2012/01/17 - 2012/01/17
107位(同エリア203件中)
フラワーさん
1月17日、今日は日帰りオプションでいよいよ、旅順に行きます。
旅順は日露戦争の激戦地として知られています。現在も中国海軍の基地の町なので長らく外国人に門戸を閉ざしていました。2009年秋に一部を除き開放されました。
日露戦争から100年余、今その町はどのようになっているのでしょう。
亡くなられた方の沢山の霊魂が眠る203高地とは、どんなところなのでしょうか。
写真は203高地の山頂に建つ慰霊塔です。
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ホテルの朝食はブッフェです。さすがに中華に飽き、昨日と今日はパン食にしましたが、当然中華のコーナーからもつまみ食いしました。
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昨夜行った公園。
この日は9時ごろから雪が舞い始めました。 -
市の中心から旅順までは約45kmです。
大連から西南西の、遼東半島の端に位置し、正式な地名は大連市旅順口区といいます。 -
この先はどうするのでしょう。
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寒そうな海には小舟が浮いていました。
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旅順の町に入りました。
大連よりずっと静かでしっとりした感じです。お天気のせいかもしれません。
旅順は人口28万人、市内は10万人です。主な産業は漁業、農業です。 -
街角。
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まず中心部に近い高さ130mの白玉山に行きました。
頂上のすぐ下の休憩所兼みやげ物売店。 -
山頂に建つ「表忠塔」。
日露戦争終結後、海軍大将東郷平八郎と陸軍大将乃木希典の提案により、1907年6月に着工、2万人の労働で1909年11月に完成しました。
戦死した2273人が納骨されています。
全高66.8mで基盤には乃木の故郷、山口県徳山の花崗岩が使われ、またその他にはアメリカからの上質な大理石が使われています。
正面入り口の上に「表忠塔」と記されています。 -
旅順港ははっきりと見えませんでした。
不凍港ゆえに日露戦争でロシアと日本が、覇権を争った旅順港。
現在も中国海軍が軍港として使用し、旅順口区全域も軍部の管理下となっていますから、非開放の場所も多く残っています。
ただ山頂から見る限りいまは静けさが漂っています。 -
塔の裏側つまり海側です。
老朽化が進行しています。 -
住宅群。
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旅順駅。この駅はロシアが造りました。
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ロシア風建築で、100年以上経った今も現役です。
大連からは一日2本運行されています。ここが終点ですから旅順発も2本です。 -
駅近くの標識。
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旅順博物館です。
大谷探検隊がシルクロードから持ち帰った貴重な品々が展示されています。
この探検隊は、西本願寺の門主大谷光瑞が組織した中央アジア探検隊で、1903年、1908〜09年、1910〜14年の3回にわたって現地で活動しました。 -
木彫像。
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ケースに収められた幾多の陶器など。
いつものことですが時間が足りません。
男女2体のミイラがありましたが、保存状態は良好でした。 -
しっかりした階段。
帝政ロシア時代の将校クラブの建物です。その後日本、中国の管理下で幾多の変遷を経て、旅順博物館となりました。 -
博物館前の広場に建つ「中ソ友誼塔」です。
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石の銘板。
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中ソ友誼塔を挟んで博物館の対面に、関東軍司令部旧跡博物館がひっそりと建っています。
公開されていないようです。 -
ボケた写真ですが、たしかこれは「中ソ軍事協定塔」とガイドさんの説明があったと記憶しています。
こういう記念塔はツアーのコースから外れるのでしょう。 -
川島芳子(本名、愛新覚羅顕シ)が日本に留学するまで過ごした邸宅。
「男装の麗人」として幾多の謎に包まれた方です。 -
寒々とした郊外を203高地に向かいます。
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ここに検問所(?)があります。
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古い電車がおいてあります。
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203高地遠望。
市街から北西に3kmのところにある標高203mの山。
旅順港を巡る日露間の争奪戦の激戦地としてあまりにも有名です。 -
往復シャトルバスがありましたが(100元)、ここから歩いて登りました。
もとは206.5mあったとされるこの山。無数の砲弾で203mに、はたまた戦争後に日本軍が削って203mになったとも・・・・・。 -
中国にとって日露戦争の戦跡は負の遺産ともいえますが、一部を除いてそれらの殆どが極めて良好な状態で保存されています。
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日露両軍で2万人を超える戦死者を出したという。日本軍17000人、ロシア軍7000人といわれる。
203高地の頂に建つこの銃弾型の忠魂碑は、日本に持ち帰った砲弾と弾丸の薬莢を鋳造し、8年かけて建てたといわれています。
乃木希典が書いた「爾霊山」(にれいざん)の字が刻まれています。汝の霊の山の意味で、乃木大将が名付けました。203そのまま読むと? -
これは?
