2007/07/21 - 2007/07/31
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スタリモストさん
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スタリモストが陽朔でケガをして、当地の人達のあたたかさに救われ、肇興ではトン族の歌声に魅せられた2007年の旅の全容。
興坪で竹筏船に乗り、水しぶきを浴びて漓江川くだりを楽しんだシーンや、龍脊の金坑に広がっていた梯田の絶景も懐かしく思い出す。
7月21日〜31日(11日間) (a3記)
※白沙鎮・遇龍橋より臨む
- 旅行の満足度
- 5.0
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■8日目 陽朔サイクリング(龍潭村・白沙鎮の遇龍橋)/陽朔泊
8:30に宿を出て、西街で自転車をレンタルした。1日1台15元で保証金は200元。道の角で売っていた肉まんや蒸しパンを食べ、高田鎮方面へスタートした。a3もスタリモストも自転車に乗るのは久しぶりだったので、一抹の不安はあったが、なんとかなるさと口笛吹きつつペダルを漕ぎ出した。
高田方面に向かうサイクリストは実に多く、若者たちがビュンビュン追い抜いていった。
先を行くと、通り過ぎていった2人乗り自転車の中年カップルの2台が、道路にひっかき傷をつくって転倒していた。放心状態の彼等を仲間達がサポートしていたが、それを横目に、我々も気をつけなくちゃ・・とその時は思ったものだけど・・。
※竹ボート遊覧場がそこかしこに出現 -
漓江とは違う見事な桂林の風景を堪能しながら、「蝴蝶泉」を通過し、遇龍河を越え「大榕樹」を過ぎ「月亮山」まで至った。
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月亮山を過ぎた三叉路に「龍潭村」を案内する大看板が立っていた。300年前の陽朔の村のたたずまいがそのまま残っているとのことだったので、行ってみることにした。
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村の入り口に立ったのは、西街を出て1時間半後だった。
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18元の入村料を払い狭い路地を入って行こうとしたら、受付にいた若い女性がついてきた。ともにめぐって説明をしてくれるらしい。こちらがほとんど聞き取れないことをわかっていても、笑顔満面で中国語をくりだしてくる。時には筆談も・・。しかし、この1時間余の村めぐりツアーは実に貴重な体験だった。
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彼女の案内で生活している民家の台所まで入ることになるが、清朝初期の一級の木彫や石彫がそこかしこに見て取れる。欄間彫刻がとりわけ見事で、博物館に陳列されていてもおかしくない逸品が多かった。
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老街に老人が似合う。
円形に抜かれた壁が優雅。 -
礎石や、
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欄間に刻まれたレリーフが見事。
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巧みな木組みの戸の飾り。
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村の河辺。メルヘンの世界。
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しかし、何せ日常の生活が営まれている訳で、蜘蛛の巣がかかり、荒れ放題の箇所もあった。ここにたくさんの人が訪れ、入村料をもとに修復が進むことを願う。
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遇龍川まで戻り橋のたもとの売店で冷えた西瓜を食べた。甘くて水々しく旨かった。
「遇龍橋」に向かった。遇龍川沿いに展開する田園の長閑さと奇岩・奇峰のコラボはこれまた趣きがあった。未舗装のでこぼこ道が延々と続き、竹筏を上流にあげるトラックがひっきりなしに追い抜いて土煙を残していく。休み休みペダルを漕いだものの、強烈な陽射しに剥きだしの腕も足はじりじり焼かれ、汗が噴き出していく。
絶景をバックに記念写真。まだゆとりが・・・。 -
向こうにデイパック担いで歩いてる欧米人グループがいる。この暑い中、ご苦労さんだなあと思っていたら、なんと昨日、老寨山の山頂で出会ったフランス人グループだった。「橋は、まだまだ何十?も先だよ」と脅かしてくれたが、あながちうそではなかった。
