2011/08/25 - 2011/08/25
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nasubonさん
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船の科学館が展示休止となり、青函連絡船で活躍した羊蹄丸は解体の危機にあるという。船に関しては、下手の横好きレベルでしかないけれど、青函連絡船は乗りまくり、けっこう想い出もある。ちょっと懐かしい話がしたくなった。。。
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青函連絡船の現役時代は、数十回は乗ったと思うけれど、東京にやってきた羊蹄丸を訪ねるのは、これでわずか2回目。やっぱり船は動いてナンボのものだと思うから、スクリューを抜かれた姿を見るのは忍びないという気もした。でも、なくなっちゃうとなると、最後に見ておきたくなった。まだ解体が正式決定したわけじゃないけれど、たぶん引き取り手はいないよなぁ〜。
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船内はいろんな細工がしてある。昭和ノスタルジーの世界なのだろうけれど、ここらへんはあまりに古い時代を再現しているので、ぼく自身はあまり共感するところではない。それよりも世話になった桟敷席とか、サロン海峡とか、自分が乗った船の姿をそのまま見たかった気がする。
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ここなんかは、現役時代は車載デッキだったところで、いかにも駐車場という雰囲気が独特だった。こんな普通じゃなかったんだけれどな。この船は青函航路から撤退したあとにイタリアなんかに出稼ぎに行ったりしたから、当時のスタイルをそのまま残すのは難しかったのかもしれないけれど、ちょっと残念。
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なんか実際の羊蹄丸を見ても想い出に浸る気分ではなかったので、昔の写真を引っ張り出してみた。写っているのは八甲田丸だけれど、羊蹄丸から写したものだ。撮影日は1988年3月13日。つまり青函連絡船の最終運航日だ。この日は、午前中に函館から羊蹄丸で青森に行き、同日に開業した青函トンネル経由で函館に舞い戻り、ふたたび十和田丸で青森に向かい、最後の1日を堪能した。もろマニア的な行動だった…。
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こいつは最終便の2時間前に出た十和田丸の船内。車載デッキのほうから眺めたものだ。本当は最終便に乗りたかったけれど、残念ながら乗れそうもなかったので、ちょっと早い便にしたわけだ。おかげで、ふだんとあまり変わらない、のんびりした航海を楽しめたような気がする。
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これは最終便の羊蹄丸が青森に着岸したときに写したもの。外から見ただけなので、実際の雰囲気は分からないけれど、いかにもマニアさんらしき姿しか見えなかったから、当時は「1本前の船で良かったのかも」と思ったものである。自分も十分にマニアさん的な行動をしていたわけだけれど…。
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で、3月13日で鉄道連絡船という機能を失った青函航路なのだけれど、おまけがあった。青森と函館で開催された青函博覧会で、動くパビリオンとして十和田丸と羊蹄丸が復活したのだ。で、それが終航を迎えたのが同年9月18日。性懲りもなく、これも最終日に行った。このときは函館発の最終便、十和田丸に乗船した。
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3月の時点では、復活運航があることが分かっていたから、終航といってもどこか落ち着いていた感じがしたのだけれど、この日はもう後がなく、これっきりだから、市民レベルの人出がすごかったし、ここまで残っていた職員の方々も万感を秘めていた気がする。
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で、津軽海峡の中程で最後のすれ違い。ぼんやりと向こうから迫ってくる船影が、青森発の最終便である羊蹄丸。現役時代の羊蹄丸は、乗ったようで、数回しか乗らず、なぜか遠くから眺めることが多かった。
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自分的に羊蹄丸の姿というのは、このシーンである。荒れたイメージがある津軽海峡で、実際に酔いまくったこともあるのだけれど、この最終日だけはまったく波もなく穏やかで、惰行ですれ違う両船の回りには、まったく音がなかったように記憶している。美化しすぎか?でも、この写真を見ると、そのときの無音のたたずまいが浮かぶのである。
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