ロシア人の落書きだそうです。
けしからんと怒ってみても、戦争は100年以上も前に終わっています。それぞれの国の主張もあるのでしょう。
でも古今東西、良い戦争はありません。 -
ここから旅順港までは4kmほどですが、残念ながらまったく望めませんでした。
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ここを訪れるのは圧倒的に日本人です。
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坂を下る前に振り返りました。
安らかに・・・・・。 -
平坦にみえる山ですが、道の右側は急な傾斜になっています。
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バスから。
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水師営会見所旧跡に着きました。
ここは1905年1月に、日露戦争に勝利した日本の乃木希典と、ロシアのステッセル中将が会見した所です。
当時の貴重な写真や資料、投降書にサインしたときのテーブルが置かれています。
今の建物は復元されたものです。 -
投降後の記念写真もあります。
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会見所に入っていく日露軍人。
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多数の日本軍人が倒れている実写など、その時の悲惨な写真がありました。
隣接した部屋に投降書にサインしたテーブルがあります。そこは撮影禁止で常駐ガイド女史がいます。
そのガイド曰く「歴史的な建物は中国が再建しましたが、このように老朽化しています。そこで日本の皆さんのお金でもっと立派なものにしたいです。ついてはここにあるものを買いませんか。満鉄の最盛期には日本人が50万人いましたが、その人たちが日本に帰る時に、持ち帰れない物が沢山残されました。旧満鉄のロゴ入りグラス、湯呑み茶碗、スイス製の時計など歴史を物語る品々はいかがですか」という具合。旧大和ホテルでも同様のお奨めがあり「中国政府管轄の物販店」とのことでした。
ジジはある理由からこれらがすべて贋作と確信しました。 -
203高地の当時の様子。
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会見所の隣のレストランでランチです。みすぼらしい外見ですが中に入れば立派な食堂です。
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こんな田舎料理の中華でした。
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豊富なメニューです。
食材だけでも大変な種類と量です。 -
これから町の北東の東鶏冠山に行きます。
バスの車窓から市場の様子。
地面でお魚を売っています。 -
賑わっています。
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赤い三輪車。大村昆さんで一世を風靡したダイハツミゼットに似ています。
バスとタクシーの中間の価格で、行きたいところまで乗せてくれます。
しかしナンバープレートが不要ですから、もしも事故に遭った時の補償もなく、解決にとても手間取るとのことでした。 -
国の建物の前には、格調高い龍がいました。
ところで中国では龍が幸せのシンボルですから、今年はベビーブームになるらしい。 -
東鶏冠山には1900年から4年をかけて、ロシア軍が構築した堡塁遺跡があります。
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日本軍が攻めあぐねた塹壕の堅固な入り口。
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日本軍をはぐらかすのに掘った井戸。
実は地下に抜けるトンネルがあり、指令本部に行くことが出来ます。 -
ロシア軍の兵舎跡。
ここから先には入れません。
かつてはもう一つ床がある二層構造でした。 -
コントラチェンコはここで命を絶ちました。
部下から信頼された名将コントラチェンコが戦死すると、ロシア軍は一斉に退却しました。
戦後、日本軍はその勇猛果敢を称えて、ここに「コントラチェンコ少将の死亡地」なる石碑を造りました。 -
地下壕の入り口は頑丈です。
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至るところに残された銃弾の跡が、戦いの激しさを我々に伝えてきます。
ただしそのすべてが当時の痕跡とは限らないそうで、観光資源として後年に銃弾を打ち込んだ所もあるそうです。
でも区別はつきませんでした。 -
東鶏冠山北堡塁の石碑。
1916年に造られました。
乃木希典の故郷、山口県産の御影石が使われています。 -
遠く山の上に砲台が2門見てとれます。
この望台砲台は海抜185mの砲台山の頂上にあります。
1905年日本軍によって攻め落とされたロシア軍最後の砦です。 -
この辺りの戸建て住宅。
午後4時ごろ大連のホテルに戻ってひと休み。 -
ホテルに戻り、いよいよ最後の晩餐「海鮮料理」に出発しましたが、この大型バスが途中の大通りでトラブル。症状としては前方に動かず、後方には動くというものでした。
大渋滞とクラクションの嵐の中、皆で渡れば怖くないを実践。
もともとお世話になったバスが来るまで待つこと20分。バスでの10分とあわせて30分のタイムロス。お陰でお腹も減りました。 -
天天漁港なる海鮮料理の高級レストランです。
実はこの食事は旅順観光と夜景鑑賞と3点セットのオプションで合計760元でした。 -
日本のおせち料理にあたる中国の春節料理を販売してました。
そういえば宿泊ホテルでもフロント横に沢山置いてありました。 -
これも春節料理です。
コンビニのようにお好みに合わせて、ここで買う人もいるのでしょう。 -
ホタテ、鶏、ヒラメの刺身、アワビ、海老などがいいタイミングで、運ばれてきました。食べることに注力し全体の写真は撮れませんでした。
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先のバスのトラブルのお詫びとして、バス会社から1テーブルに5本のビールが
配られました。
正直、これもうれしいですね。 -
水槽の食材。
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海産物のディスプレー。
今夜の食事は大満足でした。
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