2012/03/02 - 2012/03/04
204位(同エリア349件中)
虎キチお岩さん
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「転んでもだんじりの綱だけは離したらあかん」
サミー(夫)は岸和田市出身。先日亡くなったサミー母、ずっと「岸和田に帰りたい」と言っていましたが、この日納骨を無事済ませ、ようやく岸和田の地へ帰してあげることができました。
(´・_・`)
帰りに岸和田城と、だんじり会館、岸和田商店街へ寄ってきました。
今岸和田はNHK朝の連ドラ『カーネーション』の舞台となっており、訪れる人もぐんと増えたようなので、今年のだんじり祭りは例年よりさらに多くの人で埋め尽くされるんじゃないかと、ちょっと心配なくらい。
だんじり祭りは何度か見に行きましたが、私がだんじり祭りが大好きなのは、勇壮な引き回しはもちろんですが、だんじりの精巧華麗な彫り物が素敵なためです。
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岸和田城
サミーはこのすぐ近くに住んでいたようです。毎日遊びに来ていたといっていました。それもそのはず、中学生以下は入場無料なのです。不法侵入じゃないようです(´-`).。oO(ほっ)大人は300円ですが、岸和田城と、岸和田だんじり会館と、きしわだ自然資料館を合わせた共通入場券が700円なので、2か所以上行くならこちらの共通券のほうがお得でしょう。 -
岸和田城
和泉国守護であった楠木正成が甥の和田高家を岸和田に派遣して岸和田古城を築かせた。「岸」と呼ばれていた当地に和田氏が城を築いたことによって「岸の和田」と呼ばれ、「岸和田」へ変化したと言われている。(へーーー_φ(・_・)
岸和田城は大坂城と和歌山城の中間地点にあり紀州監視の役割もあったようです。
通称:岸ノ和田城、滕城、蟄亀利城、千亀利城
城郭構造:輪郭式平城
天守構造:複合式層塔型5重5階(1619年改)
現在:復興天守(1954年再)
築城主:信濃泰義か
築城年:応永年間(1394年-1428年)
主な改修者:三好義賢、小出秀政、岡部宣勝
主な城主:小出氏、岡部氏
廃城年:明治4年(1871年)
遺構:石垣、堀
指定文化財:大阪府史跡
再建造物:復興天守、櫓・門
このアングルも、あとわずかで桜に覆い尽くされるのでしょう。 -
岸和田城
岸和田城は猪伏山(いぶせやま)と呼ばれた小高い丘の上にあり、本丸と二の丸を合せた形が、機の縦糸を巻く器具「縢」(ちきり)に似ていることから蟄亀利城(後に千亀利城)と呼ばれるようになった。城内にある岸城神社は千亀利と「契り」とをかけて、縁結びの神社として知られている。
サミー曰く、「昔はなかった金箔が施されていて、立派になってる・・・」
ちなみに、
昭和29年(1954年)現在の3重の復興天守が再建された
昭和44年(1969年)城門、櫓などが復興再建された
サミーがみていた岸和田城は昭和44年以前のもの? -
岸和田城
八陣の庭
八陣の庭は、岸和田城に天守閣が建てられる前、昭和28年7月に着工、同年12月に砂紋を入れて完成しました。「八陣」とは、中国の諸葛孔明の陣構えからとったもので、大将軍というを中心部分の石組みの周りに天・地・風・雲・鳥・蛇・龍・虎の各陣が配され、砂紋を描いた白砂(海ですよ)で海中の蓬莱山を表現しています。 -
岸和田城
八陣の庭 天守閣に登って見た図
八陣の庭をデザイン、作庭したのは日本庭園図鑑の著者であり、また庭園考証の権威者としても知られている重森三玲さん。 -
岸和田城
八陣の庭
草木の全く生えていない珍しいお庭です。 -
岸和田城
天守閣で結婚式があげられますv(^_^v)♪
岸和田市出身のお笑いコンビ・シンクタンクのタンクも、ここで挙式を挙げたことがある。 -
岸和田城
現在、岸和田城は市立の展示施設として、岸和田城の歴史紹介・所蔵物の展示などを行っており、観光振興の拠点となっている。
