1998/11/10 - 1998/11/20
518位(同エリア829件中)
くろへいさん
夜の帳がおりはじめたミシオネス通りを東に歩く
十字路で立ち止まり、上を見上げると、ビルの谷間から赤い空がのぞく
背にした西日が石畳に影を落とす
幾つかの街角を気の向くままに歩いているうち、ふと気が付くと僕の影はなるで足長ピエロのように伸びていた
影は交差点の先のアパートの壁で直角に曲がり、もう一人の自分が壁から見下ろしていた
僕は、影と一緒に歩く
ミネオネス通りをバー.フロリディータの角で曲がり
オビスポ通りで東に向きを変える
前を歩く人たちは、誰もが長い影と一緒に歩いている
時々振り返ると、僕の影は随分長くなっていた
かすかな潮の香りに導かれて歩くと
突然マリーンロードに出てしまった
ハバナ湾の金色の水面が波に揺れる
残橋には、ロープに繋がれた小さな漁船が何艘も波に揺れている
波止場に腰を下ろし釣り糸を垂れる人たち
バケツの中には小さなアジが数匹泳いでいる
釣竿は長い長い影を水面におとす
湾の彼方には、モロ要塞の砦が赤く赤く染まっている
振り返ると、ちょうど夕闇のサンペトロ通りにガス燈が灯っていた
「オーラ、サンチェーゴ!」
波止場で遊ぶ子供の誰かが叫んだ
僕は無意識に、マノール少年の姿を探した
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
「ラ・フロリディータ」
Havanaで最も有名なバーのひとつ
ここは、当時ハバナに住んでいたヘミングウェイが通ったバーとして観光名所と化している
彼は、いつも扉を開けるとカウンターの左端に立ったまま、「パパダイキリ」を頼んだという -
ここがヘミングウェイの指定席
今ではブロンズ像が置かれている
ここを訪れる殆どの客が、ヘミングウェイ像との2ショットを撮る -
小さな扉を開けると、大きなカウンターの前で、蝶ネクタイを付けたバーテンダーが慣れた手つきでシェイカーを振る
カウンターを前に右方向に進むと、およそ10-12ほどのテーブルが置かれており、食事ができるようになっている
店内には数名のバンドが、ジャズを中心に落ち着いた音楽を奏でる -
音楽に合わせて、ダンスをする客も…
-
これは、キューバのビール
少し薄い味がするが、悪くは無い
これは、席に付いた瞬間に「Usa cerveza,Por favor (ビールを1杯下さい)」と言ってしまったから此処にビールがある
ほとんど、「パブロフの犬」となってしまったが、カクテル王国のキューバであれば、ここはモヒードでも頼むべきだった
失敗! -
ステーキ
固くて味はイマイチ -
食事時に市内を歩いていると、ポン引きや観光ガイドならぬ、食事の呼び込みに誘われる事がしばしばあった。
これは、一般の家庭の人たちが、観光客を自宅に招いて食事をしてもらおうというものである。
レストランや食堂とは違うが、外貨が乏しいキューバでは、一般の市民がドルやユーロのような外貨を手に入れる事は簡単ではないようだ。
勿論、食事の対価は支払わなければならないので、メニューや値段を予め聞いておく必要がある。
値段は忘れたが、ビールやモヒードも飲んで、鶏のグリルやサラダ、も入れて、2人で15-20ドルくらいだったと思う。
アロスコンクツと呼ばれる、黒豆と一緒に炊いた黒いご飯も食べ放題だった。
ここは、一般家庭の入口この先に彼らの自宅がある -
当然かもしれないが、ガイドブックに載っているレストランよりも値段は安い。
味は、その家庭によって様々である。
何度も色々な家庭にお邪魔してご馳走になったが、何処も料理は美味しかった。
キューバでは、肉料理よりも魚料理のほうが遥かに高い。
これは、冷凍技術が未熟なため、新鮮な魚介類を保存する手段が難しいと聞いた。
キューバ近海では、ロブスターが採れるが、その殆どは日本等の海外に輸出してしまい、殆ど地元にロブスターが水揚げされる事は無いときいた。
