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そういえば亀島川の橋づくしをやってなかったな。<br />ということで急遽お出掛け。<br /><br />亀島川は日本橋川から分岐して隅田川に流れる短い水路。<br />江戸湊から町へ物資の輸送に使われていました。<br />さらに分岐して桜川とか楓川という掘割がありましたが、それらは埋められてしまいました。<br /><br />橋梁の数はたったの5つ。距離も1km強の短い水路です。<br />軽い散歩で少しだけ江戸情緒を感じてきました。<br /><br />

亀島川・橋づくし

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2012/06/27 - 2012/06/27

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もろずみ

もろずみさん

そういえば亀島川の橋づくしをやってなかったな。
ということで急遽お出掛け。

亀島川は日本橋川から分岐して隅田川に流れる短い水路。
江戸湊から町へ物資の輸送に使われていました。
さらに分岐して桜川とか楓川という掘割がありましたが、それらは埋められてしまいました。

橋梁の数はたったの5つ。距離も1km強の短い水路です。
軽い散歩で少しだけ江戸情緒を感じてきました。

  • 番外・日本橋水門<br /><br />日本橋川の茅場橋と湊橋の間にあります。<br />ここから亀島川が引き込まれています。<br /><br />日本橋川を歩いた時の反対側から撮った写真はこちら<br />http://4travel.jp/traveler/weekendwalker/pict/13189387/

    番外・日本橋水門

    日本橋川の茅場橋と湊橋の間にあります。
    ここから亀島川が引き込まれています。

    日本橋川を歩いた時の反対側から撮った写真はこちら
    http://4travel.jp/traveler/weekendwalker/pict/13189387/

  • 1番・霊岸橋<br /><br />日本橋と霊岸島(今の新川)を結ぶ永代通りに架かる橋。<br />架け替えは昭和60年(1985年)とまだ新しい橋です。

    1番・霊岸橋

    日本橋と霊岸島(今の新川)を結ぶ永代通りに架かる橋。
    架け替えは昭和60年(1985年)とまだ新しい橋です。

  • 亀島川は川面を眺めながら歩けるようになっていません。<br />所々で川を覗けるスポットを探しながら。

    亀島川は川面を眺めながら歩けるようになっていません。
    所々で川を覗けるスポットを探しながら。

  • 霊岸橋と日本橋水門が重なって見えるほど近いです。<br />スカイツリーの上の部分が顔を出しています。<br />

    霊岸橋と日本橋水門が重なって見えるほど近いです。
    スカイツリーの上の部分が顔を出しています。

  • 亀島川なので亀なのか?<br />一説によると、この川の日本橋側に「甕」を売る店が並んでいたからだとか。<br />決して浦島伝説の「亀」に由来したわけではありません。

    亀島川なので亀なのか?
    一説によると、この川の日本橋側に「甕」を売る店が並んでいたからだとか。
    決して浦島伝説の「亀」に由来したわけではありません。

  • 2番・新亀島橋<br /><br />新がつくように江戸時代にはなかった橋です。<br />最近の架け替えは平成7年(1995年)。

    2番・新亀島橋

    新がつくように江戸時代にはなかった橋です。
    最近の架け替えは平成7年(1995年)。

  • 3番・亀島橋<br /><br />こちらが昔からの亀島橋。<br />新がつかない分だけ古いかというと、見た目はそんなに変わりません。

    3番・亀島橋

    こちらが昔からの亀島橋。
    新がつかない分だけ古いかというと、見た目はそんなに変わりません。

  • 橋の西詰に「堀部安兵衛武庸の碑」があります。<br />赤穂浪士の安兵衛ですが、この碑はその前の高田馬場の決闘の武勇を称えたものらしい。<br />当時、八丁堀の長屋に住んでいた安兵衛がこの橋を駆け渡って行ったということ。<br />まぁ、講談の世界ですね。

