?」
「そこまでは無理・・」だそうです
ライオンって言うより、狛犬のように可愛いヨ -
このライオン宮は 王のプライベートルームに当たります
二階はハーレムだったそうです -
細い大理石の柱と柱をつなぐアーチ部分は
非常に繊細な漆喰細工の透かし彫りです・・・☆
とっても美しく豪華なレースのようです!!! -
-
ため息の出る レリーフ -
124本の柱の間隔は1本、3本、2本と不規則で、
美しいリズムを奏でるように並んでいて、
中庭の四方を囲んでいます。 -
-
■ 二姉妹の間 ■
ライオンの中庭周辺では最も古い建物
二階建の夏の住居
天井の無数の 鍾乳石飾りで あまりにも有名な部屋
(鍾乳石飾り:漆喰や石を 鍾乳石に似せた装飾)
天井から差し込む光に 鍾乳石飾りのグラデーションが
反射して まるで宇宙空間を感じさせます -
まるでレースのような装飾
夏の暑い時に行ったのに 涼しげな空間でした
「この世の楽園」と言う言葉がふさわしい・・・・ -
この宮殿内も 当時はステンドグラスが有ったらしい
その名残を確認できる場所が 唯一有る・・・・
・・・と ガイドさんが 案内してくれた工事中の小さな空間
二姉妹の間の 脇の小部屋 -
-
アンコールワットの 緻密なレリーフが
「あら?裏面は?続きは?」で ほとんど 途中切れなのは
「見えない裏まで手を抜かずに 作り上げる 生真面目な日本人気質との違い」と 言われてみょ〜に 納得したのですが
この 完璧主義なまでの妥協を許さないイスラム精神は
スゴイです〜 -
政略結婚により 強大なスペイン王国を造り上げたイザベラ女王
そのスペインに屈服させられた イスラム教徒の宮殿ですが、イザベラ女王はその芸術までは屈服させられなかったのでしょう・・・
征服後も ココに住み続け、自分の亡骸はココに葬って欲しい・・・と言い残したそうです。 -
ただ ただ ため息が・・・・
偉大な イスラムの結晶 ★ アルハンブラ宮殿 ★ -
■ ワシントン・アーヴィング の間 ■
19世紀、在スペインアメリカ公使館書記官として
マドリードに赴任していた彼が グラナダに滞在して
書いた『アルハンブラ物語』で
このアルハンブラ宮殿は 世界的に有名になる -
「これ何?」ってガイドさんに聞いて
教えて頂いたのに・・・忘れちゃったヨ (>_<)
青空に映えていた 窓の切絵のようなオブジェ -
アルバイシン地区とサクロモンテの丘が見渡せます
昨晩は(お昼間も)向こう側から
こちらアルハンブラ宮殿を眺めましたが
今日は こちら側から 眺めます
アルハンブラ宮殿と共に世界遺産指定なだけあって
街並みは、宮殿を抱きかかえているような共存感があります -
■ 貴婦人の塔 ■
の横 チノス坂を登って・・・ -
夏の宮殿 ■ ヘネラリフェ ■ へ・・・ -
同じ 土地に「夏用?」って思ったら
王が政務から逃れて休息をとるために、
造られた離宮だそうです -
宮殿内には いたるところに シエラ・ネバダ山脈の
雪解け水を利用した水路や噴水が 85箇所設けられ
「水の宮殿」とも 言われています -
30キロ離れた シエラ・ネバダ山脈の雪水を引くのに
200年かかったそうです。
自然の地の利の傾斜を巧みに利用したそうですが
その技術は すごいですよね〜! -
ガイドさんの 後ろ姿ぁ〜♪
(サッカーの試合に燃えていたっけ (^^ゞ) -
-
やっぱり「華美な花壇」じゃなくて
地味ぃ〜な お花畑・・・
もちろん「それ」を 意識して管理しているんでしょうが
イスラム幻想に合ってる気がします -
-
-
ザクロの若い実♪ -
■ アセキアの中庭 ■
細長い池を囲んで 花々が咲き乱れる
噴水が涼しげ・・・ -
かつて 太陽の丘には いくつもの庭園があったそうですが
唯一残されたのが 最も美しいヘネラリフェでした -
最後に もう一度 宮殿の方を眺めます
この無骨な外観の中に
あの繊細で幽玄な世界が存在してるとは・・・・
感無量!です -
はるか向こうに アンダルシアの大地が見えます
セビージャ方面のハズです。
10年間 キリスト教軍の砲撃を受けながら
「終わる事への おののき」を 感じていたのでしょうか? -
王家の紋章 -
夾竹桃のアーチ -
糸杉の木立を通り 出口へ向かう・・・
私の中で 今回の旅のハイライトだった
「アルハンブラ宮殿」
旅行後、こ〜して旅行記を書いていると
今さらのように 感動がふつふつ・・・と 湧きあがり
果ては「やっぱ フリーでもう一度行けば良かった」
とも 感動と後悔が 交錯して・・・・
内部ですが「説明禁止」の箇所が増えた・・・と
別のルートで聞いていました
ひとさまの旅行記を、たくさん参考にさせて頂いた私には
「あの箇所かな?」って ポイントがわかりました・・・。
今後行かれる方・・・・
多くの方の旅行記をたくさん読んで、見て、
期待を膨らましてお出かけ下さい
期待を裏切らない場所ですし、歴史的背景を掴んでおくと
「単なる綺麗な建物」ではなく「感無量の場所」になります
私も も一回行きたいなぁ〜♪ -
-
-
■ パラドール ■ -
カフェで、4人最後の軽食を取る
この後、ひとりは 別の地へ
残り3名は アルプハラ方面の Taxi 観光へ出かけ
翌朝 別々に 別れるのでした・・・
この前のグラナダ市内&アルプハラの旅行記は
http://4travel.jp/traveler/puttann/album/10688143/
この後の コスタ・デル・ソルは
http://4travel.jp/traveler/puttann/album/10687788/
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