2005/05/15 - 2005/05/23
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JIC旅行センターさん
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■ペテルブルグからノブゴロドへ
ペテルブルグのバスターミナルNO.2は、遠出をする人たちで賑わっていた。16:30発ノブゴロド行きバスは、定刻に出発し、しばらくすると、車窓からはのどかな田園風景が楽しめた。ノブゴロド到着の少し前、一旦停車してかなり年取った切符おばあさんが乗り込んできて、乗客の切符を回収して廻った。3時間半のバス旅の後、ノブゴロドのバスステーションに到着した。ここからホテルまで、タクシーに乗ってみよう、と緊張しつつ意気込んでいたのだが、何ということはなく、50ルーブルであっさり送ってもらえた。
インツーリストホテルのフロント嬢は、とてもにこやかな笑顔で、慣れた様子で初めから英語で対応してくれた。ヨーロッパからのお客さんが多いらしく、とてもサービス精神にあふれている。ロシアでなくても驚くほどだったが、なおさら不思議な気がした。
ノブゴロドは、9世紀にリューリックによって建国され、それから16世紀半ばにイワン雷帝によってモスクワ公国に併合されるまで栄えたロシアの基礎となった地である。また、12世紀頃の古い教会が多く残る非常に魅力的な町でもある。
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20時をすぎてもまだ明るいので、ひとまず、街を一回りすることにした。タクシーに乗っている間も、あちらこちらに教会の頭の十字架がちらほら見えていたので、じっとしていられない。小さな町なので地図もガイドブックも持たずに出かけた。
まずは、ホテルの近くのいかにも古そうな深い茶色の教会へ。見え隠れする頭をたよりに歩いていくと、芝生の緑の中に、ため息が出そうなほどゆかしい教会が現れた。15世紀のペトロパウロ教会である。前の芝生では、子供たちが大きなブランコで遊んだり犬と戯れたりしており、こんな古い教会の前で日常を過ごすことのできる子供たち、いや、大人も含め幸せだなあと思った。高い建物もなく、屋根の十字架だけを目印にあてずっぽうに歩いていても、次々と教会に行き当たる。どれも色や形が異なり、見飽きることがなかった。
町の中心にはレンガ色の壁に囲まれたクレムリンがある。クレムリンと言ってもモスクワのそれとは違い、中は公園のようになっており、だれでも自由に出入りできる。人々は散歩をしたり、ベンチに座ってくつろいだりと、思い思いに憩いの時間を過ごしていた。22:30を過ぎるといよいよ暗くなってきたのでホテルへ戻った。
翌日は、朝からすばらしい晴天だった。前日の夕暮れ時に見た景色も十分美しかったが、明るい青空の下、鮮やかな緑と一緒に見るヴォルホフ川や点在する教会は、なんと形容してよいかわからないほど美しく、心にしっかりと焼き付けられた。橋の上から見る静かなヴォルホフ川の水面には、クレムリンの壁と空と雲が、色も形も、まるで鏡のようにそのまま映っていたのには本当に驚き、もともと水辺の大好きな私は、この日ここでできるかぎりたっぷり時間を過ごした。 -
クレムリンのすぐ外には、オープンカフェが並び、春を楽しむ地元の人たちでにぎわっていた。ちょうどお昼だったので、私もそこに混じることにして、シャシリクとサラダとボルシチを注文しておいしく頂いた。
午後は、ロシアに現存する最古の建物であるというソフィア聖堂本山を見学した。概観は白壁がのっぺりとした様子だったが、中の内壁やイコンは、1000年を経た重みを十分語っていた。聖堂内は暗く、一応とってみた写真は、フラッシュを炊けなかったため、真っ暗でほとんど何も写せなかった。
国立総合博物館では、他にほとんど見学者がなく、受付のおばさんがとても親切に案内してくれた。私はここで学生料金で入場できるかどうか試してみようとした。日本人は、欧米ではかなり年下に見られるものだが、ことロシアではその傾向が強いような気がする。こちらが何も言わなくても「学生?(でしょ?! )」と言わんばかりなので、そのまま「ダー!」といってしまえばよいだけだ。
学生時代をとうの昔に終えてしまった者にとってはけっこうハードルの高い一言なのだが、思い切って言ってみた。案の定「学生証を見せて」といわれたので、「あの〜ペテルブルグの寮に忘れてきてしまったのですが・・・」と控えめに甘えてみたのだが、「あらそれは残念ね。仕方がないわ、じゃあ大人料金になるわね。」と、あっさり言われてしまった。交渉の余地もなく、ささやかな試みは失敗に終わった。 -
その後、郊外行きのバスに乗り、「ヴィタスラヴリッツィ」へ行った。16世紀のすべて木造の教会や農家が集められた野外博物館だ。1軒ごとに民族衣装を着た年配女性がいて、玄関を掃いたり、他の館の担当と話をしたりしながら、来客を待っている。お客が現れると持ち場に戻って案内をしてくれる。農家の小さな食卓、小さな子供用の寝台がつつましい生活を思い起こさせ、印象的だった。すぐ隣には、一見湿地のようなミャチノ湖があり、これも非常に穏やかで平和的な風景だった。
近くの手作り品を主に売っている土産物屋で、台所で使えそうな木や白樺でできた小物を買い、市内に戻ることに。
次のバス停はたしかこの近くにあったなと歩いていたが、行けども行けどもそれらしきものはない。しばらく行くと幼稚園のようなところに来たので、道を尋ねると、「ああ、それならこちらにいらっしゃい」と道路から離れた奥の方に招かれ、裏口を案内された。ちょうど、バス停に行くというおばあさんが来て一緒に行ってもらえることになった。
10分ほど歩いて「さあここですよ」と言われた場所には、特に表示も目印になるような棒も何もなかったが、何人かの人が待っていて、確かにそこがバス停なのだった。「何の表示もなくて、どうしてここがバス停だと皆にわかるのですか?」と尋ねたら、「標識はないけど、ただここなのよ。だって、私はもうずいぶん長くここに住んでいるのだから・・・」と、やさしいけれど淡々とした答えが返ってきた。”долго(長く)"という単語が80歳を過ぎているように見えたその女性と、1000年の歴史をもつこのノブゴロドの両方を意味しているような気がして心に残った。
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