2012/06/07 - 2012/06/07
42位(同エリア178件中)
あしもむさん
ウクライナ独立以来最大のイベント、欧州サッカー選手権開幕が近づく中、まとまった休みがとれることになったので、これまで行ったことのないカルパチア方面に出かけてみることにしました。カルパチアとは言っても今回は山登りなどはせず、近隣の有名な街を見て歩いたり、知り合いを訪ねたりするのがメインです。
キエフを出発し、最初に訪れたのがKamyanets-Podilskyという街。wikipediaでのカタカナ表記は「カームヤネツィ=ポジーリシクィイ」となっています。新市街と旧市街の雰囲気の差、ダイナミックな地峡が楽しい街でした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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要塞までもうすぐ。トルコ橋の近くにさしかかっています。後方にはアルメニア要塞が控えています。
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橋の手前から左下を見下ろすと、プールつきのリゾートらしきものを発見。
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橋の近くから左手を望みます。平原の中にこの町がぽんっとあるのがよくわかります。
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大きい十字架も見えました。
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そして見えてきた要塞。やや厚い雲が近づいてきているようです。さすが雨女…。
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要塞の全景。多角形になっていて、9つの塔が頑丈な壁でつながっています。
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要塞を正面に右手を見ると、ターコイズの屋根が美しいChurch of St. George。
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少し離れて、アルメニア要塞の全景が確認できました。16世紀のものとのことです。
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もう少し進むと、もともと市街地へ入るための門だった建物。
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閉じられていて、通ることはできませんでした。
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反対側にまわりこんで中を見ると、小さいカフェか何かになっているようでした。
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Church of St. Georgeがもう少し近くに見えるようになりました。
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トルコ橋から右手を望みます。
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先ほど見学してきたCathedral of SS Peter and Paulの塔も見えます。
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トルコ橋を渡ります。車両は一度ここで止められて、係員のおじさまに何かチェックを受けているようでした。私は徒歩なので問題なし…、と思っていたら、「景色がきれいなのはわかるけど、写真撮るときはカメラ落とさんように気をつけなされやー!」(ニュアンスから、たぶん)とのありがたいお声がけ。
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要塞がぐんぐん近づいてきます。Kamyanets-Podilsky訪問のハイライトだけに、わくわくしてきます。
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気づいたら近くにあった壁もどんどん厚みが増し、頑丈になってきていたようです。
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橋を渡ってすぐに分かれ道がありますが、どちらに行けば要塞の入り口かは一目瞭然。
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白い犬と黒い犬が涼んでいました。黒い犬はくぼみに入っているので見にくいですが…。
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チケットは入口左側のブースで購入します。
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入場料として5グリブナ、写真撮影代として20グリブナです。入ってからこのチケットのチェックを受けることはありませんでした。
大半の人は写真撮影代のチケットなしで内部を撮影していたようなので、もしかするとこの撮影用チケットはなくても大丈夫…?なのかもしれません。 -
いよいよ入場です。さすが観光地。ここまでは訪れる場所場所、どこも静まり返っていたのですが、ここは私のほかにも小さいグループの観光客が既に入っているようです。
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入口左側にあったプレート。気球?でしょうか。
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入ってすぐ左側には、この要塞だけでなく街全体の歴史や見どころに関する案内板がありました。
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10世紀から13世紀にかけては木造の要塞であったとのことですが、16世紀になってイタリア軍の技師によって現在のような形に改められたとのこと。
入口すぐ前方。2階建ての建物の1階では要塞のメンテナンス作業の準備中。その左横には記念撮影用の鷲を持ったお兄さんたちが佇んでいました。 -
入ってすぐ左手。あとからわかりましたが、ここが以前牢獄として使われていた塔のようです。
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入ってすぐ右手。井戸のある建物があります。1544年に建てられた、New East Towerだそうです。
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建物に入る手前にも小さい井戸のようなものが。のぞきこんでみると、穴は先が見えないところまで続いていました。
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建物内部。井戸を復元したものが置かれています。40メートルのリールがついているそうです。
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改修前の様子なども写真で展示されていました。
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こちらにも井戸のようなものが。ここも先が見えないぐらい深くて、足がすくみました。