所在地 大阪府岸和田市岸城町9-1
開館時間 開館時間:午前10時
閉館時間:午後5時(入館は4時まで)
休館日 毎週月曜日
年末年始(12月30日〜1月4日)
入館料 大人300円
中学生以下無料 -
岸和田城
岸和田城の復元模型
その他、岸和田の歴史なども紹介がありましたが、写真撮影不可のところも多いのでご注意を! -
岸和田城
天守閣から真正面に見える岸和田高校。
だんじり祭りの際にはこの高校の前をだんじりが通り、写真左手の(この写真には写っていませんが)岸城神社(きしきじんじゃ)に宮入します。
コシノヒロコ、ジュンコの母校であり、現在の制服はヒロコのデザイン♪ -
岸和田城
「むかしはお堀に下りて行けて、アヒルの卵とかを取って遊んで(?)いた」とサミー談。イケナイ子供だ(-。-; -
岸和田城
岸和田の町が急速に発展したのは、城下町が建設された江戸初期と紡績業が急成長した明治大正期です。
このため、岸和田の街中には、城郭、堀、石垣や街道沿いの旧町屋跡など岸和田藩五万石の城下町のなごり、赤煉瓦の紡績工場や銀行など明治大正期における紡績業の中心地としてのなごり、この二つが混在しています。
戦災に合うこともなく、やみくもな再開発を行うでもなく、これらの歴史遺産は市内の随所に残されていて、岸和田市はこれらをうまく保存・再生しています。 -
岸和田城
紡績業の発展
江戸時代初期に綿花栽培が日本全国で開始され、河内、和泉、摂津の三国は、江戸への物流拠点であり自らも大消費地である大坂に近いという地の利から、江戸期を通じて日本一の綿花の産地でした。
江戸末期の開国により、海外から紡織技術と安価な綿糸が輸入されるようになったため、綿花農家は激減し、綿糸問屋が没落していきます。その中で、早くから工場制手工業を導入してきた和泉地方では、いち早く工業化への転換に成功し、江戸期を通じて泉南の政治経済の中心地であった岸和田はその拠点となったのです。
明治27年、江戸期の豪商寺田家により岸和田紡績?が創設されたのを皮切りに、次々と紡績工場が設立され、同時に電力、鉄道、金融などの関連企業が集積し、明治末から大正時代、岸和田は企業城下町の様相を呈していました。
このため、町のそこここに赤煉瓦造りや石張りの洋館が建設され、戦災を受けなかったことで、今もその多くが現存しています。 -
岸和田城
寺田家は、江戸時代には南町で酒造業を営む岸和田城下の有力商人の一つでした。
寺田家当主となった甚与茂は、明治11年に国立五十一銀行の創立委員に加わって以後、紡績業、鉄道業、電力業など多角的な経営を展開して、一代で巨万の富を築き上げ、寺田家を地方財閥に成長させました。特に明治27年に開業した岸和田紡績?は、日本有数の大企業に成長し、岸和田の近代化を推進しました。
また、甚与茂の弟利吉も寺田紡績や寺田銀行などを開業し、かつて岸和田の海岸付近や紀州街道沿線には寺田系の企業や銀行が林立して、岸和田は企業城下町の様相を呈していました。
戦後寺田財閥は解消されましたが、今も残る五風荘や自泉会館(昭和7年に建築された寺田紡績の社交場)に往時の寺田財閥の隆盛ぶりがしのばれます。
サミーが生死の境をさまよって入院した病院も『寺田病院』だと言っていました。
サミー母は結婚するまで紡績会社で働いていたと言っていましたが。。。もしやこの岸和田紡績(株)でしょうか。
24時間勤務で、一日おき二人の工員で交代するため、もう一人の工員が何らかの都合で休むとそのまま次の24時間勤務、その後自分の番の24時間勤務で計3日間ぶっとおしで働かされたと聞きました(;´Д`A(母の誇張だったらごめんなさい) -
岸和田城
中央緑の屋根の建物が岸城神社。岸和田城から岸和田だんじり会館へは徒歩で二分くらい。あっという間に到着します。 -
岸和田だんじり会館(1Fコミュニティーホールは無料です)
入館料 大人 600円
団体(25名以上) 400円
