2011/03/28 - 2011/03/30
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酒飲む旅人さん
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一泊した翌日、朝早くからバスに乗って次なる目的地に。
浦富海岸、鳥取砂丘と共に今回の旅の主な目的地である、鳥取城址へ足を運びました。
以下、ウィキより。
鳥取城(とっとりじょう)は、鳥取県鳥取市(旧・因幡国邑美郡)にある山城跡。中世城郭として成立、戦国時代には織田信長の家臣であった羽柴秀吉と毛利軍との戦いの舞台(鳥取城の兵糧攻め)となる。江戸時代には鳥取藩池田氏の治下に入り、近世城郭に整備された。現在は天守台、復元城門、石垣、堀、井戸等を残す。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄 徒歩
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鳥取県庁近くにある鳥取城址。現在は市民の憩いの場、久松公園となっています。石垣だけで建物などは残っていません。全て明治政府が破棄したそうです。残念。
鳥取西高校側から城内へ入ります。 -
立体感のある石垣が壮観です。石垣だけ、と書きましたが、これだけ立派な石垣はそうそうお目にかかれません。山の麓にあって、古代遺跡然とした雰囲気がすごくいいです。
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ここが正式な?登城口でしょうか。
この門は復元されたものです。 -
改めて、門をくぐって登城します。
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この鋭く高く積まれた石垣、最高です。
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これが二ノ丸跡。
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二ノ丸跡から見た鳥取市街。
仁風閣が見えますね。 -
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この石垣の上の、でっかい木が生えているのが天球丸跡。麓の城跡の中では最も高いところにあります。
以下ウィキより。
二の丸の一段上、平山城部の最高所にある。池田長吉の姉で若桜鬼ヶ城主・山崎家盛の夫人だった天球院が山崎家を去った後に居住していた。三階櫓、御風呂屋御門などの建物があり、池田光政入封後も天球院の居所が存在していたという。享保5年の石黒火事で焼失し、長らく放置されていたが、幕末には不穏な世情を背景にお稽古所が設置された。江戸中期の絵図には三階櫓や御風呂屋御門の姿が描かれていないのに、幕末の絵図になると再び描かれていることから、三階櫓や御風呂屋御門が幕末には再建されていたのではという説もある。 -
天球丸跡に上ってみる。
大きな松の木が生えてますが、建物などは何もありません。 -
お城と言えば桜、鳥取城も桜の名所としてこの辺りでは名高いそうですが、まだまだ花は咲いていません。
今年は震災の影響で全国各地で桜祭り等が中止になってますが、ここはどうなるんでしょうね。 -
山麓の石垣は江戸時代になってから、池田氏が整備したものだそうです。
しかし、鳥取城はそれ以前から存在していました。この頃の鳥取城は久松山山頂に天守を構えた山城で、城主吉川経家がこの城に立て篭もって羽柴秀吉の軍と相対した際には、徹底した兵糧攻めにあって餓死者が続出する大惨劇が繰り広げられたそうです。
古の天守閣があったという久松山山頂へ登ってみる事にしました。
この社に登山の無事を祈って登り始めます。 -
登山道は石段が整備されていて登りやすいです。ただし、なかなかに急角度で体力は消耗されます。
「熊に注意」なんてシャレにならない看板も立っていました。 -
二合目の看板が見えます。
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三合目。
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登山の途中で見下ろした町並み。なかなかにいい眺めです。
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登山道の途中にあった小さな社。
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この建物は廃墟のようです。中には錆び付いてボロボロになった机と椅子が放置されていました。
昔あったロープウェイ関連の施設でしょうか?ちょっと不気味でした。 -
時間にすると30分程だったのですが、急な斜面もあり運動不足の身にはかなり疲れました。
山頂近くになると石垣が見えてきます。 -
ついに到達した山頂。
天守閣は元禄5年に落雷によって焼失したそうで、今は建物は何もありません。井戸だけが寂しく残っています。
右手奥に見えるのが天守台です。 -
天守台から眼下を見渡す。
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遥か彼方に鳥取砂丘が見えます。う〜〜ん、絶景ですね。
登山というほど本格的でもないですが、城と山に興味がある方は是非共登ってみる事をお勧めします。 -
帰りは下りなので行きより体力は使いませんが、転んだり滑ったりする可能性が大なので結構気を使いました。
お城から降りると、そこには仁風閣があります。白くて美しい洋館。国の重要文化財に指定されています。 -
こちらが正面です。
1907年、旧鳥取藩主池田家の別邸として建てられたフレンチルネッサンス様式の洋館です。当時の皇太子嘉仁親王(のちの大正天皇)の山陰行啓時の宿泊施設として使用されました。 -
これは裏に回ったところ。
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室内では鳥取藩主池田家の歴史が資料付きで紹介されています。
これはらせん階段。支柱がない珍しい作りのものです。今では登る事は出来まえん。2階に行くには別の階段があります。 -
上から見下ろしたらせん階段。
高いとこ苦手なので結構怖かったです。 -
2階は皇室の方がお泊りになられた時の施設が残されています。
洋館なのに畳が敷いてあるのが面白い。 -
食堂です。食事はらせん階段を使って一階の調理場から運んだらしい。
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トイレ。中に砂を入れて使ったらしい。
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ベランダ越しに庭園が見えます。
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仁風閣の裏手に広がる宝隆院庭園。
若くして未亡人となった11代藩主池田慶栄(よしたか)夫人である宝隆院を慰めるために作られた回遊池泉式庭園です。 -
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庭園の水面に映った仁風閣。絵になりますね。
城下町鳥取、たっぷり堪能してきました。
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