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中庭に戻り、もう少し奥へ。博物館があるようです。あとから見てみましたが、ここは旧ソ連!という雰囲気の展示。他の街で見てきたものと似たり寄ったりで、特に珍しいものは見当たりませんでした。
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塔の形状はひとつひとつ違いますが、似ているものもあります。ただし、要塞自体そこまで大きい規模のものではないので、迷子になることはありません。
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急な階段は、各段でかける足を指定するように、左右交互の縦幅が異なっていました。スロヴェニアでもこのような階段は体験済みです。
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北側の塔に上ってみました。見える景色はこんな感じです。
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地峡を挟んで旧市街が見えます。
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そして塔と塔の間には壁があることも、よくわかります。
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中庭を挟んで南側の塔。あちらは壁の横に通路がつけられているようですが…
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…こちらの塔と塔の一部は壁の中がこのような小道でつながっています。かろうじて人と人がすれ違えるか、という幅。
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ある塔を中から見上げたところ。塔の上部はどこも飾り気はありませんでした。
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西側からは「新要塞」と呼ばれているものが見えますが…
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…今はちょっとした壁などが残っているだけで、家畜のたまり場になっていました。
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遠足で訪れているらしい子どもたちの容赦ない質問が、ガイドさんに向けられていました。つきそいの先生も、自由な行動をする子どもたちをコントロールするのが大変そうでした。
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西側のテラスから見た塔。ここにも上れるようです。
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一部の塔の中には蝋人形が置かれてあり、塔が使われていた時代が再現されています。
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再び中庭に降りてきました。もともと牢獄だったという塔を見たかったので、どこにあるのか探しつつ、さらに要塞の内部を見てまわります。
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南側にあった塔だと思います。
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遠足で訪れているらしい一団がある塔から出てきました。
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塔の近くにはおもむろに大砲…?というにはやや小ぶりなもの。
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Karmalyukがいた建物はここ、とのことでこの塔がもともと牢獄だった塔のようです。要塞の入り口を入ってすぐ左手にあるものでした。
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Ustym Karmalyukに関する展示が写真つきでいろいろあるようでした…が、ウクライナ語のみなので雰囲気だけ楽しみます。
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塔の内部は掃除中のようでしたが、私が入るとほこりが舞わないようにという配慮か、ほうきを動かす手を止めてくださっていました。私が内部を見ている間、ずっとこちらの様子をうかがって早く出て行ってほしそうな雰囲気も感じたので焦りました…。
Ustym Karmalyukの蝋人形。びっくりするような形で置かれていたらいやだな、と思っていたのですが、特にそのような演出もなくほっと一安心です。 -
ズームで1枚。誰か知っている人に似ているような気もします。
とてもイケメンさんだったそうで、彼のファンの女性たちが髪の毛で作ったロープを投げ入れ、それで脱獄を図ったという伝説もあるのだとか。1817年から1823年まで、3回投獄されたらしいです。 -
これで要塞の中の見どころはひととおり見てしまったことになります。
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まだまだ時間があるので、見落としたものがないか、ふらふら歩いてみます。
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中庭にはちょっとした遊びができるブースも出ていました。弓矢ブースに人が群がっています。
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下の方へ通じるみちもあるようでしたが、ここはしっかり閉まっていました。
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こちらも同様です。扉が開いたらどのようになっているのか気になりますが、その前に手前に置かれているどこか素朴なはしごも気になります。
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アーチが重なっていていい雰囲気です。
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シンプルな作りの要塞だと思っていましたが、複雑なところもあるようです。
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遠足の一団が去って静かになった西側のテラスから、もう一度新要塞を見てみます。今いる要塞を一度出て西側に行くと、新要塞へも行けるようです。
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数世紀前には名前も知らない多くの人がここにいて、砲弾が飛び交った日もあるのかもしれないと思うと、廃墟となった要塞も鮮やかな色合いを帯びて見えてきます。
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石のプレートのようなものを見つけました。どの時代のものか、何が書かれているのかは全くわかりません。
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中庭には小ぶりなステージも設置されていました。イベントなどで使われるのかもしれません。
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西側の壁に何やら取り付けられていました。