小人(小中学生) 300円
団体(25名以上) 200円
岸和田3館共通入場券(発売日より1ヶ月有効) 700円
きしわだ自然資料館
岸和田城
岸和田だんじり会館の3館すべてにご利用できます。 -
岸和田だんじり会館
岸和田だんじり会館1階で、『連続テレビ小説「カーネーション」番組展』を開催します。この会場に入るだけなら無料です。
会場には、ドラマの中心的な舞台である小原呉服店のセットの2階外観部分を展示。家屋の看板や風雪に痛んだ瓦を時代考証に沿って再現しており、ここは記念撮影の絶好のスポットです。
展示場所 : 岸和田だんじり会館(岸和田市本町11-23)1階ギャラリー
展示期間 : 平成24年1月6日(金曜日)〜3月31日(土曜日)
※ 初日の1月6日(金曜日)午前10時からは、岸和田市長などが参加するオープニングセレモニーを開催します。
展示時間 : 午前10時〜午後5時 (入館は午後4時まで)
入場料 : 無料
展示内容 :
・小原呉服店のセットの2階セットの展示
・ラッパ型のラジオ、ミシン等の小道具の展示
・番組パネルの掲示
・モニター映像 等 -
岸和田だんじり会館
2F イベント広場
実物のだんじりと27面マルチスクリーンによる映像で岸和田ッ子の心を躍らせる「だんじり祭」の迫力をリアルに紹介します。毎時、15分・45分の30分間隔で上映しています。(1回の上映時間は約10分)
毎年11月の日・祝日は、その年の「だんじり祭ハイライト上映」を放映しています。
実物のだんじりその一、旧紙屋町だんじり。 -
岸和田だんじり会館
旧紙屋町だんじり
このだんじりは、紙屋町で曳行されていたもので、天保12年(1841)に製作されました。
彫物には江戸期のだんじりらしく、豊臣家に関係する主題は彫られておらず、「三国志」や「源平合戦」などが彫りこまれています。
幕末・明治・大正・昭和・平成の各時代を通じ、紙屋町々民から親しまれてきましたが、平成2年の祭りを最後に現役を退きました。
夜の提灯点灯バージョンですね。この提灯には『岸和田』と書かれていますが、本来は町名が書かれています。 -
岸和田だんじり会館
旧紙屋町だんじりを後ろから見た図
昼の勇壮な雰囲気とは異なり、夜提灯に明かりを入れてゆっく〜り、ゆっく〜り練り歩くだんじりも風情があり、必見です。 -
岸和田だんじり会館
旧紙屋町だんじりを見上げるサミー、と謎のおじさん。
だんじりを見ているとひとりのおじさんが・・・目があった、と思う間もなく近寄って♪───O(≧∇≦)O────♪自分の携帯で撮った写真を見せながら、やたらと詳しく説明してくれます。
この人はボランティア?この施設の職員さんではないようです。まあ私設ボランティアといったところでしょうか。この後3F、4Fにも出没していました。目が合うと逃れられませんので(笑)、気を付けてくださいね。 -
岸和田だんじり会館
その2近代だんじり 沼町
このだんじりは明治34年(1901年)の製作で百年の長きにわたり曳行され平成13年(2001年)沼町より寄贈されたものです。大工棟梁は藤原朝臣の末裔、櫻井新六。
彫物師匠は明治の甚五郎こと櫻井義國です。
近代のだんじりの代表格にふさわしい名だんじりです。 -
岸和田だんじり会館
近代だんじり 沼町
見事な彫刻 -
岸和田だんじり会館
近代だんじり 沼町
見事な彫刻 -
岸和田だんじり会館
近代だんじり 沼町
前てこ部分。曲がる、止まるなどをコントロールするものです。前輪の近くにあり、前てこの係はもっとも危険な役割でしょう。 -
岸和田だんじり会館
その3岸和田最古のだんじり(旧五軒屋町地車)
このだんじりは、かつて五軒屋町で曳行されていたもので、現存する岸和田型最古のだんじりとして知られています。
制作は彫物や、だんじりの形態から、文化・文政年間(1804〜1829)につくられたと推定されています。だんじりの周囲の彫り物は時代によって中国風→忠臣蔵→大阪夏の陣等と変換していますが、この彫り物が中国風だったのです。