勿論、頼めばロブスターが食べられるが、前金で40ドルと言われた。
観光旅行で一般家庭にお邪魔するのは、非常に稀な経験であるので、キューバに滞在中は、できるだけ一般人のお宅で食事を頂いた。 -
非常に貴重な体験ではあるが、居心地の悪い思いもした。
サービスが悪いとか、料金のトラブルではない。
くろへいたちが注文した料理は、キューバの人達にしてみれば、滅多に食べれない高級料理なのだ。
勿論、それに合った対価(料金)は支払うし、充分な儲けを含んだ値段に違いないので、基本的には問題は無い。
しかし、料理が出来上がるまでの間、そのお宅のおばあちゃんやおじいちゃん、小さな子供達と一緒に居間でテレビを見たりしながら時間をつぶすのである。
隣の台所では、その家族が滅多にお目にかかれない高級食材を使い、ママが一生懸命料理している。
暫くすると、蒸したチキンや大豆の美味そうな香りが漂いはじめ、子供たちはソワソワしてくる。
おじいちゃんとおばあちゃんは、小さな子供たちを落ち着かせようとして、絵本を見せたりしながら、美味そうな料理から気をそらそうとする。
いよいよ料理が出来上がると、食卓においしそうな鶏が皿にのる。
しかし、テーブルに座るのはくろへいとウナギ犬の2人だけだ。
ママは台所で後片付け
パパは、一生懸命テーブルでサーブしてくれる
それを、直ぐ横のソファーから子供たちが羨望の眼差しで見つめているのだ
これが全く居心地が悪い
家族皆で一緒に食べられれば、こんな気まずい気持ちにはならないのだが…
この写真で、ウナギ犬が飲んでいるのが、キューバの国民的カクテル「モヒード」
モヒードの作りかたは簡単
オリジナルレシピ
1.タンブラーグラス 1個
2.ソーダ 適量
3.ホワイトラム 適量
5.砂糖 適量
6.氷 4-5キューブ
7.ライム 半分
コリンズグラスに、新鮮なミントを適量分入れて、乳鉢ですり潰す。
その上に、砂糖、ホワイトラム、ソーダ、氷の順に入れて最後にライムを搾ってかるくステアして出来上がり。
暑い日に飲むと爽やかなミントの味が喉にやさしい、最高に美味いカクテルだ。
モヒードの歴史は古い。
16世紀、英国女王のエリザベス1世は、海賊を使ってラテンアメリカの財宝を略奪の限りをつくしていた。
その海賊のひとり、リチャード.ドレイクというロクデナシが、「ドラケ」という飲み物を発明したのがモヒードの元祖といわれている。
元々、ドラケというのは、ラムの精製が確立されてなかった当事に飲まれていたアグアルアルデンテという酒(これもラムの元祖といわれている)に、砂糖とライムとミントを混ぜてつくったものである。
本来は、カクテルではなく、当事キューバ中に蔓延していたコレラの治療薬として使われていたそうだが、効果のほどは殆ど無かった筈である。
その後、19世紀になり、バカルディーが地酒のアグアルアルデンテを改良し、ご存知「バカルディ−ラム」をリリース。
ドラケにかわり、バカルディーが用いられるようになり、名前もモヒードとして生まれ変わり、キューバ中で最も愛飲されるカクテルとなった。
バカルディーラムは、外国資本のため、1959年のキューバ革命で資産が没収され、海外に撤退。
今ではジャマイカンラムの代名詞にまでなったが、元々はキューバ産だった。
現在では、バカルディーの代替で、銘酒ハバナクラブが用いられるようになったのは周知の事実である。 -
さて、キューバに行ってすっかりモヒードのファンになったくろへいだが、早速帰国後試しに作ってみることにした。
タイには、新鮮なミントもライムもその辺で簡単に手に入る。
そこで色々試しに作ってみたが、残念ながらカリブの青い空の下で飲んだ、あの清涼感がイマイチ感じられない。
元々、モヒードは飲む人の好みにより、随分とレシピが異なるので、最も自分に適した作りかたを試行錯誤してきた。
その結果、以下のレシピがくろへいの「オリジナルモヒード」として完成!
