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フィレンツェを発って今回のイタリアの旅の終着地であるミラノに到着した。フィレンツェで降り始めた雪は降り止まず、ここミラノは薄っすらと雪化粧をしていた。ミラノは首都ローマに次ぎイタリア第2位で人口約130万人、大都市圏人口は500万人であり、イタリア最大である。それにしても南北に長いイタリア、陽気でおおらかな南部とその反対の北部の国民性の違いに驚かされる。ナポリで乗っためちゃくちゃな運転のタクシーはこの街には存在せず、文化的にもドイツ、オーストリアに近いことを感じさせる。それもそのはず、歴史的には神聖ローマ帝国、ハプスブルグ家の大きな影響を受けている。<br /><br />この街の至宝、いや人類の至宝と言うべきレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」は、ここミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院にある。彼のパトロンであったルドヴィーコ・スフォルツァ公の要望で、食堂の壁画として描かれた。4.2m x 9.1m という巨大な壁画で、1495年から制作に取りかかり、1498年に完成している。<br /><br />しかし、描かれた当時からこの部屋は食堂として使用されており、食べ物の湿気、湯気などがこの絵を劣化させた。16世紀から損傷や剥離部分の修復と剥離部分の書き足しが行なわれ、ニカワ、樹脂、ワニスなどが塗布されたが、結果的には劣化を促進させた。17世紀には絵の下部中央部分に食堂と台所の間を出入りするための扉がもうけられ、その部分は完全に失われた。また、この間ミラノは2度大洪水に見舞われ、壁画全体が水浸しとなった。1943年8月にはアメリカ軍がミラノを空爆、この食堂も半壊したが、壁画のある壁は奇跡的に残った。設計図が残っていたため建物は復元されたが、約3年間は屋根の無い状態だった。<br /><br />保存上の悪条件と、後世に加筆されたりしたため、レオナルド自身が描いた絵がどの程度残っているのか不明であったが、1977年から1999年にかけて大規模な修復作業が行われた。修復作業は修復家のピニン・ブランビッラが一人で20年以上の歳月をかけて行なった。この修復は洗浄作業のみで、表面に付着した汚れなどの除去と、レオナルドの時代以降に行なわれた修復による顔料の除去が行なわれた。その結果、後世の修復家の加筆は取り除かれ、ほぼレオナルドのオリジナルの線と色彩がよみがえった。<br /><br />現在は壁画の保護のため、外気との接触を減らし、観光も人数が制限されており、見学は完全予約制である。我々は数日前に電話で問合せしたが、入場は不可能と言われた。しかし、諦めきれずホテルで問合せたところ、運良くツアーに参加することができた。個人旅行の場合は要注意である。(02 - 8942 - 1146 英語可、 月曜 - 金曜 9:00 - 18:00、土曜 - 14:00、ネット予約も可能とのこと)<br /><br />この街のもう一つの至宝として、ミラノ・スカラ座がある。私は生演奏を聴いたことはないが、カラヤン、アバード、バレンボイムなどの名演は映像で観た。この日も公演はなく、劇場の見学ツアーで内部を回った。現在の劇場は2代目のもので、当時ミラノはオーストリアの領地であったため、1776年女帝マリア・テレジアにより承認され、建設が始まった。ヴェルディやプッチーニの多くの名作がここで初演され、トスカニーニ、サバータ、ジュリーニ、カンテルリ、アバード、ムーティなどイタリアの誇る名指揮者が率いてきた。<br /><br />興味深いのは個性派ムーティである。総支配人のカルロ・フォンタナと長年対立してきたが、団員の反発によりストライキも発生しムーティに対する不信任案を決議、2005年4月、ついにムーティは音楽監督を辞任した。その後の約10年間はアルゼンチン生まれのバレンボイムが率いてきたが、2017年から再びイタリア人のシャイーがシェフに就任する予定だという。<br /><br />ミラノの象徴とも言えるドゥオーモは、ドゥオーモ広場に位置し、聖母マリアに献納されている。 ミラノのドゥオーモは500万人のカトリック信者がいる世界最大の司教区であるミラノ大司教区を統括する首都大司教の司教座聖堂である。ドゥオーモの最初の石は1386年に大司教アントーニオ・ダ・サルッツォとミラノの領主 ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティの要求により、古代からあったサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂の場所に置かれた。 宗教改革による中断を経て最初の石が置かれてから約500年後の1813年に完成した。 19世紀を通じて、尖塔と全ての装飾が仕上げられた。<br /><br />ひと昔前のイタリア家族旅行、子供たちは中学生と小学生、今でも親の趣味に引っ張り回された、と文句を言っているが、何かを残してくれた、と信じたい。

クリスマスのイタリアNo.3:ミラノで修復されたダ・ヴィンチの『最後の晩餐』を見る

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2005/12/29 - 2005/12/31

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ハンク

ハンクさん

フィレンツェを発って今回のイタリアの旅の終着地であるミラノに到着した。フィレンツェで降り始めた雪は降り止まず、ここミラノは薄っすらと雪化粧をしていた。ミラノは首都ローマに次ぎイタリア第2位で人口約130万人、大都市圏人口は500万人であり、イタリア最大である。それにしても南北に長いイタリア、陽気でおおらかな南部とその反対の北部の国民性の違いに驚かされる。ナポリで乗っためちゃくちゃな運転のタクシーはこの街には存在せず、文化的にもドイツ、オーストリアに近いことを感じさせる。それもそのはず、歴史的には神聖ローマ帝国、ハプスブルグ家の大きな影響を受けている。