構造的な特徴としては、木製の車軸や、大屋根が上下に動く「からくり」などがあげられますが、いづれも近代のだんじりには無い、江戸期のだんじりの特徴がはっきりと示されています。
昭和62年に京都北白川の石匠、河波忠雄氏より寄贈されました。このだんじりが、なぜ京都まで行ったのかは不明。
そういえばこのたびNHK連ドラ『カーネーション』で撮影のため京都太秦映画村まで五軒家町のだんじりを運んだと聞きましたが、以前にもあったんですねえ。五軒家町のだんじりはアクティブですねえσ(^_^;) -
岸和田だんじり会館
2F紀州街道の町並み
約300年の歴史と伝統を誇る「岸和田だんじり祭」は、元禄16年(1703年)、時の岸和田藩主岡部長泰(おかべながやす)公が、京都伏見稲荷を城内三の丸に勧請し、米や麦、豆、あわやひえなどの5つの穀物がたくさん取れるように(五穀豊穣)祈願し、行った稲荷祭がその始まりと伝えられています。 -
岸和田だんじり会館
3Fミニだんじりギャラリー
だんじりのミニチュア「ミニだんじり」の製作に打ち込む人々のつどいである、「美似地車倶楽部」を中心に、アマチュア民芸品作者たちの活動を紹介しています。
実物と同じ材料を使った傑作や、空き缶をリサイクルして作ったユーモラスなだんじりなどをずらりと展示しています。
4F体験コーナー
ここに来れば誰もが祭りの主人公♪
だんじりの大屋根に乗る体験や、だんじり囃子の鳴り物の体験などを通して、「岸和田だんじり祭」を心ゆくまで、実感できます。
だんじりの屋根にはござが敷いてあって、それが滑り止めになっているのですね。
お父さんが小さい子供を屋根に乗せてしきりに檄を飛ばしています。
「うちわはたけ、屋根たたくんや」
お父さん、あなたはきっと岸和田の人ですね?
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岸和田だんじり会館
4F体験コーナー
一組15分くらいずつ貸切りで使えます。体験していた人たち、「カカカッカカカッカカカッ・・・」とやたら上手にだんじりのリズムを刻みます。
あなたたちも、岸和田人? -
岸和田だんじり会館
4F体験コーナー
切り絵 -
岸和田だんじり会館
4Fはっぴと提灯
幼少時には岸和田城近くの岸城町に住んでいたサミーはその後大手町に引っ越します。彼がだんじりを引いていた時の記憶はその時のものです。
大手町はっぴ。 -
岸和田だんじり会館
3Fだんじり今昔資料館
ふだんのだんじりは、だんじり小屋と言われる町ごとの保管庫で、本体のみの状態でしまわれていますが、年に1度の祭りとなれば、旗、吹きちり(吹き流し)、金縄、幔幕(水引幕)などによって、華やかに飾り付けられます。
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岸和田だんじり会館
3Fだんじり今昔資料館
『吹きちりと宮入り』
祭りの参加者が、だんじりと共に五穀豊穣を願い、氏神様に参る「宮入り」の際にだけ用いられる特別な飾りです。通常吹きちりはだんじり後部中央に、宮入り旗はその左右に飾り付けられ、だんじりの礼装ともいえる、けいけんな趣を作り出します。
ちなみに宮入りは本宮の午前10時より正午まで、平成24年度は9月16日です。
岸和田だんじり祭り 平成24年度9月祭礼曳行日程
試験曳き 9月2日(日曜日)
9月14日(金曜日)
午後2時〜午後4時
宵宮 9月15日(土曜日)
午前6時〜午後10時
本宮 9月16日(日曜日)
午前9時〜午後10時 -
岸和田だんじり会館
3Fだんじり今昔資料館
『金縄』
だんじりの周囲に巻きつける金糸で編まれた綱。結び方には町ごとに特色と伝統があり、由来のわから無くなった町が多いものの、かたちは変わらずに今日まで残されています。 -
岸和田だんじり会館
3Fだんじり今昔資料館
『纏』