モヒード(くろへいスペシャル)
1.※コリンズグラス 1個
2.ソーダ 適量
3.※ホワイトラム 適量
5.※砂糖 適量
6.氷 8-10キューブ
ビールグラスに新鮮なミントを適量分入れる。
砂糖は黒砂糖だが、半分もしくは1/3ほど精製されたものを使う
大サジ2-3杯ほどの砂糖に、若干水を加えて、レンジで液状の砂糖水を予め作っておく
ミントの上にラムを適当に入れて、7-8回ほど少し強めにステアする
その上にソーダと砂糖を適量分入れて再度かるくステア
最後に氷を入れて、適当に5-6回ほどステアして出来上がり
砂糖とラム、ソーダの分量は、好みがあるので適量としか書けないが、実際にバーでつくるモヒードもずいぶんとラフに作っている。
一般的なレシピと異なるのは、1.ライムを入れない事、2.タンブラーグラスを使わずに、大き目のビールグラスを使う事だ。
ライムを入れない理由は、モヒードの本当の旨みは"ラム"と"砂糖"と"ミント"にあると思う所以だ。
この3つの味覚のコンビネーションを最大限に引き出すためには、ライムは使わない方が良いという結論に達した。
そのかわり、ホワイトラムはハバナクラブ。
砂糖は特に厳選したい。
砂糖の品質で、カクテルの味が全く変わってくるからだ。
これは、本当に苦労した。
とにかく、本当に美味い砂糖が無いのだ。
その辺の砂糖だと、ハバナクラブの柔らかい風味に対し、砂糖の味が尖がってしまい、調和がとれない。
しかし、旅先で色々な砂糖を探した結果、ついに旅行先の沖縄県波照間島で買った黒砂糖が最も素晴らしい味という事に気が付いた。
まあ、波照間島に限らず、石垣島など、八重島諸島で生産されている砂糖はどれも素晴らしく、モヒードには最高の砂糖といえよう。
とはいえ、タイに住んでいるくろへいとしては、波照間島の砂糖などはなかなか手に入らない。
そんな時に、ダイビングで年に1-2回訪れているフィリピンのネグロス島の砂糖を試してみた。
ネグロス島は、スペイン植民地時代から砂糖のプラントレーションを持ち、今でも最高級の砂糖を生産し世界中に輸出している。
精製率が低い黒砂糖は、風味が雑だったが、少し精製された有機農法のブラウンシュガーの高級グレードのものを味見してみたら、波照間製とさほど遜色が無いレベルという事が分った。
波照間製の値段は高いが、ネグロス産の味は遜色ないものの、価格は数十分の一以下だ。
という訳で、我家のモヒードはネグロス産のブラウンシュガーを用いている。
さて、くろへいオリジナルに使うグラスが、コリンズグラスになっているのには理由がある。
殆どのカクテル本には、コリンズグラスを使うと書いてあるが、コリンズグラスを使うのは、たっぷりのミントをどっしりしたグラスの中で乳棒で潰すからだ。
逆に潰さなければコリンズグラスを使う必要は無い。
くろへいは、あえてミントを潰さない方法を選んだ
これは、キューバに行って疑問に思った事だが、現地にいる間、一日何杯もモヒードを飲んでいた。
しかし、どのバーでもミントを殆ど潰さずに、せいぜいステアで僅かに押し付けるくらいだった。
一方、日本でもタイでも、ヨーロッパでも多くの一流と呼ばれるバーの多くのバーテンダーは乳棒でミントを潰す場合が多い
くろへいは、二つの方法を試してみたが、ミントを潰すと、ミントのアクが出てしまい、せっかくの砂糖やラムの風味が壊れてしまう。
ミントは、香りをつける程度に攪拌し、あとは飲む時に歯でかじりながら飲むのが、最も美味いと思っている。
大体、モヒードは暑い日に、ビールのようにグビグビと飲むのが美味いのだ
冷房の効いたお洒落なバーでチビチビと飲むカクテルではない。