    橋の西詰に「堀部安兵衛武庸の碑」があります。
    赤穂浪士の安兵衛ですが、この碑はその前の高田馬場の決闘の武勇を称えたものらしい。
    当時、八丁堀の長屋に住んでいた安兵衛がこの橋を駆け渡って行ったということ。
    まぁ、講談の世界ですね。

  • 亀島橋から上流の新亀島橋を眺めてみます。<br />こちらの方がスカイツリーの見栄えも良いようです。

    亀島橋から上流の新亀島橋を眺めてみます。
    こちらの方がスカイツリーの見栄えも良いようです。

  • 堀部安兵衛碑の向かいには芭蕉の句碑があります。<br />同じ場所に写楽、伊能忠敬が住んでいたという説明板もあり、さらに銀座の柳4世が植えられています。<br />ちょっと詰め込み過ぎだなぁ。<br /><br />「菊の花  咲くや石屋の 石の間」 芭蕉

    堀部安兵衛碑の向かいには芭蕉の句碑があります。
    同じ場所に写楽、伊能忠敬が住んでいたという説明板もあり、さらに銀座の柳4世が植えられています。
    ちょっと詰め込み過ぎだなぁ。

    「菊の花 咲くや石屋の 石の間」 芭蕉

  • 下流方向も結構見通せます。<br />佃島のリバーサイド・マンション群も見えてきました。

    下流方向も結構見通せます。
    佃島のリバーサイド・マンション群も見えてきました。

  • 4番・高橋<br /><br />「タカハシ」ではなく「タカバシ」と読みます。<br />江戸の水運が盛んな頃、船を通すために橋桁が高かったからだとか。<br />

    4番・高橋

    「タカハシ」ではなく「タカバシ」と読みます。
    江戸の水運が盛んな頃、船を通すために橋桁が高かったからだとか。

  • なかなか江戸風味の良い景観です。<br />ちょうどこの橋の東詰に越前福井松平家のお屋敷がありました。<br />亀島川やその支流の桜川が越前堀と呼ばれていた由縁だそうです。<br />大岡越前守も八丁堀に住んでいたけど、そちらではないようです。

    なかなか江戸風味の良い景観です。
    ちょうどこの橋の東詰に越前福井松平家のお屋敷がありました。
    亀島川やその支流の桜川が越前堀と呼ばれていた由縁だそうです。
    大岡越前守も八丁堀に住んでいたけど、そちらではないようです。

  • 側から付かず離れずで路地歩きをしていると、面白いものも見つかります。<br />この店は篭屋ですね。今も営業中。<br />

    側から付かず離れずで路地歩きをしていると、面白いものも見つかります。
    この店は篭屋ですね。今も営業中。

  • 5番・南高橋<br /><br />これまで桁橋ばかりだったけど、最後にトラス橋が現れました。<br />震災復興(関東大震災ね)で昭和 7年(1932年)に架けられた歴史的にはまだ浅い橋ですが、橋そのものは古いもの。<br /><br />というのは、鉄骨部分は焼け残った旧両国橋のものを移設したものだから。<br />つまり鉄骨は明治37年(1904年)に作られたというわけです。

    5番・南高橋

    これまで桁橋ばかりだったけど、最後にトラス橋が現れました。
    震災復興(関東大震災ね)で昭和 7年(1932年)に架けられた歴史的にはまだ浅い橋ですが、橋そのものは古いもの。

    というのは、鉄骨部分は焼け残った旧両国橋のものを移設したものだから。
    つまり鉄骨は明治37年(1904年)に作られたというわけです。

  • 番外・亀島川水門<br /><br />南高橋の先には亀島川水門が壁のように建っています。<br />いよいよ今日のゴール!<br />と言ってもあまり歩いてないですが(^^;

    番外・亀島川水門

    南高橋の先には亀島川水門が壁のように建っています。
    いよいよ今日のゴール!
    と言ってもあまり歩いてないですが(^^;

  • 橋の東詰に水神でも祀っているのかと思ったら稲荷でした。<br />徳船稲荷神社という稲荷で、隅田川の中央大橋の架橋で引っ越してきたものだそうです。<br />隅田川から亀島川に異動では、神様もちょっと物悲しいかも。

