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1).旅の始めに<br /><br />                         秋興や 陽の沈みいく 楼の影<br /><br />  「湘南」と言えば、神奈川県の「相模湾」に面する海岸地方を思い浮かべるが、「湘南」の本家本元は、中国「湖南省」を流れる「湘江」南面一帯である。「相模湾」の相の字を、同じ音読みの「湘」に変え、「相模湾」南面を「湘南」と名付けた人は、中国の「湘南地方」の風土を理解し、愛していたのだろう。<br /><br />2).湖南省の省都、「長沙」へ<br /> <br />  「湖南省」省都の「長沙」へは、「上海」から、1時間半の飛行であった。街の中を「洞庭湖」に注ぐ「湘江」が流れ、その東に拡がる旧市街地は、開放改革後、スクラップアンドビルドの工事ラッシュであり、至る処で、取り壊され、掘り返される中で、辛うじて歴史の残影を、追い求めることが出来た。<br />  「湘川」の西側に拡がる「岳麓山」山麓の名門「湖南大学」から、最古の大学の千年学府『岳麓書院』界隈は、今や紅葉が真っ盛り。その紅葉の中を、若き日の毛沢東が激論を戦わせた「愛晩亭」へ、向かった。<br /><br />3).毛沢東の故郷、「韶山」、そして「岳陽」へ  <br /><br />  毛沢東の故郷「韶山」は、「長沙」からは90Km、嘗ては、山に囲まれた鄙びた農村だったが、今は、土産屋が建ち並ぶ観光の地と化し、街は大きく開放改革されていた。<br />  「長江」河畔の街「岳陽」へは、省都「長沙」から、憂国の士「屈原」が身を投げた「羅江」を通り、詩人の創作意欲を掻き立てる「洞庭湖」に沿う、鉄道の旅であった。晩秋の「洞庭湖」は、夏に比べ、「琵琶湖」の2倍も面積が狭くなると聞き、驚いた。湖畔のベンチに座り、空のどこかに「扶桑」(日本)へ辿る道もあるのではと、思いながら、列を乱すことなく、飛んで行く、鳥の姿を、追い駆けていた。<br /><br />4). 武漢市(武漢三鎮)へ   <br /><br />   「岳陽」から「武昌」までの列車の旅は、まこと賑やかな道中であった。子供料金を廻り、車掌と口論、切符を持たない客とのやり取り、検札に狸寝入りする客、やたらあちこち動き回る客など、退屈する暇などはない。賑やかな魑魅魍魎列車は、やがて、夕闇に翳む「武昌」駅に到着した。<br />  「武漢」は、長江(揚子江)を挟む「漢口」、「武昌」、「漢陽」が合併した街、その中心は、屈辱の歴史をもつ旧租界地「漢口」である。長江沿いの「武昌」では、李白の七言絶句「友人孟浩然が揚州に旅立つを見送る」で詠まれた、「黄鶴楼」に登り、露時雨に霞む「長江」を眺めていた。<br /><br />5).旅の終わりに<br /><br />  この旅で、改めて感じたことは、今の中国には、「沿岸部」と「内陸部」には、所謂「南北問題」があり、地域間の「貧富の差」の拡大が、大きな問題となっている。街を走る「高級車」と、旅行者に纏わり着く「物乞い」の多さからも、貧富の差の拡大は、一目瞭然である。<br />  この旅で、僕が出合った現実は、体の障害を強調し、哀れみと同情を買おうとするもの、乳飲み子を憐れそうに抱え、ひたすら人の同情に訴える等の、伝統的な物乞いが、実に多かった。「上海」では、缶に小銭を入れ、ガチャガチャ鳴らしながら近づき、小銭をせがむ子供の物乞いや、そっと近寄り、耳元で、丁寧にお金を乞う、質素ではあるが、小奇麗な服装の物乞いにも、出会った。<br />  この厳しい現実を、目の前で見せつけられた僕には、公正な「開放改革」と「近代化」の波が、今、まさに、この国に、押し寄せ始めていると言う現実を、果たして、どこまで信じられるのだろうか。(完)<br /><br /><br />* Coordinator: H. Gu                                        <br /><br /><br />                                   <br /><br /><br /><br />

【湖南省】 長沙・岳陽 * 毛沢東の故郷「韶山」と 洞庭湖を 旅する

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2003/11/01 - 2003/11/06

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16

彷徨人MU

彷徨人MUさん

1).旅の始めに

               秋興や 陽の沈みいく 楼の影

  「湘南」と言えば、神奈川県の「相模湾」に面する海岸地方を思い浮かべるが、「湘南」の本家本元は、中国「湖南省」を流れる「湘江」南面一帯である。「相模湾」の相の字を、同じ音読みの「湘」に変え、「相模湾」南面を「湘南」と名付けた人は、中国の「湘南地方」の風土を理解し、愛していたのだろう。

2).湖南省の省都、「長沙」へ
 
  「湖南省」省都の「長沙」へは、「上海」から、1時間半の飛行であった。街の中を「洞庭湖」に注ぐ「湘江」が流れ、その東に拡がる旧市街地は、開放改革後、スクラップアンドビルドの工事ラッシュであり、至る処で、取り壊され、掘り返される中で、辛うじて歴史の残影を、追い求めることが出来た。
  「湘川」の西側に拡がる「岳麓山」山麓の名門「湖南大学」から、最古の大学の千年学府『岳麓書院』界隈は、今や紅葉が真っ盛り。その紅葉の中を、若き日の毛沢東が激論を戦わせた「愛晩亭」へ、向かった。

