2011/03/18 - 2011/03/19
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キリさんですさん
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豊臣秀吉の無謀な「文禄の役」で命がけで秀吉軍と戦った二人の武将を訪ねての旅の第二弾です。釜山から二日間かけて慶州に行ってきました。慶州は韓国史上初めて半島を統一した新羅の都だった地で憂愁の歴史を感じる地方都市です。「屋根のない博物館」といわれる程に遺跡が多く、言葉はほとんど通じませんが親切な人が多く、爽やかな一人旅でした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
釜山総合バスターミナルです。地下鉄1号線の終点の老圃洞と接続されています。手前の高速バスの券売窓口で慶州行きのチケットを買いました。
4500W(約350円)と安いのに驚き。 -
バス乗り場はこの階段を降りたところです。
-
6番乗り場に慶州行きのバスが停まっていました。
似たようなバスが何台か停まっていますの乗り間違えないように注意が必要です。平日だったせいかガラガラの状態で定刻どうりに出発。 -
1時間も掛からないで慶州の高速バスターミナルに到着です。
通りの反対側(この写真を撮っている側)がバス停留所です。
停留所の近くのカフェで休憩を兼ねて情報を得ることにします。 -
カフェの定員の金さんです。[仏国寺に行くには10番か11番バスで料金は1500Wで更に石窟庵(ソックラム)に行くもシャトル・バスが1500Wかかるので少額の紙幣(1000W)に両替されたほうが良いですよ」等いろいろとアドバイスを頂いた。感じの良い優しい方でした。
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慶州のシンボルともいえる仏国寺です。
この寺も文禄の役でほとんどの建築物が焼失されたそうで申し訳ない。
(馬鹿な秀吉め!)
1970年頃に大規模な復元工事を行い、1995年に世界遺産に登録されたそうです。 -
ここが仏国寺の入り口です。
バス停から10分弱緩やかな坂道を登ったところにあります。 -
庭園を歩いていくと「天王門」があります。
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天王門の四天王像です。日本の寺の四天王よりは可愛らしい顔をしています。
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紫霞門です。この他にも安養門、大雄殿極楽殿、多宝塔、盧舎那仏等、見るべきものは多く、ジックリ見たので1時間近く見学してしまいました。
(通常は40分程度だそうです) -
仏国寺はこのような庭園もあり予想していたよりも大規模なお寺で驚きました。
バス停に戻ると、来るときに「山菜ビビンバおいしいよ」と執拗に勧誘するので「帰りに寄るから」とカラ約束していたおばさんが笑顔で出迎えていました。(待ってなくても良いのに)
熱心な勧誘の割には、それ程おいしくはありませんでした。 -
仏国寺からシャトル・バスで石窟庵(ソックラム)に行きます。
バスと徒歩で片道30分もかかり、シャトル・バスも1時間に1本と本数が少なく結構時間がかかりました。 -
この庵の中に本尊の釈迦如来がありました。
四天王像、八部衆像に守られた花崗岩で掘られた素晴らしい仏像です。
(残念ながら写真撮影が禁止です) -
石窟庵(ソックラム)全景です。 吐含山に囲まれた景勝地に作られていたため20世紀初頭に郵便配達に発見されるまでは忘れ去られていたそうです。
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石窟庵(ソックラム)からシャトルバス乗り場まで歩いている時に突然二人組の女子大生から「日本の方ですか」と声を掛けられ日本のことをいろいろと聞かれました。将来日本に行きたくて日本語を勉強中とのこと。
良いチャンスだと思い二人の武将の話を聞いたのですが全く知らず。
何故かK−POPのKARAと新大久保の韓国街の話で盛り上がりました。 -
予定よりもかなり時間が掛かったので、今夜は慶州で泊まることにしてバスターミナルに戻り宿を探すことにしました。バスターミナルから歩いて2分程の「慶州パーク観光ホテル」に行くとオンドル部屋ならば空いているとのこと。オンドル部屋は以前から興味があったので即決でチェックイン。
まさに韓国の田舎の家を実感できる部屋で暖かく気に入りました。