    橋の東詰に水神でも祀っているのかと思ったら稲荷でした。
    徳船稲荷神社という稲荷で、隅田川の中央大橋の架橋で引っ越してきたものだそうです。
    隅田川から亀島川に異動では、神様もちょっと物悲しいかも。

  • 水門を回り込んで隅田川との合流点。<br />亀島川はここで終わりです。

    水門を回り込んで隅田川との合流点。
    亀島川はここで終わりです。

  • この地が幕府が最初に開いた江戸湊。<br />上方をはじめとした諸国の物産がここに運ばれ、水路を使って江戸の町へと運ばれて行ったわけです。<br />今は港の面影はなく錨の記念碑があるのみ。

    この地が幕府が最初に開いた江戸湊。
    上方をはじめとした諸国の物産がここに運ばれ、水路を使って江戸の町へと運ばれて行ったわけです。
    今は港の面影はなく錨の記念碑があるのみ。

  • その江戸湊から見た隅田川の風景。<br />亀島川は2つの水門に挟まれていて、広々とした空間は見えませんでした。<br />この景色を見て初めて江戸の水運が盛んであったことを知りました。<br />

    その江戸湊から見た隅田川の風景。
    亀島川は2つの水門に挟まれていて、広々とした空間は見えませんでした。
    この景色を見て初めて江戸の水運が盛んであったことを知りました。

  • すぐそこには中央大橋が架かっています。<br />橋の大きさは今まで見てきたものとは比べるまでもありません。<br />江戸から東京へのタイムスリップみたい。<br />ちょうどその時にHIMIKOが通りかかりました。

    すぐそこには中央大橋が架かっています。
    橋の大きさは今まで見てきたものとは比べるまでもありません。
    江戸から東京へのタイムスリップみたい。
    ちょうどその時にHIMIKOが通りかかりました。

  • ということで、亀島川の橋づくしでした。<br />喉が渇いたのでビールでも。<br /><br />浜町河岸に茨城の地ビール「常陸野ネストビール」が飲める店があります。<br />声をかけたら3人も仲間が集まって生ビールで乾杯!!<br />あまり歩いてないけど良い旅(?)でした。

    ということで、亀島川の橋づくしでした。
    喉が渇いたのでビールでも。

    浜町河岸に茨城の地ビール「常陸野ネストビール」が飲める店があります。
    声をかけたら3人も仲間が集まって生ビールで乾杯!!
    あまり歩いてないけど良い旅(?)でした。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • 一歩人さん 2012/07/07 00:27:31
    ふ、ふ、陽水のリバサイドかな
    もろずみさんへ
    ふ、ふ、支流だけど、いいですね。
    ずっと、リバサイドが流れてた感じかな。
    う〜ん、やっぱ、東京スカイツリー出てくるよね。
    話題だものね。水門とのショットは珍しいです。
    う〜ん。なかなか。つい、橋とのショットを求めていた
    自分が恥ずかしい。
    どっかのサイトで水溜りのスカイツリーを見ましたが、
    どこでも、見れるのねって感じ。
    というか、どこでもいいじゃん。かな。
    いまだ上れない一歩人のひがみかしら。
    下町散策は大好きです。特に、築地や月島。
    この辺りもそうした風情が感じられました。
    ありがとうございました。
    眠れる夜にリバ〜サイド♪リバ〜サイド♪

    もろずみ

    もろずみさん からの返信 2012/07/07 13:26:54
    RE: ふ、ふ、陽水のリバサイドかな
    一歩人さん、

    亀島川はリバーというか、カナルというか・・・
    桜川も楓川も築地川も埋め立てられて、もうこれしか残ってないです。
    いずれ痕跡を探そうかと思ってます。

    今年は深川の祭りもあるようだし、その前に佃の祭りもあります。
    久しぶりに活気もある江戸の夏になりそうです。

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