そのためにも、コリンズではなく、タンブラーで飲んだほうが断然美味い。
因みに、くろへいがモヒードを飲むグラスは、チェコでは一般的なピルスナー用のビールグラスだ。
プラハのチェコガラスの専門店で買った、ピルスナー用のボヘミアングラスをモヒード用に愛用している(写真参照)
最後にミントだが、できれば自宅で栽培したものがベストだが、面倒なので近くの市場で新鮮なミントを買うことにしている
このあたりは、くろへいの住むタイという国が、食材としてミントを一般的に用いるので、環境としては本当に恵まれている。
ミントの香りは新鮮であれば新鮮な方がよい
市場は朝で閉まるので、買ってきたミントをよく洗い、茎を水に浸して冷蔵庫で保管すると良い
多少、香りは飛ぶものの、2日くらいなら充分に使う事ができる -
モヒードも飲めば、ビールも飲む
カクテルの国だけあって、ビールの味はイマイチ
まあ、悪くはないけど、ベルギーやチェコほどの味はない
実は、この店は「ハーブ」を売ってくれるとの噂を聞いてやってきた
今回の旅行は本当についている
タイを出発して最初の国のカンボジアでは、入国後1時間以内に、お決まりのハーブがジョイントで登場!
その後プノンペンではハッピーピザでキマリ
メキシコでも、ビーチバーでジャマイカ産をゲット
そして、革命と情熱のキューバでも、安易に買う事ができた
店の従業員が仕入れてくるまでの間、ビールを飲んで待つ事20分
ジャマイカ産のハーブのゲットに成功!!!
2パケ程度で10ドル
安くは無いが、こんなもんだろう
但し、品質の方はイマイチだった
キューバも麻の生産国なのだから、もう少し高品質のハーブの生産に力を注いで欲しい -
ビーチロードで60年代のシボレーのタクシーに乗り、モロ要塞に行って来た。
帰りの足が無いので、往復15ドルでチャーターする。 -
モロ要塞は、1589年のスペイン統治時代に、主にエリザベス女王がけしかけたイギリスの海賊からハバナを守るために建設された。
当事のキューバを取り巻く環境はまさに戦国時代。
弱肉強食であり、強いものはあらゆる暴虐が許された。
元々、キューバは、スペインの植民地政策の一環として、ラテンアメリカ進出にあたり"ハブ"としての役割を担っていた。
スペイン人がハバナを建設を開始したのは1519年といわれている。
その後、ハバナ湾の役割は激変し、ラテンアメリカで略奪、強奪してきた金品財宝奴隷の最大の輸出拠点となった。
そのため、これらの財宝を奪うため、しばしばこの町は戦火に見舞われたという。 -
元々は、フランスの海賊によりハバナが攻撃されたのが、要塞をつくるきっかけといわれているが、その後イギリスの海賊も追従。
スペイン人が、中南米で虐殺の限りをつくして手に入れた財宝を、さらに他のヨーロッパ人が奪い合うという構図ができあがった。
その為、自らの治安を堅牢とし、ハバナへの侵略を防ぐために、スペイン人はハバナ市の要塞化に着手する事になった。 -
要塞化に着手した侵略者のスペイン人は、1558年にフエルサ要塞を建設し、続いてモロ要塞と次々に要塞を建築していった。
その後、ブンタ要塞、カバーニャ要塞も建設し、ハバナの街は4つの堅牢な要塞により外敵からの侵入を拒んできた。 -
要塞化に着手した侵略者のスペイン人は、1558年にフエルサ要塞を建設し、続いてモロ要塞と次々に要塞を建築していった。
その後、ブンタ要塞、カバーニャ要塞も建設し、ハバナの街は4つの堅牢な要塞により外敵からの侵入を拒んできた。
さて、当事の中南米に於けるスペイン人の蛮行や残虐ぶりは留まる事はなく、人類史上最も陰惨で残酷な歴史を刻んできたのは、誰もが知っている通りである。
