2011/10/03 - 2011/10/03
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ぱっしょんKさん
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10月1日前後の国慶節のお休み。
今年は彼女がいけないので、1人旅に出発。
2008年に瀋陽に行った際に故宮と昭陵は訪問済み。どうせ1人ならきつい日程でも大丈夫だとの判断で、東北地方残りの世界遺産と長白山。帰り際に長春によって偽満皇宮博物館にいってきます。
では予定
9/29
飛行機移動 広州→瀋陽
瀋陽泊
9/30
福陵(世界遺産)
午後新賓満族自治県永陵鎮にバス移動
永陵鎮泊
10/1
永陵(世界遺産)
ヘトゥアラ古城
永陵鎮泊
10/2
バス移動 永陵→桓仁
五女山城(世界遺産)
桓仁泊
10/3
バス移動 桓仁→集安
高句麗遺跡群(世界遺産)
集安泊
10/4
午前中 高句麗遺跡群
列車移動 集安→通化
玉皇山公園
通化泊
10/5
午前中 列車移動 通化→白河
バス移動白河→長白山
長白山泊
10/6
長白山
長白山泊
10/7
飛行機移動 長白山→長春
偽満皇宮博物館
夜飛行機移動 長春→広州
ポイントは列車移動の切符。9/26に広州東駅で取れるかどうかです。まぁがんばってみます。
とここまでが、行ってきます!に書いていた内容。
結局販売初日に列車の切符が取れず。というよりシステムに列車の席が全く出てこない。通化から集安なんてローカル線の最たる物で売り切れはおかしい。と思い、これは、別地区では販売しない列車か?との予想を立て、現地で購入できないか確認することに。
通化から白河までの代替えのバスも調べると少ないようです。
不安を抱えながら、出発することになりました。
結果、予定とは全く違う旅行になりましたが、心配していたのとは別の原因でそうなることなど、29日の出発時点では予想すらしていませんでした。
10/3
やっと軌道に乗った今回の旅行。列車で集安に到着。
今回の最大の目的地「高句麗の首都と古墳群」を見る事ができる!
とよろこんだのもつかの間。
ホテルの空き部屋がありません!!
遺跡見学どころではなくなりました。街を歩いて1時間。ほぼ1周してしまってから飛び込んだホテルに1部屋だけ空きを発見。そこに即決し、やっと高句麗の首都と古墳群に向う事ができました。
10/3スタートです。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 2.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 徒歩
- 航空会社
- 中国南方航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
万通快餐で無料の朝食を頂けます。
花巻(ねじり模様の蒸しパン)包子、炒め物数種、牛乳がこの日の朝食 -
駅前のロケーションですので、朝から人は多いです。
-
中華料理のビュッフェスタイル
食べ終え、チェックアウトしたら、道の反対側通化駅に向います。 -
待合室は2階。1日1往復の各駅停車集安往きに乗ります。
6347次普通慢車 7:32発。
集安まで3時間ほどかかります。駅のすぐそばにバスターミナルがあって、そこからバスもあって、そちらだと2時間ほど。
でもね。中国のバスは運転が荒いから疲れるんですよね。 -
このガラスの向うを通ってプラットホームへ向います。
-
さすがは普通慢車。
椅子は破れてるし、窓は木枠だし。。。。
7時32分定刻に出発します。 -
♪チャランララララ〜ラララ〜ラ〜ラ〜〜♪
世界の車窓から
今日は集安に向います。
トウモロコシが収穫時期でした。 -
しばらくトウモロコシ畑と山の景色が続きます。
-
集安に近づくにつれ、景色の山はすこしづつ高くなって行きます。
-
昔の雰囲気のある農村がところどころ現れて、進行方向の後ろに飛んで行きます。
♪チャランララララ〜ラララ〜ラ〜ラ〜〜♪
明日は再び通化にむかいます。
世界の車窓から つづく -
集安駅に到着です。
-
この写真をとったら、駅員さんにえらい権幕で怒られました。
なんだ?と思ったのですが、駅舎の隣に集安口岸があって納得しました。
ここはただの一田舎駅ではなく、北朝鮮への国境駅としての機能もあるので、写真を撮ってはいけないのです。
記念撮影していた中国人もたくさん注意を受けていました。 -
ホテルを予約していなかったので、まずはホテル探しに行きます.