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さて、そろそろ出るとしましょうか…。
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よく見ると、出入り口のところだけ木製だったことに気づきました。
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出入り口から旧市街。英語を話す小さいグループが入ってくるところでした。自分も外国人なのに、「あ、外国人だ〜」と新鮮な気分でした。
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これまでに来た道を引き返します。
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トルコ橋から右手を見渡します。こちらにも茶色く濁った川の流れが見えます。
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よく見たら細い階段が下まで伸びていました。降りるのも上るのも大変そう…。
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本当に静かな街でした。
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橋を渡り切って振り返ります。
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旧市街側、トルコ橋の近くに各地の方向を示す矢印が立っていました。
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説明を受ける子どもたちの集団がここにも…。
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コサックの隊長?サムライに見えなくもありません。
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Uspenska通りの近くに「ロシア門はこちら」という看板が見えたので行ってみます。
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これではないようです。地元の方が熱心に掃除をしてらっしゃいました。
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城壁沿いにぼこぼこの道を下って行きます。
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どうやらこれ?のようです、ロシア門。
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奥にはさらにしっかりした石造りの門も見えたのですが、どうやらレストランか何かになっているようです。
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市庁舎の塔につけられていた太陽によく似ています。顔つき…。
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民家の中を抜けて引き返します。今度は上り坂になります。
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立派な鶏がコケコケ言いながら出勤中でした。お仕事ご苦労様です。
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壁がぼろぼろなんですが、どこか味のあるお宅です。
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狆…?にも見えなくもない、鼻が低い黒い犬がこちらを見ていました。
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休憩がてら小さいスタンドでホットドッグを買って食べながら一休み。行っていないところやもう一度見ておきたい場所の目星を付けました。
そして再びポーランド市場広場。お土産屋さん通りが開いていました。 -
青空の光が強すぎて逆光気味ですが、市庁舎とお土産屋さん通り。
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再び通りかかったDominican Monastery。今度はドアが開けられていました。中はシンプルで、どこか日本のお寺の雰囲気にも似ています。
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またまた再びのPyatnytska通り。時間を持て余したのか、こういう演出なのか、女性の演者さんたちがバルコニーに上がってらっしゃいました。
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まだまだ撮影中のようです。人の少ない朝の時間にしているのだろう、という予想は大外れでした。
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撮影現場の裏手のDovha通りに回り込んでみましたが、Russian Magistrateとされているところには到達できそうになかったので…
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…もとのところに戻り、考古学博物館の中を見てみることにしまhした。
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入るとチケットカウンターらしきものはなく、案内員の方が「一人?写真は撮る?ガイド付きツアーもやってるけど、どうする?」と話しかけてきました。少しなら英語も通じるようです。
値段は記録しそびれたのではっきりわかりませんが、このときは入場券1枚と、写真撮影許可のチケットを購入。 -
それぞれの部屋は見学者がいない時間は電気が消されているようで、案内員さんが私についてくるようにして、電気をつけたり消したり、ここでは太鼓の音楽を流したり(雰囲気アップ?)していました。
英語での解説も少しだけありましたが、ほとんどはウクライナ語だけです。 -
よくわからないので、いつものごとく雰囲気を楽しむことにします。
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これは文字だったかなんだったか、ついてきた案内員さんが英語で「何かあったら質問してね」と言ってくださったのですが、英語で説明を受けてもわからない自信があったので、想像で楽しみます。
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展示室を抜けると、庭にも展示があるそうで案内員さんによると「ここでの一番大きなコレクションよっ!!」とのことだったので、裏庭も拝見します。
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庭の方にも簡単ですが案内板があります。特にこの地方のものに限定した説明ではないようです。きっとここに遠足などで来る子どもたちのために、基礎から説明するためのものでしょう。
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「ビッグコレクションっ!!」と聞かされていた割にはあまり広いスペースでもないので、適当にひとまわりします。
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いくつか石塔もありました。模様がはっきりしているものからそうでないものまでいろいろでしたが、こんな雨ざらしでいいのでしょうか…?
