2011/07/21 - 2011/07/23
8位(同エリア24件中)
憲さん
古隆中とは、三国志時代に蜀の劉備皇帝が諸葛亮孔明を古隆中に訪ね 三顧の礼をもって 劉備の軍師として迎えに行ったところです。
三国志ファンとしては 訪ねてみたいあこがれの場所を 今回は念願かなって行って来ました。
西安から出発して、襄樊に行く方法を調べたら、汽車と長距離バスがありました。
そこで、経験のため 行きは長距離バスを使い、帰りは汽車を利用しました。
古隆中の遺跡は、石牌坊、小虹橋、抱膝亭、武候祠、六角井、襄王陵、三顧堂、草庵などが里山のあちこちに点在していました。
孔明がここで 晴耕雨読の生活をしていたのかと思いながら周遊しました。
場内はゆっくり廻って2時間くらいの散歩道でした。
中国では三国志は誰でも知ってるお話だし、その中でも 諸葛亮孔明は人気があり、夏休み中なので古隆中訪問は 混雑しているかと思っていました。
しかし、襄樊への交通アクセスがまだ不便なためだと思うのですが、古隆中に訪れる観光客は少なく、ゆっくりと周ることができました。
中国の交通網は急速に整備されてきました。
襄樊への交通アクセスもすぐに良くなるかと思います。
ゆっくりと訪ねたい方は 早めに行くことをお勧めします。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 2.5
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
一日目
西安の城南バス駅から襄樊行きのバスです。
10時半発に乗って、襄樊到着は17時かかりました。
片道130元 -
襄樊行きバスの車内です。長距離なので二段ベットの寝台式バスでした。
足を延ばしていけるのでとても楽で、うとうとしながら乗っていました。
ただ、トイレが付いていません。トイレに行くのをずーと我慢していました。
10時に出たのですが、高速道路が一部工事中で渋滞していて 2時半ごろになってやっと休憩・昼食。 -
襄樊手前30Km手前の新野の高速道路からの風景です。
この新野から、劉備は馬に乗って 孔明に会いに出かけました。
延々と畑が続いていました。
で、私たちの乗った長距離バスは 襄樊の市内には寄らないから この高速道路の道端で下されました。
え、ここ高速道路だよ!
いままで 中国の高速道路を走っていると、高速道路を歩いている旅行客を見てきました。危ないなと思っていましたが、私がその立場になって、高速道路で下されるとは思ってもいませんでした。
ガードレールをまたぎ、土手を滑りながら下り、下の市道に出て そこで襄樊行きのバスに乗って襄樊市内に向かいました。
城陽市の駅の襄陽駅に着き、駅前のビジネスホテルの如家酒店に泊まりました。(一泊148元) -
二日目の朝
駅前のバス乗り場から 古隆中行きの市内バスに乗りました。
古隆中まで1元。所要時間30分程度でしょうか。 -
古隆中行きのバス車内。
満席になったら発車。10分くらいで満席になったので、利用客は多いようです。観光客は少なく 一般客がほとんど。 -
古隆中の入り口。
観光客は少ないですが、バスも止まっていましたから団体客も来るようです。
入場料は45元。 -
入口入ってすぐにある石牌坊。
あこがれの古隆中にやってきました。 -
古隆中の遺跡内の地図
里山の中に点在する遺跡を廻ります。 -
孔明が農作業をしたという畑。
綺麗に花がさいた花壇になっていました。
大き目の家庭菜園の広さです。 -
小虹橋
遺跡の入り口にかかる橋。 -
抱膝亭への途中。
このような小山の中の散策です。 -
抱膝亭
孔明達名士がここで膝を抱えて 談義したところだそうです。
孔明・徐庶・ホウ統たちが いろいろ議論をしたのでしょうか? -
草庵
亀の上に 大きな石碑 -
武候祠.
孔明を祭る廟ですが、ガイドは三大武候祠の一つと説明しましたが、もっと規模の大きいものがあり 古隆中の武候祠は大きくはないと思います。 -
武候祠の孔明像
-
劉備が諸葛亮を召し抱えるために 三回やってきた庵、三顧堂。
-
三顧堂の中
-
劉備は三度目にやってきてやっと孔明に会うことができました。
と言う、有名な場面の再現人形、後ろに関羽・張飛もいます。 -
三顧堂のまわり。
雰囲気はこんな山の中に有ります。 -
孔明の乗った車。
以上 古隆中の展示物。
1800年もの前のものでは有りません。
この古隆中は何べんも再建されているようです。
でも、雰囲気は判りました。
孔明がここで 晴耕雨読の生活をしていたのかと思いながら周遊し、「来てみてよかった」が、実感です。 -
古隆中を見学後、市内の樊陽城です。
川向うの襄陽市と一つになって 襄樊市になりました。 -
樊陽城内。
中国は城郭都市として発展しました。
だから今でも 市内は城市と言います。 -
檀渓遺跡の全景、手前がそれです
-
檀渓遺跡です
劉備が樊城に宴会に招かれ、暗殺から逃れるために川に飛び込み逃げてきたところです。
今は川の流れが変わったので、ただの小山の岩が有るだけです。
ガイドは「何もなくてがっかりしたでしょう」と、言ってました。
わたしは、後世に金もうけのために作ったものより、なにもないこのほうが昔をしなばれるので良いのですと答えたのですが、理解したもらえたかどうか? -
襄陽駅
襄樊市の鉄道の入り口です。
襄樊→西安の鉄道は 一日3本しかありません。
夕方の19時33分発の硬座の寝台車に乗って、西安には翌日の7時16分に着きました。
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