駅のそばに豪河賓館というのがありましたが、集安は今回の旅行のメインですから、やっぱり町中に泊まりたい。
ということで2キロ離れた街まで歩きます。
歩く事30分。ようやく市街地の入り口に着きました。 -
ホテルは一応地球の歩き方にのっている香港城暇日大酒店をあてにしていたのですが、広州からメールで見積もりしても返事が無かった(旅行から帰ってから、担当者の方から、出張で不在にしていて、確認が遅くなったことの謝りのメールが入りました。中国語ができるなら、電話するべき)為、直接行く事にしたのですが、今日部屋はありますか?
今日は満室です。
ゲゲゲ!やな予感。
すぐに地球の歩き方に載っているもう一つの翠園賓館に電話してみると、こちらも満室。
観光どころではなくなりました。ひょっとしたら、通化に戻らなくてはならないかも知れません。
以前の地球の歩き方にあった集安賓館を見に行ってみましたが、改装中で営業をしていません。
i phone を使ってホテルがあるところに行ってみても、そこにはホテルがない。
不便になるけど、駅に戻って豪河賓館にいってみるか。と思っていた時、
黎明北街のロータリーから文化東路に入ったところに、天霖賓館という文字を発見。
行ってみると、結構な規模のサウナが1階にあるようです。夜うるさいかもな。でも選んでる余裕もなから入ってみるかな。と思って、道の反対を見ると、帝豪賓館の文字が。
あっちは1階はロビーだけみたいだし、あっちから行ってみようと思い、帝豪賓館に。 -
中国で一番気になるのは外国人宿泊可能な渉外ホテルかどうか。
入ったフロント横の壁に2つ星のプレートを発見。
よし!ここは大丈夫だ。
ということで、部屋があるか確認。
「さっき一部屋開きました。そこでよければ。」
いいも悪いもありません。そこに決めました。
なんとか宿も確保です。
地球の歩き方にはホテルも多くなっているみたいな事が書かれていますが、逆に閉店が続いていてホテルがこの集安では不足しているとのこと。
中国の休日と重なった場合は必ず予約したほうが無難です。
ちなみに助けられたこのホテル、外観を撮り忘れてしまいました。
フロントの写真です。 -
ロビーの写真。1階は狭いです。奥の階段で上に登ります。ちなみにエレベーターはありません。
2階はレストランで3、4階が客室のようです。
僕の部屋は3階のシングルルームで268元でした。 -
部屋に入ってビックリ!ダブルベッドとシングルベッドが一つずつあります。
シングルルームじゃないのかよ??
まぁ荷物置き場にもなるし、部屋は必要十分の広さですから。 -
トイレと浴室です。
中国のホテルで多少古いとか部屋が汚れているとかは気にならないのですが、シャワーとトイレの仕切り(カーテンでも可)がないのが、どうも許せないのですが、ここは久しぶりにそのパターン。鏡に写っていますが、トイレと整体する位置にシャワーが。
これが唯一の不満。 -
何はともあれ、この夜集安に泊まる事が決まりました。
時間も11時40分を過ぎていますので、まずは腹ごしらえをすることに。
1本南の大通り団結東路に行く事に。
そこで珍賓源水餃という餃子屋を発見。
今回の旅行で何度も食べてはいますが、やっぱり東北に来たら餃子でしょ!
ということでここで昼食。 -
典型的な中国の町食堂。
このたび何回目だ?
地三鮮
茄子、ピーマン、ジャガイモの炒め物です。安いしこれは日本人の口に合いますよ。
ちなみにここでは15元。(180円) -
昼からだけど、ビールは外せません。昼のお酒は旅行の醍醐味ですからね。
雪花ビール。 -
羊の水餃子。
合計で36元。 -
食べ終わり、道の反対にいるタクシーを捕まえ、世界遺産高句麗の首都と古墳群へのタクシーチャーターに向います。
本当は1路のバスで将軍墳、好太王碑、禹山貴族墓区へ。2路のバスで丸都山城に行こうと思っていたのですが、1時間町をさまよっているあいだ、3路から6路のバスはちょこちょこ見ましたが、1路と2路は走っているのを1台も見ず。
さらに帝豪賓館のとなりのロータリーにずーと泊まっている1路のバス。
1日に何本もないなこれは。と確信。
そこでタクシーをチャーターすることに。
地球のあるき方には100元が目安と書いてあります。
だいたい5割ましくらいでまとまる事が多いので、150元から200元くらいで商談をまとめようと1台目のタクシーに。
ぱ「将軍墳、好太王碑、禺山貴族墓区、丸都山城に行きたいけど、いくら?」
運「4カ所?近いからね。。。60元。」
ぱ「??????」や、安い!!