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等間隔で並んでいるので、どこかユーモラスでもあります。
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手がかわいい…。3.5頭身?
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一部はこの地方の生活で用いられているものの展示もあるようでした。
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ここに展示されているものひとつひとつについても解説がありました。例によって、読めないわけですが…。
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もともと通路だったんでしょうか?石でふさがれていました。
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再びアルメニア市場広場。
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ロシア門の近く、旧市街の南西に「Fortress Baracks」と呼ばれるものがあるとのことで、ぷらぷら探してみます。
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まさか、これだったんでしょうか?この建物の裏手までまわってみましたが、それらしい雰囲気はなかったのですが…。
ある資料では「landmark」とまでされている「Fortress Barracks」がこれではないということを願います。そしてさらにもっとわかりやすい道案内や案内板ができることをさらに強く望みます。 -
立派な石の壁を横目に、来た道を戻ります。
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相変わらず、老朽化が進む一方の道でした。
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旧市街の中心部に戻ってきました。
地峡を流れる川のあたりを散策するツアーも出ているようです。楽しそう…! -
そして再びCathedral of SS Peter and Paul。今度は観光客らしき人たちの出入りも多く見られたので、じっくり見学ができそうです。
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白を基調としたカトリック教会です。
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遠足の集団が去った後に祭壇に近づいて1枚。
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この石棺、有名なものだそうです。
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重々しい扉につけられた紋章。
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今度は旧市街の北の方を散策してみます。
Church of St. Apostles Peter and Paul。先ほど見たものは「Cathedral」でしたがこちらは「Church」。1580年にここに作られ、今見られるものは1834年に再建されたものだそうです。 -
Vitryani Gate。Vitryaniとは「Windy」という意味らしいです。
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近くに住んでいた職人が作った門だそうです。
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今もこのトンネルを車が通りぬけていきます。石畳のタイヤが当たる部分はすり減っています。
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左手に見えるのがTurkish Wallsのようです。
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門を通り過ぎたとき、ちょうど車が入って行くところが見られました。
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改めてTurkish Walls(のはず…)。Wallsと言われても、どこそこに石垣のようなものがあるので、特定できません。
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もう少し離れて裏側からVitryani Gate。先ほど見た形とは全然違うもののように見えます。
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この補修の仕方はいかがなものでしょうか…(笑)
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Staroposhtovy坂を下る右手にも石の壁が。
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正面に見えてきたのがポーランド門(Polish Gate)。
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気づくと川のすぐ近くまで下ってきていました。ここにもコンクリートがぼこぼこな橋があるわけで…。
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改めてポーランド門。川を渡ったところがポーランド人の地域だったことからこの名前がついたそうです。
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Smotrych川の流れがすぐ近くに。この旅行中、川に一番近づいた瞬間でした。
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ポーランド門。道が直接つながっていないので、通り抜けることはできませんでした。
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向こうにはターコイズ色の5つのクーポラのChurch of St. Georgeが。
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天気がよくなってきたので、要塞の方まで写真を撮りに引き返すことにしました。「写真を撮るためだけに」というわがままができるのが一人旅のいいところです。一人旅だと、旅先で友人もできやすいようにも思います。
道中、正面にCathedral of SS Peter and Paulの聖母マリア像の塔が見えました。 -
旧市街は観光地が集中しているとはいっても、民家もあります。
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車のせいなのか、石畳は中央が盛り上がってカーブができていました。
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Cathedral of SS Peter and Paulにも立ち寄ってみます。
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中庭は遠足で訪れている子どもたちでごったがえしていて、これ以上建物から離れて写真を撮ることができませんでした。東洋人が珍しいのか、こちらにカメラを向けている子どもたちも少なからずいました(照)
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ズームがいまいちで手ブレも激しいですが、逆光ではない状態を撮影できました。
この後、この教会の入口のすぐ近くにインフォメーションがあったので、明日のKhotyn行きのことについて相談してみました。英語もよく通じましたが、「1人で行くの?バスで行けないこともないけど、ちょっと難しいからこのあたりから出ている日帰りのエクスカーションで行った方がいいと思うけど…?」と言われてしまいました。チェルニウツィーに行きたいからその途中に寄りたいんだ、とのことを伝えると、「Khotynのバスターミナルから要塞までは看板が出てるから、がんばったら歩けると思う。Good Luck!!」とのことで明日もがっつり歩くことになりそうです。 -
ポーランド市場広場。ミニチュアの建物群はやっぱりかわいいです。
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旧市街のほぼ中心にあった地球儀。てっぺんには何故かフクロウ?