3).毛沢東の故郷、「韶山」、そして「岳陽」へ  

  毛沢東の故郷「韶山」は、「長沙」からは90Km、嘗ては、山に囲まれた鄙びた農村だったが、今は、土産屋が建ち並ぶ観光の地と化し、街は大きく開放改革されていた。
  「長江」河畔の街「岳陽」へは、省都「長沙」から、憂国の士「屈原」が身を投げた「羅江」を通り、詩人の創作意欲を掻き立てる「洞庭湖」に沿う、鉄道の旅であった。晩秋の「洞庭湖」は、夏に比べ、「琵琶湖」の2倍も面積が狭くなると聞き、驚いた。湖畔のベンチに座り、空のどこかに「扶桑」(日本)へ辿る道もあるのではと、思いながら、列を乱すことなく、飛んで行く、鳥の姿を、追い駆けていた。

4). 武漢市(武漢三鎮)へ   

 「岳陽」から「武昌」までの列車の旅は、まこと賑やかな道中であった。子供料金を廻り、車掌と口論、切符を持たない客とのやり取り、検札に狸寝入りする客、やたらあちこち動き回る客など、退屈する暇などはない。賑やかな魑魅魍魎列車は、やがて、夕闇に翳む「武昌」駅に到着した。
  「武漢」は、長江(揚子江)を挟む「漢口」、「武昌」、「漢陽」が合併した街、その中心は、屈辱の歴史をもつ旧租界地「漢口」である。長江沿いの「武昌」では、李白の七言絶句「友人孟浩然が揚州に旅立つを見送る」で詠まれた、「黄鶴楼」に登り、露時雨に霞む「長江」を眺めていた。

5).旅の終わりに

  この旅で、改めて感じたことは、今の中国には、「沿岸部」と「内陸部」には、所謂「南北問題」があり、地域間の「貧富の差」の拡大が、大きな問題となっている。街を走る「高級車」と、旅行者に纏わり着く「物乞い」の多さからも、貧富の差の拡大は、一目瞭然である。
  この旅で、僕が出合った現実は、体の障害を強調し、哀れみと同情を買おうとするもの、乳飲み子を憐れそうに抱え、ひたすら人の同情に訴える等の、伝統的な物乞いが、実に多かった。「上海」では、缶に小銭を入れ、ガチャガチャ鳴らしながら近づき、小銭をせがむ子供の物乞いや、そっと近寄り、耳元で、丁寧にお金を乞う、質素ではあるが、小奇麗な服装の物乞いにも、出会った。
  この厳しい現実を、目の前で見せつけられた僕には、公正な「開放改革」と「近代化」の波が、今、まさに、この国に、押し寄せ始めていると言う現実を、果たして、どこまで信じられるのだろうか。(完)


* Coordinator: H. Gu






  • 長沙市の「岳麓山」の麓に、最古の大学といわれる千年学府「岳麓書院」の案内図

    長沙市の「岳麓山」の麓に、最古の大学といわれる千年学府「岳麓書院」の案内図

  • 「岳麓山」の麓

    「岳麓山」の麓

  • 湖南省長沙での食事:

    湖南省長沙での食事:

  • 湖南省長沙での食事:<br /><br />毛沢東も愛したと言われる湖南地方の「臭豆腐」。<br />紹興地方の「臭豆腐」と違って、色は墨色、堪えられないほどの匂いに、僕は少し飲み込んだが、後は、ギブアップした。

    湖南省長沙での食事:

    毛沢東も愛したと言われる湖南地方の「臭豆腐」。
    紹興地方の「臭豆腐」と違って、色は墨色、堪えられないほどの匂いに、僕は少し飲み込んだが、後は、ギブアップした。

  • 湖南省の長沙からは90Km離れた「毛沢東」の故郷「韶山」にある「毛沢東生家」付近

    湖南省の長沙からは90Km離れた「毛沢東」の故郷「韶山」にある「毛沢東生家」付近

  • 湖南省の長沙からは90Km離れた毛沢東の故郷「韶山」にある「毛沢東生家」

    湖南省の長沙からは90Km離れた毛沢東の故郷「韶山」にある「毛沢東生家」

  • 湖南省の長沙からは90Km離れた毛沢東の故郷「韶山」にある毛沢東の生家付近

    湖南省の長沙からは90Km離れた毛沢東の故郷「韶山」にある毛沢東の生家付近

  • 湖南省の長沙からは90Km離れた毛沢東の故郷「韶山」にある毛沢東の生家付近

    湖南省の長沙からは90Km離れた毛沢東の故郷「韶山」にある毛沢東の生家付近

  • 「毛沢東」の妻(1920年結婚)「楊開慧」は、長沙にある「第一師範学校」時代の「毛沢東」の恩師である「楊昌済」教授の娘であり、後に国民党に殺されている。<br />父「楊昌済」の故郷である、長沙県板倉に「楊開慧」の墓苑がある。

    「毛沢東」の妻(1920年結婚)「楊開慧」は、長沙にある「第一師範学校」時代の「毛沢東」の恩師である「楊昌済」教授の娘であり、後に国民党に殺されている。
    父「楊昌済」の故郷である、長沙県板倉に「楊開慧」の墓苑がある。

  • 洞庭湖湖畔の「岳陽楼」

    洞庭湖湖畔の「岳陽楼」

  • 「岳陽」での夕食

    「岳陽」での夕食

  • 「岳陽」での夕食

    「岳陽」での夕食

  • 武漢市「武昌」にある「黄鶴楼」

    武漢市「武昌」にある「黄鶴楼」

  • 武漢市漢口での夕食<br /><br />

    武漢市漢口での夕食

  • 武漢市漢口での夕食<br /><br />

    武漢市漢口での夕食

  • 武漢市漢口での昼食<br /><br />

    武漢市漢口での昼食

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