だんじりの曳行時に先頭を行く目印です。上部の飾りには、各町それぞれの特色がこらされており、多くの町が何らかの由来にもとづいた、シンボル性のあるデザインを採用しています。中には、40キログラムほどの重さの纏もあります。
真ん中大手町の纏。 -
岸和田だんじり会館
3Fだんじり今昔資料館
中には纏に見えないようなものも・・・ -
岸和田だんじり会館
祭りの一日。
ちなみに平成23年度宮入り順位
岸城神社(ほかの神社に宮入りするだんじりもあり、このあたりは複雑で私には理解できません、この岸城神社に宮入りするだんじりが主流だと勝手に解釈しています)
順位 町名 時刻
宮1番 宮本町(みやもとちょう) 9時30分
宮2番 上町(うえまち) 9時38分
宮3番 五軒屋町(ごけんやちょう) 9時46分
1番 南町(なんまち) 9時54分
2番 北町(きたんまち) 10時02分
3番 中北町(なかぎたちょう) 10時10分
4番 大北町(おおぎたちょう) 10時18分
5番 大手町(おおてちょう) 10時26分
6番 大工町(だいくまち) 10時34分
7番 堺町(さかいまち) 10時42分
8番 中町(なかまち) 10時50分
9番 紙屋町(かみやちょう) 10時58分
10番 本町(ほんまち) 11時06分
11番 中之濱町(なかのはまちょう) 11時14分
12番 南上町(みなみうえまち) 11時22分
読み方が方言で独特なものもあり、また町を(ちょう)と読んだり(まち)と呼んだり混在していて、なかなか覚えるのは難しいですが、ぜひ地元の呼び名を覚えてくださいね。宮入り順位は毎年抽選で決めますが、宮一番、宮二番、宮三番は決まっているようです。いわゆるだんじり祭りとしての歴史が深いというか、格の高い町のようです。
そして最後の町、これは『トリを飾る』というものではなく、歴史の浅い新参町がしばらくべべたの刑になるだけのようです。 -
岸和田だんじり会館
祭りの一年。
見ると、祭りの9月にもう次の一年の初顔合わせが始まっています。
まさに、祭りに始まり、祭りに終わる、という感じですね(⌒-⌒; ) -
岸和田だんじり会館
祭りの組織と運営
年番の組織
だんじり祭は、長い伝統を持つ「年番」という市民組織が全体的な運営を行っています。この制度は200年前の昔から続いているそうです。 -
岸和田だんじり会館
祭りの組織と運営
町会の組織
だんじりは町会単位で曳行しており、「町会長」「曳行責任者」を頂点としたピラミッド型の組織により運営されています。
世が世なら、サミーは今や上から2番目の曳行責任者・世話人ではないか((((;゚Д゚)))))))
でも、夫が毎日祭りの用事で家あけてたら嫌だなーっていうのがホンネ。岸和田の男の嫁にはなれませーん。でも、年取ったんやなー(お互い)。 -
岸和田だんじり会館
曳行の配列と役割
1.鳴り物
大太鼓、小太鼓、笛、鉦を担当。通常、青年団から鳴り物係が選ばれる。
2.綱先(つなさき)・綱中(つななか)
だんじり曳行の主動力。曳き手のうち、曳き綱の先頭を綱先、中ほどを綱中と呼ぶ。綱先は曳き綱がたるまないように綱を張り、綱中は進行方向に全力で綱を曳く。
3.綱元(つなもと)
だんじりに一番近い曳き手を綱元と呼ぶ。やりまわしの時に綱中の力をだんじりに伝える重要な役割を果たす。
4.前梃子
コマの回転面と地車の間にヒノキ材の梃子を差し込みだんじりを制御する。やりまわしの時、内側の前梃子は旋回のきっかけをつくり、内側のコマの回転を抑え、だんじりを曲がりやすくする。左右二本の前梃子を操作する係は非常に危険な役のため、かなりの熟練を要する。
5.大工方
だんじりの大屋根や小屋根に乗り、団扇を手に華麗に舞う。まただんじりの前方が見えない後梃子に進行方向を指示する。
6.後梃子 だんじりの舵取り梃子で長さ約3.5メートル。大工方の合図により左右にくくり付けられた綱(ドンス)を引いたり、肩で押すなどし、だんじりの向きを変える。二十人から三十人で担当する。
