2011/06/29 - 2011/07/02
569位(同エリア1070件中)
alchemistさん
- alchemistさんTOP
- 旅行記551冊
- クチコミ18件
- Q&A回答2件
- 724,477アクセス
- フォロワー66人
「日本の広報・PR100年―満鉄からCSRまで」http://amzn.to/pHqyBRの上梓を記念し、執筆に参加した仲間と満鉄の故地探訪の旅に出ました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 2.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 観光バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
成田発10:10のANA便で大連に向かい、現地ガイドの案内で大連日航飯店で荷をほどきました。
-
直ちにワゴン車で市内観光に出発。
最初の訪問地は中山広場に面した大連賓館。
かつては満鉄直営の「ヤマトホテル」でした。 -
日本人観光客が多いためか、建物には日本語の銘板がはめ込まれています。
-
回転ドアを入ると天井の高いロビー。
風格の漂う空間。 -
正面突き当りの「迎賓庁」は、周恩来や田中角栄、村山富市はじめ、内外の要人を迎えた宴会場。
-
周恩来と田中角栄が握手したのがここ。
-
続いて旧満鉄本社。
-
大連満鉄旧址陳列館は入場料1000円。
陳列室と総裁室、土産売り場がありますが、撮影は禁止です。
満鉄のマークの入ったガラス切子のワイングラスやおちょこなどを土産として売っています。 -
今でも大連鉄路分局のオフィスとして使われています。
-
続いて大連港の埠頭。正面の船客待合室は建て直されていますが、それ以外は戦前の面影を留めています。
-
たとえば、船客待合室の正面にあるこの建物は満鉄の大連港の事務所。
この旅から戻ってすぐに95歳で亡くなった母は、戦前に大連に赴いていますが、彼女が大陸中国で最初に目にしたのはこの建物のはず。 -
しかし、この建物の屋上から目を転ずれば大連の近代都市としての発展を物語る高層建築が天を摩しています。
-
続いて南山の麓に広がる旧日本人街。
残念ながら戦前の建物はほとんど取り壊され、高級住宅地として生まれ変わっています。 -
黄海に面した観光地老虎灘。
中国人観光客であふれています。 -
園内には名前にちなんだトラの彫刻。
-
観光ツアーの常として土産店に拉致されます。
-
ここは茶芸館。
大連のお茶が有名とは思えませんが、中国茶をいろいろな種類提供されます。
ぼくは購入を見送りましたが・・・。 -
夕食はガイドに案内させたシーフード。
天天漁港は大連に7つほどあるようですが、それぞれメニューも料金も異なるようです。
人民路(旧山県通り)に面したこの店はその中でも最も値段の高い店。
ガイドに店の選択を任せたのは大失敗でした。 -
でも、ウニはおいしいし、アワビも柔らか。
-
ガイドを帰してから、日航ホテルで紹介された近くの日本人経営のイタリアン『Dining&Bar Seyana』。
-
-
翌日は長躯旅順に遠征。
東鶏冠山の資料館。
東鶏冠山は中国人にとっての観光スポットになっており、観光バスが十数台並んでいました。 -
ジオラマで旅順攻防戦を説明してくれ、
-
大砲や砲弾も陳列。
日本だったら映像を使ってわかりやすく解説するのに・・・。 -
ロシアがべトンで堅固に構築した北保塁。
-
トンネルが張り巡らされ、
-
壕は日本兵の死体で埋め尽くされたとか。
-
迎え撃ったロシアの砲台。
-
東鶏冠山を下りて、旅順港を真下に望む白玉山。
今回の旅行はずーっと濃い霧に包まれていました。
旅順の港は漸く手前が見える程度。
港全体を見渡せないことは非常に残念。 -
土産物屋の攻勢は強烈。
ステッキの値段を尋ねたら、しつこく売りつけられ往生しました。
言い値があっという間に10分の1になります。 -
旅順駅はかわいらしい建物。
-
時刻表を見ると哈爾濱には一昼夜以上かかるようです。
-
駅の向こうは旅順の軍港。
外国人には立ち寄りも写真も許されていません。 -
旅順で最もメジャーな博物館は「蛇博物館」。
これは遠慮して、まずは「関東軍司令部旧跡博物館」。 -
中では関東軍の悪逆非道ぶりが展示されています。
-
日本人としては弁解できないのがつらいところ。
-
隣にあるのが、旅順博物館。
西本願寺の大谷光瑞が組織した大谷探検隊が集めた膨大な西域文化資料が展示されています。
格調ある建物の素敵な博物館。 -
博物館の運営資金調達のため、収蔵品を販売しています。
-
陳列棚1本で日本円150万円。
運賃込みとのことでお買い得だと思います。 -
希望によりセットの組み替えも可能とか。
-
旅順博物館から二〇三高地に向かう途中の粛親王邸。
東洋のマタハリ、川島芳子の生家です。 -
二〇三高地はイメージと違って木々が生い茂っていました。
-
ここが乃木保典の戦死したところ。
-
頂上には薬莢や武器を溶かして鋳造した「爾霊山」の慰霊塔がそびえています。
-
砲台から旅順港は霧にかすんで見通せませんでした。
-
山頂。
-
遅めの昼食は水師営の食堂。
客は全部日本人。
しかもみんな我々より年配と見ました。 -
実際の水師営とは場所が異なるとの指摘もあるところ、案内人は不自然なほど水師営はここにあったと強調していました。
-
庭にひともと棗の木♪がこれ。
-
内部の展示。
-
会見の間。
-
帰路、鉄道整備工場に保存されている亜細亜号を確認。
-
拝観料ひとり60元。
-
ガイドの紹介に懲りた我々は、夕食に餃子を選択。
-
日本語メニューはありますが日本語は通じません。
-
多くの種類のうち、それぞれ焼き餃子、蒸し餃子、水餃子を選択。
-
スープはトマト味で正解。
-
旨さと安さに満足。
路面電車でホテルに戻りました。 -
3日目は、ガイドをつけず大連の街を散策。
-
スタートは「ロシア風情街」。
-
旧大連市長公邸。
-
ロシアの作った大連市役所は、満鉄の本社となり、その後初代のヤマトホテルになります。
-
満韓ところどころで大連を訪れた夏目漱石が滞在したヤマトホテルはここ。
-
残念ながら早晩取り壊される憂き目に。
-
近くには日本人の住宅と思しき建物が残っていました。
-
歩いて大連駅へ。
上野駅を模した建物です。 -
駅前のラマダプラザでお茶。
-
駅前のマイカルは日本風売り場構成のためか、すでに寂れてしまいました。
-
近くにある中国資本の大連商場は大変なにぎわい。
-
屋台を冷かして、マトリューシカを値切って購入。250→100元。
-
夜は前に行ったsoyanaでイタリアンをおいしくいただきました。
-
最終日は南山方面で見残した日本人住宅探訪。
-
満州某重大事件の首謀者、関東軍高級参謀河本大作の旧居は移築され、大連南山花園酒店のレストランとして残っていました。
-
さすがと思わせる高級なつくり。
-
近くにはかつての上級日本人社員の住居もいくつか残っています。
-
ということで、路上の散髪屋を見ながら3泊4日の大連旅順の旅終了。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
76