すぐに握手している2人がそこにはありました。
ちなみにチャーターしたタクシーは写真の中国 奇瑞自動車のQQ。 -
運「どこから行きたい?」
ぱ「どう行くのがいい?」
運「じゃあ、将軍墳から行って戻ってこよう」
ということで将軍墳に。
将軍墳は公園としての整備が進んでいました。 -
チケット売り場です。
運ちゃんに「絶対に100元の4カ所セットのチケットを買いなよ」
と念を押されて一人、チケット売り場へ。
100元のセットチケットを購入。 -
中に入ると、人がいません。
話には聞いていたのですが、この世界遺産高句麗の首都と古墳群は中国人にはメジャーではなく韓国人や日本人が見に来る事が多い世界遺産。
ツアー客が丁度いなかったからでしょう。本当にガラガラで将軍墳はゆっくりと見る事ができました。 -
茂みにひっそりと将軍墳の石碑が。
この横の階段を上って行き、視界が開けると -
じゃじゃ〜ん!
高句麗の首都と古墳群の一つ。将軍墳です。
別名東洋ピラミッド。 -
イチオシ
丁度後ろあたりに売店兼中国人向け説明があります。
説明しましょうか?と言われたのですが。。
考えてやめました。
ここはちょっと微妙な場所なので、歴史認識の違いが出るので、聞いた方が良かったかもとは思いますが。逆にこのときは歴史認識が違うのに説明してもらっても。と思ってしまったでした。
高句麗は中国の地方政権であると言う中国と朝鮮半島を支配した朝鮮半島の王朝であり、この場は朝鮮民族の出生の土地だと主張する、北朝鮮、韓国。
政治思惑が渦巻いている場所なのです。
日本人の感覚では高句麗は朝鮮半島の国ですがね。
そんな事は関係なくたたずむ遺跡。 -
花崗岩で作られた立派なお墓。
押さえ用の石が4方にあります。 -
後でわかったのですが、上まですべて花崗岩でできている墓は特徴的なようです。
よほどの権力者のものだと思われます。 -
調査で5世紀の物だという事がわかって、好太王か長寿王陵墓と言われていますが、盗掘されているので、判明はしていません。
将来、科学が発達して判明することがあるでしょうか。 -
裏がわに階段があり、以前登れたようですが、現在は遺跡保護のため(と書いてあります)登る事は禁止になっています。
-
将軍墳を後にして道を進むと、将軍墳1号陪墳が出てきます。
将軍墳の妃の墓だと思われています。 -
石室を横から。
-
石室の中。盗掘でなんにも残っていません。
だれが眠っていたかが特定できない理由です。 -
正面からもう一枚。
テレビとか本、ネットでしか見た事がなく、実際に行った訳ではありませんが、感じとしては蘇我馬子の陵墓と言われる石舞台古墳を思い出しました。 -
これにて将軍墳は終了。タクシーで好太王碑を目指します。
その前に、将軍墳の道横に有った看板。
芝生に入らない事を注意しているのですが、あまりに日本語が惜しいので撮影。 -
タクシーで将軍墳から5分。
好太王碑に到着。
歴史の教科書にも出てくるおなじみの史跡です。 -
好太王碑は現在、ガラスでカバーされています。
ガラスの中では残念ながら撮影禁止。
撮っちゃおうかなぁと思ったのですが、中国語で説明してくれる2人の女性がいて、すきがな〜い!! -
これ以上はカメラ構えて近づけません(T_T)
-
風化と拓本の撮り過ぎでしょうか。近くで見ても、文字がはっきりとは見えませんでした。
ガラスで囲っているので、これ以上ひどくはならないでしょうね。 -
好太王碑の周りは芝生をしきつめてきれいに整備されています。
同じ敷地内にある太王陵に向います。
結構広く敷地がとってあり、散歩しても気持ちいいです。
北側を望みます。山がきれいです。 -
南側も載せておきましょ。
これ今になって思えば、南側ですから、北朝鮮の山です。 -
好太王碑の北西にある太王陵。かなり大きな陵墓です。