その他、交渉係や、纏もち、受け止め係りなどもいます。
驚いたのが受け止め係。「何してるんやろ???」と思っていたのですが、やり回しの際、後ろ綱の引手は遠心力で吹き飛ばされます。それを受け止めるんですね。 -
岸和田だんじり会館
勇壮で知られる岸和田だんじりまつり、別名『けんか祭り』とも言って、気の荒い泉州人が昔は順番を争ったりしてたびたびけんかになったりしたと言います。(今は順番が決まっておりそんなことはないようです)はじめてだんじり祭りに行くとき実母に「そんな危ないお祭り行って、大丈夫?けんか祭りって言われてんねんよ」と言われたのをサミー母に間違えて「きちがい祭り」と伝えてしまい、気まずい雰囲気が流れた( ̄◇ ̄;)のも今となっては思い出? -
岸和田だんじり会館
3Fだんじりの技と匠映像ライブラリー
約300年の歴史を持つだんじり祭には、今日でも伝統芸能がしっかりと息づいています。
ここではだんじり大工と彫物師の匠を紹介しています。
楽しみにしていたコーナーです。 -
岸和田だんじり会館
3Fだんじりの技と匠映像ライブラリー -
岸和田だんじり会館
3F各町だんじり自慢
『大手町だんじり』
宮入り神社 岸城神社
製作 昭和15年
大工 植山 宗一郎
彫物師 木下 舜次郎
彫物図柄 見送り 難波戦記
土呂幕 正面 秀吉本陣佐久間の乱入
右面 福島正則 拝郷五左衛門討取
左面 加藤清正の勇戦
特徴 町名は、岸和田城大手門の浜手に位置することによる。大手町のだんじりは新調時には「姿千両」と称えられた姿見の良い大型だんじりで、太平洋戦争勃発の緊迫した時期に製作された。特に正面土呂幕「秀吉本陣 佐久間の乱入」はその技巧的な仕上がりは見事で一見に値する。 -
岸和田だんじり会館
3Fだんじりの技と匠映像ライブラリー
彫物師 木下 舜次郎 -
岸和田だんじり会館
1F「カーネーション」番組展
小原家の人々が出迎えてくれます。
残念ながら、仕事の時間の関係で、私はこのドラマ、ほとんど見ていません。
初めて岸和田だんじり祭りに行ったとき、商店街の中に小篠洋裁店を見つけてはじめて、コシノ三姉妹が岸和田出身であること、お母様が現役で岸和田でお店をやっておられることを知り、それ以来興味があったのです。いろいろ、楽しいエピソードがあるんですよね。 -
岸和田だんじり会館
1F「カーネーション」番組展
番組で使用したものが展示してあります。 -
岸和田だんじり会館
1F「カーネーション」番組展
サミー伯母のお墓が小篠綾子さんとおなじ墓地なのですが、ドラマが始まるまで草むら状態だったのが、ドラマが始まる直前きれいにされていたとのこと(笑)。 -
岸和田だんじり会館
1F「カーネーション」番組展 -
岸和田だんじり会館
1F「カーネーション」番組展 -
岸和田だんじり会館
1F「カーネーション」番組展
ところで番組で糸子にやたら絡む同級生の料亭の娘、奈津。料亭『吉田屋』のモデルを調べてみると・・・
岸和田城ちかくの『五風荘』(後述)だというじゃありませんか。『五風荘』は寺田財閥の別荘だと聞いていたのですが、料亭だった時代もあったのでしょうか。すると奈津は寺田財閥令嬢ということになります。糸子とは「女としての値打ちがちゃうさかい」というのも残念ながらうなずけます。 -
岸和田だんじり会館
1F「カーネーション」番組展
ここから顔を出して、記念写真をしましょう。 -
岸和田だんじり会館
岸和田城をもじったつくりになっていたのですね。 -
『五風荘』
旧岸和田城内の新御茶屋跡などに昭和4年から10カ年の歳月を要し、造営された広壮な回遊式日本庭園。
正門は奈良東大寺塔頭中性院表門を移築したもので、岸和田にゆかりの深い楠木氏の「楠」の字をもじって「南木門」と称されています。 3千坪の敷地には日本建築の粋をこらした主屋と庭園を見渡せる三つの茶室があります。
ここにもサミー、よく忍び込んでいたそうです。あ、また忍び込んでいる!
