2011/02/20 - 2011/06/02
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早島 潮さん
人間古希を過ぎると体のどこかに悪いところがないのは化け物といわれるのだろうが、筆者の場合、キャッスルマン病という奇病に取りつかれ三途の川の手前まで行ったが、川を渡ることなく102日間の入院生活を経て生還することができた。
見事病名を特定できた優れた医師団に出会えたことが幸運であったといえよう。
以下に罹病の経緯を述べてみよう。
入院前日まで毎日近くの公園を約90分かけて一万歩程歩くことを日課とし、毎週土曜日には鶴見川で行われる京大ボート部OBの漕艇にも参加していた。
病変に気づいたのはある日、左足の脹脛が腫れて違和感を感じたからである。軽い気持ちでかかりつけの病院に行き診察を受けたところ、
左心房細動のため即入院治療が必要であるとのことで即日入院することになり、絶対安静の上で救急搬送を三回重ねて、最終的には千駄木の日本医科大学付属病院の集中治療室に収容された。
数多くの検査の結果判明した病名は、キャッスルマン病という感染症で、日本でもまだ、1500例ほどしか症例のない奇病であった。
病名を突き止めるために点滴を受けながら消去法で採血、レントゲン、CT、MRI、エコーなどと検査を繰り返した。検査のための採血はおそらく200回を超えていると思う。
キャッスルマン病(ウイルスが病原)という感染症は体内にあるアルカロイドを吸着して自己免疫力を低下せしめた上に、酸素消費量をも少なくせしめる作用を備えているということである。
従って病変に気づいても適切な措置の遅れた時には急死に至るケースもあるとのこと。
闘病中、最も苦しんだのは常時酸素マスクを装着させられ、且つ生理食塩水の点滴を受けながら頻繁に採血されたことと便秘であった。食欲は旺盛なのに排泄出来ない苦しさは筆舌に表せない。
筆者のケースでは左心房細動があることを診断した医師が直ちに救急搬送の手配をしてくれたことが僥倖に恵まれることになった。
東日本大地震は病床で体験した。
病名が判明してからは治療も順調に進み退院することができた。
一般病室に移ってからは同年代の癌患者が圧倒的に多いのと癌は必ず治ると信じている楽観的な患者が多いのが驚きであった。
今考えてみて、もし左足の脹脛の違和感に不審を抱き病院で診察を受けていなければ文字通り、ピンピンコロリで三途の川を渡っていたであろうと感慨一入のものがある。
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