2012/06/23 - 2012/06/24
1264位(同エリア1536件中)
倫清堂さん
大阪での研修会の2期目が始まりました。
まだしばらくは、講演を聞いてレポートを提出し、その足で関西や通過駅で歴史巡りの寄り道して、ここに紀行文を書くサイクルが続きそうです。
-
この日は正式な入塾式。
大阪市役所の裏にある、大阪市中央公会堂が会場です。
飛行機が満席だったため、新幹線で往復。
始発に近い時間に出発しましたが、大阪に到着したのは正午近くとなり、軽く昼食をとって中之島へ向かいました。
自分の足で歩く機会が増えたため、大阪市内の鉄道網や道路にも少し詳しくなって来た気がします。
淀屋橋駅で地下鉄を降り、大阪市役所の裏へ向かうと、中之島図書館が見えて来ました。
明治33年の着工で、持ち主だった住友吉左衛門が図書館として大阪府に寄贈し、昭和39年に国の重要文化財に指定されました。
橋下市長が図書館の廃止を打ち出したことで、利用者からは不安の声が上がっていますが、解体するとかではなく図書館としての機能を整理する意図とのことです。大阪府立中之島図書館 美術館・博物館
-
お隣の大阪市中央公会堂には、たくさんのマスコミが押し寄せていました。
中央公会堂は大正2年着工、7年竣工。
それから今日まで、大阪の政治の舞台として星霜を重ねて来ました。
平成14年に国の重要文化財に指定されています。
入塾式が終わり、気の合う仲間と懇親会を行った後、宿泊地の三島市へ向かいました。大阪市中央公会堂 名所・史跡
-
翌朝は曇り。
三島からは富士山が見えるかと楽しみにしていましたが、雲に隠れてその姿は拝めませんでした。
夜は仕事があるため、帰りの移動にかかる時間のことも考えると、散策できるのはせいぜい3時間ほどです。
ホテルをチェックアウトし、まず向かったのは若宮神社。
村の鎮守様という雰囲気の、あまり規模の大きくない神社ですが、三嶋大社の境外摂社を称し、伊豆国二之宮であると伝えられています。
境内に、樹齢250年の柊の木がありました。 -
三島駅の南部を東西に走る細い小道は鎌倉街道と呼ばれ、かつては交通が盛んであったと思われます。
この古道沿いには神社や寺院が多く建てられており、伊豆国分寺もその一つです。
現在の国分寺の本堂裏には、七重塔があったことが分かっています。伊豆国分寺 寺・神社・教会
-
車で移動していると、徒歩でなければ見逃してしまう風景はかなり多く、相当な損をしているのではないかと思ったりもします。
鎌倉古道沿いで見た源兵衛川も、そのような風景の一つかも知れません。
日本名水百選にも採用され、水辺では涼をとる家族の姿が見られました。
三島は、富士山から流れ出た溶岩によって地中に溜められた水が湧き出る場所にあり、市内のあちこちに清流のせせらぎが見られます。
文学では、三島と言えば水の枕詞と言っても過言ではないほど両者は強く結び付けられ、文学碑の並ぶ通りもあります。
源兵衛川も、市街地の川としては水質が優れており、蛍の生息する川としても愛されているそうです。 -
鎌倉古道を東向きに歩き、ついに最大の目的地である三嶋大社に到着しました。
境内の西側に飛び出たような形で鎮座する祓所神社に参拝。
大祓のお祭の準備で、氏子さんたちが清掃や設営を行っていました。
その中のある方が教えてくれたところによると、祓所神社は大祭に際し、三嶋大社の宮司が祭主として祝詞奏上を行うそうです。
神社の名前や、社殿が水に浮かぶ島に鎮座していることからも、三嶋大社へ参拝する前に心身を清める禊を行う場所であることが推測出来ます。 -
三嶋大社は伊豆国一之宮で、大山祇命と積羽八重事代主神を三嶋大明神と総称してお祀りしています。
御創建の年代は詳らかではありませんが、記録上はじめて現れるのは『日本書紀』の天武天皇13年。
この年は巨大な地震が発生し、土佐国の一部は海になってしまいますが、その影響か、都から見て東方で鼓を打ち鳴らすような音が聞こえ、調べてみると、伊豆嶋の西北が隆起して一つの島になってしまったということが分かったため、群臣を遣わして神に貢物をしたと書かれています。
それ以降もこの地域では度々地震が発生し、安政の東海大地震では社殿がことごとく倒壊してしまいました。
現在の社殿はその後に建てられたもので、慶応2年に落成した拝殿には、天の岩戸開き神話や源三位頼政公のぬえ退治などの見事な彫刻が施されています。三嶋大社 寺・神社・教会
-
お参りを終えると、急に参拝客の姿が増えました。
ちょうど観光バスでも到着したのでしょうか。
人々が集まっている所へ行ってみると、一本の大きな金木犀の木がありました。
この金木犀の樹齢は1200年と言われ、国の天然記念物に指定されています。
毎年9月に2度花を咲かせ、かつてその芳香は2里先まで届いたと言われています。 -
境内の奥の目立たない所には、伊豆魂神社が鎮座しています。
西南の役から先の大戦に至るまで、国難に殉じた伊豆出身の英霊が祀られていると書かれており、招魂社であることが分かりました。 -
社務所の前には、安政大地震の被害からの復興のために尽力した矢田部式部盛治大人の銅像があります。
再興のためにかかった期間はおよそ10年、費用は1万6677両。
大変な時間と費用がかかったわけですから、相当な苦労があったはずです。
しかしその功績が評価されたためか、明治維新においては東征大総督有栖川宮幟仁親王の先導警護と、維新後の明治天皇行幸の際には御通行警護を命じられ、無事に奉仕を全うしたのでした。 -
参道の両側には神池があります。
その西側の神池には、北条政子が勧請した厳島神社が鎮座しています。
中世以降は三嶋大社への武家の崇敬が篤くなりました。
後に征夷大将軍に補せられる源頼朝公は若くして伊豆に流されますが、治承4年、三嶋大社の例祭において山木判官平兼隆を討ち、旗揚げに成功したのでした。 -
参拝を終え、帰りの新幹線まで少々時間があったため、境内の茶屋で一服することにしました。
そこで食べたのは、三嶋大社の名物である福太郎餅。
毎年1月7日に行われる「お田打神事」では、翁面をつけた2人による種まきの舞が奉納されます。
福太郎餅はその翁の面に似せた作りとなっている草餅で、静岡のお茶がついて250円でした。
これはお土産にしたいと思ったのですが、平らにして持ち歩かないと形がすぐ崩れてしまうと言われ、まだ移動が続く今回の旅ではあきらめざるを得ませんでした。福太郎本舗 グルメ・レストラン
-
イチオシ
駅へ向かう途中、沖縄の三線の音色が聞こえてきました。
そこは白滝公園。
誰かが練習しているようです。
街中のあちこちに水辺があり、心を洗うような雰囲気があることから、芸術的感性も磨かれるのでしょう。白滝公園 公園・植物園
-
駅前には楽寿園という庭園があります。
入口を見ただけでも、内部に自然の豊かな空間があることが分かります。
明治時代には小松宮彰仁親王別邸、韓国王世子李垠別邸があった場所です。
散策には、急ぎ足でも30分はかかるとのことで、今回は入口を見て退散です。
水の街、三島。
今度伊豆散策に訪れる際は、ここを拠点にしたいと思いました。楽寿園 公園・植物園
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
三島(静岡) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
14