この建物の奥にひょうたん池という池があり、その池の水を抜くと底にはさらにひょうたん型があるらしい。なぜダブルひょうたんなのか、は謎。 -
『五風荘』
五風荘は施設改修及び管理方法の変更に伴い、平成21年4月から閉鎖しておりましたが、平成21年9月10日に「がんこ岸和田五風荘」としてオープンしました。
がんこと五風荘がマッチしないように思いますが、また料亭になったようです。 -
徒歩で数分、蛸地蔵駅へ向かいます。そう、岸和田城やだんじり会館から最寄りの駅は岸和田駅ではなく、ひとつ和歌山寄りの蛸地蔵駅なのです。
あ、内側のたこじぞう物語ステンドグラスの写真を撮るの忘れた。 -
岸和田駅にやってきました。
モダン&南国な感じです。 -
岸和田商店街
この前でだんじり祭りのパレードが行われます。
この商店街の中に以前は『コシノ洋装店』がありました。現在は『洋裁コシノ』というギャラリーになって見学できるようです。
この商店街もだんじりが疾走します。そのため、アーケードの屋根が高くつくられているとか。 -
岸和田商店街入ってすぐの喫茶『フジヤ』
だんじり祭りを見に行ったときにはここの二階に梅宮のタッチヤンが来て見物していました。 -
再び南海電車に乗って、今度は大阪方面に向かいます。
向かうのは春木駅。 -
駅から徒歩5分ほどで到着した中華料理店、『福見』
おいしいとの口コミを見て、初めてやってきました。
ご夫婦でやっている中華料理屋ですが、味がいいのはもちろん、とても気分のよりお店でした。清潔な店内、おしゃべりでもなく無愛想でもない接客。薄味で丁寧な下ごしらえ。我々夫婦の食べ物映像はつまんないものなので、写真はゼロ。実際足を運んで食べてみてくださいね。 -
難波、梅田、を経て阪急電車へ。やっぱり大阪南部から北部への旅は遠い・・・
大阪はエスカレーター右立ち、の図。
今年は試験引きでもいいからだんじり祭り見に行きたいなあ・・・おしまい。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- ぽちこさん 2012/09/16 09:38:18
- ふむふむ…
- おはよーございます、虎キチお岩さん(^o^)
岸和田城やだんじり会館行かれたのですね〜
いいですねぇ、この感じ。
私も行こうかな〜
今日は最高潮でしょうね、岸和田!
やっぱ泊りが良かったなぁ残念だぁ
だんじりはやっぱきゅきゅっと曲がるとこの一体感がいいですねぇ
でもあの彫刻もいいな…
岸和田の元旦はだんじりでしょうね(笑)
来年はぜひ現場でお会いしましょうね(^^♪
ぽち
- 虎キチお岩さん からの返信 2012/09/16 16:58:25
- RE: ふむふむ…
- こんにちは、ぽちこさま♪
うんうん、来年はぜひ現地で!
サミー弟に頼めばカンカン場の観覧席のチケットをとってくれるとおもうよ。
今年もさそわれたのに、く〜〜〜う。。。
では、また〜
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