2011/04/24 - 2011/04/24
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kskspiyoさん
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総督府警察官だった祖父の足跡を尋ねて、4月21日から28日までの一週間、親戚と高雄州各地を旅しました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 2.0
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス レンタカー タクシー 飛行機
- 航空会社
- チャイナエアライン
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
三地門から路線バスで12時過ぎに屏東に到着しました。
富光ホテルは中山公園(旧屏東公園)の南にあるので、図書館前でバスを降ります。
公園路19−7 TEL 08−7345656
このホテルは新しく改装された台湾・中国人を対象にしたビジネスホテルで、清潔で機能的にできています。
HPはあるのですが、純粋に宣伝用で、メールアドレスがどこにもない!
仕方がないのでファックスで予約しました。08−7345857
ツィンが一泊2450TWD
フロントの人はとても親切でした。 -
お昼を食べてから、街の散策に出かけます。
叔父は屏東病院で出生したので、自分が生まれたところを再訪してみたい。
現在、屏東病院の跡地は中央市場になっているので、そこに行ってみると、なんと、この円形の建物は、病院の中庭としか思えない! -
記念碑を読んで見ると、やはりそうでした。
屏東病院は、国立の大きな病院だったのですが、戦後、その跡地をそのまま中央市場として利用したのです。
この丸いロータリーは魔窟のようで、いつも入るたび方角がわからなくなり、道に迷いました。 -
窓の感じが、いかにも病院。
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南に出たところに、台湾銀行があります。
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街の中心部の大きな交差点。ロータリーの部分が中華電信。かつて、屏東郵便局があった場所です。
ここから南にいくと、屏東夜市です。 -
この交差点に面した建造物も、おそらくかつては屏東病院の一部だったと思います。
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上海路を北上して、ラウンドアバウトへ向かっていきます。
この店はおそらく、旧税務署官舎を改築したものです。 -
中正国民小学校 かつての屏東小学校です。
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昭和11年ごろの写真
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当時の運動会
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小学校の隣にある邸宅は、かつての郡守官舎だったのでは?
立派な洋館ですね。 -
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ラウンドアバウト(旧円公園)の北にある日本家屋は、偕行社(旧陸軍将校クラブ)だったのではないかと思われます。
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ラウンドアバウトの北東にあたる部分が、旧警察官舎なので、おそらくこの一角に祖父一家は暮らしていたはずです。
解体された家から、障子が覗いています。
崩れかけていても、よく当時のまま残っていてくれました。 -
現在の屏東警察署です。
台湾の警察署は、立て替えても、かつての赤レンガ建築の雰囲気を残しています。 -
警察署の裏手
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旧市役所で、現在は博物館になっています。
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旧市役所の天井
しかし、ここで不幸なことに、父がばててしまいました。
暑い日が続いたのと、スケジュールがきつすぎたせいです。
気をつけていたつもりなのですが、わたしの配慮が欠けていました。 -
夕方、一人で、町の散策を再開しました。
まずは屏東公園へ。
ここは戦前に造られたもので、日本庭園の趣が残っています。 -
橋の欄干に、ギボウシ(キスチョコみたいな形の仏教装飾)が残っているのが、わかりますか。
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この公園の北には、屏東神社がありました。
現在は運動スタジアムが造られているのですが、木はおそらく当時のままです。 -
この並木道は、いかにも神社の参道です。
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昭和13年 屏東神社の前で
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たぶんここらへんが社殿のあった場所です
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神社の北を数百メートルくると、道が細くなってきます。
戦前はこのあたりに里港に向かう簡易鉄道があったので、そのせいだと思います。
これはもしかすると、当時このあたりにあった乗馬クラブの建物か? -
屏東は、台湾第八連隊の飛行場があった軍都で、都市の北部はほとんど軍事施設でした。
この家は、おそらく軍の官舎を転用したものだと思います。 -
戦前からある市営プール
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中華路にある立派な洋館
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中山公園にある阿コウ城址
ガイドブックには掲載されているけど、あまりにさりげなくてどこにあるのかわからない! という声が多数。
清朝ではこの街の名前は阿コウでしたが、屏東に改名されてから長いですからね。 -
隣にある、アンツーカーのテニスコート。これも戦前に造られたものです。
こっちのほうが有名だったからね。 -
これはかつての招魂碑?
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光復記念碑
でもこの台座は? -
崩れている記念碑です。
戦前の大火事で消火活動に功があった消防士を讃えたもののように読めました。 -
繁華街に戻って林森路と中華路の交差点です。たぶん。
こうやってみると、屏東はあまり統治時代と変っていない感じがします。 -
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この日に従姉妹が日本からやってきて合流しました。
来るなりタクシーをぼられた、と、おかんむり。2キロもないのに、120元とられたそうです。
ホテルの人に薦められた上好肉粽のチマキの屋台へ行きました。 -
中サイズで40TWD
屏東の夜市は安くて美味しいので評判です。
しかし、一本の道の両側に店が並んでいて、その中央をバイクが頻繁に行き来するので、私は平気でしたが叔父や父は落ち着かないようでした。
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この旅行記へのコメント (2)
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- エンリケさん 2011/10/08 12:16:24
- ドキュメンタリータッチの素晴らしい旅行記
- kskspiyoさん
こんにちは。お祖父さまの足跡をたどる台湾旅行記、たいへん興味深く拝見しております。
現在の写真とかつての写真が交互に登場して、まるでドキュメンタリーのような素敵な旅行記ですね!
わたしはまだ台湾には行ったことがないのですが、日本とのつながりを考えながら旅をすると一味も二味も違った魅力が見えてくるのだと思います。
また続きも読ませていただきます!
- kskspiyoさん からの返信 2011/10/22 00:52:10
- RE: ドキュメンタリータッチの素晴らしい旅行記
- エンリケ様
書き込みをありがとうございました。旅行中で、今まで気付きませんでした。返事が遅れて、申し訳ありません。
祖父のいた場所を親戚一同で訪れる、というのは、かなり面白い体験でした。自分のルーツについて、思わぬ発見があって、勉強になりました。
エンリケさんの旅行記も、興味深くて参考にさせていただいております。
これからもよろしくお願いいたします。
kskspiyo
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