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夕食はサムパブチブを初めて食べました。魚、肉、豆腐、つくだ煮など10種類以上のおかずがご覧のようにテーブルにズラリと並べられビックリ。
これらを野菜に包んで味噌のタレで食べるので野菜不足を補うには最適の料理。ビールに良く合う料理で美味しかったです。
おかみさんと息子さんの二人でやっている森浦という名前のお店でした。 -
翌日も天気が良く、張り切って慶州市内の名所の散策に出発。 まずは大陵苑(テヌンウオン)です。朝早いので観光客は一人も」いませんでした。
但し、残念ながら入場券売り場には人がいました。 -
入り口を入って右側の奥に天馬塚(チョンマチョン)がありました。
古墳の内部が見学できました。 発掘時に白樺の樹皮に天馬図が描かれた馬具が発見されたので天馬塚と呼ばれているそうです。
ここから出土した副葬品はこの後見学した慶州博物館に展示されていました。 -
松林、池の周りに大小20個くらいの古墳が並んでいます。朝の散歩には手頃の広さです。途中で二人連れの近所の奥さんのような方に出会い何か話をしたそうにニヤニヤしていましたが「アンニョンハセヨ」の挨拶だけして別れました。言葉の壁があるのが残念。
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大陵苑を出て右に曲がり、壁に沿って歩きます。結構長い直線の道です。
昨日の夕食を食べた森浦の店の前を通りました。 -
次の目標地の瞻星台(チョムソンデ)を見つけました。7世紀前半に建てられた東洋最古の天文台です。新羅時代にはこの窓から入る光の長さや、塔から観測した星座をもとに日食や月食を記録していた貴重な塔で韓国の切手の図案にもなっているそうです。
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鶏林(ケリム)です。この林の大樹に金の箱が掛かっており、その中に男の子が入っていた。その子が新羅王となった金閼智(キムアルチ)との伝説の林だそうです。 中に王陵もある広々とした松林です。この中でしばらく休憩しましたが誰も来ませんでした。爽やかな気分でした。
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次に半月城を探したのですが、分からないので旅行に来ていた女子高校生の集団に聞いたところ、その中の3人が一緒に探してくれました。この写真は4人で無事見つけることが出来たことを記念して撮ったものです。
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女子高生の一人が石氷庫を見つけ、この近くに半月城があるはずと更に4人で手分けして探しつづけました。
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半月城の石碑をやっと見つけました。お城の名残は跡形もなく、この石碑だけとは。 3人の女子高生に丁重にお礼を言って別れた。素朴な感じの優しい女の子たちでした。 ありがとう。
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雁鴨池に到着しました。ここは新羅が高句麗に降伏する旨の文面を作成した悲運の場所だそうです。
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新羅朝の最盛期はこの池に囲まれた臨海殿で祝賀宴が行われたそうで宴会で使われた諸々の品が展示されています。サイコロみたいに「出た目」で一発芸をやる遊具があり「このように油断していたから滅びたのかな」と今の日本のテレビ番組と重なり、考えさせられるものがありました。
この後、最後に国立慶州博物館を見学してホテルに戻りました。 -
ホテル近くで遅い昼食後、帰りはムグンファ号で帰ることにして慶州の街中をブラブラと散策(中央市場、城東市場等)して慶州駅に行ってみました。のんびり歩いたせいか20分以上もかかり地図で見るよりも遠く感じます。
この写真は城東市場近辺の街並みです。この辺りは人通りも多く賑やかです、慶州はバスターミナル近辺よりもこの辺りが中心街のようです。 -
今回の慶州の旅の最後は慶州駅です。駅のインフォメーション係のオジサンが日本語がペラペラだったので二人の武将のことを聞いてみたところ、李舜臣は勿論、池也可についても「日本人で朝鮮に帰化して秀吉軍に反抗し慶尚北道地区に永住した武将」と知っているのに驚き。やはり本当に秀吉に反抗した武士がいたのだと嬉しくなると同時にこのような素晴らしい慶州を荒した秀吉軍の愚行について韓国に心から謝罪して今回の旅は終わりとします。
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