階段があって、将軍墳とはちがって上に登れます。 -
上には石室が。
中に入ってみます。
ちょっと崩れてしまっていますね。 -
石室を覗きます。
-
ここにここの持ち主がねむっていたはず。
ここも盗掘にあって何もありません。
だから誰が眠っていたのかが分からないのです。 -
石室の天井。花崗岩のようです。
-
石室を過ぎたところに四角い花崗岩がいくつか置いてあります。
石室を塞いでいた石との説明があります。 -
太王碑は景色もいいです。
西側にはこれから行く禹山貴族墓地。 -
東側には先ほど行った将軍墳が見えました。
-
観光客は行く人がいませんが(みんな、階段を降りたら来た道を引き返して行きます)、太王陵を廻る道があるので、ぼくはそちらを行ってみます。
上部が崩れているのが分かります。 -
将軍墳のように押さえのおおきな花崗岩あります。
好太王陵も全面花崗岩で出来ていたんでしょうか。 -
好太王陵の東側に祭壇の後がありました。
この祭壇を過ぎるともと来た道に出て、入り口に戻ります。
タクシーで禹山貴族墓地へ向います。 -
禹山貴族墓地に到着。
ここでのメイン陵墓は写真の五号墳。 -
五号墳からちょっと離れたところに入り口が。
五号墳の石室に続いています。 -
こんな通路があり、石室の真ん中に行っています。
-
石室の中に描かれた青龍、白虎、朱雀、玄武の四神が描かれた壁画が一番の見所。
日本の高松塚古墳の壁面にも描かれていて日本との文化のつながりを感じられます。
壁画を守る為なのでしょうか、床からライトが2つあるだけ。撮影も禁止。
暗くてさっぱり見えません。先に韓国のツアーが入っていて、ガイドが懐中電灯を使って説明していました。韓国語なのでさっぱり分からず。
彼らが出て行ったあと、またツアー客が入ってきたので、説明をこっそり聞いちゃおうと思ったら、また韓国語。
韓国ツアーがやっぱり多いようです。
懐中電灯を持ってくれば良かった。。。
後悔しながら、韓国語の説明はさっぱりわからんし。。。
そのとき、韓国旅行者が写真をぱしゃぱしゃ撮り始めました。
1枚だけのっかって天井の壁画を撮りました.
なんだろう?青龍なのかなぁ?
懐中電灯。しかも大きめの物を持って行くのをおすすめします。 -
他の陵墓を見て行きます。
五号墳の西側。四号墳です。
この中もきれいな壁画があるようですが公開はされていません。 -
写真は3号墳。手入れがされていません。
-
手入れされていない敷地内の隅に崩れた2号墳が。
柵で囲まれた中にあるのですが、写真を撮ってる遊歩道の間には畑の畝が。 -
たぶん1号墳にあたるのでしょうが、四神墓の名前が付けられていました。
-
入場門のところに展示室があり、壁画の写真が展示されています。
公開されていない4号墳の壁画の写真も展示されています。 -
これが玄武の絵だそうです。
ところで玄武ってなんだろ?
しらべてみましょう。
北方の神で足の長い亀に蛇が巻き付いている。
とのこと。
亀?どこにいるのかな? -
これも4号墳。
神農氏と書かれています。
五号墳の中に入ったのに暗くて一面すら見てないのが悔しく感じてきました。 -
これから陵墓を見る時は懐中電灯を用意してこよう。ここでつよく決意しました。
この絵は集安の東にある長川古墳一号墳の壁画。
集安市の周りには見た以外にも古墳があることを再認識しました。
展示室を見終わり、ふたたびタクシーで丸都山城に向います。 -
本日最後の観光スポット丸都山城到着。
麓はきれいに整備されています。
麓はね。。 -
歩いてすぐ崩れた城壁が見えていました。
南瓮門です。 -
南瓮門の前の小川を渡ったところに城壁の跡もあります。
-
遊歩道のすぐ脇にも城壁がありました。この道は元々の道ではないのかなぁ?