しかし、フランスや英国はスペインの略奪品を海賊行為で奪い盗る事で、戦利品を祖国に献上していたのだ。
その中で、もっとも有名な海賊が、あのフランシス.ドレーク船長であろう。
このモロ要塞は、主にドレーク船長率いる海賊対策に建造されたともいわれている。 -
ドレーク船長の生年月日の詳細は不明であるが、1543年頃といわれている
元々農民の息子として生まれ、12兄弟の長男だったといわれる。
両親は敬虔なプロテスタントの信者で、父は後に牧師になっている
ドレークは10歳になると、船で働くようになり、やがてその働き振りが認められて、船の持ち主から船を譲り受ける。
その後、ドレーク船長は、その船を売り払い、奴隷貿易で働き始める。
貿易で貯めた金で、ドレークは船を手に入れ、ついに自らの船の船長となった。
その後、当事の流行にのり、中南米への遠征(海賊行為)を行うが、スペイン海軍の反撃に遭い、ドレーク率いる船団は壊滅状態となった。
その時の経験が、ドレーク船長の人生で最初にして最大の屈辱となり、以後、彼は死ぬまでスペインに対する復讐心を捨てる事ができなかった -
スペイン艦隊との海戦で破れたとはいえ、戦場での勇猛果敢な攻撃は、キューバにいたスペイン人を震え上げさせたという。
この海戦の後で、ドレーク船長は英国で結婚をする。
結婚生活は12年で妻のメアリの病死で幕を閉じるが、海賊としての活躍は目覚しく、南米大陸では神出鬼没の作戦により、多くのスペイン艦隊を襲撃した。
ついには、彼の探求精神からマゼランに続いて世界で2番目の世界1周の偉業を達成する。
又、スペイン王の財宝を満載した船を攻撃するなど、当時の英国の国家予算を上回る財宝を強奪し、当事の英国女王であるエリザベス1世にこれらの財宝を王室に献上した -
この後、ドレークはプリマス市の市長に任命され、平穏な人生を送るかにみえたが、一旦膠着状態で落ち着いていた英国とスペインとの関係が再度悪化。
ドレークは再び海の男として、宿敵スペインへの攻撃に立ち上がる。
元々海賊出身のドレークは、時代の波に乗り大英帝国艦隊の副司令官にまで出世した。
もっとも、副司令官といっても、経験豊かなドレークは実質的には司令官として大英帝国艦隊の指揮を任され、数々の海戦で宿敵スペインを追い込んでいった。
1588年のアルマダ海戦では、奇襲により、ついに当事世界最強といわれたスペイン艦隊を壊滅させた。
その後の大英帝国繁栄の礎を作った男として、英国では今でも伝説の人物として英雄視されている -
1590年頃をピークに、英雄ドレイクの運は無くなっていった。
その後の海戦では敗退が続き、パナマ沖では戦闘中に赤痢によって死亡
享年55歳の人生だった -
このドレーク船長にしても、ハバナ市を囲んだ鉄壁の要塞を打ち破る事はできず、その後のハバナ市はスペインに於ける中南米の拠点としての地位を揺ぎ無いものとして、その繁栄を確固たるものとしてきた。
今でも、20m以上あるモロ要塞の城壁の上に立つと、ハバナ湾に向けた大砲が、在りし日の光景を想像させてくれる。 -
モロ要塞は、800mちかい海底トンネルによってハバナ市街と繋がっている。
ここから眺めるハバナの夕景は素晴らしく、天気が良ければ滞在中に是非訪れてみたい場所である。
しかし、陽が沈むと周囲は暗くなり、人通りも寂しくなる。
当然、バスも殆ど通らない。
中南米の中では、最も治安の良い国ではあるが、経済の逼迫した国である事を考慮すると、帰路の手段を確保しておく事をお勧めする
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