この街の至宝、いや人類の至宝と言うべきレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」は、ここミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院にある。彼のパトロンであったルドヴィーコ・スフォルツァ公の要望で、食堂の壁画として描かれた。4.2m x 9.1m という巨大な壁画で、1495年から制作に取りかかり、1498年に完成している。

しかし、描かれた当時からこの部屋は食堂として使用されており、食べ物の湿気、湯気などがこの絵を劣化させた。16世紀から損傷や剥離部分の修復と剥離部分の書き足しが行なわれ、ニカワ、樹脂、ワニスなどが塗布されたが、結果的には劣化を促進させた。17世紀には絵の下部中央部分に食堂と台所の間を出入りするための扉がもうけられ、その部分は完全に失われた。また、この間ミラノは2度大洪水に見舞われ、壁画全体が水浸しとなった。1943年8月にはアメリカ軍がミラノを空爆、この食堂も半壊したが、壁画のある壁は奇跡的に残った。設計図が残っていたため建物は復元されたが、約3年間は屋根の無い状態だった。

保存上の悪条件と、後世に加筆されたりしたため、レオナルド自身が描いた絵がどの程度残っているのか不明であったが、1977年から1999年にかけて大規模な修復作業が行われた。修復作業は修復家のピニン・ブランビッラが一人で20年以上の歳月をかけて行なった。この修復は洗浄作業のみで、表面に付着した汚れなどの除去と、レオナルドの時代以降に行なわれた修復による顔料の除去が行なわれた。その結果、後世の修復家の加筆は取り除かれ、ほぼレオナルドのオリジナルの線と色彩がよみがえった。

現在は壁画の保護のため、外気との接触を減らし、観光も人数が制限されており、見学は完全予約制である。我々は数日前に電話で問合せしたが、入場は不可能と言われた。しかし、諦めきれずホテルで問合せたところ、運良くツアーに参加することができた。個人旅行の場合は要注意である。(02 - 8942 - 1146 英語可、 月曜 - 金曜 9:00 - 18:00、土曜 - 14:00、ネット予約も可能とのこと)

この街のもう一つの至宝として、ミラノ・スカラ座がある。私は生演奏を聴いたことはないが、カラヤン、アバード、バレンボイムなどの名演は映像で観た。この日も公演はなく、劇場の見学ツアーで内部を回った。現在の劇場は2代目のもので、当時ミラノはオーストリアの領地であったため、1776年女帝マリア・テレジアにより承認され、建設が始まった。ヴェルディやプッチーニの多くの名作がここで初演され、トスカニーニ、サバータ、ジュリーニ、カンテルリ、アバード、ムーティなどイタリアの誇る名指揮者が率いてきた。

興味深いのは個性派ムーティである。総支配人のカルロ・フォンタナと長年対立してきたが、団員の反発によりストライキも発生しムーティに対する不信任案を決議、2005年4月、ついにムーティは音楽監督を辞任した。その後の約10年間はアルゼンチン生まれのバレンボイムが率いてきたが、2017年から再びイタリア人のシャイーがシェフに就任する予定だという。

ミラノの象徴とも言えるドゥオーモは、ドゥオーモ広場に位置し、聖母マリアに献納されている。 ミラノのドゥオーモは500万人のカトリック信者がいる世界最大の司教区であるミラノ大司教区を統括する首都大司教の司教座聖堂である。ドゥオーモの最初の石は1386年に大司教アントーニオ・ダ・サルッツォとミラノの領主 ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティの要求により、古代からあったサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂の場所に置かれた。 宗教改革による中断を経て最初の石が置かれてから約500年後の1813年に完成した。 19世紀を通じて、尖塔と全ての装飾が仕上げられた。

ひと昔前のイタリア家族旅行、子供たちは中学生と小学生、今でも親の趣味に引っ張り回された、と文句を言っているが、何かを残してくれた、と信じたい。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
4.5
グルメ
4.5
ショッピング
5.0
交通
4.5
同行者
家族旅行
一人あたり費用
15万円 - 20万円
交通手段
鉄道 タクシー 徒歩 飛行機
旅行の手配内容
個別手配
  • ミラノの至宝 ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」、もちろん原画は撮影不可で、写真を撮影

    ミラノの至宝 ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」、もちろん原画は撮影不可で、写真を撮影

  • 「最後の晩餐」のあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院

    「最後の晩餐」のあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院

  • スフォルツェスコ城(スフォルツァ城)

    スフォルツェスコ城(スフォルツァ城)

  • ミラノの象徴 ドゥオーモ

    ミラノの象徴 ドゥオーモ

  • ドゥオーモの内部のステンドグラス

    ドゥオーモの内部のステンドグラス

  • ドゥオーモの内部

    ドゥオーモの内部

  • ドゥオーモの内部

    ドゥオーモの内部

  • ミラノの誇るスカラ座のファサード

    ミラノの誇るスカラ座のファサード

  • スカラ座内部のプッチーニの胸像

    スカラ座内部のプッチーニの胸像

  • 雪化粧のレオナルド・ダ・ヴィンチ像

    雪化粧のレオナルド・ダ・ヴィンチ像

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