この城壁、門の跡という感じではないですね。 -
遊歩道は石畳。山を登って行きます。
中国の城は町のこと。残念ながら、住宅の跡はないようです。 -
遊歩道を歩いて行くと全面畑の風景が出現。
牛もいるのどかな風景。 -
歩くと分岐点が出てきます。
左には物見跡、右には宮殿跡につながりますが、観光客はみんな左に行って下山しているようです。
僕もまずは左に進みます。 -
道を登り終わると、戌卒居住跡があります。
基石がいくつかありました。 -
丸都山城で一番有名じゃないですかね。
物見台跡です。
手前に展望台があって上から見下ろすことができます。 -
人もいないし、三脚を使って記念撮影する事に。
セット中にしゃがんで、立ち上がったときにビリッ!の音が。
ズボンがお亡くなりになりました。
2月にインドに一緒に行ったズボンの最後でした。
にこやかに写真を撮っていますが、実は内股からお尻下部に大きな裂け目が。 -
ひとまずズボンの事は忘れて、東の方を見ると、宮殿跡が見えました。
だれもいませんが。
「あそこ行けるのか?」
そちら方面に行ってみる事に。 -
先ほどの分岐点まで戻ります。
周りは白菜畑。 -
ぶどう畑とトウモロコシ畑の間のあぜ道を歩いて行きます。
世界遺産の中とは思えません。。。。 -
あぜ道を歩いて行くと突然視界が開け、宮殿跡が見えました。
3段になっています。 -
ここに緊急時の宮殿がありました。
-
よく見ると、草の中に基石があります。
この後、先ほど通ったあぜ道を下って丸都山城麓の山城下墓区を目指します。 -
山城下墓区の入り口から中を望みます。丸都山城同様石畳の遊歩道が完備されています。
これに沿って1周することができます。
左前方。 -
そして右前方です。
-
左側に丸都山城が見えます。
この台形の山がそう。こちらからは断崖絶壁になっていて攻める事はできなそうです。
かなりの大きさです。ほぼ畑になっていますが。。 -
その丸都山城の麓にパット見4つの古墳。
-
M11号墓。
草ぼうぼうでただの塚にしか見えません。 -
M11号墓の後ろに今度は、石で作られて、石室へ入り口がはっきりと分かる墓と、同じ形で、草が生えている墓。
-
高句麗の貴族の集団墓地の様相です。
-
SM1304墓。
亀甲墓という名が付けられています。
壁画に亀甲紋の絵が有るのが特徴。
残念ながら中には入れず。 -
将軍墳や太王陵のミニチュア版。って感じです。
-
SM1298墓。
折天井墓。
石室の天井が2段になっているとのこと。
ここも入れず。 -
遊歩道を挟んでよく似た形の陵墓が。
こちらはSM0636墓
兄塚 -
こちらはSM0635弟塚。
-
兄塚、弟塚が一番奥。遊歩道は入り口に戻って行きます。
入り口に戻り、タクシーでホテルに戻ります。
ズボンが破れてしまったから、買わなきゃいけなくなってしまいました。
ホテルに戻ったら町に出なくては。 -
ホテルから街に出ようと思ったときある事に気付きました。
ロータリーのすぐ横の公園に石垣みたいなのがある!
地球の歩き方の地図で確認すると、世界遺産の国内城跡の城壁跡のようです。
ちょっとたどってみようかな。と思い立ちました。 -
高いところは2、3メートルありますが、草ぼうぼうでただの土手にしか見えません。
-
東盛北路まできたところで、城壁はまだ続いていますが、街に向う事に。
-
城壁のすぐそばにコーヒーバーとかかれたパパスというお店を発見。
コーヒーを飲んでお店の人に服屋はどこらへんにあるのか聞いてみる事に。 -
夜はお酒を飲むバーになるようです。
結構いい雰囲気。 -
コーヒー。
砂糖もミルクも入って出てきました。
それにしても出てくるの早かったなぁ。
味はまぁまぁ。
聞けば勝利路に行けばなにかありそう。 -
ということで東盛北路を南に進みます。
5分くらい行ったところで、集安市場と書かれた市場を発見。
夜には飲食店が並びそうな雰囲気。
夜来てみてもいいかな。と思いながら、道の反対側を見ると -
公園が。
高句麗遺址公園じゃん!!
入ってみる事に。 -
結構大掛かりな撮影をやっていました。
TVドラマの撮影かな。 -
勝利路に面した入り口にはこんな石があり、
-
高句麗遺址公園の文字が。
この公園は国内城の宮殿跡地にあるとの説明書きがありました。 -
勝利路を歩き、お店を探します。
KAPPAのズボンをはいていましたので、KAPPAのお店があれば良かったのですが、集安にはKAPPAは進出していない様子。
NIKEのお店で500元のズボンを購入。
2009年杭州旅行以降ほとんどの旅行に穿いていたKAPPAのズボンと集安のゴミ箱でさよならしました。
いままでご苦労様!! -
ずぼんを購入して、余計な心配がなくなったところで、夕食です。ちょっと遅くなってしまった為、何にするかなんて考えている余裕はなし。
開いているところでの選択になりました。
昼食同様団結東路で食べれるところを探す事に。永和快餐を見つけ、そこに入る事に。 -
石焼ビビンバをいただきます。
ここは北朝鮮の対岸で、朝鮮族も多くすんでいるので、本場のビビンバが食べれるのです。 -
食事の後は泊まる帝豪賓館のシャワーにどうも抵抗があり、向かいの天霖賓館のサウナに行く事に。
ここの湯船大きい上、渦巻きを巻いているおもしろいお風呂もありとてもgoodでした。
体を十分暖めてから、部屋に戻ったのでした。
1日半予定していた高句麗の首都と古墳群を1日で終えたので、翌日何をしようか考えながらの就寝でした。
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