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ここまで写真を撮るためだけに引き返した甲斐がありました。やっぱり青空に映えてきれいです!
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トルコ橋までおさめると、このようにな感じです。
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青空の下の要塞が最期に見られてよかったです。
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踊っているような聖人の像があるSt.Johoshaphat's教会。入り口が開いているようだったので中が見られました。
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白を基調とした明るい感じの教会でした。
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そして新市街に戻ります。このダイナミックな地峡ともお別れ。
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そして橋にはお約束の南京錠たち。
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とにかく歩いていて楽しい旧市街でした。
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この崖はこれからも気の遠くなるような年月をかけて、さらに切り立っていくのでしょうか。
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欲を言えば高いところから地形がわかるようなポジションでも旧市街を見てみたかったような気もしますが、近くに高い建物がないのが魅力なのでしょう。
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Vasylyeva公園もちょっと歩いてみることにします。
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大変緑豊かな公園です。虫対策を何もしてこなかったので、ちょっと心配になりました。
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こちらは1932年から1933年にかけてのウクライナ大飢饉を示すモニュメント。
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噴水が美しい一角もありました。
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「ホテイ」という名のアジア料理レストラン。住所を見てみると宿泊しているホテルの中に入っていることがわかりました。今日の夕食はここで食べることにします。
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モグラ?
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新市街の面白くない、まっすぐな道の交差点に戻ってきました。
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現在使われている市役所か何かだったのでしょうか…?そんな雰囲気でしたが、詳細は確認できませんでした。
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その市役所らしき建物の前にはこれまた長方形の公園と道を挟んで戦車が。
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今日宿泊するホテルの裏手。大きい建物なのでよく目立ちます。
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また道の真ん中にソ連っぽいものが。旧市街にいる間はどこか西ヨーロッパにいるような、そんな気分も味わえたのですが、新市街に戻ってまっすぐな道やこのようなモニュメントを見ると、一気にウクライナにいるという現実に戻ってきます。ウクライナ、好きなんですけどね^^
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バルコニーのタイルの模様がかわいかったです。
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市場の方に出てきました。時間もあるので、ちょっと散策してみます。
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雑誌や新聞などを売っているスタンド。いくつかこのような形のスタンドを見つけました。チェーン店?
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月曜日の昼間なのですが、まっすぐ歩けないぐらいたくさん人がいました。
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ペット売り場?子猫が狭いかごに入れられていました。
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穀物売場。
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屋根がついているこちらの野菜売り場の品物は他の売り場の野菜よりもちょっと高めのようでした。
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そしてホテルにチェックイン。あまり寝ずに強い日差しの中を数時間歩いたので、頭痛がしました。しばし休憩です。ちなみに宿泊料は1泊シングルで241UAHでした。
6階の部屋からは街はずれの平原が見えました。
値段の割には施設も充実したホテルで、マッサージもお手頃価格だったので、ウクライナで初めてマッサージにも行きました。ごついお兄ちゃんが出てきてびびりましたが、腕は確かなようで、疲れた身体をしっかりもみほぐしてくれました。 -
マッサージを受けたらなんだかタイ料理が食べたくなって、昼間に看板を見た「ホテイ」でタイ料理。キエフで食べるものよりも忠実で、おいしかったです。
明日はKhotynの要塞を見て、世界遺産のある街チェルニウツィーへ向かいます。
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