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どこを見ても絵画。
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地図を見ると白沙鎮には楽勝でたどり着けそうであったが、なかなか手強かった。途中いくつかの堰があり、それぞれで竹筏遊覧を行っており、堰に近づくと、「バンブーバンブー」と客引きがわらわらと寄ってくる。「昨日、興坪で60元で体験した。」と言ったら、「信じられない、安い。」と目を丸くしていた。
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それでも、あきらめの悪い、自転車に乗ったバンブー客引きおばちゃんが不即不離で付いてきた。「我々は遇龍橋に行く。バンブーはいらないよ。」と言っておいたし、距離を置こうと少し長めの休憩をとっても、先で自転車を止めて待っているおばちゃんだった。結果的には我々を遇龍橋に案内してくれた訳で大いに助かった。地元の人しか知るよしもないあぜ道のような狭い道も幾度か抜けたが、地図だけでは到底たどり着けなかっただろう。
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「遇龍橋」に到達したときは午後2時前。龍潭村からペダルを漕ぎ出して2時間半費やしていた。
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遇龍橋は広西省最大の単孔アーチ石橋だ。橋の片方は崩落しつつあり、早急に手を打つ必要があるが、ツタがたれ風雅な趣きがあった。橋の半円形とそこからのぞく山並みと川が見事にマッチして一幅の絵を観るようであった。橋の上から欧米の若者が飛び込んで奇声をあげ、木陰では地元の人たちがあきれ顔にそれを見やっていた。苦労してここまで来た甲斐があった。ほとんど石橋オタクと言っていいスタリモストにとって、今から起こるアクシデントとともに忘れがたい思い出の場所となっただろう。
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橋の近くでは、下った筏がもどされ、
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水牛が村の佇まいに似合っていた。
2時半、陽朔にむけて再びペダルを漕ぎ始めた。
とうてい同じガタガタ道を戻る気がせず、桂林・陽朔を結ぶ幹線道路に出た。 -
相変わらず強烈な陽射しが降り注ぎ、疾走する大型バスやトラックから排煙がまきあがる。
遇龍橋を出て1時間後の長い坂道のトップ辺りで、そのことが起こった。坂が急になり、先を行っていたa3が自転車を停めた直後、溝端を走っていた後ろのスタリモストが、落差1.5メートルほどある側溝に自転車もろとも落ちていくではないか。
太ももを強打したものの、骨折などは免れたようだが、右手から出血している。傷口が開いていて、かすり傷程度はでない。持参していたバンドエイドとタオルで応急処置した。
「フラフラだった。左足を出して止まればよかったのだけど、右に傾いてしまった。そっちは溝で、そのまま落ちちゃった。怪我は手だけだと思う。なんとか戻れそう。」とスタリモスト。
前輪が曲がって蛇行をするスタリモストの自転車と取り替えて、陽朔にもどったのは5時すぎだった。 -
怪我の後処理をしっかりしておかねばと、消毒液を求めるため、宿の人に薬屋の所在を尋ねたら、近くの医院に連れて行ってくれた。宿の若い女性が処置中ずっと付き添ってくれたが、はじめは受付もなく一間だけのそこが医院とは合点がいかず、ジーパンを履いた小柄な女性も医者だとは思わなかった。
しかし、この将医師は過不足なく適切に処置してくれた。麻酔注射のあと、傷口を開け丁寧に砂などを取り除き、綿棒を取り替えては何度も消毒液を垂らして洗浄し縫合。破傷風が懸念されたが、当然のようにこの予防注射も打ってくれ、痛み止めと化膿止めの薬も処方してくれた。
請求された治療費は翌日の消毒分も含め160元だった。※後日カードの海外旅行保険で返金された。
「これぐらいで済んでよかった。」「自分を過信しすぎたのだと思う。」「無理してはいけない。」「痛い目にあったけれど、『これからは慢心せず、気をつけなさい』と教えてくれたのだろう。」「これを貴重な教訓としなけば。」・・とスタリモスト。もちろんこのことはa3にも言えることで、互いに反省することしきりであった。 -
サイクリングコース=西街を出て、高田鎮方面に走り、龍潭村に至る。その後、陽朔遇龍河まで戻って、河を北上する道をとり遇龍橋に至る。帰りは桂林陽朔間を走る幹線道路を南下。陽朔市内に入る手前の坂の頂上当たりで力つき、スタリモスト、自転車ごと溝に落下。
後日グーグルアースで走行距離を計測してみればナンと約40?になっていた。 -
暮れなずむ漓江
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