2012/01/06 - 2012/01/07
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sakaikazunoriさん
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広島出張の帰り、連休を利用して、山口県下関をぶらりひとり旅して来ました。
下関は歴史の転換点に重要な舞台となった地。龍馬伝・坂の上の雲・平清盛と歴史の交差点でもあります。
ゆかりの聖地を巡礼しつつ、ちゃーんと新鮮なフグ(ふく)も堪能して来ました♪
●下関市役所観光政策課
http://www.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/kanko/
●下関観光コンベンション協会
http://www.stca-kanko.or.jp/
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 JR特急
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
広島から前日夜に小倉を経由して下関に入り、駅前のビジネスホテルに宿泊。
翌朝、下関駅前近くのホテルを出発して、路線バスで20〜30分ほど揺られて、まずは長府に入ります。長府は長府毛利藩の城下で幕末維新の舞台となったところ。
最初に功山寺へ向かいます。 -
イチオシ
功山寺は高杉晋作が長州藩の藩論を倒幕にまとめるため決起した地。
山口県下屈指の禅寺で本堂は国宝なんですが、今回は、高杉△!がテーマです。
「長州は、独立するんじゃあーっ」
「長州は負けはせんよ!」
「百万の大軍恐るるに足らず! 恐るるべきは、我ら弱き民、ひとりひとりの心なりっ!」
もう龍馬伝の名シーンが次々と! -
功山寺の裏手には、毛利家の墓所や重臣たちの墓所も。
その中には、かの三吉慎蔵のお墓もあります。 -
三吉慎蔵は坂本龍馬とともに寺田屋事件に巻き込まれ、龍馬を救った槍の名手。
龍馬が最も信頼していた人物の一人で、近江屋で龍馬が暗殺された後、お龍の面倒を見たり、土佐に送り届けたりなど、いろいろお世話をされた方です。
維新後は政府要人にはならず、長府で71歳まで生きていたそうです。 -
功山寺境内にある下関市立長府長府博物館。
http://www.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/kyoiku/chohuhak/index.html -
イチオシ
龍馬の直筆の手紙(例えば三吉慎蔵あて)や、かの船中八策の発展形である「新政府綱領八策」など、身震いするような、超一級史料だらけです。
自分は軽く1時間ほど見て回りました。
これほど一級史料が間近で展示されているというのに、余りお客さんがいなかったのが、ちょっと残念。ぜひ、多くの方に、訪ねて頂きたい博物館の一つです。 -
長府は乃木希典が幼少を過ごした地で「乃木神社」があります。
ここでは乃木大将は学問の神様。あまり、乃木大将とイメージが結びつかないんだけどなぁ…。
乃木神社の境内には、乃木夫妻の銅像のほか、実家が復元されていたり、記念館があったりします。203高地の激戦や日露戦争後の軍神化されて行く過程など興味深いものでしたね。
頭の中には、坂の上の雲のテーマ曲が流れます。 -
午前中は長府をじっくり見て回り、下関市街に戻って来て、ちょっと遅めのランチです。
目指すは市民の台所、唐戸市場。
●唐戸市場
http://www.karatoichiba.com/ -
唐戸市場の1階は、まさに魚介類の卸売市場。
午後に行ったから少し落ち着いていましたが、たぶん午前中は活気があるんでしょうねー。
そして、あちこちに「ふく」(下関ではふぐをふくという)が!
お土産の海鮮品コーナーを見て回るだけでも楽しめます。 -
イチオシ
唐戸市場2階の市場食堂で、ふぐ刺し定食を頂きます!!
早朝から営業している市場関係者向けの食堂で、安価で新鮮なふくが堪能できました\(^o^)/
http://www.karatoichiba.com/stores/261/ -
唐戸から、またバスに乗って東へ向かい、関門海峡大橋をくぐったあたりが、「みもすそ川公園」
ここは、まさに歴史上、さまざまな舞台になりました。
例えば、幕末の文久3年5月10日の「攘夷決行」の時に久坂玄随ら長州兵が下関海峡を航行中の外国船を砲撃した舞台がここ。みもすそ川公園 公園・植物園
-
そして、「みもすそ川公園」の前の海は、平安末期、壇ノ浦の合戦があり、安徳天皇ら平家一門が最後に入水した平家滅亡の地でもあります。
そもそもこの公園は、二位尼(安徳天皇の祖母・清盛の妻)が、「今ぞ知る みもすそ川の 御ながれ 波の下にも みやこありとは」と詠んだ歌に由来しています。
ちなみに、ここで下関市役所の方に声を掛けられ、「大河ドラマ・平清盛放送について」というヒアリング調査に協力しました。みもすそ川公園 公園・植物園
-
壇ノ浦から少し市街地に戻ったところに赤間神宮があります。
幼い安徳天皇を慰めるため戦後になって龍宮城をもした「水天門」が作られました。なかなかユニークな発想と造りですね。
●赤間神宮
http://www.tiki.ne.jp/~akama-jingu/ -
まだ初詣客もちらほら見えた時期でしたので、初詣用の大絵馬が。
しかし、こんな、キリッ)な8歳児いたら、恐いわ〜w
まるで安徳天皇というより、松田翔太が演じる雅仁親王だわww -
壇ノ浦の合戦後、安徳天皇の遺体は御裳川で引き上げられ、赤間関(下関)・紅石山麓の阿弥陀寺境内に埋葬されました。
ここがその安徳天皇陵。
もとは、赤間神宮も明治以前は、「阿弥陀寺」と言っていました。 -
安徳天皇阿弥陀寺陵。
-
安徳天皇両の裏手にあたる赤間神宮の西隣に平家一門の供養塚があります。
耳なし芳一の怪談の舞台ですね。
この供養塚の入り口に彼をまつった芳一堂があり、独特の雰囲気歩漂わせています。 -
平家一門の供養塚は「七盛塚」と呼ばれます。
清盛の子弟や孫より、妻・二位尼こそ、清盛とともに栄華の階段を駆け上がり、天皇の外祖母にまでなったというのに、この地で一門とともに入水したというその生涯に無常観を感じます。 -
赤間神宮の近隣は、いろんな意味で歴史の舞台。
赤間神宮隣の料亭・春帆楼は、ふくを初めて伊藤博文に出したと言われる老舗。
実は、その敷地で日清戦争の講和会議(伊藤博文と清国・李鴻章が会談して下関講和条約を締結)した地です。
この会談で日本は多額の賠償金を得て、官営八幡製鉄所のほか、実は京都帝国大学の設立費にもなりました。
●春帆楼
http://www.shunpanro.com/ -
その日清講和記念館の玄関には、伊藤博文と外相・陸奥宗光(龍馬伝では陸奥陽之助)の胸像が。
ここでも「坂の上の雲」のテーマ曲が頭の中に鳴り響きます。日清講和記念館 美術館・博物館
-
さて、旅の最後に下関駅の方に戻って来て、高杉晋作が奇兵隊を結成した白石正一郎邸宅跡。
白石正一郎は荷受問屋で富を築いた豪商で、龍馬も何通か手紙を書いた、幕末の下関のキーパーソンです。下関駅 駅
-
高杉晋作終焉の地。
まさに龍馬伝「さらば高杉晋作」の地です。
志半ばにして病に倒れ、その志を龍馬にとつぶやいたあの龍馬伝の名シーンが思い出されました。
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